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第 二 章 消えぬ想いがある故に
第七話 表と裏
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1・八神慎治の不運
二〇〇五年、四月。峰野義之が院長を務める国立・・・、今年度から医療法人に代わったのでしたね。済世会へ私の代替要員として、アメリカ帰りの総合外科医(ジェネラリスト)で本来の専攻は形成外科医の別院直行(べついん・なおゆき)、三〇歳を向かわせました。後で知った事ですが、別院は調川愁と旧知の仲だったようで、同じ職場で働ける事を非常に喜んでいたようです。
更に看護婦と言う呼び方が差別とかで看護師と呼ばせるようになった時に数名の男の看護師が必要との事、介護系方面で教育していた六名を別院と共だって派遣もしていました。今後の事を予想して看護士の教育へも力を入れて方がいいでしょうね。
新潟とその後に相模にも開いていた総合診療所の方も順調に展開している様ですが、元々寄り合いの診療所の為に看護師が少ない。施設全体で動いてくれる看護師の提案が出ていたのもありますから、全国に目を通し、人材を捜す事も進めましょう。
私はしばらくアダム関係者達と距離を置く為に愛知県の名古屋へ移っていました。そこで立ち上げた医療関連のソフトウェアを主として開発する会社、サン・ソース・システムズ。略してスリーエス(Sun-Source-Systems=3S)。税金対策として利益の一般への循環として懸賞出版サン・ソース・イマジネーションズ(Sun-Source-Imaginations=SSI)、後の二〇〇七年に一般ソフトウェア・開発派遣として社名をサン・ソース・インテリジェンスへ変更する事になる会社です。
元医者であった私が一からプログラムを組むのは難しい事でした。ですが、やっているうちに面白くなって経営者でありながらそれにのめり込んでしまう。
事務所から帰らない事も多く、仮眠室で何日も過ごす事もあった。3Sを立ち上げてから、雇い始めた若い秘書には何時も小言を言われてばかりいる。そんな充実した毎日を過ごしていました。
分野を絞ったソフト故に一、二年は経営不振状態でなかなか採算が出ない状況。しかし、コンピュータの性能が上がり、ネットワークのインフラ整備広く進むと、医療関連以外でも徐々に私の処で抱えたプログラマーの腕を交ってくれる処が多くなり、今までの不振が嘘だったように業績を上げて行きました。
世界がネットワークで繋がる事が普通になり始めた時代。手紙よりも早く集まる情報。電話よりも楽に海外の友人たちとの情報交換ができるようになったのは喜ばしい事でした。しかし、過ぎた情報は暫らく眠り続けていた私の中の僕を呼び覚まし、悪意を企てる。
私はあらゆる手を使って世界中のアダム・アーム研究によって生まれた子供達がどれほどいるのかを探った。必要なら保護する事も考えています。
華月は教えてくれなかった私が草彅の手の者に殺されたその理由。初めは源家その物を表宮内が亡くそうと思っていたのだが、正鵠を射ていず、それなら草薙と同じ所業を続けている華月が生かされているのは辻褄が合わない。
調べが進む裡に草彅家、独断の物であった事が判明した。私が殺される要因になっていた者はアダム・アーム研究に私が携わっていた事。草彅家はアーム研究の方に着目し、その技術を独占したがっていた。
私の存在があれば、私がそれを許すはずがないと思ったらしく、私の抹殺を計画したとのこと。情報として入手できていない事が一つあって、あの時、私を殺しに来た少年が誰であったのか今も判らない。
草彅家では私は死んだ事になっていて、私が目を覚まさない数週間で表向き、死体の存在しない、小さな葬儀も行われていたようだ。
草彅目、一体どこで藤原家が極秘裏に始めたしかも海外の研究を知ったのか判らないが詩乃さんから得られる研究結果を我欲の為に使わせる訳にはいかない。藤原医研に手出しできない様に策を講じないと・・・。
ただ、草彅家の一件でアダム・アームの研究を欲しがっている怪しげな組織は少なくなかった事を知る。それはここ日本国内でも。
医療系に全く興味を示さない藤原洸大氏。氏の手持ちの研究所が危険にさらされていると云う情報が洸大氏の耳元に届いても気に留めない可能性が高い。なら、私がその研究所を、詩乃さんを守るしかない。
更にアーム研究関連の何かに巻き込まれた可能性が高く失踪中だと云う霧生夫妻の行方も追わなければ。
二〇〇九年の時点、国内でアダム・アーム研究の一部を手に入れようとしている者達が大凡百人。経歴を見る限り、どいつも、こいつも国家反逆者予備軍と言っていい程の連中でした。過去の不本意で既に私は四人・・・、いや、瀬能夫妻を合わせれば、宏之青年の事も関係なくはないのかもしれない。それを含めると七人も殺してしまっている。なら、国賊どもの命を奪う事な罪の意識など論外。
私はどうにかして、詩乃さんを脅かす者共を纏めて地獄へ送る算段を仕事しながら考えていた。
翌年、二〇一〇年。たった、五年ではあるがプログラマーとして培った技術と知識を盛り込み、持っていた会社を利用して、更に架空会社を立て、プライベートジェットで行く海外旅行懸賞に当選したと偽り、その者達を集め海上空路で飛行機ごと爆破すれば助かる者などいまい。更に全員が必ず来るような言葉の仕掛けも用意しておけば、誰ひとり、この計画にこぼれる者はいないだろう。
計画が計画だけに誰かが調べようとした時にそれをたどられない様な細心の注意を払って事を進めました。
年明けのお年玉企画という題名で懸賞サイトを開設し、それと並行して抽選締め切りの三月第一週までに疑似抽選ソフトを開発し、あたかもそれを使ったように見せかける。
決行日は二〇一〇年九月三〇日。それまでに、私の手持ち会社から中古の中型旅客機を購入した事が判らない様な偽装をしてそれを手に入れました。
今私が保護しているアダム・アーム研究の申し子たちが二〇人近くも居ました。全員が全員日本人でなく年齢は下から上までかなり離れており、偶然にも今年、二十二歳で去年本当に定期運送用操縦士、平たく言う旅客機のパイロットになった子がいました。
その子を利用して、空路上で事故を起こしてもらいましょう。無論、彼を巻き込まない様にどうすればいいのかは考えていますし、アーム研究で生まれた子としての能力が顕在しているその子が簡単に死ぬ事もないはず・・・。添乗員も語学の堪能な子を矢張り、私が保護した子供達の中から選出し計画を整えて行く。
そして、決行の日・・・、何処で何を間違えたのだろう。計画とは関係ない者がその旅客機に乗ってしまっていた。
空港の待合室と旅客機を結ぶ搭乗橋に細工をして、あたかも一般の飛行機に乗ると見せかける様に仕向けたが、一人だけ招かざる客が搭乗し、気がついたのは飛び立ってからだった。二重の確認を取っていれば起こらなかった手違い。
乗ってしまったのは確かにアダム・アームに関係するものだが、けして、それを欲望の為に使うような人物でもなく、そもそも、その存在を知るのは搭乗した者の親。
八神慎治青年・・・。彼が乗ってしまった事を知ったのはニュース番組の緊急報道。飛び立つ飛行機はすべて管制棟で記録されるために偽りは出来ない。パイロットを務め青年が無事に逃げ伸びて、彼が乗ってしまった事を私へ直ぐに知らせるために報道へ情報を提供したのだと遅れて聞かされた。
何とか彼だけが助かる様に添乗員が試行してくれたが、安否は不明らしい。機転の効くパイロットや添乗員達。海岸沿いの国々に八神慎治青年が流れついたら直ぐに私の処へ連絡が届く様に手配してくれた。
それから二週間、私は彼の消息を手に入れ、現地へ向かう。酷い容態の慎治青年。可能な限りの処置はしてくれたらしいが助かる見込みは少ないとのこと。
私は持参した発展型DRAMを投与して、貴斗青年にしたように慎治青年へもMACをも投与した。そして、再び、私は同じ過ちと罪を繰り返す。
私は詩乃さんからもたらされる医療研究を真っ当に使用しながらも、彼女の願いを穢してしまう事にも用いてしまっていた。何時から私はこのような滑稽な舞台を演じる様になってしまったのだろう・・・。
それから、海外へ出たのでついでに二週間ほど欧州各地を巡り、久々にその土地の友人たちの今後の医療に関しての話し合いを設け、十月の末に帰国した。そして、日本に戻るとまた驚くような情報が私へ届く。それは二〇〇四年に亡くなったっている筈の藤原龍貴氏の長男が生きており、私の事を探っているとの話し。
2・己の命より、親友を。霧生洋介
私、大河内星名は霧生洋介、彼が結城兄妹と接触するようになってからその二人の兄弟、更にその友人である涼崎姉妹、その四人の監視をさせた。アダム・アーム計画によって生まれてしまった子たちには望まなくとも常の人より多くの面で優れてしまう。彼、彼女等がアダム研究系譜の存在と知り、多くの才能が開花してしまえば、その能力を欲し狙ってくる輩もいるだろう。そう言った意味で洋介をその守護として、密かに行動させていた。
涼崎春香、翠、結城弥生の三人の娘はその才能を随分前から発現させていたようだ。涼崎春香嬢は幼少から言葉を覚える才能に長けており、周囲の友人の前で母国語以外使う事がなかったので親も、妹すらも知らない才能。更に記憶力がずば抜けて優れていた。幼少の頃から非常に優れた記憶力を持った人間は言語能力が劣っていたり、知的障害だったり、公汎性発達障害の可能性が高いが彼女は普通だった。回りには運動音痴に思われがちだが、それは物事の判断から行動までの間の信号伝わりが早すぎて身体が対応しきれないからだった。それを知ったのは彼女が入院中DRAMの臨床をしていた頃の事。
次に彼女の妹、翠嬢。姉とは正反対の飛び抜けた身体能力。姉と違って神経命令と体の反応が確実に同期する彼女のその才能が発揮されるようになったのは川で溺れて以降だという。頭の出来も悪くはないだろうが、彼女は今もその才能を発揮できず病院の寝台の上でDRAMの臨床試験続行中の為に寝たままである。
翠嬢の友人であり、藤原医研切っての産業技術開発者、結城将嗣氏と故・巫神奈氏のご息女、結城弥生嬢。彼女は親友と双璧を成す運動性を示し、多くの学術分野も軒並み優秀だった。
しかし、弥生嬢の双子の兄の結城将臣少年は周囲よりも少しばかり学業が優秀くらいで然して目立つ処がなかった。彼が、高校を卒業し、プロ・ボクシングの世界に立つまでは。本人の努力もあるだろうが、負け知らず、日本では初という階級で世界王座の頂に立つ。
霧生洋介だけが理解できる、結城将臣の凡人にはない瞬間的な判断力とその反応反射性。訓練次第で至近距離でなければ拳銃より撃ち出される弾丸ですら見切られるようになると洋介青年は私へ語った。
強靭な兵士を欲する軍事関係者なら彼を拉致し、身体構造を解析すれば同じ様な兵士を生み出せると考えるだろう。将臣青年がボクシングで名声を上げる度に彼の強さの異常さに気が付き、彼の拉致を考えた者達がいたが、既に本職を護衛として申し分ない位に成長してしまった洋介青年によって防いでもらっていた。今、二人の娘は私の監視下、済世病院に居るため護衛しやすかった。しかし、将臣青年の方は洋介青年、一人では対応できない状況までになってしまう。
そして、私の中の屈折した感情を持つ僕が、詩乃さんから生み出された技術が藤原医研以外に渡る事を嫌い渡すぐらいなら、結城将臣青年の存在その物を始末してしまおうと企んでしまう。
二〇一〇年九月二七日。この日、結城将臣青年は世界ボクシング協会主催のウェルター級と呼ばれる階級、日本人選手49年ぶりの選手権戦(タイトル・マッチ)へ挑戦し、激戦の末、見事に勝利を手にしました。
もしもの為にと以前から計画していた事を実行させるために試合後、直ぐに洋介青年へ電話を入れ、それを実行に移させた。洋介青年には将臣青年のアダムの子としての能力を確認すると云う風に伝えてあり、私の本意を知らない。
更に協力者がもう一人いる。それはエレクトラ・ロックフィール嬢。彼女はアーム系譜の子。洋介青年同様に、APPLEに侵されている人物だった。
私が練った計画は次の様になる。交通の少なくなった車道、そこへ酔いが醒めぬままであるエレクトラ嬢が座りこみ、そこへ私が催眠で乗用車のアクセルから足?手を離せなくなった者が乗る車?自動三輪車・・・、トライクルと呼ばれる近年下火に流行しているそれを通過させ、彼女を引くように見せかける。
将臣青年の性格を考えれば、彼女を助けるのに必ず飛び出すだろう。洋介青年には私が車を通過させる間合いと、将臣青年が動きを促す、引き金になってもらう事。それが計画の全容です。二人にはあくまでも将臣青年の非平常時、酒を飲んだ状態での反応反射を見るために試験だと偽り、車は絶対に当たらないと説明した。
ですが、結果は失敗に終わった。矢張り、将臣青年の運動神経が良すぎたのかと考えたが、どうも様子が違うようだった。洋介青年は絶対間に合わないと思ったらしく、持っていた携帯電話を車軸へ投擲し、軌道を外したと私へはっきりと言った。そして、
「大河内さん、本当は将臣を殺すつもりだったのではないですか?」
「もし、そうだったと言うなら、洋介君、君はどうすると云うのだね?考えてみたまえ、君の様にアダム・アームの子として自覚がある者なら、私とて手をこまねいたりはせんよ。彼、結城将臣青年はもういくつもの組織に目を付けられている。対応も君一人ではどうにもならないであろう?そのような輩に渡してしまうくらいなら、いっそ、元からなかった存在にしてしまえばよい・・・」
「俺がこうして、生きていられるのも大河内さんのおかげだと判っている。だが、俺の親友に手を出そうと云う人にこれからも一緒に居たいとは思わない」
「言っておくが、洋介君、君の想う、結城弥生嬢を目覚めさせられるのは私だけなのだよ?思い人と親友、本当に君のとって大事なのはどちらなのかね?」
「将臣も、弥生ちゃんも、どっちも感情の天秤なんかに掛けられる存在じゃないっ!俺にとってどっちも大事だっ!」
「もう私に協力しないと言うのか?私との関係を断てばこれがもう手に入らなくなるのだぞ?自分の命よりも大切な者等を取ると云うのか・・・、それでもよいと言うのか」
「もう一つの選択肢がある。大河内さん、貴方に死んでもらう」
洋介青年は言って、私が預けていたH&K‐P46を取り出し、銃口を私の額へ合わせていた。私は動じないし、彼は直ぐに引き金を引かなかった。彼のトリガーに掛った右手人差し指の力が緩んでゆく。続く様に、掌、肩も。彼の腕が降り、持っていた拳銃が私たちの対峙する境にある机の上に置かれた。背中から弾薬が詰まっていると思しき弾倉も出していた。
「殺されると思わなかったんですか?」
「洋介君、君は、私を知らなすぎる・・・。撃たれる前に対応できる自信もあるのだよ・・・。むしろ、何故、洋介君は引き金を引かなかったのかその理由を知りたいくらいだ」
「僕は人殺しになるつもりはない。本当に人を殺してしまえば、将臣達と顔を合わせられなくなる。それに・・・、俺は過ちを繰り返したくない。俺が拳銃のトリガーを引く事で再び、凶事を起こしてしまうかもしれないなど願い下げだ。あれ以上の罪を俺は背負いたくない。大河内さんがこれからも将臣の命を狙おうとするなら俺は全力で彼奴を守る。誰からも・・・、この命、続く限りな。それが俺の出来るただ一つの贖罪だ」
彼は己の意志の強さを双眼に宿すとその眼で私を見つめ、一瞥してから、背を向け出て行こうとした。
「待ちたまえ」
私の声に顔だけ振り返る青年。
「持っていきなさい、今これが手持ちの最後です」
私はEVEが入った小さな試験管三本を今まで協力してくれた礼と、情けとして投げ渡した。
「私への協力を再開してくれるのならいつでも来てください。その頃までには更に研究して改良版を完成させておきましょう」
「やなこった。これで大河内さんと顔を合わせるのは最後だ・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、有難うございます。それと弥生ちゃんの事よろしく・・・」
そして、有能な手駒を一つ私は失った。
3・対峙、龍才を秘めた男
日本へ戻って休日で誰も居ない3S事務所へ来ると私の執務室である社長室へ入った。椅子に座り、ヨーロッパで話し合った医療機器の開発のまとめを読んでいた。
お昼を過ぎた頃、誰も来ないと思っていたのですが、秘書の槙林麗愛(まきばやし・れあ)が訪れた。彼女は私の素性を知る数少ない人物。
「どうしたのですか、慌てて。しかも今日は休日ですが?」
「みなも・・・、大河内社長っ!何を悠長に・・・、藤原龍一氏、ご存知のかと思いますが」
「ええ、もう九年前に亡くなられた藤原洸大氏の孫がどうかなさいましたか?」
「亡くなられていなかったのです」
「で?」
「でっ、ってああぁもぉ、大河内社長、なんでそのように冷静なのですか?亡くなられた筈の方が生きているのですよ」
「私もそのうちの一人になるのですが、然して驚くようなことではないでしょう、槙林君。まあ、私の場合はどうして助かったのか未だに謎ですがね。君は有能な秘書ですが、一度慌てだすと、本来伝えるべき意志が直ぐ出てこないのは判っていないようですね、貴女は・・・、で?彼が存命していて、私とどのような関係が?」
槙林君は大きく深呼吸して冷静さを取り戻そうとしていました。それから、
「先月の航空事故、社長の仕業だと仮定して調査しているみたいです。社長と言いますか、その時に社長が名乗っていた名前の方です」
それから秘書が語るのは何故今頃になって彼が姿を見せたのかと、それに対する危惧。
「なら、八艘で彼にあって、疑いを晴らしましょう。しかし、生きていたとはよっぽどこの世に未練でもあったのでしょうかね?今になっての覚醒、アダム研究技術の応用は未だ完成ならず、誰もが同じように行く訳でもなく一般向けには至っていないと云うことの表れでしょうか・・・」
二回に渡って龍一氏は研究成果の移植手術を受けていました。一回目にアダム系の移植手術を受け、二回アーム系の移植手術を。DRAMによる体内自然治癒促進で傷は完全に癒えたそうですが、DRAMの定期投与を終了させても彼は目を覚まさなかったらしいです。DRAMを投与した方へRDRAMを使用すると脳障害を起こす可能性が高いと云うので、その改善版の研究が計画され実行された。そして、今年になってそれが出来たらしく、最初の被献体が藤原龍一氏だったと云うのだ。
無事に、それは成功して、彼は覚醒するに至った。彼女の説明ではDDR(Directive-Diffusion-Riboflavin=指向拡散リボフラビン)と命名された新薬の様です。
私は龍一氏に会うために貌を作り直す。秘書の槙林君がその特殊化粧をしてくれる。槙林君の父親が特撮映像界で著名な特殊化粧師だった。父親の影響で物心ついた頃から彼女はそれを独自に学び、高校に上がった頃には親が認めるほどの腕前となっていた。彼女の得意分野の一つとなり、彼女を私の秘書にする一因にもなっていました。
私は八艘の名で働き続けさせている社員と入れ替わる為に連絡し、三重県鳥羽市へ向かいました。
面と向かって会う彼、藤原龍一氏はとても好青年に見えました。しかし、彼の双眸に宿る光はとても鋭く、常人とは思えない凄味が?英知が宿っているように見えました。
「ええ、私が八艘飛燕ですが、何か御用ですか」
彼は私へ問う。八神慎治青年が乗っていたあの飛行機の事故は私が画策したものだと。そのような彼の言葉に本当の事を口にする者など、自らの犯罪を意気揚々と警察機構関連者の前で語る者など世の中にどれだけいるでしょうか?それは愚者か大物のする事でしょう。私はどちらになるつもりもありません。ですから、私も言う答えは決まっています。
「それは心外ですね。どのような理由があって私が多くの人達の命を奪うと言うのです?甚だおかしい事を貴方は不躾にも語ってくれるものです。もし、貴方が警察と類似の調査機関の方なら、私にその様な疑いを掛けるのであれば、それ相応の情報を提示した上で、疑ってもらいたいものだ」
私の言葉は冷静でした。しかし、相手の反応を見るために目だけは不満そうに訴える。私の言いに龍一氏は右手の揃えた指の背を顎に当て、考える仕草をする。彼は諦めたような溜息をつくが、私を疑っている事は雰囲気で判りました。
彼の才覚が感じるのでしょう、私の中に潜む禍の火種を。彼は黙ったまま何も言わないので私の方から切りだしました。
「他に御用は?」
「いいえ、不機嫌な思いをさせて申し訳ございません・・・、・・・、・・・」
龍一氏は頭を軽く下げ非礼を詫びる。心がこもった声を感じるが更にその奥には未だ私への懐疑が拭いきれていない感じがしました。
「今は見逃してしまうことになりますが、またお会いしましょう」
去り際の彼は私へそう呟き、私はすれ違い彼が私の顔を見られなくなった時に口を釣り上げ鼻で笑っていた。そして、次に彼と会う事になったのは全ての幕が閉じられる時でした。
名古屋のオフィスに戻り、自室に入り、扉を閉めた瞬間、私は背後を取られました。私の首筋には刃渡り一尺程度の長さの短刀が紙切れ一枚分の処で停まっていました。逆手に持つ人物の手の造りは明らかに女性。
短刀の柄頭付近に見える紋様。先祖が奥州から逃れ代々受け継がれし家紋の丸に剣三つ星。今、その家紋入りの刃を持っているのは妹の華月に他なりません。
「華月、一体何のつもりです?」
「お兄様こそ、本当の御顔をお隠しになり、何をお考えなのですか?」
私は妹のそれには答えず、
「何時まで、そのような姿恰好で貴女は破魔師をつづけるのです?継がせられる甥も姪もいるのに・・・」
妹は元々の彼女の意志よりも私の答えに合わせる様に、
「お兄様、わたくしとお兄様のお母様、智鶴お母様はいつまでそれをなさっていたと思うのです?」
「確かに私たちは二十歳を過ぎていましたが、今の華月よりは若かった筈です」と言うと華月の持つ刃が私に触れようとしました。その瞬間、私は消える様に彼女の前から姿を消し、妹の背後に回る。何時も常備している手術刀(メス)を彼女の首筋に突き立てました。
「確かに人外魔性との戦いは華月の方が慣れているかもしれませんが、身の熟しの才は私の方が上なのです。無駄な手間を取らせないでください。それと私に後ろを取られるようなこの状況では華月、早く、陸斗君か、天雫君かに継がせて引退する事を勧めます」
「ふぅ・・・」
妹は諦めきったかのように肩の力を落とすと一歩前に出て私へ振り向いた。
「で、華月。本当の要件は何です」
「草彅にお気お付けください・・・、唯それだけでございます・・・。お兄様も、もう、いらぬ事はせずに身を固めてください・・・」
「余計なお世話です。長男が次世代の血を残さなければならないと云う掟は我が家に古来より存在しない。古から続く血を絶やさぬ事、人外魔性と戦い且つ時代の人目に着かない歴史を後世に残し続ける事が我々の使命。兄妹誰でもよいのだよ、生き残るのは。既に華月は既婚して、陸斗君と天雫君がいる。もう心配はいるまい。華月にくれてやった化け物どもと戦う力も返してもらいたいと思わぬしな・・・」
「わかりました・・・。お兄様、こんごとも無茶はしないでください」
華月はその様に最後言葉を私へ呉れると、その姿が元からなかったように忽然と姿を晦ました。そして、
「草彅か・・・」と居なくなった華月がいた場所を見ながらつぶやきました。
二〇〇五年、四月。峰野義之が院長を務める国立・・・、今年度から医療法人に代わったのでしたね。済世会へ私の代替要員として、アメリカ帰りの総合外科医(ジェネラリスト)で本来の専攻は形成外科医の別院直行(べついん・なおゆき)、三〇歳を向かわせました。後で知った事ですが、別院は調川愁と旧知の仲だったようで、同じ職場で働ける事を非常に喜んでいたようです。
更に看護婦と言う呼び方が差別とかで看護師と呼ばせるようになった時に数名の男の看護師が必要との事、介護系方面で教育していた六名を別院と共だって派遣もしていました。今後の事を予想して看護士の教育へも力を入れて方がいいでしょうね。
新潟とその後に相模にも開いていた総合診療所の方も順調に展開している様ですが、元々寄り合いの診療所の為に看護師が少ない。施設全体で動いてくれる看護師の提案が出ていたのもありますから、全国に目を通し、人材を捜す事も進めましょう。
私はしばらくアダム関係者達と距離を置く為に愛知県の名古屋へ移っていました。そこで立ち上げた医療関連のソフトウェアを主として開発する会社、サン・ソース・システムズ。略してスリーエス(Sun-Source-Systems=3S)。税金対策として利益の一般への循環として懸賞出版サン・ソース・イマジネーションズ(Sun-Source-Imaginations=SSI)、後の二〇〇七年に一般ソフトウェア・開発派遣として社名をサン・ソース・インテリジェンスへ変更する事になる会社です。
元医者であった私が一からプログラムを組むのは難しい事でした。ですが、やっているうちに面白くなって経営者でありながらそれにのめり込んでしまう。
事務所から帰らない事も多く、仮眠室で何日も過ごす事もあった。3Sを立ち上げてから、雇い始めた若い秘書には何時も小言を言われてばかりいる。そんな充実した毎日を過ごしていました。
分野を絞ったソフト故に一、二年は経営不振状態でなかなか採算が出ない状況。しかし、コンピュータの性能が上がり、ネットワークのインフラ整備広く進むと、医療関連以外でも徐々に私の処で抱えたプログラマーの腕を交ってくれる処が多くなり、今までの不振が嘘だったように業績を上げて行きました。
世界がネットワークで繋がる事が普通になり始めた時代。手紙よりも早く集まる情報。電話よりも楽に海外の友人たちとの情報交換ができるようになったのは喜ばしい事でした。しかし、過ぎた情報は暫らく眠り続けていた私の中の僕を呼び覚まし、悪意を企てる。
私はあらゆる手を使って世界中のアダム・アーム研究によって生まれた子供達がどれほどいるのかを探った。必要なら保護する事も考えています。
華月は教えてくれなかった私が草彅の手の者に殺されたその理由。初めは源家その物を表宮内が亡くそうと思っていたのだが、正鵠を射ていず、それなら草薙と同じ所業を続けている華月が生かされているのは辻褄が合わない。
調べが進む裡に草彅家、独断の物であった事が判明した。私が殺される要因になっていた者はアダム・アーム研究に私が携わっていた事。草彅家はアーム研究の方に着目し、その技術を独占したがっていた。
私の存在があれば、私がそれを許すはずがないと思ったらしく、私の抹殺を計画したとのこと。情報として入手できていない事が一つあって、あの時、私を殺しに来た少年が誰であったのか今も判らない。
草彅家では私は死んだ事になっていて、私が目を覚まさない数週間で表向き、死体の存在しない、小さな葬儀も行われていたようだ。
草彅目、一体どこで藤原家が極秘裏に始めたしかも海外の研究を知ったのか判らないが詩乃さんから得られる研究結果を我欲の為に使わせる訳にはいかない。藤原医研に手出しできない様に策を講じないと・・・。
ただ、草彅家の一件でアダム・アームの研究を欲しがっている怪しげな組織は少なくなかった事を知る。それはここ日本国内でも。
医療系に全く興味を示さない藤原洸大氏。氏の手持ちの研究所が危険にさらされていると云う情報が洸大氏の耳元に届いても気に留めない可能性が高い。なら、私がその研究所を、詩乃さんを守るしかない。
更にアーム研究関連の何かに巻き込まれた可能性が高く失踪中だと云う霧生夫妻の行方も追わなければ。
二〇〇九年の時点、国内でアダム・アーム研究の一部を手に入れようとしている者達が大凡百人。経歴を見る限り、どいつも、こいつも国家反逆者予備軍と言っていい程の連中でした。過去の不本意で既に私は四人・・・、いや、瀬能夫妻を合わせれば、宏之青年の事も関係なくはないのかもしれない。それを含めると七人も殺してしまっている。なら、国賊どもの命を奪う事な罪の意識など論外。
私はどうにかして、詩乃さんを脅かす者共を纏めて地獄へ送る算段を仕事しながら考えていた。
翌年、二〇一〇年。たった、五年ではあるがプログラマーとして培った技術と知識を盛り込み、持っていた会社を利用して、更に架空会社を立て、プライベートジェットで行く海外旅行懸賞に当選したと偽り、その者達を集め海上空路で飛行機ごと爆破すれば助かる者などいまい。更に全員が必ず来るような言葉の仕掛けも用意しておけば、誰ひとり、この計画にこぼれる者はいないだろう。
計画が計画だけに誰かが調べようとした時にそれをたどられない様な細心の注意を払って事を進めました。
年明けのお年玉企画という題名で懸賞サイトを開設し、それと並行して抽選締め切りの三月第一週までに疑似抽選ソフトを開発し、あたかもそれを使ったように見せかける。
決行日は二〇一〇年九月三〇日。それまでに、私の手持ち会社から中古の中型旅客機を購入した事が判らない様な偽装をしてそれを手に入れました。
今私が保護しているアダム・アーム研究の申し子たちが二〇人近くも居ました。全員が全員日本人でなく年齢は下から上までかなり離れており、偶然にも今年、二十二歳で去年本当に定期運送用操縦士、平たく言う旅客機のパイロットになった子がいました。
その子を利用して、空路上で事故を起こしてもらいましょう。無論、彼を巻き込まない様にどうすればいいのかは考えていますし、アーム研究で生まれた子としての能力が顕在しているその子が簡単に死ぬ事もないはず・・・。添乗員も語学の堪能な子を矢張り、私が保護した子供達の中から選出し計画を整えて行く。
そして、決行の日・・・、何処で何を間違えたのだろう。計画とは関係ない者がその旅客機に乗ってしまっていた。
空港の待合室と旅客機を結ぶ搭乗橋に細工をして、あたかも一般の飛行機に乗ると見せかける様に仕向けたが、一人だけ招かざる客が搭乗し、気がついたのは飛び立ってからだった。二重の確認を取っていれば起こらなかった手違い。
乗ってしまったのは確かにアダム・アームに関係するものだが、けして、それを欲望の為に使うような人物でもなく、そもそも、その存在を知るのは搭乗した者の親。
八神慎治青年・・・。彼が乗ってしまった事を知ったのはニュース番組の緊急報道。飛び立つ飛行機はすべて管制棟で記録されるために偽りは出来ない。パイロットを務め青年が無事に逃げ伸びて、彼が乗ってしまった事を私へ直ぐに知らせるために報道へ情報を提供したのだと遅れて聞かされた。
何とか彼だけが助かる様に添乗員が試行してくれたが、安否は不明らしい。機転の効くパイロットや添乗員達。海岸沿いの国々に八神慎治青年が流れついたら直ぐに私の処へ連絡が届く様に手配してくれた。
それから二週間、私は彼の消息を手に入れ、現地へ向かう。酷い容態の慎治青年。可能な限りの処置はしてくれたらしいが助かる見込みは少ないとのこと。
私は持参した発展型DRAMを投与して、貴斗青年にしたように慎治青年へもMACをも投与した。そして、再び、私は同じ過ちと罪を繰り返す。
私は詩乃さんからもたらされる医療研究を真っ当に使用しながらも、彼女の願いを穢してしまう事にも用いてしまっていた。何時から私はこのような滑稽な舞台を演じる様になってしまったのだろう・・・。
それから、海外へ出たのでついでに二週間ほど欧州各地を巡り、久々にその土地の友人たちの今後の医療に関しての話し合いを設け、十月の末に帰国した。そして、日本に戻るとまた驚くような情報が私へ届く。それは二〇〇四年に亡くなったっている筈の藤原龍貴氏の長男が生きており、私の事を探っているとの話し。
2・己の命より、親友を。霧生洋介
私、大河内星名は霧生洋介、彼が結城兄妹と接触するようになってからその二人の兄弟、更にその友人である涼崎姉妹、その四人の監視をさせた。アダム・アーム計画によって生まれてしまった子たちには望まなくとも常の人より多くの面で優れてしまう。彼、彼女等がアダム研究系譜の存在と知り、多くの才能が開花してしまえば、その能力を欲し狙ってくる輩もいるだろう。そう言った意味で洋介をその守護として、密かに行動させていた。
涼崎春香、翠、結城弥生の三人の娘はその才能を随分前から発現させていたようだ。涼崎春香嬢は幼少から言葉を覚える才能に長けており、周囲の友人の前で母国語以外使う事がなかったので親も、妹すらも知らない才能。更に記憶力がずば抜けて優れていた。幼少の頃から非常に優れた記憶力を持った人間は言語能力が劣っていたり、知的障害だったり、公汎性発達障害の可能性が高いが彼女は普通だった。回りには運動音痴に思われがちだが、それは物事の判断から行動までの間の信号伝わりが早すぎて身体が対応しきれないからだった。それを知ったのは彼女が入院中DRAMの臨床をしていた頃の事。
次に彼女の妹、翠嬢。姉とは正反対の飛び抜けた身体能力。姉と違って神経命令と体の反応が確実に同期する彼女のその才能が発揮されるようになったのは川で溺れて以降だという。頭の出来も悪くはないだろうが、彼女は今もその才能を発揮できず病院の寝台の上でDRAMの臨床試験続行中の為に寝たままである。
翠嬢の友人であり、藤原医研切っての産業技術開発者、結城将嗣氏と故・巫神奈氏のご息女、結城弥生嬢。彼女は親友と双璧を成す運動性を示し、多くの学術分野も軒並み優秀だった。
しかし、弥生嬢の双子の兄の結城将臣少年は周囲よりも少しばかり学業が優秀くらいで然して目立つ処がなかった。彼が、高校を卒業し、プロ・ボクシングの世界に立つまでは。本人の努力もあるだろうが、負け知らず、日本では初という階級で世界王座の頂に立つ。
霧生洋介だけが理解できる、結城将臣の凡人にはない瞬間的な判断力とその反応反射性。訓練次第で至近距離でなければ拳銃より撃ち出される弾丸ですら見切られるようになると洋介青年は私へ語った。
強靭な兵士を欲する軍事関係者なら彼を拉致し、身体構造を解析すれば同じ様な兵士を生み出せると考えるだろう。将臣青年がボクシングで名声を上げる度に彼の強さの異常さに気が付き、彼の拉致を考えた者達がいたが、既に本職を護衛として申し分ない位に成長してしまった洋介青年によって防いでもらっていた。今、二人の娘は私の監視下、済世病院に居るため護衛しやすかった。しかし、将臣青年の方は洋介青年、一人では対応できない状況までになってしまう。
そして、私の中の屈折した感情を持つ僕が、詩乃さんから生み出された技術が藤原医研以外に渡る事を嫌い渡すぐらいなら、結城将臣青年の存在その物を始末してしまおうと企んでしまう。
二〇一〇年九月二七日。この日、結城将臣青年は世界ボクシング協会主催のウェルター級と呼ばれる階級、日本人選手49年ぶりの選手権戦(タイトル・マッチ)へ挑戦し、激戦の末、見事に勝利を手にしました。
もしもの為にと以前から計画していた事を実行させるために試合後、直ぐに洋介青年へ電話を入れ、それを実行に移させた。洋介青年には将臣青年のアダムの子としての能力を確認すると云う風に伝えてあり、私の本意を知らない。
更に協力者がもう一人いる。それはエレクトラ・ロックフィール嬢。彼女はアーム系譜の子。洋介青年同様に、APPLEに侵されている人物だった。
私が練った計画は次の様になる。交通の少なくなった車道、そこへ酔いが醒めぬままであるエレクトラ嬢が座りこみ、そこへ私が催眠で乗用車のアクセルから足?手を離せなくなった者が乗る車?自動三輪車・・・、トライクルと呼ばれる近年下火に流行しているそれを通過させ、彼女を引くように見せかける。
将臣青年の性格を考えれば、彼女を助けるのに必ず飛び出すだろう。洋介青年には私が車を通過させる間合いと、将臣青年が動きを促す、引き金になってもらう事。それが計画の全容です。二人にはあくまでも将臣青年の非平常時、酒を飲んだ状態での反応反射を見るために試験だと偽り、車は絶対に当たらないと説明した。
ですが、結果は失敗に終わった。矢張り、将臣青年の運動神経が良すぎたのかと考えたが、どうも様子が違うようだった。洋介青年は絶対間に合わないと思ったらしく、持っていた携帯電話を車軸へ投擲し、軌道を外したと私へはっきりと言った。そして、
「大河内さん、本当は将臣を殺すつもりだったのではないですか?」
「もし、そうだったと言うなら、洋介君、君はどうすると云うのだね?考えてみたまえ、君の様にアダム・アームの子として自覚がある者なら、私とて手をこまねいたりはせんよ。彼、結城将臣青年はもういくつもの組織に目を付けられている。対応も君一人ではどうにもならないであろう?そのような輩に渡してしまうくらいなら、いっそ、元からなかった存在にしてしまえばよい・・・」
「俺がこうして、生きていられるのも大河内さんのおかげだと判っている。だが、俺の親友に手を出そうと云う人にこれからも一緒に居たいとは思わない」
「言っておくが、洋介君、君の想う、結城弥生嬢を目覚めさせられるのは私だけなのだよ?思い人と親友、本当に君のとって大事なのはどちらなのかね?」
「将臣も、弥生ちゃんも、どっちも感情の天秤なんかに掛けられる存在じゃないっ!俺にとってどっちも大事だっ!」
「もう私に協力しないと言うのか?私との関係を断てばこれがもう手に入らなくなるのだぞ?自分の命よりも大切な者等を取ると云うのか・・・、それでもよいと言うのか」
「もう一つの選択肢がある。大河内さん、貴方に死んでもらう」
洋介青年は言って、私が預けていたH&K‐P46を取り出し、銃口を私の額へ合わせていた。私は動じないし、彼は直ぐに引き金を引かなかった。彼のトリガーに掛った右手人差し指の力が緩んでゆく。続く様に、掌、肩も。彼の腕が降り、持っていた拳銃が私たちの対峙する境にある机の上に置かれた。背中から弾薬が詰まっていると思しき弾倉も出していた。
「殺されると思わなかったんですか?」
「洋介君、君は、私を知らなすぎる・・・。撃たれる前に対応できる自信もあるのだよ・・・。むしろ、何故、洋介君は引き金を引かなかったのかその理由を知りたいくらいだ」
「僕は人殺しになるつもりはない。本当に人を殺してしまえば、将臣達と顔を合わせられなくなる。それに・・・、俺は過ちを繰り返したくない。俺が拳銃のトリガーを引く事で再び、凶事を起こしてしまうかもしれないなど願い下げだ。あれ以上の罪を俺は背負いたくない。大河内さんがこれからも将臣の命を狙おうとするなら俺は全力で彼奴を守る。誰からも・・・、この命、続く限りな。それが俺の出来るただ一つの贖罪だ」
彼は己の意志の強さを双眼に宿すとその眼で私を見つめ、一瞥してから、背を向け出て行こうとした。
「待ちたまえ」
私の声に顔だけ振り返る青年。
「持っていきなさい、今これが手持ちの最後です」
私はEVEが入った小さな試験管三本を今まで協力してくれた礼と、情けとして投げ渡した。
「私への協力を再開してくれるのならいつでも来てください。その頃までには更に研究して改良版を完成させておきましょう」
「やなこった。これで大河内さんと顔を合わせるのは最後だ・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、有難うございます。それと弥生ちゃんの事よろしく・・・」
そして、有能な手駒を一つ私は失った。
3・対峙、龍才を秘めた男
日本へ戻って休日で誰も居ない3S事務所へ来ると私の執務室である社長室へ入った。椅子に座り、ヨーロッパで話し合った医療機器の開発のまとめを読んでいた。
お昼を過ぎた頃、誰も来ないと思っていたのですが、秘書の槙林麗愛(まきばやし・れあ)が訪れた。彼女は私の素性を知る数少ない人物。
「どうしたのですか、慌てて。しかも今日は休日ですが?」
「みなも・・・、大河内社長っ!何を悠長に・・・、藤原龍一氏、ご存知のかと思いますが」
「ええ、もう九年前に亡くなられた藤原洸大氏の孫がどうかなさいましたか?」
「亡くなられていなかったのです」
「で?」
「でっ、ってああぁもぉ、大河内社長、なんでそのように冷静なのですか?亡くなられた筈の方が生きているのですよ」
「私もそのうちの一人になるのですが、然して驚くようなことではないでしょう、槙林君。まあ、私の場合はどうして助かったのか未だに謎ですがね。君は有能な秘書ですが、一度慌てだすと、本来伝えるべき意志が直ぐ出てこないのは判っていないようですね、貴女は・・・、で?彼が存命していて、私とどのような関係が?」
槙林君は大きく深呼吸して冷静さを取り戻そうとしていました。それから、
「先月の航空事故、社長の仕業だと仮定して調査しているみたいです。社長と言いますか、その時に社長が名乗っていた名前の方です」
それから秘書が語るのは何故今頃になって彼が姿を見せたのかと、それに対する危惧。
「なら、八艘で彼にあって、疑いを晴らしましょう。しかし、生きていたとはよっぽどこの世に未練でもあったのでしょうかね?今になっての覚醒、アダム研究技術の応用は未だ完成ならず、誰もが同じように行く訳でもなく一般向けには至っていないと云うことの表れでしょうか・・・」
二回に渡って龍一氏は研究成果の移植手術を受けていました。一回目にアダム系の移植手術を受け、二回アーム系の移植手術を。DRAMによる体内自然治癒促進で傷は完全に癒えたそうですが、DRAMの定期投与を終了させても彼は目を覚まさなかったらしいです。DRAMを投与した方へRDRAMを使用すると脳障害を起こす可能性が高いと云うので、その改善版の研究が計画され実行された。そして、今年になってそれが出来たらしく、最初の被献体が藤原龍一氏だったと云うのだ。
無事に、それは成功して、彼は覚醒するに至った。彼女の説明ではDDR(Directive-Diffusion-Riboflavin=指向拡散リボフラビン)と命名された新薬の様です。
私は龍一氏に会うために貌を作り直す。秘書の槙林君がその特殊化粧をしてくれる。槙林君の父親が特撮映像界で著名な特殊化粧師だった。父親の影響で物心ついた頃から彼女はそれを独自に学び、高校に上がった頃には親が認めるほどの腕前となっていた。彼女の得意分野の一つとなり、彼女を私の秘書にする一因にもなっていました。
私は八艘の名で働き続けさせている社員と入れ替わる為に連絡し、三重県鳥羽市へ向かいました。
面と向かって会う彼、藤原龍一氏はとても好青年に見えました。しかし、彼の双眸に宿る光はとても鋭く、常人とは思えない凄味が?英知が宿っているように見えました。
「ええ、私が八艘飛燕ですが、何か御用ですか」
彼は私へ問う。八神慎治青年が乗っていたあの飛行機の事故は私が画策したものだと。そのような彼の言葉に本当の事を口にする者など、自らの犯罪を意気揚々と警察機構関連者の前で語る者など世の中にどれだけいるでしょうか?それは愚者か大物のする事でしょう。私はどちらになるつもりもありません。ですから、私も言う答えは決まっています。
「それは心外ですね。どのような理由があって私が多くの人達の命を奪うと言うのです?甚だおかしい事を貴方は不躾にも語ってくれるものです。もし、貴方が警察と類似の調査機関の方なら、私にその様な疑いを掛けるのであれば、それ相応の情報を提示した上で、疑ってもらいたいものだ」
私の言葉は冷静でした。しかし、相手の反応を見るために目だけは不満そうに訴える。私の言いに龍一氏は右手の揃えた指の背を顎に当て、考える仕草をする。彼は諦めたような溜息をつくが、私を疑っている事は雰囲気で判りました。
彼の才覚が感じるのでしょう、私の中に潜む禍の火種を。彼は黙ったまま何も言わないので私の方から切りだしました。
「他に御用は?」
「いいえ、不機嫌な思いをさせて申し訳ございません・・・、・・・、・・・」
龍一氏は頭を軽く下げ非礼を詫びる。心がこもった声を感じるが更にその奥には未だ私への懐疑が拭いきれていない感じがしました。
「今は見逃してしまうことになりますが、またお会いしましょう」
去り際の彼は私へそう呟き、私はすれ違い彼が私の顔を見られなくなった時に口を釣り上げ鼻で笑っていた。そして、次に彼と会う事になったのは全ての幕が閉じられる時でした。
名古屋のオフィスに戻り、自室に入り、扉を閉めた瞬間、私は背後を取られました。私の首筋には刃渡り一尺程度の長さの短刀が紙切れ一枚分の処で停まっていました。逆手に持つ人物の手の造りは明らかに女性。
短刀の柄頭付近に見える紋様。先祖が奥州から逃れ代々受け継がれし家紋の丸に剣三つ星。今、その家紋入りの刃を持っているのは妹の華月に他なりません。
「華月、一体何のつもりです?」
「お兄様こそ、本当の御顔をお隠しになり、何をお考えなのですか?」
私は妹のそれには答えず、
「何時まで、そのような姿恰好で貴女は破魔師をつづけるのです?継がせられる甥も姪もいるのに・・・」
妹は元々の彼女の意志よりも私の答えに合わせる様に、
「お兄様、わたくしとお兄様のお母様、智鶴お母様はいつまでそれをなさっていたと思うのです?」
「確かに私たちは二十歳を過ぎていましたが、今の華月よりは若かった筈です」と言うと華月の持つ刃が私に触れようとしました。その瞬間、私は消える様に彼女の前から姿を消し、妹の背後に回る。何時も常備している手術刀(メス)を彼女の首筋に突き立てました。
「確かに人外魔性との戦いは華月の方が慣れているかもしれませんが、身の熟しの才は私の方が上なのです。無駄な手間を取らせないでください。それと私に後ろを取られるようなこの状況では華月、早く、陸斗君か、天雫君かに継がせて引退する事を勧めます」
「ふぅ・・・」
妹は諦めきったかのように肩の力を落とすと一歩前に出て私へ振り向いた。
「で、華月。本当の要件は何です」
「草彅にお気お付けください・・・、唯それだけでございます・・・。お兄様も、もう、いらぬ事はせずに身を固めてください・・・」
「余計なお世話です。長男が次世代の血を残さなければならないと云う掟は我が家に古来より存在しない。古から続く血を絶やさぬ事、人外魔性と戦い且つ時代の人目に着かない歴史を後世に残し続ける事が我々の使命。兄妹誰でもよいのだよ、生き残るのは。既に華月は既婚して、陸斗君と天雫君がいる。もう心配はいるまい。華月にくれてやった化け物どもと戦う力も返してもらいたいと思わぬしな・・・」
「わかりました・・・。お兄様、こんごとも無茶はしないでください」
華月はその様に最後言葉を私へ呉れると、その姿が元からなかったように忽然と姿を晦ました。そして、
「草彅か・・・」と居なくなった華月がいた場所を見ながらつぶやきました。
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