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第 一 章 朋、崩れ行く関係、明と闇

第二話 支え、姉のように

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 春香ちゃんの入院を知ってから早一ヶ月が過ぎようとしていました。
 親友あの容態の所為で彼女の恋人である柏木君は塞ぎ込んでしまうし、貴斗君は彼と顔を合せればいつも口喧嘩。
 幾度となく貴斗君にその理由を聞いて見ましたけど何もお答えしてはくれません。
 くわえて、香澄と八神君、二人は貴斗君と柏木君が喧嘩する理由、それを知っていたご様子。ですけど二人とも口を噤んでしまい、私だけ蚊帳の外。
 そう言う風に思えてしまいます。ですから、何時かきっと、貴斗君本人が私に教えてくれる事を信じて今はお待ちする事にします。
 話は変わって一つだけ知る事が出来たものもありました。
 貴斗君、今の彼が心に抱いています恐怖。それは今までお見せしてくれた事のなかった貴斗君の心の一面。私の知っている貴斗君は昔から強がってばかりいましたから心の弱さなど見せてはくれませんでした。ですが、彼にもそんな一面がある事を知れて非常に嬉しく思います。ですから、これからはそんな彼の一面をお支えしてあげたく思います。

2001年10月14日、日曜日
+ 病院内 +

 春香ちゃんの病室の扉をノックし挨拶をして中に入ろうとしましたが誰からの応答もありません。
 静かに扉を開け中の様子を伺う。矢張り誰も居ない様です。恐縮しながらも春香ちゃんの前まで移動し近くにあったスチールパイプ椅子に腰を据えました。静かな吐息を立て未だ目覚める事のない彼女を眺めながら語り掛けるのです。
「春香ちゃん、今日もお見舞いに参りましたよ。今は私が春香ちゃんの分の授業ノート取っていますからご心配しなくても大丈夫です。でも余り、私の手を煩わせないでくださいね。私は受験組みとして聖陵大学を受験するつもりで頑張っていますので、クスッ・・・・・・」
「クラスの何人かは貴女が来なくなって『進級のライバルが減った』って喜んでいましたけど、本当はみなさん心配しておりますよ。だから、早く元気になって下さいませ。それに柏木君もこれ以上待たせると本当に彼、お潰れになってしまいます。・・・、フゥ~」
 最後の言葉を掛けると、どうしてか気分が沈んでしまいました。ほんの束の間、彼女を眺めていますと病室の扉が開く音が聞えてきたのです。そして、その方を振り返ってみました。
「アッ、詩織先輩!来てくれたんですね、お姉ちゃんのお見舞いに」
「翠ちゃん、こんにちは。お邪魔しております」
「コンニチハ、先輩」
 いくつか彼女と会話を交え、今日初めて彼女が聖陵高校に推薦ではなく受験で入学すると言うのを聞かされました。その理由を聞くと苦笑せずに居られません。その理由が余りにも中学時代の香澄にそっくりでしたので。
 その理由とは体育推薦枠で幾つも高校をお選びになれるようで、それをクラスのお友達に羨ましがられたのに対して彼女は〝だったら受験で合格して見せるわよ〟と言ってしまったらしいのです。
 違いが有るとすれば香澄は部活一筋、少なからず翠ちゃんは部活と勉強を両立させていたと言う事ですね。それで、彼女の受験先は何処と申しますと、香澄や私が通う聖陵高等部。
 エスカレーター式の学園とは言え他校への進学学校としても有名ですので受験レベルは高い方です。
 以前の香澄の努力は相当な物でした。それを私は記憶に残しています。
 翠ちゃんは少々後悔しているご様子で、それを私に打ち明けてくれましたのよ。
「詩織先輩も今年受験で大変なの、分かってますが・・・、そのっ、勉強教えてもらえないでしょうかぁ?」
 その彼女の言葉を聴いて昔の香澄と重ねて見ました。そして、間を置いて考える素振りを見せます。
「そうですねぇ~~~。・・・・・・・・、おわかりいたしました。時間が空いている時で宜しかったら見て差し上げられます。文系の方ならどうにかなりますが理数系は難しいかもしれません、それ程得意と言うわけでもありませんし。・・・・・・・・・、貴斗君がご協力してくれれば良いのですけれど」
「あの人がですか?」と翠ちゃんは不思議そうにそう尋ねてきました。
「貴斗君、理数系教えるのとてもお上手なのですよ、ウフッ」
 嬉しそうな表情を作り彼女の疑問顔にお答えした。するとそう言った後すぐに、新しい来客が現れたのです。
「失礼、藤原です。お見舞いに参りました」
 そう丁寧に挨拶をして入室してきますのは・・・、私の彼氏その人でした。
「あはっ!貴斗さん。いらっしゃいませぇ」
「貴斗君、フフッ」と彼を見ると笑みがこぼれてしまう。
「・・・詩織、来ていたのか。それより何故、俺を見て笑う?」
「噂をすれば影という言葉が実証されたからです」と彼に笑った本意をお聞かせした。
「変なことじゃないだろうな?」
「そんな事ないです。貴斗さんに勉強、教えて貰う事が出来たら良いなって」
 今までのお話の経緯を彼に御教えした。彼は押し黙って考えているみたいです。
「・・・、しかしなぁ~~~」
「駄目なんですかぁ?貴斗さぁ~ん」
 翠ちゃんは哀願の瞳で貴斗君を見ますけど、彼はどうも答えお迷いしているようです。
「この前、貴斗君、言っておりましたよね?もし、春香ちゃんが当分、目を覚まさないようでしたら私達が翠ちゃんの精神的な支えになりましょうって・・・・・・、違いましたかしら?」
 そう言い終えると貴斗君の表情に変化が見られました。
「しっ、詩織、そう言う事は翠ちゃん本人の前で言うな」
 冷静な言葉とは裏腹に彼はヒドク動揺しているみたい。それを聞いた翠ちゃんは表情をパッとさせ、
「貴斗さん、それホントですか?」と嬉しそうに聞き返していました。
「あの時、言ってくれましたお言葉は嘘でしたの?」と表情を暗くし彼にお伺いしたのです。
「・・・、わかった。ただし、俺に迷惑掛けても構わないが詩織に負担掛けさせないのが条件だ」
 貴斗君はそう条件付で翠ちゃんの勉強を見る事をご承諾してくれました。
「有難う御座いますぅ」
「貴斗君、頑張りましょうねぇ」
 私のそれに貴斗君は双眸をお閉じになって静かに答えを返してくれたのです。
「努力する」と。
〈その口癖は昔と変わりませんのね〉と心の中で呟きました。

~ 2001年11月7日、水曜日 午後、涼崎家宅 ~

 今日は学校が終わった後、貴斗君とご一緒して翠ちゃんの勉強を見て差し上げますとお約束していました。
「ウゥゥーーーン?」
 問題集と参考書を交互に睨めっこしながら翠ちゃんは必死に考えています。
 彼女の勉強をお伺いしながら私自身も受験勉強をしていました。
 貴斗君はと言うと・・・、両手で器用に〝クルッ、クルッ〟とペン回しをしていましす。
 彼は勉強する気などサラサラないみたいですね。それを見て苦笑すると彼は気まずそうにその手を止めました。
「翠ちゃん、悩み過ぎると解る物も余計に解らなくなる。そんな時は、意固地にならないで聞いた方がいい」
 そう彼は優しく彼女に問いかけていました。
「有難う、貴斗さん。それじゃ、ここの部分ですけど、どう解けばいいのか教えてくださぁ~いっ」
 翠ちゃんは解けない部分を鉛筆で指しながら彼に尋ねていました。
 彼の教え方が気になってついそれを覗いてしまいました。
 彼は自分のルーズリーフを使ってその手順を事細かく順を追って説明していく。
 図解入りなのでとても解り易いです。
 それは私が知っている(習った物)とは違う解法でした。改めて貴斗君の理数系センスの凄さに感歎してしまいました。つい自分の手を休めそれを見入ってしまっていました。
 今の貴斗君は中学校までの時とは大違いです。だってあの頃の貴斗君ッたら勉強より運動とそう言う感じでしたから、宿題やテスト勉強とかを私がお教えして差し上げないと全然手をつけないのですもの・・・、あの頃が懐かしいです。
 でも、今の貴斗君にはその記憶が無いのですよね。複雑な気持ちになってしまいます。
 私の勉強の手が止まってしまっていることを彼がお気づきになったようです。
「詩織、手が止まっているぞ!」
「フフッ、つい見入ってしまして」
 そう答えるとまた勉強を再開しました。
 そのあと暫く翠ちゃんと彼のやり取りが続く。
 チラッ、チラッとたまに彼と翠ちゃんのやり取りが気になってしまい覗き見してしまいます。
 彼の表情は微妙ですけど、なんとなく優しい面で彼女を見ているような気がする。
 本当は非常に気になりますけど気にしないで勉強を続けました。
 やがて途中、高次元方程式で躓き悩んでいますと、私の事に気付いてくれましたのか?
「どうした、詩織、解らない所でもあるのか?」と尋ねてくれました。
「この高次元方程式なのですけど、幾らやってもお答えが合わないのです」
 その問題を貴斗君に見せようとしました。
 その時、一瞬ですけど翠ちゃんが睨んだ様な気がします。定かではないのですけど。
 貴斗君は私にも丁寧にその解法を教えてくれました。
 幾つかのパターンがあるらしく、それらの使い方もお教えしてくれましたので残りの問題は貴斗君がくれた公式パターンを元にそれを当てはめる。
 貴斗の導きでテンポの良い調子で進むので嬉しい気分になっていた。
 自分の腕時計で時間を確認しますと午後7時過ぎをさしていました。
 ここに来て約三時間が過ぎていた。
 翠ちゃんと私は必死になって勉強していますもののやっぱり貴斗君は教えている時以外、ぼんやりと教科書を眺めているだけでした。
 一息を吐こうとすると、
『コンッ、コンッ』と翠ちゃんの部屋のドアをノックする音が聞こえ、物腰の柔らかそうな一人の女性が入ってきました。
「詩織さん、貴斗さん、翠の勉強を見てくださって有難う御座います。お食事の用意が出来ましたので一階まで降りてきて下さるかしら?」
 丁寧な口調で私達にお話して来ましたその人は春香ちゃん、翠ちゃんの母親の葵さんでした。
「そっ、そんな、お気になされなくともよろしかったのに」
「気遣い無用」
「いつも翠がお世話になっているものでそう言う訳にはいきません」
「貴斗さんも、詩織先輩も遠慮なんかしないでくださいぃ!」
 彼と共に私は彼女に連れられて一階へ降りて行く。何となく毎回、似た様な展開でお食事に誘われていました。
 食事中、翠ちゃんは貴斗君の事を色々とお尋ねしてきました。その内容は答えにくいものが多く、たじろぐ一方で。貴斗君は時折、その質問の内容について溜息を吐いていた。
 夕食を終え再び、翠ちゃんの部屋で勉強をする事二時間。
「そろそろ、頃合だ、お開きにしよう」
 貴斗君に言われて時間を確認。
 9時30分過ぎ、立教台駅から国塚駅方面の終電は11時47分。
 まだお時間は十分あります。しかし初めから彼に9時半までと言う約束されていたので切り上げる事にしました。
「詩織先輩、今日も有難う御座いました」
 そう言いながら翠ちゃんは私に抱きついてきました。
 そんな彼女の頭を撫でながら言葉をかけて差し上げます。
「翠ちゃん、今日も頑張りましたわね」
「ハイッ」
 元気のよい返事を返してくれました。それから私との距離を置き、
「貴斗さんも有難う御座います」
 向き直り彼にも御礼を口にし、お辞儀をする翠ちゃん。
「今日もよく頑張った、さらに精進しろ」
 そんな彼女に私の彼はブッキラボウに返答していました。それで、貴斗君のその態度を見て〝クスッ〟と小さくお笑いしてしまうのでした。
「詩織、何故笑う?」
「別にたいした事ではなくてよ、フフフッ」とまた笑ってしまいました。
 すると私の不理解な行動を見た彼は〝フゥ~~~〟と大きな溜息をお見せしてくれる。
 私達は翠ちゃんと別れ、国塚方面へと向う。
 〝独りでも大丈夫、帰れますから〟と貴斗君に言ってお聴かせしました。ですがあっさりと〝却下〟と即答されてしまいます。
 彼と言うナイト(辱ぃ~~~ポッ?)と共に私の家へと向かっていました。
「ネェ、貴斗君?翠ちゃん随分とお元気よくなってまいりましたね」
「そうだな」
 春香ちゃんの入院当初、一向に目覚める事のない彼女。それの所為で翠ちゃんは酷く塞ぎ込んでいる様に見えました。
 彼女にとってそれだけ春香ちゃんが大事な存在だと言う事を物語っています。
 香澄、貴斗君、私はそんな彼女をお支えしてあげたくてどうしたら宜しいのか、と考えていましたけれども中々切掛けが掴めませんでした。ですから翠ちゃんが家庭教師を頼んでくれました時、機会到来だと思ったのです。
 香澄にもその事をお知らせしたのですが・・・・・・・・・、今はそれ処ではないご様子。現在、彼女の目はある人の事だけを追っているようでしたから。
「ネェ、貴斗君、私達ちゃんと翠ちゃんのお支え出来ているのかしら?」
「フッ」と彼は鼻で笑いながら
「弟のいるオマエなら大丈夫だろ、年下の扱いも慣れているだろうし。俺の方はどうだか知らんがネェ」とやや自嘲気味。
「貴斗君、そんな事をお言いにならないで二人で頑張りましょうよ、ネッ。二人の妹と思えますように・・・」
「フッ、わかった努力する」
 彼の仕草を読み取って、
「本当かしら?」と言って彼の背中に指文字で〝ウソツキ〟となぞった。
 今の彼、記憶喪失の所為でしょうか物事の考え方がやや悲観的ぎみになってしまっています。私の知っていた以前の彼はすごく前向きな人でしたのに―――――――――、そんな今の彼の心を私はこれから先変えて差し上げられるかしら?いいえ違います。私が変えて差し上げるのです。だって彼の恋人なのですもの・・・、彼の事をすごくお慕いしています、ア・・・・・・ィしておりますから。
 貴斗君の記憶喪失、彼のそれが早く治って下されば、その様な事を気にする必要ないと思うのですけど。彼の記憶がお戻りになるのと春香ちゃんがお目覚めになるの一体どちらが早いのでしょうね・・・。何って事を思ってはみましたがはっきり申しましてワタクシには予想できません。などと考えているのですけど、途方もなく重大な事に私は気付けないでいます。それは・・・・・・、貴斗君の失くした記憶の裡にある彼が私に対して向けていた想い。
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