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第 二 章 ハイスクール・ライフ
第六話 殺意の衝動
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それは春香お姉ちゃんが事故にあってから眠り続け、二年目の夏のことだった。
私の心の中に積もりに積もっていた負の感情が頂点に達しちゃって爆発してしまったの。
その所為で、今の私にとってお姉ちゃんよりも大事な人に怪我を負わせてしまった。
大好きなあの人に。
~ 2003年8月7日、木曜日 ~
水泳地区大会、三日前の夜。
私はいつもの報告をするため春香お姉ちゃんの所へ足を運んでいた。
部活帰りだったので、弥生と将臣も一緒。
今はお姉ちゃんのお見舞いが終わって弥生の家に遊びに行くところだった。
「はぁ、いつまで家のお姉ちゃんああやって寝てるつもりなんだろう?弥生ちゃんのねぼすけも、顔負けってかんじぃ」
「あぁ、みいちゃん、弥生に酷いこといってるぅ・・・。はうぅ、でも、本当に春香先輩どうしちゃったんだろうね?」
「おい、翠、お前なんか俺たちの知らないところで先輩になんかしてんじゃないのか?」
「バカマサッ、そんなことする訳ないでしょっ!失礼しちゃうわねぇ、まったく」
将臣のヤツがとんでもない事を言うからつい向きになって怒った顔をつくり、それをそいつに見せてあげるんだけど、へらへらした表情を作って返してくるだけで、反省の色はまったく見られない。
本当に失礼なヤツ。
「でも、ほんと、弥生ちゃん、お姉ちゃんのお見舞いなんかにつき合わせちゃって迷惑掛けちゃったね。はっきり言って将臣は邪魔でしかなかったけど」
「うっせぇなぁっ、こんな時間まで妹独りほっつきあるかせるわけにゃぁ、いかねぇんだよっ、こいつの保護者として」
「将臣おにいぃちゃん、いつまでも弥生を子ども扱いしないでよぉっ!」
「そういう意味で言ってんじゃねえぇの。俺くらい強そうなヤツが居れば、悪い連中も二人に手を出せないだろ?感謝しろよ、わっはっはっは」
「良くそんなことがいえるわね。将臣なんかいなくたって・・・???ハッ」
私は今、逢いたくない人に街中で遭遇してしまう。
私はその人を目にしたとき、さっき、将臣に見せた怒った表情より更にそれの上を行く顔を作ってしまっていた。
遭遇したくない人の隣に居た人にはそんな顔を見せたくなかったのに、でも、私は赴く感情のまま行動をしちゃっていた。
それに逢いたくなかった人、香澄さんに暴言を吐いちゃうの。
「あなた、何しにこの街に来たんですか」
「翠ちゃん・・・」
「いいのよ、しおりン。何を聞くと思えば、翠、きまっているでしょ?春香の見舞いよ。そんなことも分からないの。それ以外、双葉に来る用事なんてないわ」
「よくも、ぬけぬけとそんな事を平気な顔で言えますね?おねえぇちゃんを裏切った人が、よくそんなこといえますねぇえっ!それに貴女なんかに私の名前を気安く呼んでもらいたくないですっ、虫唾が走りますっ!」
「おいっ、よせよ翠。お前と藤宮さんの隣の人がどんな関係かしんねぇけど」
「みぃちゃん、けんかはよくないよぉ」
「ふたりともだまっててっ!これは私個人の問題なの。あなたは春香お姉ちゃんを裏切っただけじゃ、飽き足らず・・・、私の期待も裏切って、詩織先輩から泳ぐ事をやめさせたあなたなんかにっ、お姉ちゃんの見舞いになんかする資格なんてありませんっ!今の貴斗さんに嫌われて当然ですっ」
私は今最低な事を大好きだった香澄さんに言っちゃっていました。
私の中に押し寄せる感情の波を止められなかった。
そんな自分が情けなくて、悔しくて、そんな私自身を見られたくなかったから、前を見ることが出来ないで、下を向いちゃっているんです。
そんな私に、詩織さんが諭すように話しかけてくれる。
だけど、そんなしおり先輩の言葉にも反抗的になっちゃって、つい余計なことまで口にしてしまう。
今の私、依怙地になりすぎちゃっていました。
「翠ちゃん、私が、競泳の道を続けませんでしたことと香澄は関係ないのです。無関係なのです。ですから、今の言葉だけはご訂正していただけませんと、翠ちゃん、あなたのことをお許ししますことはできませんよ」
「詩織先輩っ、嘘は吐かないでくださいっ!私知ってますっ!今一緒に部活のコーチしてくれる先輩を見ていて一緒に泳いでくれていて、詩織先輩、本当に泳ぐの好きなんだなって、なのに・・・、そうなのに、好きな事のはずなのになんで続けなかったんですかっ!・・・、それはあなたのせいでしょっ!」
「翠、言いたい事はそれだけ?あたし達もこんなとこで無駄に時間を過ごしたくないの。春香の見舞いに行かなくちゃ行けないから」
「なにさっ、大人風を吹かせちゃって、詩織先輩ならまだしも、あなたなんかっ、あなたなんか、だいっ嫌いです。消えてくださいっ、春香お姉ちゃんの見舞いなんかも行かせません。はなせぇ、ばかまさぁっ!弥生ちゃん、アンタまで何するのよっ、どこ触ってんのよっ、バカマサッ、はなせっ、お邪魔ツインズっ」
香澄さんは、私に涼やかな視線を浴びせると詩織さんと一緒に病院の方へと速めの歩調でいってしまった。
私たちの視界から消えてしまう。
でも、これでよかった。
弥生と将臣にお邪魔ツインズなんて口にしてしまったけど、止めて貰って嬉しかった。
だって、二人が私を止めてくれなかったら、勢いに任せて、香澄さんに殴りかかっちゃっていたから。
どんな事があってもそれだけはしたくなかったから、二人に、感謝、感謝。
でも・・・。
「いつまで、さわってのよっ、えろまさっ!しねっ!」
「ぐふぁぁっ」
私と将臣の位置と身長差的にヤツは私の胸を触っていた。
だから、怒りの矛先を弥生の兄貴に向け、それを最大限に放っていた。
普段だったら、かわされちゃっていそうな私のパンチも今は見事に将臣のどてっぱらに命中です。
「ねぇ、みぃちゃん、今の詩織先輩の隣に居た人って隼瀬香澄さんでしょう?どうして、みぃちゃん、香澄さんのことすっごく尊敬していたじゃない?」
弥生は私にそういってくれちゃいます。
どうしよう、弥生には本当のことはなしておいたほうがいいのかな・・・。
「はぁ~、良いよ、弥生ちゃんにだけは話しておく・・・、どうして、私があんな態度取っちゃったかって事・・・、それはね」
それから伸びちゃっている将臣を放置して弥生だけにそのわけを説明し始めた。
ただし、弥生には絶対知られたくない私の想いだけは秘密にして。
それから、全部を弥生に話してあげると彼女はすっごく悩ましげな表情を浮かべ、私が言った事を整理しているようだった。
「みぃちゃん、それよくないことだよぉ。ただのやつあたりぃ。香澄さんが居なかったらその柏木さんって男の人、どうにかなっちゃっていたんでしょう?だったら、おかしいよ、みぃちゃんの言うこと」
「弥生ちゃん、なんかに言われなくたって、わかってる、わかってるけど・・・、でも。あぁ、もうこのお話は終わりっ!いい、弥生ちゃん?この話持ち出したら絶交だからね」
「みぃちゃんのいじっぱり。はうぅ、でもみぃちゃんに嫌われたくはないから、聞かないことにしてあげるからね。いっぱい感謝してね、ニコッ」
「ハイ、ハイ、いっぱい、いっぱい、かんしゃしてあげちゃいますよぉ~~~だっ」
私のひねくれた言葉で返してやっても弥生のやつは平然と嬉しそうにしていた。
ほんと、弥生ってどんな思考回路しているのやら・・・。
弥生との会話が終わった頃に将臣のやつが復活。
でも、打ち所が悪かったのか、少しだけ、記憶が跳んじゃっているみたい。
ウン、でも私には好都合。
だから、弥生にアイ・コンタクトで余計なことは口にしないようにと伝えてみるけど、私の意に反した事をしてくれる。
はぁ、弥生に期待をしたのが馬鹿だった。
~ 2003年8月10日、日曜日 ~
今日行われた地区大会も何とか無事終わり、その報告をするため今は春香お姉ちゃんの休んでいる病院の病室に居た。
でも、私の心は灰色だった。心の中が混沌としていた。
昨日は弥生とお姉ちゃんと香澄さんの事で喧嘩しちゃうし、それは今日まで続いちゃっていて、大事な大会だって言うのにお互いに顔を合わせても知らん振り。
詩織さんは応援に来てくれない。
一昨日、香澄さんにあった事を思い出しちゃって、複雑な気持ちで、試合に臨んでいた。
結果としては関東大会出場の権利を得たけど・・・、それは去年の様に私自身の実力じゃなくて、同じ種目に出ていた他校の選手の出場権利辞退の繰り上がり。
嬉しいはずがない。
何で、私、こんな暗く、辛い気持ちになるんだろう?
なんで、私、目標とする人達が居なくなっちゃったのにこんなにも一生懸命、水泳を続けているんだろう?
どうして、大好きだった人を嫌いになっちゃったんだろう?
今まで喧嘩したことなかった弥生ともそれをしちゃうし、詩織さんと貴斗さんに二人には甘えすぎてしまって迷惑を掛けてばかり・・・。
なんで?どうして?それは・・・、
「全部、お姉ちゃんの所為です・・・、全部、春香お姉ちゃんの所為です・・・、どうして、目を覚ましてくれないの?どうして、みんなに迷惑掛けるの?お姉ちゃんがこんなんに、ならなかったら、柏木さん、あんな風にはならなかったのに、香澄さんと一緒にならなかったのに、その所為で、水泳辞めちゃわなくてもすんだはずなのに・・・、・・・、・・・、大好きな・・・、大好きな香澄さんを嫌いになるはずがなかったのに」
「今だって本当は好きなのに香澄さんに八つ当たりしちゃっています。弥生ちゃんと喧嘩しちゃったのも、詩織さんと貴斗さんに迷惑掛けちゃっているのも。お姉ちゃんがそんな風になっちゃったからだよ。パパも最近なんだか私に冷たい。ママは気疲れしやすくなっちゃったし、・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、」
「こんな風に私の周りが可笑しくなっちゃったのも・・・、こんな風になっちゃったのも、お姉ちゃんの・・・、春香お姉ちゃんの所為なのに・、・・、・・・・、・・・・・、・・・・・・、なんでっ、そんな涼しい顔して寝ていられるんですか?教えてよ、答えてよ」
私は椅子に座り、制服のスカートの上に握り締めた拳を置いて、それを震わせていた。
私の顔は震えるその両拳を見つめている。
そんな状態でブツブツとそんな風に陰気に呟いちゃっていた。
「答えて・・・、答えられないんだ・・・、当たり前だよね。起きていないんだもん、おきられないんだもんね?こんなんじゃ、死んでいるのと全然変わんないよね?なら・・・、死んじゃっても同じだよね?お姉ちゃんが居なくなれば、もう、誰も傷つかない。もう、誰もお姉ちゃんの心配なんかしなくていい・・・。だから・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、だから、死んでください」
棚の上に置いてあったヘンケルスの果物ナイフに私は震える手で腕を伸ばす。
一度も使っていない新品のナイフ。
それを掴む。鞘に収まったナイフをじっと見つめる。
それを見つめる私の瞳は無感情なほどに濁っていた。
壊れかけた感情がゆっくりと鞘からナイフを引き出す。
がくがくと、手の揺れが激しくなる。
私の心の奥底が、今やろうとしていることに歯止めを掛けようと両手を震わせていた。
でも、ナイフを抜く手は止らない。
最後まで抜けきった時、手の震えで私自身の手を傷つけ仕舞いそうになっちゃった。
片手に握ったそれの刃の部分をじっと眺めていた。鈍く光る刃先。
〝ふぅ〟
と意味もない呼吸をする。
両手、逆手でそれを握り締めた。そして、
「春香お姉ちゃん、お休みなさい・・・、・・・、・・・、・・・、永遠に・・・」
震える手で握られたそれは私のたった一人しか居ないお姉ちゃんに振り下ろされちゃったの、お姉ちゃんの胸、心臓に向って。
私の双眸は閉じられていなかった。
でも、虚ろな瞳はその状況を認識していないかった。
『グシュゥッ』
そんな音が一回だけ、私の耳に届く。
重い物を突き刺した感覚がナイフを伝わって私の手にも感じられた。
それはお姉ちゃんの心臓に突き刺さったんだって思っていた・・・・・・。
私、春香お姉ちゃん殺しちゃったんだ。
本当の目の前の状況を認識していないくせにおねえちゃんを殺しちゃったんだって勝手に認識しちゃった私は無感情な瞳で涙を流し始めていた。
でも、現実はとってもちがちゃっていたの・・・。
「何をやっている」
冷静な声で誰かが、そう言っていた。
私の目の前の現実が凄惨であるはずなのに、それを見ているはずの人はただ、冷静にそんな風に口にしていたの。
その人の声で、とんでもない現場を見られちゃったんだって思って、私の両目に色が戻っていた。
だけど、まだ完全に正常ではない。
そして、本当の現実の状況が私の目に飛び込んでいた。
私の振り下ろしたナイフは春香お姉ちゃんの胸なんか刺していなかった。
ナイフの先端はお姉ちゃんの胸ギリギリで止められちゃっていた。
でも、その刃先からは刃の面や刃の部分から伝わってきた紅く鮮やかくも闇の様に黒くも見える血が滴り落ちていた。
それは淡い白桃色の春香お姉ちゃんのパジャマの胸の部分を緩やかに紅く染めていた。
あまりの出来事に握っていたナイフから手を離してしまっていた。
両手を頬に当て、驚愕の所為で、頭を震わせちゃっていた。
私はそれを見た瞬間、大声で叫んでしまいそうになった。
でも、その人の、彼の存在が、雰囲気が、それをさせてくれない。
その人はその人自身がどんな状況になっているか理解していないのか、本当に冷徹なくらい冷静だった。
「翠ちゃん、何をやっている?違うな、何をやろうとした?」
「たっ、貴斗さん?そっ、そんなことより、そんなことより、はっ、はぁぁっぁああはやくそのてを、その手を先生に」
怪我を負わせてしまった貴斗さんの手を早く先生に診てもらって手当てをして貰いたかった。
だから、恐怖心を押さえ込み、無理やり言葉を口から出したし、近くにあった医局連絡用のボタンに手を伸ばしそれを押そうとした。
だけど、貴斗さんは怪我していないもう片方の手でそのボタンをすばやく奪い、顔は私に向けているけど、目を閉じた状態で、ナイフが刺さったままの手をだらりと床の方へ垂らして、またも冷静に言葉をくれる。
「答えてくれ、翠ちゃん。いったい何をやろうとした?それにこれを押してどうする?駆けつけた医者や看護婦はこの状況を見て何を思う?翠ちゃんが疑われるとは思わないのか?ふっ、馬鹿が、翠ちゃんに嫌疑が掛かる様な事を俺がさせる訳ないだろう・・・」
「何で、そんな風に冷静になれるの?ウゥウゥウクッ、ヒクッ、言うから、ヒクッ、お話しするから、だから、貴斗さん、早く、その手を先生に診せてよっ!お願い、翠の、私のお願いを聞いてよっ、おにいちゃぁんっ、おねがいっ!」
凄く罪悪な意識を感じちゃった私は涙目、泣きそうな顔で、膨れた顔で貴斗さんにそう訴えた。
私のさっきまで色を失っていた瞳が完全に甦り、必死に彼に懇願していた。
貴斗さんの手に刺さったままのナイフに手を掛けてそれを抜こうとするんだけど、
「余計なことはするな。余計に血が吹き出る。こういう時はこうすればいい」
そういって、貴斗さんはお姉ちゃんの体を拭く時に使っているタオルをナイフの上から覆うとその上から柄を握りそれの抜き、器用にナイフだけを床に落として、タオルを手に巻きつけた。
その時始めて、物凄く痛そうな表情を作って、春香お姉ちゃんの病室を出て行った。
私もそんな貴斗さんを追いかける様に病室を出ていた。
「ここは病院です。走ってはいけませんよ。患者さんと衝突したらどうするつもりですか?藤原君、それと涼崎さんの妹さん」
「ふっ、愁先生か、ちょうどいい。俺の不注意で手を怪我してしまった。見て貰いたい」
それから、貴斗さんは調川先生の手で治療を受けていた。
私はその間、診察室の前の椅子ではなく、床にお尻つけて両膝を抱え、頭をその中に埋めながら、彼の出てくるのを待っていた。
いつその部屋から出てきたのか分からなかったけど、こんな状態の私の頭を怪我していない方の手でなでてくれていた。
「終わったぞ、待たせたな、翠ちゃん」
「お兄ちゃん、その・・・、ごめんなさい・・・。本当にごめんなさいです」
「初めに謝る相手が違うだろう?・・・。それよりも、なぜ、あんな物を彼女に向けた・・・」
貴斗さんはそう口にするとお姉ちゃんの病室に向って歩き始める。そして、私は、
「そっ、それは・・・」
と声にならない、声で答えようとすると、立ち上がって、彼を追う。
彼の歩調はとても速かった。
病室に到着するまで、一言も会話できなかった。
先に貴斗さんが病室に入り、後から、私が入って扉を閉める。
すると、急に貴斗さんはこっちを振り返り、
「ここなら他の誰かに聞かれることはないだろう。大声を上げなければ。春香さんは論外だ」
言ってから一瞬、お姉ちゃんの方に振り返り、病室の隅に移動して壁に背を持たれかけさせると、私の方へ完全に顔を向けてくれちゃったの。
それと、そこまで移動する際に床に放置していたナイフを拾い、先生に診て貰う前までに巻き付けていたタオルで今度はそれを隠すように巻いていた。
私はそんな貴斗さんの顔を直視できず、顔を背けちゃっていた。
更に、さっき私がしてしまった行為に体が振るえ立っていられなかった私は椅子に座り込んじゃっていて、両方の膝を内側に向けて足の形をハの字にしてその隙間から見えるその椅子の淵を掴んでいた。
黙っている私に、彼は何も話しかけてくれない。
ただ、私から話すのを待っている様な感じだった。
そんな状態が暫く続く。
その時間の流れが、私に冷静さを取り戻させてくれちゃうんです。
それから、何で、あんな事をしてしまったのか、春香お姉ちゃんにナイフを突きつけ様としてしまったのか話し始めていた。
その間、貴斗さんは一度も私の話すことに口を挟まなかった。
春香お姉ちゃんの為だけじゃないけど、がんばって水泳続けて、それなりの結果を出しているのに一行に目を覚ましてくれないお姉ちゃんの事で分からない内に溜まっちゃっていたストレス。
大好きなはずなのに嫌いになっちゃっている香澄さんの事。
その話を貴斗さんにしている時の彼の表情、何かを思い詰める様な複雑な顔を作っていた。
どうして、そんな表情を作ったのか聞いてみたけど、答えなんて返してくれなかった。
だから、話を続けて弥生との喧嘩、一昨日の香澄さんにとって仕舞った態度で詩織さんが今日、大会を見に来てくれなかった事と思っちゃっている事。
今、話せる全部の事を貴斗さんに話していた。
それが終わると、床に残る彼の血を虚ろげに見ていた顔を上げて、彼の顔色を伺っていた。
複雑な表情をしっぱなしの貴斗さん、彼の顔ばっかり見ちゃっていたから、さっき調川先生に手当てしてもらった手に彼が力を入れて握り締めている所為で、傷口が開いちゃって、包帯をほのかに紅く染めていることに事に気づいていなかった。
「俺じゃ、・、・・・、・・・・・、・・・・・・、俺や詩織では翠ちゃんの支えに慣れなかったと言うことか。駄目だな、俺は。・・・、・・・、・・・、翠ちゃんの兄貴面しているくせに・・・、お前の精神がそんなにも鬱積していた事に、追い詰められていた事に気づいてやれなくて・・・情けないな、俺は」
貴斗さんはまるですべて自分が悪いんだって顔を作って、怪我していない方の手で、強く頭を掻き毟っていた。
「貴斗おにいちゃん、そんな事を言わないでっ!なんで、そんな事を言ってくれちゃうの?私がいつも元気していられるのも、お兄ちゃんや詩織さんがいたからなんだよ。私にはもったいないくらい、翠を支えてくれているのに。何で、そんな事を言うの?お兄ちゃんの・・・、ばかぁ・・・」
「俺や詩織は本当に翠ちゃんの支えになっていたか?なら、なぜ、翠ちゃんは春香さんにあんな事をしようとした?俺や詩織がしっかりしていれば、翠ちゃんがそんな行動などする筈がなかっただろう。だが、結果はどうだ?未遂でも、お前はそれをやろうとしていた」
「・・・・・・、結局これから先、俺や詩織、それとお前の友達たち、がどんな風に接しようとも、翠ちゃん、お前がまた同じ事をしないとも限らない・・・、くっ、俺が、俺が、春香さんとあの時、いつもの様な態度を取っていれば、翠ちゃんにこんな思いも、行動もさせなかったのに」
何もかも彼自身の所為だと思っているような表情を貴斗さんは作っていた。
でも、私には彼の私に見せる表情の意味も理解してあげられなかったし、彼の心の中に抱く辛さなんかを見抜いちゃう才能なんてなかった。
だから、私一方通行だけの我侭を彼に押し付けちゃう。
「お兄ちゃん、もう何も言わなくて良いよ・・・、私が、ただ、自分勝手だっただけなんだもん。でも、でも、お兄ちゃん、私のお兄ちゃんを辞めないでっ!これからもずっと私だけのお兄ちゃんで居てよっ!お願い、貴斗さん。お兄ちゃんが、お兄ちゃんでいて続けてくれるなら、私、もう、私、もう今日みたいな事なんてしない。春香お姉ちゃんにあんな事をしないから、絶対しないからお願い。私のお願いを聞いてください」
貴斗さんは包帯を巻きつけている手でタバコを吸うような感じで口にあて、〝ふぅっ〟と嘆息を吐いていた。
更にその手で顔全体を覆い三度、頭を上下させた。
「約束だからな、春香さんが目を覚ますまでは、お前の兄でい続ける。そう約束したから、春香さんが目を覚ますまでは。それと、今度はもっともっと大事に・・・。ああぁ、いや・・・、いいか、翠ちゃん?春香さんが覚醒するその間までだ。その先はないからな」
「わっ、わかってます・・・。それより、今度はもっと、何なんですかぁ~。にゅふふふふぅ」
貴斗さん、最後念を押す様に、強く、そんな風な言葉を私に聞かせていた。
でも、私としては春香お姉ちゃんが目を覚ましても、その後もずっと私だけのお兄ちゃんで居て欲しいって心の中で思っていた。
彼の言葉を逃さずちゃんと聞いていたから嬉しくて小悪魔的な笑みを造って見せちゃいました。
今まで、抱いていた心の闇がいつの間にかすべてどっかへと消え去っていて、今はとっても気分が軽いんです。
「ああ、それとおっ・・・、ううぐぅぐうう・・・」
貴斗さん、私に何かを言おうとした時、床にしゃがみ込んで治療した手をなんともない手で押さえ痛そうに呻いていた。
包帯がかなり紅く染まっていた。怪我しているくせに何回も強く握り締めちゃっていたから傷口が開いちゃったんだ。
でも、何で今頃になって痛そうにするんだろう?痩せ我慢し過ぎ。
「貴斗さんって、すっごく意地っ張りなんでうねぇ、強がっちゃってぇ、クスッ」
「笑うな、翠ちゃん。くぅうう、愁先生の所へ行って来る。俺がいない間、春香さんに悪戯するなよっ・・・」
そういって、貴斗さん病室を出て行くけど、私はそれを追いかけた。 またもや調川先生と廊下でご対面。
「どういうことですか、これはいったい?藤原君」
「こうなる事が、この右手の運命だ・・・」
「馬鹿な事を言っているのではありません。貴方という方はまったく本当に・・・。今回は多めに見てあげますが、いいですか、次にその手を怪我して私の所へ、診せに来ても、診察してあげませんよ」
「別に構わない、その時は他をあたる」
「あぁぁ、ああ、ハイ、ハイ、そうですか、ご自由にどうぞ」
調川先生は貴斗さんのそのいいように心底呆れた気持ちを言葉に表して彼に返していた。
私は、二人のそんなやり取りを見てにっこりと笑っちゃった。
そんな嬉しそうな顔を作った私を見て、貴斗さんも小さく笑って返してくれた様な気がした。
それから、また再び、診察室前で貴斗さんの出てくるのを待つ。
今日までの彼と詩織さんと私のこれまでの事を思い出しながら、ガラガラ空いていた椅子に座って。
「待たせたな、翠ちゃん」
「貴斗さん、もう、無茶しちゃ嫌だからね。そんな事したら、翠、泣いちゃうんだから」
「判ったよっ、以後気をつける。・・・ああ、早々、詩織から伝言を預かっていた」
彼が詩織さんから私宛の伝言を無感情なまでに棒読み状態で教えてくれる。
一昨日は部活のコーチに詩織さんは来てくれなかったし、昨日は、元々、コーチに来てくれる日じゃなかったから、彼女と会う機会、話す機会がなくて、彼女が現在どこにいるかなんて知らなかった。
何でも、昨日の夜、詩織さんの親戚の訃報があったらしくて、今朝、その親戚の住んでいる福岡に出かけたって、貴斗さんは教えてくれた。
凄く急なことだったから、私に連絡する暇がなくて、大会中、何度も私に連絡を入れてくれたようだけど・・・、携帯電話、家に置きっぱなし。
そう、詩織さんは一昨日の香澄さんに取った私の態度で怒って大会に来てくれなかったんじゃなくて、本当に外せない用事があって、こられなかった、って言うのを知った。
詩織さんに嫌われたんじゃなかった。
それを知った時、安堵のため息を吐いちゃっていました。
「翠ちゃん、後で詩織に電話お掛けてやってくれ。その、一昨日のこと気に掛けていたようだからな・・・。それと、俺の所に将臣君が見えてな・・・。本当は翠ちゃんから聞かされる前に既にお前と弥生ちゃんが仲たがいしているのは知っていた。その事で彼に相談された。はっきり言う、翠ちゃんが悪いぞ。弥生ちゃんに謝りなさい。彼女だって本当は仲直りしたいという事を将臣君から聞いている。だがな、相当、意地になってしまっているらしく、彼じゃどうにも出来ないようだ」
「何で、将臣のヤツが、貴斗さんの所へいくかなぁ~、まったくぅ」
「そんなことは、どうでもいいことだ。いいな、翠ちゃんの方から謝るんだぞ。そうじゃないと」
「ヴぅ、わかってますっ。だから、私のこと、嫌いになっちゃ嫌ですぅ」
「そうか・・・、わかっているならいい。それじゃ、もう、日も落ちてしまっていることだし、翠ちゃんの家まで送ってやる。帰るぞ」
「はっはぁあ~~~いっ、かえろっ、貴斗おにいちゃん」
私はそう言って、ポケットに左手を入れているその貴斗さんの腕を抱きつくように掴む。
私が陽気な顔を作るとそんな、私の行動に大きなため息と、呆れたような表情を作っていた。
貴斗さんの車に乗せてもらい、それが車道を走り始める。
私の家に到着するまで、お互い無言だった。
貴斗さんは多分、私に振れる話題を持っていなくて話しかけてくれなかったんだろうけど、私の方は病院で春香お姉ちゃんにあんな事をしようとした時までの感情と、貴斗さんが現れて、彼から聞かされた事を、車窓から見える外の街並みを焦点の合わない目で眺めながら、整理しちゃっていた。
だから、お互い黙っていたんだと思う。
貴斗さんの運転する車が静かな制動で私の家に到着しする。
私が車から降りて、玄関前に辿り着いた時だった。彼は運転席の窓を開けると私に声を掛ける。
「翠ちゃん、これだけは覚えておくんだ。人間、どんなに強がろうとも、人は独りでは生きられない。気の合う友達がいるなら、尊敬する人がいるなら、血の繋がった親、姉妹がいるなら、その繋がりを大切にしろ。ましてや、そいつ等がまだ、この世界に存在しているなら、生きているのなら尚更だ。俺を除いて・・・」
貴斗さん、そんな人生悟った風な言葉を私に向ける。
でも、最後にまた一言余計な物が混ざっていた。
もう、何で貴斗さんってあんなに彼の事を大切にしないんだろう?
ヤッパリそれって記憶喪失が影響しちゃっているのかな?・・・、両親やお姉ちゃんが生きているならか・・・。
そうなんだよね、貴斗さんのご両親っていないんだよね。
彼のお兄ちゃんだった人も。
どうして、亡くなってしまったのか知らないけど・・・。
心に沁み至る貴斗さんのその言葉、ふぅ~私にとって優しすぎる、血の繋がっていない、本当のじゃない、お兄ちゃん。
その貴斗さんに出会うことが出来たのは・・・・、こうやって甘えることが出来るのはいったい、誰のお陰なんだろうね。
・・・、それは春香お姉ちゃんなのに、私、何で、あんな事をし様としたんだろう。
でも、もう、その答えなんて要らない。
だって、過ぎちゃったことだもん。
だけど、貴斗さんのお兄ちゃんってどんな人だったのかな?
あとで、その姉だった翔子セインセェにでも聞いてみよぉ~~~っと。
私の心の中に積もりに積もっていた負の感情が頂点に達しちゃって爆発してしまったの。
その所為で、今の私にとってお姉ちゃんよりも大事な人に怪我を負わせてしまった。
大好きなあの人に。
~ 2003年8月7日、木曜日 ~
水泳地区大会、三日前の夜。
私はいつもの報告をするため春香お姉ちゃんの所へ足を運んでいた。
部活帰りだったので、弥生と将臣も一緒。
今はお姉ちゃんのお見舞いが終わって弥生の家に遊びに行くところだった。
「はぁ、いつまで家のお姉ちゃんああやって寝てるつもりなんだろう?弥生ちゃんのねぼすけも、顔負けってかんじぃ」
「あぁ、みいちゃん、弥生に酷いこといってるぅ・・・。はうぅ、でも、本当に春香先輩どうしちゃったんだろうね?」
「おい、翠、お前なんか俺たちの知らないところで先輩になんかしてんじゃないのか?」
「バカマサッ、そんなことする訳ないでしょっ!失礼しちゃうわねぇ、まったく」
将臣のヤツがとんでもない事を言うからつい向きになって怒った顔をつくり、それをそいつに見せてあげるんだけど、へらへらした表情を作って返してくるだけで、反省の色はまったく見られない。
本当に失礼なヤツ。
「でも、ほんと、弥生ちゃん、お姉ちゃんのお見舞いなんかにつき合わせちゃって迷惑掛けちゃったね。はっきり言って将臣は邪魔でしかなかったけど」
「うっせぇなぁっ、こんな時間まで妹独りほっつきあるかせるわけにゃぁ、いかねぇんだよっ、こいつの保護者として」
「将臣おにいぃちゃん、いつまでも弥生を子ども扱いしないでよぉっ!」
「そういう意味で言ってんじゃねえぇの。俺くらい強そうなヤツが居れば、悪い連中も二人に手を出せないだろ?感謝しろよ、わっはっはっは」
「良くそんなことがいえるわね。将臣なんかいなくたって・・・???ハッ」
私は今、逢いたくない人に街中で遭遇してしまう。
私はその人を目にしたとき、さっき、将臣に見せた怒った表情より更にそれの上を行く顔を作ってしまっていた。
遭遇したくない人の隣に居た人にはそんな顔を見せたくなかったのに、でも、私は赴く感情のまま行動をしちゃっていた。
それに逢いたくなかった人、香澄さんに暴言を吐いちゃうの。
「あなた、何しにこの街に来たんですか」
「翠ちゃん・・・」
「いいのよ、しおりン。何を聞くと思えば、翠、きまっているでしょ?春香の見舞いよ。そんなことも分からないの。それ以外、双葉に来る用事なんてないわ」
「よくも、ぬけぬけとそんな事を平気な顔で言えますね?おねえぇちゃんを裏切った人が、よくそんなこといえますねぇえっ!それに貴女なんかに私の名前を気安く呼んでもらいたくないですっ、虫唾が走りますっ!」
「おいっ、よせよ翠。お前と藤宮さんの隣の人がどんな関係かしんねぇけど」
「みぃちゃん、けんかはよくないよぉ」
「ふたりともだまっててっ!これは私個人の問題なの。あなたは春香お姉ちゃんを裏切っただけじゃ、飽き足らず・・・、私の期待も裏切って、詩織先輩から泳ぐ事をやめさせたあなたなんかにっ、お姉ちゃんの見舞いになんかする資格なんてありませんっ!今の貴斗さんに嫌われて当然ですっ」
私は今最低な事を大好きだった香澄さんに言っちゃっていました。
私の中に押し寄せる感情の波を止められなかった。
そんな自分が情けなくて、悔しくて、そんな私自身を見られたくなかったから、前を見ることが出来ないで、下を向いちゃっているんです。
そんな私に、詩織さんが諭すように話しかけてくれる。
だけど、そんなしおり先輩の言葉にも反抗的になっちゃって、つい余計なことまで口にしてしまう。
今の私、依怙地になりすぎちゃっていました。
「翠ちゃん、私が、競泳の道を続けませんでしたことと香澄は関係ないのです。無関係なのです。ですから、今の言葉だけはご訂正していただけませんと、翠ちゃん、あなたのことをお許ししますことはできませんよ」
「詩織先輩っ、嘘は吐かないでくださいっ!私知ってますっ!今一緒に部活のコーチしてくれる先輩を見ていて一緒に泳いでくれていて、詩織先輩、本当に泳ぐの好きなんだなって、なのに・・・、そうなのに、好きな事のはずなのになんで続けなかったんですかっ!・・・、それはあなたのせいでしょっ!」
「翠、言いたい事はそれだけ?あたし達もこんなとこで無駄に時間を過ごしたくないの。春香の見舞いに行かなくちゃ行けないから」
「なにさっ、大人風を吹かせちゃって、詩織先輩ならまだしも、あなたなんかっ、あなたなんか、だいっ嫌いです。消えてくださいっ、春香お姉ちゃんの見舞いなんかも行かせません。はなせぇ、ばかまさぁっ!弥生ちゃん、アンタまで何するのよっ、どこ触ってんのよっ、バカマサッ、はなせっ、お邪魔ツインズっ」
香澄さんは、私に涼やかな視線を浴びせると詩織さんと一緒に病院の方へと速めの歩調でいってしまった。
私たちの視界から消えてしまう。
でも、これでよかった。
弥生と将臣にお邪魔ツインズなんて口にしてしまったけど、止めて貰って嬉しかった。
だって、二人が私を止めてくれなかったら、勢いに任せて、香澄さんに殴りかかっちゃっていたから。
どんな事があってもそれだけはしたくなかったから、二人に、感謝、感謝。
でも・・・。
「いつまで、さわってのよっ、えろまさっ!しねっ!」
「ぐふぁぁっ」
私と将臣の位置と身長差的にヤツは私の胸を触っていた。
だから、怒りの矛先を弥生の兄貴に向け、それを最大限に放っていた。
普段だったら、かわされちゃっていそうな私のパンチも今は見事に将臣のどてっぱらに命中です。
「ねぇ、みぃちゃん、今の詩織先輩の隣に居た人って隼瀬香澄さんでしょう?どうして、みぃちゃん、香澄さんのことすっごく尊敬していたじゃない?」
弥生は私にそういってくれちゃいます。
どうしよう、弥生には本当のことはなしておいたほうがいいのかな・・・。
「はぁ~、良いよ、弥生ちゃんにだけは話しておく・・・、どうして、私があんな態度取っちゃったかって事・・・、それはね」
それから伸びちゃっている将臣を放置して弥生だけにそのわけを説明し始めた。
ただし、弥生には絶対知られたくない私の想いだけは秘密にして。
それから、全部を弥生に話してあげると彼女はすっごく悩ましげな表情を浮かべ、私が言った事を整理しているようだった。
「みぃちゃん、それよくないことだよぉ。ただのやつあたりぃ。香澄さんが居なかったらその柏木さんって男の人、どうにかなっちゃっていたんでしょう?だったら、おかしいよ、みぃちゃんの言うこと」
「弥生ちゃん、なんかに言われなくたって、わかってる、わかってるけど・・・、でも。あぁ、もうこのお話は終わりっ!いい、弥生ちゃん?この話持ち出したら絶交だからね」
「みぃちゃんのいじっぱり。はうぅ、でもみぃちゃんに嫌われたくはないから、聞かないことにしてあげるからね。いっぱい感謝してね、ニコッ」
「ハイ、ハイ、いっぱい、いっぱい、かんしゃしてあげちゃいますよぉ~~~だっ」
私のひねくれた言葉で返してやっても弥生のやつは平然と嬉しそうにしていた。
ほんと、弥生ってどんな思考回路しているのやら・・・。
弥生との会話が終わった頃に将臣のやつが復活。
でも、打ち所が悪かったのか、少しだけ、記憶が跳んじゃっているみたい。
ウン、でも私には好都合。
だから、弥生にアイ・コンタクトで余計なことは口にしないようにと伝えてみるけど、私の意に反した事をしてくれる。
はぁ、弥生に期待をしたのが馬鹿だった。
~ 2003年8月10日、日曜日 ~
今日行われた地区大会も何とか無事終わり、その報告をするため今は春香お姉ちゃんの休んでいる病院の病室に居た。
でも、私の心は灰色だった。心の中が混沌としていた。
昨日は弥生とお姉ちゃんと香澄さんの事で喧嘩しちゃうし、それは今日まで続いちゃっていて、大事な大会だって言うのにお互いに顔を合わせても知らん振り。
詩織さんは応援に来てくれない。
一昨日、香澄さんにあった事を思い出しちゃって、複雑な気持ちで、試合に臨んでいた。
結果としては関東大会出場の権利を得たけど・・・、それは去年の様に私自身の実力じゃなくて、同じ種目に出ていた他校の選手の出場権利辞退の繰り上がり。
嬉しいはずがない。
何で、私、こんな暗く、辛い気持ちになるんだろう?
なんで、私、目標とする人達が居なくなっちゃったのにこんなにも一生懸命、水泳を続けているんだろう?
どうして、大好きだった人を嫌いになっちゃったんだろう?
今まで喧嘩したことなかった弥生ともそれをしちゃうし、詩織さんと貴斗さんに二人には甘えすぎてしまって迷惑を掛けてばかり・・・。
なんで?どうして?それは・・・、
「全部、お姉ちゃんの所為です・・・、全部、春香お姉ちゃんの所為です・・・、どうして、目を覚ましてくれないの?どうして、みんなに迷惑掛けるの?お姉ちゃんがこんなんに、ならなかったら、柏木さん、あんな風にはならなかったのに、香澄さんと一緒にならなかったのに、その所為で、水泳辞めちゃわなくてもすんだはずなのに・・・、・・・、・・・、大好きな・・・、大好きな香澄さんを嫌いになるはずがなかったのに」
「今だって本当は好きなのに香澄さんに八つ当たりしちゃっています。弥生ちゃんと喧嘩しちゃったのも、詩織さんと貴斗さんに迷惑掛けちゃっているのも。お姉ちゃんがそんな風になっちゃったからだよ。パパも最近なんだか私に冷たい。ママは気疲れしやすくなっちゃったし、・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、」
「こんな風に私の周りが可笑しくなっちゃったのも・・・、こんな風になっちゃったのも、お姉ちゃんの・・・、春香お姉ちゃんの所為なのに・、・・、・・・・、・・・・・、・・・・・・、なんでっ、そんな涼しい顔して寝ていられるんですか?教えてよ、答えてよ」
私は椅子に座り、制服のスカートの上に握り締めた拳を置いて、それを震わせていた。
私の顔は震えるその両拳を見つめている。
そんな状態でブツブツとそんな風に陰気に呟いちゃっていた。
「答えて・・・、答えられないんだ・・・、当たり前だよね。起きていないんだもん、おきられないんだもんね?こんなんじゃ、死んでいるのと全然変わんないよね?なら・・・、死んじゃっても同じだよね?お姉ちゃんが居なくなれば、もう、誰も傷つかない。もう、誰もお姉ちゃんの心配なんかしなくていい・・・。だから・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、だから、死んでください」
棚の上に置いてあったヘンケルスの果物ナイフに私は震える手で腕を伸ばす。
一度も使っていない新品のナイフ。
それを掴む。鞘に収まったナイフをじっと見つめる。
それを見つめる私の瞳は無感情なほどに濁っていた。
壊れかけた感情がゆっくりと鞘からナイフを引き出す。
がくがくと、手の揺れが激しくなる。
私の心の奥底が、今やろうとしていることに歯止めを掛けようと両手を震わせていた。
でも、ナイフを抜く手は止らない。
最後まで抜けきった時、手の震えで私自身の手を傷つけ仕舞いそうになっちゃった。
片手に握ったそれの刃の部分をじっと眺めていた。鈍く光る刃先。
〝ふぅ〟
と意味もない呼吸をする。
両手、逆手でそれを握り締めた。そして、
「春香お姉ちゃん、お休みなさい・・・、・・・、・・・、・・・、永遠に・・・」
震える手で握られたそれは私のたった一人しか居ないお姉ちゃんに振り下ろされちゃったの、お姉ちゃんの胸、心臓に向って。
私の双眸は閉じられていなかった。
でも、虚ろな瞳はその状況を認識していないかった。
『グシュゥッ』
そんな音が一回だけ、私の耳に届く。
重い物を突き刺した感覚がナイフを伝わって私の手にも感じられた。
それはお姉ちゃんの心臓に突き刺さったんだって思っていた・・・・・・。
私、春香お姉ちゃん殺しちゃったんだ。
本当の目の前の状況を認識していないくせにおねえちゃんを殺しちゃったんだって勝手に認識しちゃった私は無感情な瞳で涙を流し始めていた。
でも、現実はとってもちがちゃっていたの・・・。
「何をやっている」
冷静な声で誰かが、そう言っていた。
私の目の前の現実が凄惨であるはずなのに、それを見ているはずの人はただ、冷静にそんな風に口にしていたの。
その人の声で、とんでもない現場を見られちゃったんだって思って、私の両目に色が戻っていた。
だけど、まだ完全に正常ではない。
そして、本当の現実の状況が私の目に飛び込んでいた。
私の振り下ろしたナイフは春香お姉ちゃんの胸なんか刺していなかった。
ナイフの先端はお姉ちゃんの胸ギリギリで止められちゃっていた。
でも、その刃先からは刃の面や刃の部分から伝わってきた紅く鮮やかくも闇の様に黒くも見える血が滴り落ちていた。
それは淡い白桃色の春香お姉ちゃんのパジャマの胸の部分を緩やかに紅く染めていた。
あまりの出来事に握っていたナイフから手を離してしまっていた。
両手を頬に当て、驚愕の所為で、頭を震わせちゃっていた。
私はそれを見た瞬間、大声で叫んでしまいそうになった。
でも、その人の、彼の存在が、雰囲気が、それをさせてくれない。
その人はその人自身がどんな状況になっているか理解していないのか、本当に冷徹なくらい冷静だった。
「翠ちゃん、何をやっている?違うな、何をやろうとした?」
「たっ、貴斗さん?そっ、そんなことより、そんなことより、はっ、はぁぁっぁああはやくそのてを、その手を先生に」
怪我を負わせてしまった貴斗さんの手を早く先生に診てもらって手当てをして貰いたかった。
だから、恐怖心を押さえ込み、無理やり言葉を口から出したし、近くにあった医局連絡用のボタンに手を伸ばしそれを押そうとした。
だけど、貴斗さんは怪我していないもう片方の手でそのボタンをすばやく奪い、顔は私に向けているけど、目を閉じた状態で、ナイフが刺さったままの手をだらりと床の方へ垂らして、またも冷静に言葉をくれる。
「答えてくれ、翠ちゃん。いったい何をやろうとした?それにこれを押してどうする?駆けつけた医者や看護婦はこの状況を見て何を思う?翠ちゃんが疑われるとは思わないのか?ふっ、馬鹿が、翠ちゃんに嫌疑が掛かる様な事を俺がさせる訳ないだろう・・・」
「何で、そんな風に冷静になれるの?ウゥウゥウクッ、ヒクッ、言うから、ヒクッ、お話しするから、だから、貴斗さん、早く、その手を先生に診せてよっ!お願い、翠の、私のお願いを聞いてよっ、おにいちゃぁんっ、おねがいっ!」
凄く罪悪な意識を感じちゃった私は涙目、泣きそうな顔で、膨れた顔で貴斗さんにそう訴えた。
私のさっきまで色を失っていた瞳が完全に甦り、必死に彼に懇願していた。
貴斗さんの手に刺さったままのナイフに手を掛けてそれを抜こうとするんだけど、
「余計なことはするな。余計に血が吹き出る。こういう時はこうすればいい」
そういって、貴斗さんはお姉ちゃんの体を拭く時に使っているタオルをナイフの上から覆うとその上から柄を握りそれの抜き、器用にナイフだけを床に落として、タオルを手に巻きつけた。
その時始めて、物凄く痛そうな表情を作って、春香お姉ちゃんの病室を出て行った。
私もそんな貴斗さんを追いかける様に病室を出ていた。
「ここは病院です。走ってはいけませんよ。患者さんと衝突したらどうするつもりですか?藤原君、それと涼崎さんの妹さん」
「ふっ、愁先生か、ちょうどいい。俺の不注意で手を怪我してしまった。見て貰いたい」
それから、貴斗さんは調川先生の手で治療を受けていた。
私はその間、診察室の前の椅子ではなく、床にお尻つけて両膝を抱え、頭をその中に埋めながら、彼の出てくるのを待っていた。
いつその部屋から出てきたのか分からなかったけど、こんな状態の私の頭を怪我していない方の手でなでてくれていた。
「終わったぞ、待たせたな、翠ちゃん」
「お兄ちゃん、その・・・、ごめんなさい・・・。本当にごめんなさいです」
「初めに謝る相手が違うだろう?・・・。それよりも、なぜ、あんな物を彼女に向けた・・・」
貴斗さんはそう口にするとお姉ちゃんの病室に向って歩き始める。そして、私は、
「そっ、それは・・・」
と声にならない、声で答えようとすると、立ち上がって、彼を追う。
彼の歩調はとても速かった。
病室に到着するまで、一言も会話できなかった。
先に貴斗さんが病室に入り、後から、私が入って扉を閉める。
すると、急に貴斗さんはこっちを振り返り、
「ここなら他の誰かに聞かれることはないだろう。大声を上げなければ。春香さんは論外だ」
言ってから一瞬、お姉ちゃんの方に振り返り、病室の隅に移動して壁に背を持たれかけさせると、私の方へ完全に顔を向けてくれちゃったの。
それと、そこまで移動する際に床に放置していたナイフを拾い、先生に診て貰う前までに巻き付けていたタオルで今度はそれを隠すように巻いていた。
私はそんな貴斗さんの顔を直視できず、顔を背けちゃっていた。
更に、さっき私がしてしまった行為に体が振るえ立っていられなかった私は椅子に座り込んじゃっていて、両方の膝を内側に向けて足の形をハの字にしてその隙間から見えるその椅子の淵を掴んでいた。
黙っている私に、彼は何も話しかけてくれない。
ただ、私から話すのを待っている様な感じだった。
そんな状態が暫く続く。
その時間の流れが、私に冷静さを取り戻させてくれちゃうんです。
それから、何で、あんな事をしてしまったのか、春香お姉ちゃんにナイフを突きつけ様としてしまったのか話し始めていた。
その間、貴斗さんは一度も私の話すことに口を挟まなかった。
春香お姉ちゃんの為だけじゃないけど、がんばって水泳続けて、それなりの結果を出しているのに一行に目を覚ましてくれないお姉ちゃんの事で分からない内に溜まっちゃっていたストレス。
大好きなはずなのに嫌いになっちゃっている香澄さんの事。
その話を貴斗さんにしている時の彼の表情、何かを思い詰める様な複雑な顔を作っていた。
どうして、そんな表情を作ったのか聞いてみたけど、答えなんて返してくれなかった。
だから、話を続けて弥生との喧嘩、一昨日の香澄さんにとって仕舞った態度で詩織さんが今日、大会を見に来てくれなかった事と思っちゃっている事。
今、話せる全部の事を貴斗さんに話していた。
それが終わると、床に残る彼の血を虚ろげに見ていた顔を上げて、彼の顔色を伺っていた。
複雑な表情をしっぱなしの貴斗さん、彼の顔ばっかり見ちゃっていたから、さっき調川先生に手当てしてもらった手に彼が力を入れて握り締めている所為で、傷口が開いちゃって、包帯をほのかに紅く染めていることに事に気づいていなかった。
「俺じゃ、・、・・・、・・・・・、・・・・・・、俺や詩織では翠ちゃんの支えに慣れなかったと言うことか。駄目だな、俺は。・・・、・・・、・・・、翠ちゃんの兄貴面しているくせに・・・、お前の精神がそんなにも鬱積していた事に、追い詰められていた事に気づいてやれなくて・・・情けないな、俺は」
貴斗さんはまるですべて自分が悪いんだって顔を作って、怪我していない方の手で、強く頭を掻き毟っていた。
「貴斗おにいちゃん、そんな事を言わないでっ!なんで、そんな事を言ってくれちゃうの?私がいつも元気していられるのも、お兄ちゃんや詩織さんがいたからなんだよ。私にはもったいないくらい、翠を支えてくれているのに。何で、そんな事を言うの?お兄ちゃんの・・・、ばかぁ・・・」
「俺や詩織は本当に翠ちゃんの支えになっていたか?なら、なぜ、翠ちゃんは春香さんにあんな事をしようとした?俺や詩織がしっかりしていれば、翠ちゃんがそんな行動などする筈がなかっただろう。だが、結果はどうだ?未遂でも、お前はそれをやろうとしていた」
「・・・・・・、結局これから先、俺や詩織、それとお前の友達たち、がどんな風に接しようとも、翠ちゃん、お前がまた同じ事をしないとも限らない・・・、くっ、俺が、俺が、春香さんとあの時、いつもの様な態度を取っていれば、翠ちゃんにこんな思いも、行動もさせなかったのに」
何もかも彼自身の所為だと思っているような表情を貴斗さんは作っていた。
でも、私には彼の私に見せる表情の意味も理解してあげられなかったし、彼の心の中に抱く辛さなんかを見抜いちゃう才能なんてなかった。
だから、私一方通行だけの我侭を彼に押し付けちゃう。
「お兄ちゃん、もう何も言わなくて良いよ・・・、私が、ただ、自分勝手だっただけなんだもん。でも、でも、お兄ちゃん、私のお兄ちゃんを辞めないでっ!これからもずっと私だけのお兄ちゃんで居てよっ!お願い、貴斗さん。お兄ちゃんが、お兄ちゃんでいて続けてくれるなら、私、もう、私、もう今日みたいな事なんてしない。春香お姉ちゃんにあんな事をしないから、絶対しないからお願い。私のお願いを聞いてください」
貴斗さんは包帯を巻きつけている手でタバコを吸うような感じで口にあて、〝ふぅっ〟と嘆息を吐いていた。
更にその手で顔全体を覆い三度、頭を上下させた。
「約束だからな、春香さんが目を覚ますまでは、お前の兄でい続ける。そう約束したから、春香さんが目を覚ますまでは。それと、今度はもっともっと大事に・・・。ああぁ、いや・・・、いいか、翠ちゃん?春香さんが覚醒するその間までだ。その先はないからな」
「わっ、わかってます・・・。それより、今度はもっと、何なんですかぁ~。にゅふふふふぅ」
貴斗さん、最後念を押す様に、強く、そんな風な言葉を私に聞かせていた。
でも、私としては春香お姉ちゃんが目を覚ましても、その後もずっと私だけのお兄ちゃんで居て欲しいって心の中で思っていた。
彼の言葉を逃さずちゃんと聞いていたから嬉しくて小悪魔的な笑みを造って見せちゃいました。
今まで、抱いていた心の闇がいつの間にかすべてどっかへと消え去っていて、今はとっても気分が軽いんです。
「ああ、それとおっ・・・、ううぐぅぐうう・・・」
貴斗さん、私に何かを言おうとした時、床にしゃがみ込んで治療した手をなんともない手で押さえ痛そうに呻いていた。
包帯がかなり紅く染まっていた。怪我しているくせに何回も強く握り締めちゃっていたから傷口が開いちゃったんだ。
でも、何で今頃になって痛そうにするんだろう?痩せ我慢し過ぎ。
「貴斗さんって、すっごく意地っ張りなんでうねぇ、強がっちゃってぇ、クスッ」
「笑うな、翠ちゃん。くぅうう、愁先生の所へ行って来る。俺がいない間、春香さんに悪戯するなよっ・・・」
そういって、貴斗さん病室を出て行くけど、私はそれを追いかけた。 またもや調川先生と廊下でご対面。
「どういうことですか、これはいったい?藤原君」
「こうなる事が、この右手の運命だ・・・」
「馬鹿な事を言っているのではありません。貴方という方はまったく本当に・・・。今回は多めに見てあげますが、いいですか、次にその手を怪我して私の所へ、診せに来ても、診察してあげませんよ」
「別に構わない、その時は他をあたる」
「あぁぁ、ああ、ハイ、ハイ、そうですか、ご自由にどうぞ」
調川先生は貴斗さんのそのいいように心底呆れた気持ちを言葉に表して彼に返していた。
私は、二人のそんなやり取りを見てにっこりと笑っちゃった。
そんな嬉しそうな顔を作った私を見て、貴斗さんも小さく笑って返してくれた様な気がした。
それから、また再び、診察室前で貴斗さんの出てくるのを待つ。
今日までの彼と詩織さんと私のこれまでの事を思い出しながら、ガラガラ空いていた椅子に座って。
「待たせたな、翠ちゃん」
「貴斗さん、もう、無茶しちゃ嫌だからね。そんな事したら、翠、泣いちゃうんだから」
「判ったよっ、以後気をつける。・・・ああ、早々、詩織から伝言を預かっていた」
彼が詩織さんから私宛の伝言を無感情なまでに棒読み状態で教えてくれる。
一昨日は部活のコーチに詩織さんは来てくれなかったし、昨日は、元々、コーチに来てくれる日じゃなかったから、彼女と会う機会、話す機会がなくて、彼女が現在どこにいるかなんて知らなかった。
何でも、昨日の夜、詩織さんの親戚の訃報があったらしくて、今朝、その親戚の住んでいる福岡に出かけたって、貴斗さんは教えてくれた。
凄く急なことだったから、私に連絡する暇がなくて、大会中、何度も私に連絡を入れてくれたようだけど・・・、携帯電話、家に置きっぱなし。
そう、詩織さんは一昨日の香澄さんに取った私の態度で怒って大会に来てくれなかったんじゃなくて、本当に外せない用事があって、こられなかった、って言うのを知った。
詩織さんに嫌われたんじゃなかった。
それを知った時、安堵のため息を吐いちゃっていました。
「翠ちゃん、後で詩織に電話お掛けてやってくれ。その、一昨日のこと気に掛けていたようだからな・・・。それと、俺の所に将臣君が見えてな・・・。本当は翠ちゃんから聞かされる前に既にお前と弥生ちゃんが仲たがいしているのは知っていた。その事で彼に相談された。はっきり言う、翠ちゃんが悪いぞ。弥生ちゃんに謝りなさい。彼女だって本当は仲直りしたいという事を将臣君から聞いている。だがな、相当、意地になってしまっているらしく、彼じゃどうにも出来ないようだ」
「何で、将臣のヤツが、貴斗さんの所へいくかなぁ~、まったくぅ」
「そんなことは、どうでもいいことだ。いいな、翠ちゃんの方から謝るんだぞ。そうじゃないと」
「ヴぅ、わかってますっ。だから、私のこと、嫌いになっちゃ嫌ですぅ」
「そうか・・・、わかっているならいい。それじゃ、もう、日も落ちてしまっていることだし、翠ちゃんの家まで送ってやる。帰るぞ」
「はっはぁあ~~~いっ、かえろっ、貴斗おにいちゃん」
私はそう言って、ポケットに左手を入れているその貴斗さんの腕を抱きつくように掴む。
私が陽気な顔を作るとそんな、私の行動に大きなため息と、呆れたような表情を作っていた。
貴斗さんの車に乗せてもらい、それが車道を走り始める。
私の家に到着するまで、お互い無言だった。
貴斗さんは多分、私に振れる話題を持っていなくて話しかけてくれなかったんだろうけど、私の方は病院で春香お姉ちゃんにあんな事をしようとした時までの感情と、貴斗さんが現れて、彼から聞かされた事を、車窓から見える外の街並みを焦点の合わない目で眺めながら、整理しちゃっていた。
だから、お互い黙っていたんだと思う。
貴斗さんの運転する車が静かな制動で私の家に到着しする。
私が車から降りて、玄関前に辿り着いた時だった。彼は運転席の窓を開けると私に声を掛ける。
「翠ちゃん、これだけは覚えておくんだ。人間、どんなに強がろうとも、人は独りでは生きられない。気の合う友達がいるなら、尊敬する人がいるなら、血の繋がった親、姉妹がいるなら、その繋がりを大切にしろ。ましてや、そいつ等がまだ、この世界に存在しているなら、生きているのなら尚更だ。俺を除いて・・・」
貴斗さん、そんな人生悟った風な言葉を私に向ける。
でも、最後にまた一言余計な物が混ざっていた。
もう、何で貴斗さんってあんなに彼の事を大切にしないんだろう?
ヤッパリそれって記憶喪失が影響しちゃっているのかな?・・・、両親やお姉ちゃんが生きているならか・・・。
そうなんだよね、貴斗さんのご両親っていないんだよね。
彼のお兄ちゃんだった人も。
どうして、亡くなってしまったのか知らないけど・・・。
心に沁み至る貴斗さんのその言葉、ふぅ~私にとって優しすぎる、血の繋がっていない、本当のじゃない、お兄ちゃん。
その貴斗さんに出会うことが出来たのは・・・・、こうやって甘えることが出来るのはいったい、誰のお陰なんだろうね。
・・・、それは春香お姉ちゃんなのに、私、何で、あんな事をし様としたんだろう。
でも、もう、その答えなんて要らない。
だって、過ぎちゃったことだもん。
だけど、貴斗さんのお兄ちゃんってどんな人だったのかな?
あとで、その姉だった翔子セインセェにでも聞いてみよぉ~~~っと。
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