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Cross Works ~過去に消えた少女~

第一章 初めての依頼

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 朝、六時五十五分。俺はこの時間にどうしてか絶対に目を覚ます。それは何年経っても変わらない俺の習慣。変わってしまったのは身体の大きさと、目を覚ましてから仕事を始めるまでの行動。
 ベッドから体を出すとシャツとトランクスの格好のまま寝室を出て台所に向った。電気ポットにお湯が入っている事を確認して、急須にお茶の葉を入れると熱湯をその中に入れて愛用の湯飲み茶碗に注いだ。
 其れを啜りながら、
「ヤッパリ、朝は日本茶に限るねぇ~~~」などと、年寄りみたいな事を独り、呟くのであった。
 そして、それから、冷蔵庫の中を開けて昨日買ってきたコンビニ弁当を電子レンジで温めて、それを食べ朝食を終える。自炊できるんだけど、独り暮らしで料理を作ると余計にお金が掛かったりするし、栄養も片寄から・・・って、本当は面倒でやる気も起きないだけだったりする。だから、親元を離れてから十一年の間、朝、昼、晩とすべて売っている物で済ましていた。
 朝食を摂り終えた俺は身支度を整え、仕事場の事務所へ向かった・・・、と言っても事務所兼我が家、扉三枚向こうなんだけどね・・・。
 ドアを開け、その事務所の中を一望する。だが、誰も居ない。当たり前だな、従業員は俺一人だけなんだからね。
 二十九歳、草壁剣護《くさかべ・けんご》。其れが俺の名前。そして、草壁法律相談所。そこが俺の働く場所だ。弁護士会に俺の名前を登録したのは一年前。弁護士に成り立てのまだ実績の浅すぎる俺だから、名声などまったく持ってある訳無いし、依頼が溜まって忙しい身分って訳でも無い。故にお金も貯まらない。・・・、溜まる物といえばこの部屋の埃とここの家賃の滞納だけ・・・、って言っている自分が情けなくなってくる。まあ、今言った事は嘘だけど、仕事が多く無いと言う事だけは切実な事実ではあるんだよね。
 はぁ?大学を卒業して今まで何をしていたのかって?自慢に聞えてしまうかもしれないけど、警視庁・本庁の捜査課に勤めていたんだ。でも、警察って組織がどんな物だか知ってしまったから、その中に居ては俺が守りたいモノが本当に護れないって事に気付いたから、今の警察のやり方では本当の意味でこの街で生活する人達を護ってやれないし、不運にも事件に巻き込まれた被害者の遺族の人達の権利やその後の事を救ってやれない事を理解したから、辞職したんだ。他にも沢山理由はあるんだけど主な事項はそんな所かな?
 そして、どんな職業に就けば俺が望んだ事が可能となるか考えた末に弁護士に成ったんだよね。幸い大学卒業前に国家公務員Ⅰ種試験と共に受験していた司法試験が合格していた為に刑事を辞めてから一年間、司法修習生となって実務経験を得てからその証である徽章を貰ったんだ・・・。
 自己紹介が終わった俺は事務所に取り付けてあるブラインドを全部開けると部屋の中に太陽の光を取り込んだ。部屋が明るくなった事を確認すると椅子に座り、コンピューターの電源を入れてから手に持っていた新聞を広げた。
『2012年4月5日、木曜日』と新聞にそんな風に今日の日付が印字されていた。
「そういえば、今週の土曜日は殆どの学校で入学式があるんだよなぁ~~~。入学しきかぁ、なんだか懐かしい響き・・・。やばい、精神年齢が老け込んでいる。これも仕事が無いせいか・・・」
 一通り、新聞の記事に目を向ける。書いてあることは新しい制度の導入、何処かの地方の陸橋の倒壊事故や未だに捕まっていない連続通り魔事件、政治家の汚職など。新聞をちゃんと読むようになってから、もう何年も経つけど紙面に書かれている内容の多くは俺の気分を嫌にさせる物ばかり。
 其れが読み終わると綺麗にたたんでから机の脇に置いて、既に入力待ちとなっているコンピュータにパスとIDをキーボードで素早く入力して外部回線を開きネットワーク内から拾える世間に明るみになっていない刑事事件の情報を収集し始め、事務所玄関の鍵を開けなければいけない時間まで、その集めた記事を読み続けていた。
 午前十時、玄関の鍵を上げ、営業中と言う札を扉にぶら下げると独り弁護士としての仕事に取り掛かった。やる事といえば先週の金曜日まで続いていた刑事裁判の被告人の弁護。それに関する事件の整理と今後その被害者をどの様に保護して行くか考え、それを実行する事。
 事件の整理はもともと刑事だった俺にとって苦ではないんだけど、問題なのは被害者の事なんだよね。日本の法律では原告側に対する保護から刑罰まで多くの事が決められてるんだけど、実際に護るべきである被害者に対してはかなり蔑ろにされているのが現状だ、特に殺人事件などは・・・。
 失われた命は二度と戻る事はない。幾ら、遺族等が被告人側に賠償を請求しても、その人物が其れを支払い可能でなければ遺族側に残るのは奪われた物と、悔やみだけ。俺はそんな状態を打開してあげたくて、裁判中、裁判官に多くの遺族を保護する為の提示案を提出して、今回初めて其れが認められた弁護だった。
 今回起きた事件の流れと裁判開始初日から終日までの法廷記録を定型文でコンピュータのワード・プロセッサー・プログラムで製作して行く。一時ごろに昼休みを入れて、それが作り終わった頃には背中の窓から蜜柑色の陽の光が射し込んでいた。
「フゥ~~~、結構早く終わったな・・・。どうしようか、どうせ誰もこなそう出し、もう事務所閉めてしまおうかな?」
 俺が口にした事を実行する為に玄関に向かったときだった。俺の予想は裏切られ、一組の夫婦らしき来訪客が訪れた。
「あの、こちらに草壁剣護様と言う方はいらっしゃるでしょうか?」
 夫人の方が丁寧に頭を下げてから、そう尋ねてきた。俺は自分がその本人である事を告げると応接室へとその二人を迎え入れた。それから、椅子に座ってもらい、暫く、その部屋で待ってもらう事にした。従業員は俺だけ、来客にお茶を出すのも俺自身。そして、俺の分と来客二人の其れをお盆に乗せて、待たせている部屋に向かった。
 お茶を二人に勧め、俺も席に座ってから改めて此方の方から自己紹介とうを始めた。それから、話を進め相手の名前とここへ来た理由を聞かせてもらった。
 旦那さんの方の名前は那智愼一郎《なち・しんいちろう》で、奥さんの方は鈴佳《すずか》さん。依頼内容は十四年前に失踪したまま帰って来ない一人娘、朱鳥《あすか》さんを探して欲しいとの事だった。それはただ、普通の失踪ではなく、何らかの事件に巻き込まれ、連れ去られたと言う事。その事件を起こした犯人がまだ、捕まっていないと言う事、あと三ヶ月で十五年。その事件が時効になってしまうと、などを聞かせて頂いた。
 警察も目下その犯人と朱鳥さんを捜索中だが、犯人と一緒に居る可能性は低く、別々に捜索している様だ。多分、そうなると・・・、娘さんの方の探索はあまり力を入れていないことは元刑事だった俺には自ずと理解できた。
「当時、担当した下さった刑事さんが〝現場では娘、朱鳥が怪我を負わされた時、出血したであろう血が大量に現場に残されていた〟と教えてくださった。十四年、後少しも経てば十五。これほど経った今に娘が生きている可能性は非常に薄いと言う事は私も解かっているのですが・・・」
「どうか、草壁様!あすかを、朱鳥を、お探ししていただけ無いでしょうか?主人も、アタクシも・・・、有る程度の事は予想しています。仮令、朱鳥が変わり果てた姿でも・・・、それでも、それでもお探ししていただきたいのです」
「お金は可能な限り、幾らでもお払いさせていただきます、必要経費なども此方ですべて負担しても結構です。どうか・・・、草壁殿、どうかこの依頼、請けてくださいませんか?」
「那智御夫妻、どうかその様に深く頭を下げないで下さい。断る積り、僕には有りませんから。支払いの方は成功報酬とさせていただきます。経費の方も此方で負担させていただきます。探索期間は時効前までと言う事で・・・。その代わりと言ってはなんですが、仮にどの様な形であれ、朱鳥さんと犯人が見付かった場合、裁判の弁護人として僕を立てていただきたいのですが?」
「ハイッ、その時は宜しくお願いいたします。では、引き受けてもらえるのですね?」
 商談成立後は探し人である朱鳥さんの事を詳しく尋ね、彼女の十四年前の写真を受け取った。そして、那智夫妻の帰り際にだれかれの紹介で俺の所を訪問して来たのかを聞いていた。
「私の勤めさせていただいている会社の社長秘書の方が・・・。エッ、その秘書の名前ですか?はい、神無月焔と言う方です」
「そうですか、有難う御座います。那智ご夫妻、気をつけてお帰りください。今は誰も予期せぬ事件に巻き込まれてしまう時ですから・・・」
 俺はそう言葉にして二人を見送った。そして、玄関のドアを閉めて愼一郎が口にしていた人物が誰であるか脳裏に浮かべる。知っている該当者は一人。小、中、高校と同じ学校の先輩で、つかみ所が無く飄々とした性格の人で、俺とは違う大学を卒業後に検察官と言う法曹と成るべくその世界に入っていったのだが、一年間職場の多くの不正を暴き、それを公にすると、何食わぬ顔で今の職に就いた様だった。検察庁内は神無月先輩のお陰で半年間くらい、使い物にならなかったらしい。
 だが、そのお陰で内部機構が大幅に改定され、俺が刑事をやっていた頃は信頼の置ける検察局に成っていた。そんな先輩に何故、俺の所に那智夫妻を遣したのか、時間を見て連絡を入れる事にしたのだ。
「久しぶりですね、草壁君。どうしたのですか?」
「神無月先輩。何が、どうしたのですか、って?僕の所に今日、先輩の会社の従業員が依頼に来たんですけど・・・。どうして、僕の所に?」
「あぁ~、その事ですか。警察官を辞めて弁護士に成ってまだ日も浅い君の事です。どうせ、あまりお仕事していないと思いましてねぇ、大きな仕事を一つ、先輩心でさしあげただけですよ」
「先輩にはお見通しって事ですか・・・、って言うか大きなお世話です。でも、先輩が呉れた其れって弁護の依頼じゃないですよ」
「元本庁腕利きの刑事の君にはお誂《あつら》え向きの仕事だと思いましてね。それに君の性格ですから、引き受けてくれると踏んでいましたから・・・」
「はぁ~~~、いつも先輩はそうやって僕の事を見透かして・・・。だけど、それでもうれしいですから、ありがたく先輩の好意を戴きますよ、僕は」
「宜しくお願いしますよ、草壁君。那智は我が社の誇る最も優秀で重要な技術主任でしてねぇ、私の雇い主が、非常にその件で心を痛めていましたので、解決すれば、君が思っている以上に懐が暖かくなると思います。アッと、いけませんねぇ~、会議が再開する時間が到達したようなので、これで失礼します」
 話し相手はそう言い残すと向こうから電話を切ってきた。
 神無月先輩は今の俺と違っていつも忙しそうで羨ましいぜ。まっ、今日から俺も仕事を貰ったから明日からはそうは言っていられない。でも、弁護士に成って初めて弁護とは違う依頼を受けた。だけど、上手くいくだろうか?ッて何を云ってるいんだろうか俺は?元刑事だろ。その時培った知恵を再び呼び覚ますだけだ・・・。しかし、本当は此方の業界に移ってずっとやってみたいと思っていた仕事が遂に到頭、俺の所に転がり込んできた。
 若しかして、神無月先輩は俺のそんな気持ちを知っていて今回の依頼を呉れたのかもしれない。感謝しなくちゃならないことだね。だから、できる限りの最善を尽くそう。
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