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シガー×シュガー
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しおりを挟む『なんか、ちょっと元気になったみたいですね~いやーよかったーよかったー。いつか雨先生死ぬんじゃないかな胃痛でーって思ってたぁー』
電話口から聞こえてくる声はいつも通りあっけらかんと明るく、雨宮のだるい頭にきんきんと響いた。日本はまだ午前中だろうに、朝から元気で羨ましいような、そうでないような複雑な気分になる。
「……別に胃の痛みは変わらないよ。相変わらず不眠だし一刻も早く日本の味噌汁が飲みたい気持ちは変わらない」
『え、でもそっち豆腐とか流行ってるんでしょ? スローフードとか言って! 売って無いんですか? うちの商品リストにありますよね?』
そういうことを言っているのではない、と一々訂正するのが面倒で、溜息と共に言葉を飲んだ。
普段なら飲み込まずに何度か連発してしまい、それが自分のせいだと気がつかない電話向こうの柴草は、海外生活ストレス大変ですね~とあっけらかんと笑う。
確かに雨宮のストレスの大半は現地の店員達と、慣れない海外生活の不便さが原因だが、柴草の能天気な声もその中に少々含まれているということは、多分一生気がつかないんだろうと思った。
悪い子ではないというのはわかっているけれど、どうも、発言に思いやりがない。言葉は正しければ良いというものでもないんだよ、と何度か注意はしたが、でも私は間違っていないので悪くありませんの一点張りで、疲れるだけだと気が付いてからは言葉を飲み込む事が多い。顧客や他社の人間に対して丁寧な対応ができるだけ、今の若者の中ではマシな方なのかもしれない。
雨宮は元来、ストレスをため込みやすいタイプだ。対人関係は曖昧な笑顔で流せばなんとかなる。そして笑顔を作る分、腹の中に貯め込んだ言葉はそのままストレスに変わって行く。
その発散方法は少々手荒で、あまり褒められた事ではないとわかっていたが、仕事を続けて行くには雨宮には必要なことだった。
雨宮は、ストレスが限界に達すると男に抱かれる。
自分を求める男の言葉に酔いながら快感をむさぼる行為は、些細な胃の痛みを払拭した。女性を抱くのでは駄目だ。特別恋愛対象が同性のみというわけでもないが、セックスをするのは男性がいい。三十歳に手が届きそうな歳になった今も、その悪い癖は直らない。
だがそれも日本に居た時の話だった。
二カ月前からアメリカの新店舗に出張となった雨宮も、流石に異国の人間をほいほいとベッドに誘い込む勇気はない。治安が落ち着いたと言っても、そこはまだ、犯罪がまかり通る街である。命の危険を冒してまでセックスしたいとは思わない。
店舗スタッフを誘うわけにもいかない。こじれた場合がやっかいだ。
安全に出会おうにも、酒が飲めない雨宮はバーにもクラブにも無縁だった。
若干疲れ果てていたとは思う。それに、もしかしたら飢えていたのかもしれない。
昨日、その長身の男が目にとまった瞬間、息が止まったような気がした。
外人に恋をしたことは無い。それでも、最高にタイプだと直感した。
背が高い。腕も足も長い。顔は小さくて真っ白な肌に結んだ赤毛が印象的だ。きちんとすればハンサムなのに、どうも表情が暗く、ひどく猫背だった。スーツでなければニートかと思ってしまうところだ。
近所の住人だろうか。と、若干そわそわとしていた雨宮だが、彼が手に持つ商品に気がついた瞬間、うっかり手を出していた。
信じられない。
こんなに好みの男が、シリアルとサプリメントで生きているなんて信じられない。その上煙草がないと生きていけないと言う。眩暈がしそうだ。
特別正義ぶって煙草の害を訴えるわけではない。個人的に吸うのは、それこそ個人の勝手だと思う。
しかしこんな甘い獲物が、ふらふらとおぼつかない足取りでサプリメントを大人買いしている場面を、どう見逃せというのだろう。
結果判断力を失った雨宮は、どう考えても不審な絡み方をしてしまった。
電話前でそのやりとりを思い出し、思わず表情が崩れそうになり口元に手を当てて隠した。
『ちょっと聞いてますか雨先生~、定期報告これ全部まとめて報告するのわたしなんですよ~きちんと真面目に対応してくださいよ~』
「え、ああ、聞いてるし話すことはもうこれで全部だよ。適当にまとめるのは君の仕事。現地で英語にまみれてスタッフ教育するのは僕の仕事」
『だってアタシ英語できないもーん』
「……帰ったらレッスンしようか。キミも行く行くはこっちに研修スタッフで来ることになると思うよ。状況によっては新店舗また作るっぽいからね」
おざなりに電話を切って、一息つき、時計を確認して柄にもなくそわそわした。
本当に昨日は、殴られなくて良かった。それだけでも幸運だと思う。商品を選んでいる最中に店員にケチをつけられるなど、全く何事だと思うだろう。
彼は、見た目よりも洒落が通じる性質なのかもしれない。
もしくはただ単に、暇だったか。雨宮の容姿を許容範囲としたのか。その、どれかはわからなかったけれど。
バックルームで蕩けるようなキスをしたニールと名乗った男は、煙草を一カートンだけ買い、雨宮のシフトを聞いた。
その声は低く甘く、聞いているだけで腰が砕けそうだ。勿論、そんな心中は微塵も滲ませない。表情を隠して笑うことは得意だ。
「私の勤務は基本九時までですが、引き継ぎや後片付けがあるので……」
「勤勉だな。さすが日本人。じゃあ十時には引きあげてくるから、そこの入り口で待ってる」
「え。え?」
「俺は仕事中も吸うけど、家に帰るともっと吸う。特に飯食ってる時間にばかすか吸う。その時間あんたが付き合ってくれて、煙草止めたらいいんじゃない?」
何か不満? と言われてしまって、自分の口が開いている事に気がついた。
慌てて笑顔を作って、なるべくひそやかな声で「おまちしています」と笑った。ニールは要点だけさくさくと話す。聴きとることで精いっぱいで、うまく頭が回らず、何の話をしているのか理解するのに時間がかかった。
つまり彼は、煙草をやめろというのならば直にやめさせてみろ、と言っているのだろう。それも、先ほどの様な手段で。
誘うことにも、誘われることにも慣れていた筈なのに、ここのところそういう雰囲気とはご無沙汰で、甘い空気の作り方を忘れていた。
ふわりと笑って首を傾げれば、大概の男と女は雨宮に目を奪われる。自分の容姿は案外整っているらしい、ということに気がついたのは成人してからで、雨宮の悪い癖が板についたのもその頃からだ。
恋人は作らない。でも、セックスはしたい。そういう時には、無害そうな人間を見定めてふわりと笑って甘い視線を送る。その数時間後には、身体を合わせることができる。
ただそれは日本に居る時のことで、外人相手に自分の顔が通用するとは思っていない。ニールが不思議な提案をしてきた理由も、特別雨宮の顔が整っていることとは関係ないだろう。
キスのうまい男は久しぶりだ。体温が低すぎて冷たかったし、煙草の匂いとミントの匂いで嗅覚がおかしくなりそうだったが、そんなことなど一瞬で忘れるようなキスだった。
また、昨日のキスを思い出して手が止まっていた。
約束の十時までの一時間は常にそんな調子だった。それでも退勤後なのだから文句はないだろうと開き直る。仕事は溜まって行く一方で、振れる人間も居ない。自分でやるしかないのだがしかし、いい加減日付が変わるまで倉庫作業を続けるのはやめようと思っていた。
ニールとの約束は、無駄な残業を切り上げるいい口実にもなった。珍しくほぼ定時に後片付けを始め、レジ作業も心もとない販売員に鍵を渡してコートを羽織る。
連絡先も住所も知らない男が、約束通り本当に入口で待っていたのを発見すると、笑うのも忘れて目を瞬いてしまった。すこしどきりとしてしまったのを、誤魔化すためかもしれない。
煙草片手に冬の街灯の下に立つニールは、溜息が出るほど様になっている。
「……本当にいらしたんですね」
ときめく胸を押し殺すように無理矢理笑って横に立った。吸いかけの煙草を携帯灰皿に入れて、ニールは首を竦める。寒いのは苦手らしい。
「煙草、一カートンしか買って無いからな。二カートン分くらいの働きをしてもらわないと、明日からの仕事もままならない」
「病気ですね。一度お医者様にかかったほうがいいのでは」
「長生きする気なんかないから結構だ。害なのは知ってるけど好きなもんを我慢して老後細々生きる気は無い。なぁ、寒いんだが、場所を移しても平気? アンタが出てくるまで結構待ったんだ。肺がんになる前に凍えて死ぬかと思った」
ぶっきらぼうだし笑わない割に、よく喋る男だ。もっと沈黙が続くかと危惧していたが、無理矢理話かけなくても、ニールはだらだらと言葉を零す。
会話のテンポが速いのは嬉しい。スーツを着ているので、接客か営業の仕事なのだろうか。普段から言葉を使う仕事をしている人間は、会話の流れがとても速く心地いい。
早足で歩きだすニールに付いて歩くには少しだけ小走りになってしまう。だらだらと遅く歩かれるよりは良い。東北出身で雪にも寒さにも慣れてはいる雨宮だったが、それでも寒いものは寒い。
「まあ、予想はしているだろうが、汚いからな。あと、煙草の匂いはどうしようもない」
「勿論、覚悟の上です。むしろそんな量の煙草を消費していてすがすがしいフローラルな香りの部屋があったら、世界の異臭問題はすべて解決できますよ」
「言うね。まったくだ。飯は?」
「あー……夕方に食べようと思ったんですが。クレームが入って休憩が無くなりました」
「……アンタの方が不健康なんじゃないのか?」
だからそんなに細いんだと言われ、そりゃアメリカ人から見たら日本人は子供のようだろうな、と少し笑った。小気味よく続く会話は久しぶりで、例えそれが英語でも楽しい。
古いレンガのアパートの入口には落書きこそ無かったが、暖房は生きているのか不安になる外見だった。案の定、時折ボイラーが壊れるらしい。
アパート全体の室温を大家が管理するのがNYの制度である。その為個人がストーブを所有していることは稀だ。暖房が動いていなければ、住人は暖を取る術がない。しかしこの界隈で喫煙が出来る部屋はそうそう無かった。
「古い汚い時折思い出したように寒い。その代わり煙草は吸い放題だ。これだけはありがたい。わざわざ共同の喫煙スペースに走って行かなくてもいい。そこで煩わしい近所付き合いをしなくていい」
「貴方に、苦手な人間なんて居るんですか?」
「他人のご機嫌を伺いながら会話を生産するのは仕事だけで十分だ」
ニールはそう言いながら古いタイプの鍵を差し込み、軋むドアを開けた。温かい空気に、ふわりと煙草の匂いが混じる。
実際の煙の匂いは不快な香りというわけでもないのに、モノに付く匂いはどうしてか不思議な異臭感がある。甘いメンソールの匂いもバニラの匂いもそこにはない。
これがニコチン本来の香りなのかもしれない、などとどうでもいいことを考えながらドアの先に進むと、急に肩を掴まれ、今閉じたばかりのドアに押し付けられた。
扉に押し付けられるようにキスをされた。
突然のことに驚き、息を忘れそうになる。反射的に振りほどこうとしてしまった腕を押さえこまれ、唇を舌でなぞられ全身の力が一気に抜けた。
「……っ、ん、…………ぁ、ちょ……、あの、」
「襲わないから警戒は解いて大人しくキスされろ日本人。……アンタ、見た目よりもキスうまいな。ゲイじゃないっていうのは嘘だろう」
「…………嘘じゃない。別に、どちらでも平気だけれど」
「ふーん。ああ、でも、そんな感じするな。キレイだもんな、あんた。……もっと口、開けて」
言われて開いた唇の中に、長い舌が侵入してくる。
見た目も仕草も強引なのに、舌の動きは柔らかく飴を転がしているようだ。じれったい動きがもどかしく、最高に気持ちいい。時折息をするタイミングを供給してくれる。その度に甘い声が漏れてしまう。腰を支えられていなければ、ぐにゃりと足から崩れ落ちそうだ。
「……ふ、……っ、……も、無理、お願い、せめて、座らせ……」
「降参、早くないか……? まだ煙草一本分の働きもしてない」
「……えろアイリッシュ」
「残念。アイルランドの血はじーさんばーさんまでだよ。すっかり薄れてただのアメリカ人だ。生意気な口利くとあと十分ここでキスする」
「すいません、私が悪かったです。なんでもないです。お願いだからソファーかベッドに座らせて。貴方のキスは麻薬だ」
頭がぼうっとしていて、言わなくていい事を言ったような気がしたが、そんなことよりこのままでは腰が抜けそうだった。相変わらず漂う煙草の匂いと甘いミントの匂いに混じり、久しぶりに感じる男の体温がまた興奮を助長させる。
セックスをするためにこの部屋に来たのではない。そう言い聞かせても、勝手に興奮し始めてしまう。
腰を支える骨ばった長い指を意識してしまう。口の前に差し出されれば、なんの躊躇いもなく舐めまわしてしまうだろう。喉仏にも噛みついてしまいそうだ。一々、身体のパーツが好みの男で困る。ゲイではないし、抱いてもくれない男だけれど。
(……頑張って口説けば、ベッドに誘えたりするんだろうか)
そんな事をうっかり考えてしまう程、ニールのキスは素晴らしかった。
引きずられるようによたよたと歩き、煙草の匂いが染みついた暗い部屋に辿りつく。
幸い今日の暖房の調子は良好そうだ。むしろ暑いくらいで、ニールはコートを脱ぎながら窓を開けていた。キッチンテーブルの椅子に辿りついた雨宮はといえば、もうすでにこの部屋に入った事を後悔し始めていた。
噎せかえる煙草の匂いはなんとか我慢できる。
部屋の環境よりも、部屋の主の方が問題だ。
マフラーとコートを脱ぎ椅子に掛け、テーブルに凭れるように肘をついて息を吐く。先ほどのキスの余韻が激しく、冷静になるために頭痛薬の種類と効能を思い浮かべようとしたところで、ネクタイをほどいていたニールがナチュラルに煙草を咥える様が見えた。
あ、と思ったのは二人同時だった。どうやら本人は無意識だったらしく、火をつける前に煙草を戻して雨宮の方に颯爽と歩いてくると、脱ぎかけのワイシャツのままかがみこんでキスをした。
何度か角度を変えられたところで、またギブアップの声を上げたのは雨宮の方だった。濡れた唇で甘い息を零す雨宮に、呆れたようなニールの声がかかる。
「なんだ、昨日は随分と威勢よく煙草を止めてきた癖に。まだ十分も経ってない。俺は食事を始めてすらいない。そんな調子で喫煙を阻止できるの?」
「貴方はキスがうますぎる。これは私の誤算です……というか、何か口に入れて無ければ落ち着かないなら、飴とか、ガムとか……」
「飴もガムも好きじゃないんだよ。最適なのが煙草だ。気がまぎれるし、その上ストレスが溶けて行く。あの満たされる感覚は、何物にも代えがたい。……でも、アンタのキスは結構代用になる。これは俺の方の誤算だな」
恥ずかしげもなく言葉を零す男だ。口説いているわけでもないくせに、こちらは勘違いしそうになる。
優しく微笑まれるわけでもないのに顔から目を逸らせなくなり、甘くささやかれたわけでもないのにどうしてか耳がくすぐったい。
ニールは人を惹きつける、不思議な魅力を持った男だった。
「貴方は、結婚詐欺師か何か? それとも車か不動産の販売員? セールスマン?」
茹った頭を両手で支え、思いつく限りの似合いそうな職種を羅列する。いつのまにかざっくりしたセーターとジーンズに着替えた背の高い男は、相変わらずにやりともしない顔で『おしいね』と言葉を返す。
「押しかけないけどセールスはする。車ほど機能的じゃないし不動産ほどありがたいものじゃないが、まあ、大金をどぶに捨てさせるという意味じゃあ詐欺師が一番近いかもしれない」
「いかがわしい職業ということ?」
「YES、と答えたらボスに殺されるだろうな。散々広告に出てるから今やターゲット外の御老体すらうちの会社を知ってるらしい。『あなたの美に飲まれたい』」
「……ナチュラルビーナスシリーズ! え、カリテス社の? あのバカみたいな値段の高級美容サプリメント……の、スタッフ? 本当に?」
「俺みたいな無愛想な男が販売員だなんてまさか、って思ってる?」
「いえ、そんなことは。ある意味、納得しました。さぞ売上は良いんでしょうね……お客様にも、キスを?」
しないだろうな、とは思ったが会話の流れでそう訊いた。案の定髪の毛を結び直したニールは、キッチン横の棚を漁りながら淡々と声を返す。
「しない。そういう売り方はボスの上が嫌うんだよ。女の会社だから。実際はまあ、そういう駆け引きをしている奴もいるけれど、俺はしない。匂わせて勘違いさせるくらいは、まあ、……それでもたまに恨まれる」
「でしょうね。先日うちの企画会議でカリテス社の商品の話が出ましたが、値段を見て笑ってしまいました。そんな高い買い物をするのに、恋愛感情が混じれば、もう泥沼だ」
「アンタのとこはそういうのはなさそうだな。あんまり見ない店だけど、日本が本社?」
「そう。初出店の新米店舗の新米トレーナーです」
雨宮がトレーナー兼マネージャーとして配属されたS&Cストアは、日本でドラッグストアとしてチェーン展開する立花薬局の海外進出プランとして生まれたものだった。タチバナでは発音しにくく浸透しにくいだろう、という理由で名前まで弄られ、最早面影もない。
「ロゴマークは蛇と杖か。Snake and cane? アクレピオスの杖?」
「……よくご存じで。私は説明されるまで、そんな神さまが居る事すら知らなかった」
「カリテスもギリシャ神話の美の女神たちだよ。そもそも歴史のないアメリカ社会で神話もなにもあったもんじゃない。ただ、客はそういうイメージのこじつけは大好きだろうな」
雨宮は立花薬局のままでも全く構わなかったが、確かに、名前の由来というものは聞こえが良い方が好まれるのだろう。
S&Cストアはアメリカの気質と地元の習慣に寄せたせいで、雨宮が長年働いてきた薬局とは似ても似つかないものになっていた。
それでも仕事だし、他に英語が出来る独身の人間が見つからなかった。
これも経験かと一度は意気込んだものの、いざNYに住んでみると日本のコンビニが愛おしくて仕方なくなる。雨宮はコンビニをあまり利用している方では無かった筈だ。それなのに、今はあのおにぎりが恋しい。
どうにか野菜を煮たスープとパンで日々を過ごしているが、たまにはまともな食事にありつきたいと思うことが多くなった。
時折思い出したようにキスをされながら、そんなホームシックじみたことを洩らしてしまったのは、ニールのキスで頭が混乱していたからかもしれない。
「……料理ができる彼女を作るっていうのは?」
「面倒くさい。私は仕事と恋愛を両立出来る気がしない」
「案外不器用だな。まあ、俺もそんなもんか。……貝とパストラミは食える?」
「比較的好き、ですが」
「結局スープとパンなんだけどな。ルーベンサンドって知ってる?」
目を細めて少しだけ得意げに指を立てる男が格好良くて、腹が減っていた事を思い出すのに、少々時間がかかってしまった。
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