8 / 15
第8話 帰還
しおりを挟む
それから由良は自室に籠り、抜け殻のような生活を送っていた。
自室で1人で食事を取り、人を避けて過ごす生活の毎日である。
最初の頃は心配した父と母が部屋に入ってきていたが、その度に出ていくように泣き叫ぶ由良の姿を見て、気持ちが落ち着くまで見守ることにした。
「由良、ご飯を持ってきたわよ。今日は由良の好きな炊き込みご飯にしたからね」
娘が心配な母は時折、部屋の外から声を掛けるが、返事は無い。
その頃、由良はほとんど布団に横になって過ごしていた。
もう何もする気が起きない。
だって、頑張っても何も手に入らず、辛い思いをするばかりだもの。
全てを捨てて消えてしまいたい。
でも、父様と母様を悲しませることはしたくない。
今だって心配してくれているのがよく分かる。
だけど、体が動かないの……。
やがて、2週間程した頃、食事にお茶がつくようになった。
「行商人から気持ちを和らげるお茶を紹介されたから買ってみたぞ。私も飲んだけど美味しかったから、よかったら由良も飲んでごらん。要らなかったら無理には飲まなくていいからね」
それは由良の父が購入した物であった。
何とか由良が良くなるように両親は模索しており、母は神社の神様に毎日祈りに行っていた。
その甲斐があってか、お茶を飲み始めて1ヵ月程で由良は部屋の外に出られるまでに回復した。
「父様、母様、心配ばかり掛けてごめんなさい……」
青白い顔で両親の部屋を訪れた由良を見て、父も母も由良を抱き締めた。
「何も謝らなくていいのよ。家族なんだからいっぱい甘えていればいいの」
「そうだぞ。今まで良く頑張ったな。これからは好きに屋敷で過ごしていいからな」
かつては地位のある武将に嫁ぐことが由良の幸せだと思っていた父は、今回のことで由良の幸せは人が決めることでは無いと考えを改めた。
由良が笑って生きてくれることが如何に幸せなことなのか気付いた両親は、ずっと屋敷にいてくれるだけでいいと感じていたのである。
やがて、普通の生活を送れるようになった由良は、鈍った体を鍛え直す修行を始めた。
素振りをしたり、走り込みをしたりして、落ちた体力を取り戻していく。
木刀を振っている瞬間は無心になれて好きだわ。
本当は千代さんが心配で探しに行きたいけど、経盛様や日向様に会うのが怖くて屋敷から出られない。
千代さん、ごめんなさい。
きっと優秀な日向様が必ずあなたを助けて下さるはずだから許して……。
雑念を払うように修行を行う日々を続けて1ヵ月程経過したある日、由良の元に驚くべき知らせが舞い込んだ。
「えっ、日向様が経盛様に仕えるのをやめて帰って来るの!?」
「ああ、あの日向がその判断をするということは余程のことがあったのだろう。帰って来てから詳しい話を聞こうと思っているが、由良も同席するかい?」
父の問いに少し悩んでから、由良は頷いた。
翌日、屋敷に馬の鳴き声が響き、日向の帰りを知らせた。
黒髪を靡かせながら颯爽と馬を降りる日向は、いつもの柔らかい雰囲気とは正反対の刺々しい気配を身に纏っている。
「ただいま、戻りました。勝手な真似をして申し訳ございません」
「いや、そなたが見切りをつけるということは余程のことがあったのだろう?話を聞かせておくれ」
日向は由良の父と由良に、紫雲城で起こった出来事を怒りに満ちた表情で語り始めた。
ある日、西の国との戦のために城を空ける経盛に代わり、日向は城を預かっていた。
すると、城に攻め込む勢力があったが、相手は何と千代であった。
千代殿が無事でよかった。
しかし、千代殿自らが攻め込むということは、誘拐された訳では無く、何か事情があるのでは……。
そう思い、日向は開戦前に手紙を出したが千代からの返事は無く、そのまま開戦となった。
戦には勝利したが、敵の土壌兵に手こずる間に千代に逃げられ、行方不明となる。
そして、戦を終えた経盛が紫雲城に戻ってきた。
「経盛様、先日、城に千代殿が攻め込みました」
「あの千代か!それで千代は何処に居る?」
「千代殿の防御属性の土壌兵に手こずる間に逃げられてしまいました。申し訳ありません」
日向は経盛に叱責されるかと身構えたが、経盛は納得した表情で返事をした。
「いや、千代の優秀さは分かっておる。千代が生きておるならよい。今後も捜索を続けよ」
「はい、畏まりました。千代殿は自らの意思で戦を起こし、自由の身でありました。これは誘拐された訳では無いと思うのですが、如何でしょう?」
「それならそういうことになろう」
経盛が千代は誘拐では無いことを認めた言葉を聞き、日向はこれは由良の無実を証明する良い機会だと見込んだ。
「では、由良は何も悪くありません。婚約を今一度考え直していただけませんか?」
「いや、由良の無実は分かったが、婚約はせんぞ。やっと融通が利かず、面倒な由良から解放されたのだ」
真面目な由良のことを煩わしく感じる経盛の態度に、日向は怒りが沸いて出た。
「では、由良に汚名を着せたままにするのですか!」
「それなら後で配下に説明しておく。そこまで怒るとはもしや貴様、由良のことが好きなのか?それなら由良をやるからちょうどいいではないか」
人の心を軽く扱う経盛に、遂に日向の堪忍袋の緒が切れる。
「あれだけ由良を傷付けておいてその態度は、いくら経盛様と言えども許せません」
「ならば許さずとも良い。貴様も堅物だな」
「堅物で結構です!これ以上お仕えすることは出来ませんので、暇を頂きます」
「この前の知久と言い、どいつもこいつもわしに説教するなど生意気だぞ!勝手にしろ!」
こうして喧嘩別れした日向は由良の父の元に戻ってきた。
由良の父は日向の疲れを察し、今後のことは後日決めることにして、今日は休むように勧めた。
日向とずっと話がしたかった由良は1人自室で過ごす日向の元を訪れる。
自室で1人で食事を取り、人を避けて過ごす生活の毎日である。
最初の頃は心配した父と母が部屋に入ってきていたが、その度に出ていくように泣き叫ぶ由良の姿を見て、気持ちが落ち着くまで見守ることにした。
「由良、ご飯を持ってきたわよ。今日は由良の好きな炊き込みご飯にしたからね」
娘が心配な母は時折、部屋の外から声を掛けるが、返事は無い。
その頃、由良はほとんど布団に横になって過ごしていた。
もう何もする気が起きない。
だって、頑張っても何も手に入らず、辛い思いをするばかりだもの。
全てを捨てて消えてしまいたい。
でも、父様と母様を悲しませることはしたくない。
今だって心配してくれているのがよく分かる。
だけど、体が動かないの……。
やがて、2週間程した頃、食事にお茶がつくようになった。
「行商人から気持ちを和らげるお茶を紹介されたから買ってみたぞ。私も飲んだけど美味しかったから、よかったら由良も飲んでごらん。要らなかったら無理には飲まなくていいからね」
それは由良の父が購入した物であった。
何とか由良が良くなるように両親は模索しており、母は神社の神様に毎日祈りに行っていた。
その甲斐があってか、お茶を飲み始めて1ヵ月程で由良は部屋の外に出られるまでに回復した。
「父様、母様、心配ばかり掛けてごめんなさい……」
青白い顔で両親の部屋を訪れた由良を見て、父も母も由良を抱き締めた。
「何も謝らなくていいのよ。家族なんだからいっぱい甘えていればいいの」
「そうだぞ。今まで良く頑張ったな。これからは好きに屋敷で過ごしていいからな」
かつては地位のある武将に嫁ぐことが由良の幸せだと思っていた父は、今回のことで由良の幸せは人が決めることでは無いと考えを改めた。
由良が笑って生きてくれることが如何に幸せなことなのか気付いた両親は、ずっと屋敷にいてくれるだけでいいと感じていたのである。
やがて、普通の生活を送れるようになった由良は、鈍った体を鍛え直す修行を始めた。
素振りをしたり、走り込みをしたりして、落ちた体力を取り戻していく。
木刀を振っている瞬間は無心になれて好きだわ。
本当は千代さんが心配で探しに行きたいけど、経盛様や日向様に会うのが怖くて屋敷から出られない。
千代さん、ごめんなさい。
きっと優秀な日向様が必ずあなたを助けて下さるはずだから許して……。
雑念を払うように修行を行う日々を続けて1ヵ月程経過したある日、由良の元に驚くべき知らせが舞い込んだ。
「えっ、日向様が経盛様に仕えるのをやめて帰って来るの!?」
「ああ、あの日向がその判断をするということは余程のことがあったのだろう。帰って来てから詳しい話を聞こうと思っているが、由良も同席するかい?」
父の問いに少し悩んでから、由良は頷いた。
翌日、屋敷に馬の鳴き声が響き、日向の帰りを知らせた。
黒髪を靡かせながら颯爽と馬を降りる日向は、いつもの柔らかい雰囲気とは正反対の刺々しい気配を身に纏っている。
「ただいま、戻りました。勝手な真似をして申し訳ございません」
「いや、そなたが見切りをつけるということは余程のことがあったのだろう?話を聞かせておくれ」
日向は由良の父と由良に、紫雲城で起こった出来事を怒りに満ちた表情で語り始めた。
ある日、西の国との戦のために城を空ける経盛に代わり、日向は城を預かっていた。
すると、城に攻め込む勢力があったが、相手は何と千代であった。
千代殿が無事でよかった。
しかし、千代殿自らが攻め込むということは、誘拐された訳では無く、何か事情があるのでは……。
そう思い、日向は開戦前に手紙を出したが千代からの返事は無く、そのまま開戦となった。
戦には勝利したが、敵の土壌兵に手こずる間に千代に逃げられ、行方不明となる。
そして、戦を終えた経盛が紫雲城に戻ってきた。
「経盛様、先日、城に千代殿が攻め込みました」
「あの千代か!それで千代は何処に居る?」
「千代殿の防御属性の土壌兵に手こずる間に逃げられてしまいました。申し訳ありません」
日向は経盛に叱責されるかと身構えたが、経盛は納得した表情で返事をした。
「いや、千代の優秀さは分かっておる。千代が生きておるならよい。今後も捜索を続けよ」
「はい、畏まりました。千代殿は自らの意思で戦を起こし、自由の身でありました。これは誘拐された訳では無いと思うのですが、如何でしょう?」
「それならそういうことになろう」
経盛が千代は誘拐では無いことを認めた言葉を聞き、日向はこれは由良の無実を証明する良い機会だと見込んだ。
「では、由良は何も悪くありません。婚約を今一度考え直していただけませんか?」
「いや、由良の無実は分かったが、婚約はせんぞ。やっと融通が利かず、面倒な由良から解放されたのだ」
真面目な由良のことを煩わしく感じる経盛の態度に、日向は怒りが沸いて出た。
「では、由良に汚名を着せたままにするのですか!」
「それなら後で配下に説明しておく。そこまで怒るとはもしや貴様、由良のことが好きなのか?それなら由良をやるからちょうどいいではないか」
人の心を軽く扱う経盛に、遂に日向の堪忍袋の緒が切れる。
「あれだけ由良を傷付けておいてその態度は、いくら経盛様と言えども許せません」
「ならば許さずとも良い。貴様も堅物だな」
「堅物で結構です!これ以上お仕えすることは出来ませんので、暇を頂きます」
「この前の知久と言い、どいつもこいつもわしに説教するなど生意気だぞ!勝手にしろ!」
こうして喧嘩別れした日向は由良の父の元に戻ってきた。
由良の父は日向の疲れを察し、今後のことは後日決めることにして、今日は休むように勧めた。
日向とずっと話がしたかった由良は1人自室で過ごす日向の元を訪れる。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い
うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。
浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。
裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。
■一行あらすじ
浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法
栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる