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第8話 帰還

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それから由良は自室に籠り、抜け殻のような生活を送っていた。
自室で1人で食事を取り、人を避けて過ごす生活の毎日である。

最初の頃は心配した父と母が部屋に入ってきていたが、その度に出ていくように泣き叫ぶ由良の姿を見て、気持ちが落ち着くまで見守ることにした。

「由良、ご飯を持ってきたわよ。今日は由良の好きな炊き込みご飯にしたからね」

娘が心配な母は時折、部屋の外から声を掛けるが、返事は無い。
その頃、由良はほとんど布団に横になって過ごしていた。

もう何もする気が起きない。
だって、頑張っても何も手に入らず、辛い思いをするばかりだもの。
全てを捨てて消えてしまいたい。
でも、父様と母様を悲しませることはしたくない。
今だって心配してくれているのがよく分かる。
だけど、体が動かないの……。


やがて、2週間程した頃、食事にお茶がつくようになった。

「行商人から気持ちを和らげるお茶を紹介されたから買ってみたぞ。私も飲んだけど美味しかったから、よかったら由良も飲んでごらん。要らなかったら無理には飲まなくていいからね」

それは由良の父が購入した物であった。
何とか由良が良くなるように両親は模索しており、母は神社の神様に毎日祈りに行っていた。


その甲斐があってか、お茶を飲み始めて1ヵ月程で由良は部屋の外に出られるまでに回復した。

「父様、母様、心配ばかり掛けてごめんなさい……」

青白い顔で両親の部屋を訪れた由良を見て、父も母も由良を抱き締めた。

「何も謝らなくていいのよ。家族なんだからいっぱい甘えていればいいの」
「そうだぞ。今まで良く頑張ったな。これからは好きに屋敷で過ごしていいからな」

かつては地位のある武将に嫁ぐことが由良の幸せだと思っていた父は、今回のことで由良の幸せは人が決めることでは無いと考えを改めた。
由良が笑って生きてくれることが如何に幸せなことなのか気付いた両親は、ずっと屋敷にいてくれるだけでいいと感じていたのである。


やがて、普通の生活を送れるようになった由良は、鈍った体を鍛え直す修行を始めた。
素振りをしたり、走り込みをしたりして、落ちた体力を取り戻していく。

木刀を振っている瞬間は無心になれて好きだわ。
本当は千代さんが心配で探しに行きたいけど、経盛様や日向様に会うのが怖くて屋敷から出られない。
千代さん、ごめんなさい。
きっと優秀な日向様が必ずあなたを助けて下さるはずだから許して……。


雑念を払うように修行を行う日々を続けて1ヵ月程経過したある日、由良の元に驚くべき知らせが舞い込んだ。

「えっ、日向様が経盛様に仕えるのをやめて帰って来るの!?」
「ああ、あの日向がその判断をするということは余程のことがあったのだろう。帰って来てから詳しい話を聞こうと思っているが、由良も同席するかい?」

父の問いに少し悩んでから、由良は頷いた。


翌日、屋敷に馬の鳴き声が響き、日向の帰りを知らせた。
黒髪を靡かせながら颯爽と馬を降りる日向は、いつもの柔らかい雰囲気とは正反対の刺々しい気配を身に纏っている。

「ただいま、戻りました。勝手な真似をして申し訳ございません」
「いや、そなたが見切りをつけるということは余程のことがあったのだろう?話を聞かせておくれ」

日向は由良の父と由良に、紫雲城で起こった出来事を怒りに満ちた表情で語り始めた。


ある日、西の国との戦のために城を空ける経盛に代わり、日向は城を預かっていた。
すると、城に攻め込む勢力があったが、相手は何と千代であった。

千代殿が無事でよかった。
しかし、千代殿自らが攻め込むということは、誘拐された訳では無く、何か事情があるのでは……。

そう思い、日向は開戦前に手紙を出したが千代からの返事は無く、そのまま開戦となった。
戦には勝利したが、敵の土壌兵に手こずる間に千代に逃げられ、行方不明となる。
そして、戦を終えた経盛が紫雲城に戻ってきた。

「経盛様、先日、城に千代殿が攻め込みました」
「あの千代か!それで千代は何処に居る?」
「千代殿の防御属性の土壌兵に手こずる間に逃げられてしまいました。申し訳ありません」

日向は経盛に叱責されるかと身構えたが、経盛は納得した表情で返事をした。

「いや、千代の優秀さは分かっておる。千代が生きておるならよい。今後も捜索を続けよ」
「はい、畏まりました。千代殿は自らの意思で戦を起こし、自由の身でありました。これは誘拐された訳では無いと思うのですが、如何でしょう?」
「それならそういうことになろう」

経盛が千代は誘拐では無いことを認めた言葉を聞き、日向はこれは由良の無実を証明する良い機会だと見込んだ。

「では、由良は何も悪くありません。婚約を今一度考え直していただけませんか?」
「いや、由良の無実は分かったが、婚約はせんぞ。やっと融通が利かず、面倒な由良から解放されたのだ」

真面目な由良のことを煩わしく感じる経盛の態度に、日向は怒りが沸いて出た。

「では、由良に汚名を着せたままにするのですか!」
「それなら後で配下に説明しておく。そこまで怒るとはもしや貴様、由良のことが好きなのか?それなら由良をやるからちょうどいいではないか」

人の心を軽く扱う経盛に、遂に日向の堪忍袋の緒が切れる。

「あれだけ由良を傷付けておいてその態度は、いくら経盛様と言えども許せません」
「ならば許さずとも良い。貴様も堅物だな」
「堅物で結構です!これ以上お仕えすることは出来ませんので、暇を頂きます」
「この前の知久と言い、どいつもこいつもわしに説教するなど生意気だぞ!勝手にしろ!」

こうして喧嘩別れした日向は由良の父の元に戻ってきた。
由良の父は日向の疲れを察し、今後のことは後日決めることにして、今日は休むように勧めた。
日向とずっと話がしたかった由良は1人自室で過ごす日向の元を訪れる。
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