コアラの歩み

三条 よもぎ

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小学生編

第8話 奔走

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朋花が帰ってくるのを待ちわびていた瞳は玄関の扉が開く音を聞いて足早に玄関へ向かったが、朋花の姿を見て歩くスピードがゆっくりになった。
なぜなら、いつもよく喋る朋花が今日に限って静かに靴を脱いでいることに気付いたからである。
瞳は少し不安な顔になりながら恐る恐る朋花に声を掛けた。

「おばちゃん、おかえり。どうだった?」

先に下校して家で待っていた瞳に尋ねられた朋花は、靴を脱ぎ終わって後ろに振り向くと申し訳なさそうに瞳に結果を伝える。

「ただいま。ごめんね、瞳ちゃん……。片岡先生には駄目って言われちゃった。でも、私は諦めていないからね。他の方法を考えてみるからもうちょっと待ってね」

最初は朋花の話を聞いて段々と瞳の顔が暗くなっていたが、最後の言葉を聞く頃には瞳の顔に希望が灯っていた。

「おばちゃん、私のためにありがとう。私もバスに乗れるように練習してみる。まだバスを見るのも怖いから時間がある時にバス停に行ってみるね」
「無理しなくていいからね。私も頑張るから遠足に行けるように頑張ろうね」

朋花と瞳は顔を合わせて遠足へ行くために努力することを誓った。


その日の夜、布団に入った朋花は瞳を遠足に参加させる方法を考えていた。

担任の先生は瞳ちゃんの事故の時も事務的な対応ばかりで苦手だったんだよね。
怪我をしている瞳ちゃんに宿題を持ってきて学校を休んでいる間に毎日やるように言ったり。
片岡先生が正論なのは分かるけど、私はやっぱり瞳ちゃんの希望を叶えたい。

今日の出来事を引きずって朋花が過去のことを思い出していた時、ふとある案が思い浮かんだ。

そう言えば瞳ちゃんの事故の時に1番話を聞いて寄り添ってくれたのは保健室の先生だったよね。
その先生なら今回のことも良い案を一緒に考えてくれるかも。

朋花の頭に思い浮かんだのは瞳の事情を知っている養護教諭に相談することであった。
翌日、仕事の休憩時間に学校に電話し、後日養護教諭に相談する時間を取って貰えることに決まる。


「先生、今日はお時間を取って頂き、ありがとうございます。そして、以前も大変お世話になりました」
「いえいえ、とんでもないです。事故の知らせを聞いた時は心配でしたが、長瀬さんが元気になって学校に通えるようになってよかったです」

養護教諭と軽く挨拶を交わした朋花は、以前担任の先生に説明したのと同様に今回の遠足の件を説明した。

「……それで私が付き添って電車で行くことを提案したのですが、担任の片岡先生には反対されました。何か他に遠足に参加させてあげられる方法は無いのでしょうか?」

朋花の説明を聞いて養護教諭は少し考え込んだ。
そして、1つの答えを出すと、顔を上げて朋花に伝える。

「そうですね……、遠足を楽しみにしている長瀬さんの希望を何とか叶えてあげたいですよね。ちょっと私だけでは判断出来ないので、教頭先生に相談してからお返事させていただいても構いませんか?私も岸井さんと同じ考えで、今回は長瀬さんだけ電車で行くのが良いと思ったのです」

養護教諭が賛成してくれて朋花は明るい気持ちになっていた。
後は教頭先生の判断を信じるのみである。

「それではよろしくお願いします」
「はい、またご連絡しますね」

養護教諭にお礼を伝えてから朋花は学校を後にした。


時は流れ、遠足当日。
「手塚丘小学校4年生御一行様」と書かれたバスが動物園の駐車場に到着し、次々と児童がバスから降りてくる。
その中に瞳の姿は無い。
実はその頃、瞳は動物園の入り口前で朋花とお喋りをしていたのだ。

「教頭先生からOKが貰えてよかったね」
「うん、おばちゃん、ありがとう!電車で来られて本当によかったなあ」

あの後、養護教諭から教頭先生に話が伝わり、事情を理解した教頭先生が担任を説得して朋花が付き添うことを条件に電車で瞳だけ現地に行くことが許可されたのだ。
こうして瞳は遠足に参加することが可能となった。
そして、朋花と話していた瞳は児童の集団がこちらに向かってくるのを見つける。

「あっ、みんな到着したみたい!」
「そうしたら栞里ちゃんのところに行っておいで。帰りは一緒に帰ろうね」
「うん、分かった!行ってきます!」

そう言って駆け出す瞳の後ろ姿を見ながら朋花の心は満たされていた。

嬉しそうな瞳ちゃんの姿を見られてよかったわ。
さあ、先生に声を掛けてから私もこの辺を散策しようかな。

そして、夕方になり、再び瞳と合流した朋花は行きと同じように電車で帰宅した。

「しーちゃんと一緒にモルモットを触ったの!かわいかったなあ。遠足って楽しいね!」

帰りながら今日の出来事をにこやかに話す瞳の姿を見て朋花は幸せな気分になっていた。

瞳ちゃんの笑顔が見れて幸せだなあ。
瞳ちゃんのために諦めずに行動してよかったわ。

かつての朋花であれば何かの手続きなど、面倒なことはよく両親に丸投げしていた。
しかし今回、瞳のことを考えていると自然と朋花の体が動いていた。
本人は気付いていないが、朋花の中に親心が芽生えた瞬間であった。
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