上 下
13 / 58

第13話 ドレスの記憶

しおりを挟む
部屋に戻ってきたジョエルの手には、見覚えのある鞄やドレスなどが握られている。
一度、荷物を置くと部屋を後にして、まだ続きがあるようで、別の荷物を持って戻ってきた。

「お待たせ。王宮のソフィアの部屋を出る時に、どれが大事な物か分からないから、仲間達に持てるだけ持ってきて貰ったんだ。時間が無くて全てを持ち出せなくてごめんね」

そう言って渡されたのは、ソフィアが逃げる時に荷物を詰め込んだ鞄や、クローゼットやドレッサーにあったドレスや装飾品類であった。

本当はどれもそんなに大事な物じゃないけど、そんな事は言えないわ。
だって、せっかくの好意を無下には出来ないもの。

とりあえずソフィアは、嬉しそうな表情を作ってお礼を述べる。

「もう二度と手に出来ないと思っていました。危険な戦場で、これ程の荷物を運んで下さり、ありがとうございます」

お礼を述べるソフィアを見て、ジョエルは微笑む。

「役に立てたならよかったよ。荷物の片付けをしたいだろうから、僕は一旦失礼するね。また夕食の時に呼びに来るからね」
「本当にありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです」
「今度、これを運んでくれた仲間達にもソフィアが喜んでいたことを伝えておくよ。じゃあ、また後でね。この部屋は自由に使っていいからね」

そう言って部屋を去るジョエルを、ソフィアは深々と頭を下げて見送った。
扉が閉まって1人になったソフィアはふぅーっと軽く息を吐く。

やっと1人になれたわ。
人といると気を張る必要があるから疲れるわね。
本当は今すぐ休みたいけど、散らかった部屋じゃ落ち着かないから、とりあえず片付けましょうか。

ソフィアはまず鞄の中身を机の上に出し、空いている棚などに片付ける。
そして、次にドレスの片付けに移る。
ドレスをクローゼットに仕舞いながら、ソフィアはこのドレスを貰った時のことを思い出していた。


それはソフィアが後宮入りして1年後、侍女が居なくなり、1人で身の回りのことをし始めた年のことであった。
父の支援が無いため、当然洋服を買うお金も無い。
そのため、手持ちのドレスを着回していると、次第に色褪せ、くたびれてきたのだ。
ある日、そのくたびれたドレスを着て後宮の廊下を歩いていると、ある側室に声を掛けられた。

「あなた、そのみすぼらしい格好はどうなさったの?どなたかに苛められているの?」
「いえ、私が役立たずなせいで家族から見放され、新しいドレスが買えないのです」

周りにひそひそと言われるのは前からあり、今更取り繕う必要は無いと諦めていたソフィアはありのままを話した。
それを聞いて不憫に思った側室がある提案をする。

「まあ可哀想に。それでしたら、私のドレスが余っておりますので差し上げますわ」
「ありがとうございます。感謝致します」

せっかくの申し出を断って敵を増やすのは面倒だと思ったソフィアは、側室からお下がりのドレスを貰うことに決めた。
そして、その返事を聞いた側室が別のお願いをする。

「いえ、お気になさらずに。代わりと言っては何ですが、私は後宮入りしたばかりでお友達が少ないので、よかったら仲良くして下さらないかしら?」

どうやらソフィアに優しくしてくれたのは、自分の派閥の人間を増やそうと思っての行動だったようだ。

派閥争いには巻き込まれたくないけど、このまま着る物が無くなる方が困るから、ここは大人しく従う方がいいわね。

「私でよければよろしくお願い致します」

ソフィアはそれを受け入れ、代わりにドレスを譲り受けた。


半年後、王が主宰する祝賀会で例の側室に出会った。
挨拶しておいた方がいいだろうと近付き、ソフィアがドレスのお礼を述べると、側室とその取り巻き達に苦笑いされる。
これはここに居ない方がいいのだろうと感じたソフィアは、すぐにその場を離れたが、後日、取り巻き達に呼び出された。

「あんたみたいな貧乏人が我々の派閥に入れると思ったら大間違いよ」
「いえ、私はそんなつもりでは……」
「あなたと一緒に居るなんて恥ずかしいのよ。とにかく今後は一切近付かないで頂戴!」

ソフィアの言い分は一切聞いて貰えず、取り巻き達はソフィアを罵ると立ち去って行った。

ああ、やっぱり関わるんじゃなかったわ。
タダより高い物は無いと言うのは本当だったのね。

周りから馬鹿にされる悲しさと悔しさを押し殺しながらソフィアは1人、自室に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】待ってください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。 毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。 だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。 一枚の離婚届を机の上に置いて。 ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...