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第四章 影を祓う絆、そして亀裂の兆し――
第四十四話 死した剣士は黄泉返り、道満は絶望の中で命を懸ける
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ガキン!!
源満仲の屋敷の門前に、鋼鉄が交錯するような音が鳴り響く。それは、手に刀を握り、力強く高速で振り抜く高倉恒浩と、鋭い霊手刀を用いてその刃を受け止め、反撃を繰り出す蘆屋道満が、激しく鍔ぜり合う音であった。
霊手刀の道満と刀の恒浩が互いに技を繰り出し、刃同士が激しく交差する様は、まるで煌びやかな舞台のようであった。その緊張感溢れる戦いは周囲の空気まで引き締める。
「ちい――、厄介な……」
道満は、霊手刀の効果を斬撃防御に集中させることで、恒浩の強大な剣圧からくる衝撃波に抵抗していた。しかし、その力は圧倒的で、道満は徐々に後退を余儀なくされていた。
道満の額には汗が光り、呼吸も荒くなっていた。だが、彼には諦めの感情はない。全身の力を振り絞り、霊手刀を構え続ける。
一方、恒浩は容赦なく攻め続ける。彼の剣はまるで閃光のごとく空を奔り、道満を翻弄していく。
このままでは、自分は押し切られてしまう。そう考える道満は、何か打開策がないか必死で思考していた。そして――、
「ならばこれで!!」
道満はそう叫ぶと地面を強く蹴る。彼の体が高速で天へと飛翔し、恒浩の頭上へと飛び上がったのである。
そうして、道満は真下に落下しながら霊手刀を振り下ろす。霊手刀が纏う光が空にきれいな流星を描いた。
「破!!」
道満渾身の一撃が、超重量として恒浩の頭上から高速で落ちてくる。それはもはや並の人間では避けられぬ高速斬撃であった。
ドン!!
戦場に土煙と破砕音が響く――、道満のその攻撃は恒浩の身に掠りもしなかった。
「なんて奴だ――、こ奴はそこらの死人とは別格か……。動きも力も生前とは比べ物にならん」
道満は恒浩のその驚くべき運動能力に、苦い顔をしてそう呟く。
その時の道満の攻撃が避けられてしまった理由はただ一つ――。今、高倉恒浩は死人ゆえに、生者が本来持つ身体能力の限界値を振り切っているからである。
当然、その人を越える動きや力は、高倉恒浩の肉体そのものも傷つけ、大きな反動を与えているのだが――。
恒浩の体の各筋肉が千切れて皮膚から異様な液体が流れている。しかしそれは見る間にきれいに修復されて、元の状態へと再生されてゆく。
「――コイツ……、肉体の一部が崩れても、すぐに再生していくのか……。おそらくはどこぞの術者による強化か?」
「け――ひひ」
その道満の呟きを聞いて、感情のない目で恒浩が笑う。それを道満は苦い表情で見た。
(このままでは、押し切られる――か)
道満はそれまでの相対を思い出しつつそう考える。
その時、道満は恒浩が繰り出す斬撃の連打に防戦一方に追い込まれていた。猛攻を凌ぎながらも、その衝撃波で徐々に傷を負っていたのである。
道満は、それでもあきらめずに食い下がっていたが、恒浩の攻撃は容赦なく道満の体力を削っていく。
「げひゃ!!」
恒浩が笑いながら不穏な構えをとる。それは幾度目かもわからぬ連続斬撃の前触れである。
「ち――」
道満はそれを予測して迎撃の姿勢をとったが――、
――次の瞬間、衝撃波を纏う連撃が道満を襲う。その猛烈な衝撃を受けて、疲労がたまっていた道満はついに足を取られ、よろめいてしまったのである。
「ぐっ…!」
道満は、堪えるように歯を食いしばる。だが、容赦なく――そして絶え間なく降り注ぐ斬撃は、彼の体力を恐ろしい速度で削っていく。
「このままでは…!」
道満は、姿勢が定まらぬ状態でも何とか立て直そうとする。しかし、足は言うことを聞かず体がグラグラと揺れた。
「くそっ…!」
「げはは!!」
その瞬間、それまでと比べても大きく強力な斬撃がよろめく道満に襲い掛かる。それは、その状態で受け流せるほど軽いものではなかった。
「く――!!」
道満はその瞬間、あえてその身を倒れるに任せた。そして――、
「ふ――!」
そのまま頭を下に――、手のひらを地面に着けて逆立ちの姿勢から、その脚を全力で高倉恒浩の斬撃の腹に叩きつけたのである。
「げ!!」
ドン!!
衝撃と土煙――、振り下ろされた斬撃は軌道を反らされて地面を抉る。そして――、
「は――、これで片腕を……」
道満はそういって、地面に突き刺さる高倉恒浩の片腕を眺めて笑った。
「げは――」
恒浩の刀を持つ片腕は、胴から離れて地面に突き刺さっていた。先ほどの蹴りを受けて千切れ飛んだのである。
片腕とそれが持つ刀を失った高倉恒浩はよろめいて後退る。道満はその隙を見逃さずに、立ち上がると霊手刀を横凪に一閃した。
ドン!!
容赦のない道満の一撃が、恒浩の首をその胴から切り離し――、その首は地面に転がる。ここにきて恒浩は片腕と首を失っていた。
「は――、さすがに此処まで壊されれば再生など――」
「げ――は……」
だがしかし――、道満がそう呟くのと、転がる高倉恒浩の首が笑うのは同時であった。
ズズズ――、
次の瞬間、妖しい黒々とした煙が高倉恒浩の胴体から立ち上り始める。その不気味な煙は触手のように伸びて、転がる首や片腕にまとわりついていく。そして――、
「な?! 再生していく――だと?!」
首や片腕は、一瞬にして肉の糸へとほつれて、それが宙を舞って胴へと向かう。そのまま胴に繋がった状態で再生されていった。
それは道満にして絶望感を得るに十分な光景であった。
「ここまで再生するのか――、これでは今までの苦労も無駄ではないか」
道満は顔を歪めながら息を吐く。それまでの戦いでの少なくない疲労が、道満の身にのしかかってきていた。
「――ククク……どうですカな? 我が特別ニ作った死人剣士は――」
不意に道満に対して声がかけられる――。道満が振り向くとそこに牟妙法師が立っていた。
「貴様――、これを造った術者?」
「そうでス――、そしてこノ事態を造ったのモこの私です」
「――」
道満は憎々し気に牟妙法師を睨む。それを涼しい顔で笑い返して牟妙法師は言った。
「それハ――、現在のわが秘術の粋ヲ込み込んだ死人剣士……。肉体を破壊すルほどの運動能力を強大ナ再生力で支え――、さらにハ失った部位をつなゲて再生させる機能モ付与しておるのです」
「――」
その言葉を聞きつつ道満は牟妙法師に向かって一歩踏み込む。その時、
「無駄ですヨ? それハ完全自立式――、私が死んでモ、そのまま動きます」
「なんだと?!」
目の前の牟妙法師を倒せば、高倉恒浩も倒れるかもしれない――と、予測していた道満は、予測が外れて苦い顔をした。
「――さあ、このまマ彼に殺されナさい。そうすれば――、貴方モ我が下僕に再生させてあげマしょう」
「――ごめん被る」
道満はそれだけ言うと、牟妙法師を無視して高倉恒浩の方へと向き直った。
(――この状況、最悪だが――、それを覆す手がないわけではない……)
その手とはかつて源頼光と戦った際に使った禁呪。
(しかし――、問題は目の前の高倉恒浩を禁呪で倒したとしても――、その後に禁呪の反動で拙僧は確実に意識を失うという事だ……)
そうなれば――、自身の身を守ることは不可能となり……、そのまま――。
(しかし――、しかし……だ、このままでは拙僧は奴に対抗出来ない。その先にあるのは――)
自分が倒れるだけなら道満は仕方がないと割り切れた。でも、この場で自分が倒れるという事は――、
(この死人剣士の相手を梨花たちがしなければならぬという事――、そのような事……)
蘆屋道満は頷き決意する。道満にとって晴明も梨花も何より大切な存在である。ならばこれからすることは一つしかない。
(――このまま拙僧は死ぬかもしれん。でもこの死人剣士だけは――、この場で始末する!)
道満は懐を探って小さな刃を取り出す。そして――、その刃先で自身の腕を自傷したのである。
「ぬ?!」
その光景に牟妙法師が、初めて困惑の表情を浮かべる。次の瞬間――、
【かごめかごめ――、籠牢にて鳴く鳥、いずれ時に解き放たれん。暁の鐘が鳴るときに――】
道満の歌声が月下の平安京に荘厳に響き渡る。牟妙法師はそれを不思議そうに眺め――、高倉恒浩はその陽光を受けて後退る。
【天を仰ぎし紅蓮の姿――、大地を護る水底の姿――、二つの力が交わる処に、隠されし絶えざる力あり――】
道満を挟んで――、大空に輝く三角形が描かれ、その反対の大地に闇の三角形が描かれていく。
【後ろの面影に、誰ぞ隠れん――、その名を唱えよ――、オム・マ・ニ・ペ・メ・フーム――】
道満の歌声と共に――、天の三角と地の三角が交わり合一する。
「ほう――、それがおぬしの……」
牟妙法師は満面の笑みでその荘厳な光景を見つめる。道満はそれには答えず、呪文の締めを唱えた。
「唱えるは――、六芒の大呪――、その霊威を以て我に……”力あれ――”」
その瞬間、天を割いて上空に至るまでの光の柱が生まれる。その中心にいる道満から、莫大な霊力が吹き上がった。
「ゆくぞ!!」
そのまま道満は高倉恒浩との間合いをゼロにする。そして――、
「大日大聖不動明王――、その聖炎をもて……すべからく灰と化せ!! ナウマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン!!」
蘆屋道満の唱える不動明王の真言が戦場に響き渡る。
今、六芒大呪を行使している道満の身には、天部にも匹敵する強大な霊力が宿っていた。それをすべて手のひらへと収束して――、それを呪を用いて不動尊の霊威へと変換してゆく。
ドン!!
次の瞬間、恒浩のその肉体が紅蓮の炎に巻かれる。それは魔王を名乗れる格を持つ妖魔すら灰に変える最大熱量であり――、その炎はそれでも再生をしようとする恒浩の肉体を、それを越える速度で焼き尽くし灰に変えていったのである。
「――ほほ!! 万物焼却の大呪カ!! その速度でハ再生も追いツかぬ!!」
心底楽しそうに牟妙法師は笑う。それを憎々し気に見つめながら、道満はその膝を地面についた。
「く――」
髪の一房が白く変わり――、そして抗いようのない闇が道満の精神を犯し始める。もはやそれに抗う術はなく、道満はそのまま地面に崩れ落ちる。
(――は、このような状況でこうなれば――。……このまま奴にわが身を自由にさせるくらいなら)
恒浩がただの黒い塊と化したのを確認した道満は、薄れゆく意識を何とか支えて印を結んで呪を唱えようとした。
「――自爆ですか? そのような事、私が許しませんよ?」
「あ――」
不意に道満に対して声がかけられる。その声の主は――、
「師――よ……」
「本当に――、貴方と言う人は。私が来るのを待たずにこのような無茶をして――」
「すま――ない」
「――構いませんよ。貴方の決意は理解しておりますとも」
笑う安倍晴明に道満は力のない笑顔を向ける。そして――そのまま道満は気絶した。
「――さて」
安倍晴明はそう言って牟妙法師に向き直る。その顔にはすでに微笑みが消えていた。
「我が弟子がお世話になりましたね」
「ほほ――、安倍晴明カ……」
「こうなった以上――」
月下の戦場に立つ安倍晴明――、その目には小さく陽炎が宿っている。
「私が貴方のお相手を致しましょう――」
その言葉を聞いて――、牟妙法師はこれまでとは比べ物にならないほどの笑顔を浮かべたのであった。
源満仲の屋敷の門前に、鋼鉄が交錯するような音が鳴り響く。それは、手に刀を握り、力強く高速で振り抜く高倉恒浩と、鋭い霊手刀を用いてその刃を受け止め、反撃を繰り出す蘆屋道満が、激しく鍔ぜり合う音であった。
霊手刀の道満と刀の恒浩が互いに技を繰り出し、刃同士が激しく交差する様は、まるで煌びやかな舞台のようであった。その緊張感溢れる戦いは周囲の空気まで引き締める。
「ちい――、厄介な……」
道満は、霊手刀の効果を斬撃防御に集中させることで、恒浩の強大な剣圧からくる衝撃波に抵抗していた。しかし、その力は圧倒的で、道満は徐々に後退を余儀なくされていた。
道満の額には汗が光り、呼吸も荒くなっていた。だが、彼には諦めの感情はない。全身の力を振り絞り、霊手刀を構え続ける。
一方、恒浩は容赦なく攻め続ける。彼の剣はまるで閃光のごとく空を奔り、道満を翻弄していく。
このままでは、自分は押し切られてしまう。そう考える道満は、何か打開策がないか必死で思考していた。そして――、
「ならばこれで!!」
道満はそう叫ぶと地面を強く蹴る。彼の体が高速で天へと飛翔し、恒浩の頭上へと飛び上がったのである。
そうして、道満は真下に落下しながら霊手刀を振り下ろす。霊手刀が纏う光が空にきれいな流星を描いた。
「破!!」
道満渾身の一撃が、超重量として恒浩の頭上から高速で落ちてくる。それはもはや並の人間では避けられぬ高速斬撃であった。
ドン!!
戦場に土煙と破砕音が響く――、道満のその攻撃は恒浩の身に掠りもしなかった。
「なんて奴だ――、こ奴はそこらの死人とは別格か……。動きも力も生前とは比べ物にならん」
道満は恒浩のその驚くべき運動能力に、苦い顔をしてそう呟く。
その時の道満の攻撃が避けられてしまった理由はただ一つ――。今、高倉恒浩は死人ゆえに、生者が本来持つ身体能力の限界値を振り切っているからである。
当然、その人を越える動きや力は、高倉恒浩の肉体そのものも傷つけ、大きな反動を与えているのだが――。
恒浩の体の各筋肉が千切れて皮膚から異様な液体が流れている。しかしそれは見る間にきれいに修復されて、元の状態へと再生されてゆく。
「――コイツ……、肉体の一部が崩れても、すぐに再生していくのか……。おそらくはどこぞの術者による強化か?」
「け――ひひ」
その道満の呟きを聞いて、感情のない目で恒浩が笑う。それを道満は苦い表情で見た。
(このままでは、押し切られる――か)
道満はそれまでの相対を思い出しつつそう考える。
その時、道満は恒浩が繰り出す斬撃の連打に防戦一方に追い込まれていた。猛攻を凌ぎながらも、その衝撃波で徐々に傷を負っていたのである。
道満は、それでもあきらめずに食い下がっていたが、恒浩の攻撃は容赦なく道満の体力を削っていく。
「げひゃ!!」
恒浩が笑いながら不穏な構えをとる。それは幾度目かもわからぬ連続斬撃の前触れである。
「ち――」
道満はそれを予測して迎撃の姿勢をとったが――、
――次の瞬間、衝撃波を纏う連撃が道満を襲う。その猛烈な衝撃を受けて、疲労がたまっていた道満はついに足を取られ、よろめいてしまったのである。
「ぐっ…!」
道満は、堪えるように歯を食いしばる。だが、容赦なく――そして絶え間なく降り注ぐ斬撃は、彼の体力を恐ろしい速度で削っていく。
「このままでは…!」
道満は、姿勢が定まらぬ状態でも何とか立て直そうとする。しかし、足は言うことを聞かず体がグラグラと揺れた。
「くそっ…!」
「げはは!!」
その瞬間、それまでと比べても大きく強力な斬撃がよろめく道満に襲い掛かる。それは、その状態で受け流せるほど軽いものではなかった。
「く――!!」
道満はその瞬間、あえてその身を倒れるに任せた。そして――、
「ふ――!」
そのまま頭を下に――、手のひらを地面に着けて逆立ちの姿勢から、その脚を全力で高倉恒浩の斬撃の腹に叩きつけたのである。
「げ!!」
ドン!!
衝撃と土煙――、振り下ろされた斬撃は軌道を反らされて地面を抉る。そして――、
「は――、これで片腕を……」
道満はそういって、地面に突き刺さる高倉恒浩の片腕を眺めて笑った。
「げは――」
恒浩の刀を持つ片腕は、胴から離れて地面に突き刺さっていた。先ほどの蹴りを受けて千切れ飛んだのである。
片腕とそれが持つ刀を失った高倉恒浩はよろめいて後退る。道満はその隙を見逃さずに、立ち上がると霊手刀を横凪に一閃した。
ドン!!
容赦のない道満の一撃が、恒浩の首をその胴から切り離し――、その首は地面に転がる。ここにきて恒浩は片腕と首を失っていた。
「は――、さすがに此処まで壊されれば再生など――」
「げ――は……」
だがしかし――、道満がそう呟くのと、転がる高倉恒浩の首が笑うのは同時であった。
ズズズ――、
次の瞬間、妖しい黒々とした煙が高倉恒浩の胴体から立ち上り始める。その不気味な煙は触手のように伸びて、転がる首や片腕にまとわりついていく。そして――、
「な?! 再生していく――だと?!」
首や片腕は、一瞬にして肉の糸へとほつれて、それが宙を舞って胴へと向かう。そのまま胴に繋がった状態で再生されていった。
それは道満にして絶望感を得るに十分な光景であった。
「ここまで再生するのか――、これでは今までの苦労も無駄ではないか」
道満は顔を歪めながら息を吐く。それまでの戦いでの少なくない疲労が、道満の身にのしかかってきていた。
「――ククク……どうですカな? 我が特別ニ作った死人剣士は――」
不意に道満に対して声がかけられる――。道満が振り向くとそこに牟妙法師が立っていた。
「貴様――、これを造った術者?」
「そうでス――、そしてこノ事態を造ったのモこの私です」
「――」
道満は憎々し気に牟妙法師を睨む。それを涼しい顔で笑い返して牟妙法師は言った。
「それハ――、現在のわが秘術の粋ヲ込み込んだ死人剣士……。肉体を破壊すルほどの運動能力を強大ナ再生力で支え――、さらにハ失った部位をつなゲて再生させる機能モ付与しておるのです」
「――」
その言葉を聞きつつ道満は牟妙法師に向かって一歩踏み込む。その時、
「無駄ですヨ? それハ完全自立式――、私が死んでモ、そのまま動きます」
「なんだと?!」
目の前の牟妙法師を倒せば、高倉恒浩も倒れるかもしれない――と、予測していた道満は、予測が外れて苦い顔をした。
「――さあ、このまマ彼に殺されナさい。そうすれば――、貴方モ我が下僕に再生させてあげマしょう」
「――ごめん被る」
道満はそれだけ言うと、牟妙法師を無視して高倉恒浩の方へと向き直った。
(――この状況、最悪だが――、それを覆す手がないわけではない……)
その手とはかつて源頼光と戦った際に使った禁呪。
(しかし――、問題は目の前の高倉恒浩を禁呪で倒したとしても――、その後に禁呪の反動で拙僧は確実に意識を失うという事だ……)
そうなれば――、自身の身を守ることは不可能となり……、そのまま――。
(しかし――、しかし……だ、このままでは拙僧は奴に対抗出来ない。その先にあるのは――)
自分が倒れるだけなら道満は仕方がないと割り切れた。でも、この場で自分が倒れるという事は――、
(この死人剣士の相手を梨花たちがしなければならぬという事――、そのような事……)
蘆屋道満は頷き決意する。道満にとって晴明も梨花も何より大切な存在である。ならばこれからすることは一つしかない。
(――このまま拙僧は死ぬかもしれん。でもこの死人剣士だけは――、この場で始末する!)
道満は懐を探って小さな刃を取り出す。そして――、その刃先で自身の腕を自傷したのである。
「ぬ?!」
その光景に牟妙法師が、初めて困惑の表情を浮かべる。次の瞬間――、
【かごめかごめ――、籠牢にて鳴く鳥、いずれ時に解き放たれん。暁の鐘が鳴るときに――】
道満の歌声が月下の平安京に荘厳に響き渡る。牟妙法師はそれを不思議そうに眺め――、高倉恒浩はその陽光を受けて後退る。
【天を仰ぎし紅蓮の姿――、大地を護る水底の姿――、二つの力が交わる処に、隠されし絶えざる力あり――】
道満を挟んで――、大空に輝く三角形が描かれ、その反対の大地に闇の三角形が描かれていく。
【後ろの面影に、誰ぞ隠れん――、その名を唱えよ――、オム・マ・ニ・ペ・メ・フーム――】
道満の歌声と共に――、天の三角と地の三角が交わり合一する。
「ほう――、それがおぬしの……」
牟妙法師は満面の笑みでその荘厳な光景を見つめる。道満はそれには答えず、呪文の締めを唱えた。
「唱えるは――、六芒の大呪――、その霊威を以て我に……”力あれ――”」
その瞬間、天を割いて上空に至るまでの光の柱が生まれる。その中心にいる道満から、莫大な霊力が吹き上がった。
「ゆくぞ!!」
そのまま道満は高倉恒浩との間合いをゼロにする。そして――、
「大日大聖不動明王――、その聖炎をもて……すべからく灰と化せ!! ナウマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン!!」
蘆屋道満の唱える不動明王の真言が戦場に響き渡る。
今、六芒大呪を行使している道満の身には、天部にも匹敵する強大な霊力が宿っていた。それをすべて手のひらへと収束して――、それを呪を用いて不動尊の霊威へと変換してゆく。
ドン!!
次の瞬間、恒浩のその肉体が紅蓮の炎に巻かれる。それは魔王を名乗れる格を持つ妖魔すら灰に変える最大熱量であり――、その炎はそれでも再生をしようとする恒浩の肉体を、それを越える速度で焼き尽くし灰に変えていったのである。
「――ほほ!! 万物焼却の大呪カ!! その速度でハ再生も追いツかぬ!!」
心底楽しそうに牟妙法師は笑う。それを憎々し気に見つめながら、道満はその膝を地面についた。
「く――」
髪の一房が白く変わり――、そして抗いようのない闇が道満の精神を犯し始める。もはやそれに抗う術はなく、道満はそのまま地面に崩れ落ちる。
(――は、このような状況でこうなれば――。……このまま奴にわが身を自由にさせるくらいなら)
恒浩がただの黒い塊と化したのを確認した道満は、薄れゆく意識を何とか支えて印を結んで呪を唱えようとした。
「――自爆ですか? そのような事、私が許しませんよ?」
「あ――」
不意に道満に対して声がかけられる。その声の主は――、
「師――よ……」
「本当に――、貴方と言う人は。私が来るのを待たずにこのような無茶をして――」
「すま――ない」
「――構いませんよ。貴方の決意は理解しておりますとも」
笑う安倍晴明に道満は力のない笑顔を向ける。そして――そのまま道満は気絶した。
「――さて」
安倍晴明はそう言って牟妙法師に向き直る。その顔にはすでに微笑みが消えていた。
「我が弟子がお世話になりましたね」
「ほほ――、安倍晴明カ……」
「こうなった以上――」
月下の戦場に立つ安倍晴明――、その目には小さく陽炎が宿っている。
「私が貴方のお相手を致しましょう――」
その言葉を聞いて――、牟妙法師はこれまでとは比べ物にならないほどの笑顔を浮かべたのであった。
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