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第四章 影を祓う絆、そして亀裂の兆し――
第三十八話 道満は激情に迷い、梨花は希望を以て叱咤する
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「そうか――かの安倍晴明……首の皮一枚で何とか地位を保ったと?」
「はい――、あの蘆屋道満が、土蜘蛛娘を攫って逃げたとかで――。結局、晴明はすべてを知らず、道満が勝手にやっていたことだと見なされた様子で……」
「ふん――、まあそれならそうでもいいさ……、まだこれからやりようはあるし――な」
それは平安京の一角にある藤原満顕の屋敷。そこで当の満顕は供である高倉恒浩と酒を酌み交わしていた。
「それで――、かの道満がどこに逃げたかはわからぬのか?」
「それは、さすがにかの者は優れた術者である様子――、満忠様や、牟妙法師殿の術でもわからぬようで――」
「ふん――、まあ検非違使が走り回っておるのだ――、そう無茶もせずどこか姿を隠しておるのだろうな」
そうつまらぬ――と言うふうで満顕は呟く。それを無表情で見つめながら高倉恒浩は答えた。
「ただ――、その事より……満忠様が――」
「む? またぞろ何やら初めたのか?」
「はい――、都の端に住む浮浪者を、食料で釣って集めているらしく――」
「はあ――、このような時期に……、満忠にも困ったものだ――」
そういって満顕はため息をつく。満忠の――その行いの証拠隠滅も、そうそう簡単なものではないからである。
「――とりあえず……、恒浩――。今は下手な行動は慎むように満忠に言ってきてくれ」
「了解いたしました――。では……」
そう言って恒浩は、主である満顕に頭を下げると、屋敷を静かに出ていった.
「――ふう、別に満忠のやることを咎めるつもりは毛頭ないが――、この時期は、少々面倒なことになりかねんからな」
満顕はそう呟きつつ横になって酒を飲む。すぐに眠気が襲い――そして目を瞑ったのである。
◆◇◆
「――く」
ドン!!
その時、蘆屋道満は梨花と隠れる無人の屋敷で――、その壁を拳で殴りつけ憤っていた。
「道満様――」
その様子を心配そうに梨花が見つめる。
「なんでだ――、藤原兼家――。あいつらの策で命を狙われたというのに」
その憤りも理解できると心の中で梨花は思う。
(まさか――、あの兼家という公家が、こともあろうに満成に手を貸すなんて――)
「おい! 梨花――」
不意に道満が梨花に向き直る。そして強い口調で問うてきた。
「晴明は――、師は確かに……、兼家に事情を話しているのだな?!」
「ええ――、そのハズです……。だから兼家様は、かの満成の策謀を抑え込む為に動いていると――」
「そう考えている――、考えていた?」
「――」
それは見事に裏切られている。まさしく現在進行形で道満は満顕――、そしてその親である満成の策にはまり、逃亡生活を余儀なくされているのだ。
何より――梨花が土蜘蛛であるという事実は、誰も知らないはずの事――。無論、晴明は兼家にすらそれを話してはおらず――、
(――何がどうなっておる? まさか……術師の端くれである満忠が?)
梨花を土蜘蛛であると見抜くには、それなりの呪法の心得を必要とする。特に晴明が探査妨害を梨花にかけている現在は――、
(よほどの術者でないかぎり――、師の妨害をかいくぐるなど無理のはずだ――! それがなぜ?!)
この時に道満は一つの事実を知らずにいた。かの満成に――呪法に関するブレインがいることを。
道満は憎々し気に唇を噛み。――そして憤る。
「くそ――、知ってはいた……、知ってはいたのだ――! 貴族どもが――、これほど私欲にまみれた屑ばかりであることを!!」
「道満様――、それは――」
「拙僧は――、このままでいいのか?! このまま奴らのいいようにされて――」
その怒りは道満の表情を歪ませる。そしてそれは――、平安京に巣くう愚かな貴族――、そう道満が考えるものすべてに向かい始めていた。
それを見て――梨花は、
「道満様!! しっかりしてください!!」
「――!」
不意に大きな声を出して道満を叱咤した。その声に驚きそして狼狽える道満。
――それに対し梨花は毅然とした口調で言った。
「道満様――、一体何を考えておいでですか?!」
「何だと――それは……」
「まさか――、陥れられたと怒りのままに――、兼家様などを襲う算段でも考えておいでですか?!」
「む――」
その梨花の言葉に道満は口ごもる。まさに――そのように考え始めていたからである。
「貴方は――、一体誰ですか?!」
「誰――だと?」
その梨花の言葉に困惑の表情を浮かべる道満。それに対し梨花は心のままに叫んだ。
「平安京を――、ヒトの世の平安を守護する陰陽師の――、その端くれでしょうに!!」
「端くれ――」
その辛辣な答えに道満は少々落ち込む。そのような様子を気にも止めず梨花は叫ぶ。
「本当に忌々しい話ですが――。平安京の守護者たる貴方が――、平安京を荒らす算段を考えるなど――何を考えているのですか!!」
「いや――しかし……」
事はそれほど簡単な話ではない――、かの兼家こそが平安京の政治を腐敗させているなら――。
しかし梨花ははっきりと言う。
「貴方は安倍晴明様の弟子なのでしょう?! 晴明様が――一所懸命に捜査を進めているその時に、それを黙阿弥に返すようなことを考えないでください!!」
「むう――」
「なにより――、悲しいです」
そう言って梨花は涙をためて道満を見つめる。
「道満様は、妖魔である私を偏見の目で見ず――、受け入れてくれた……。それがまるで、あの時の静枝のような――、あの静枝と同じ目を、今道満様はしています」
「あ――」
「確かにこの事態は――、怒りを得るには当然です。でも――、だからと言って、すべてを”もはやどうでもいい”と放棄して、兼家や貴族を襲うのは間違っているはずです!」
「梨花――」
その梨花の言葉に道満は、それまでの怒りを消した。
「――腐敗しているならそれを正す――、暴力に簡単に訴えるよりそれは難しい。でも――」
「――晴明は……」
「そうです――。晴明様は地道な捜査によって、それを今も行っています。おそらく――道満様を救うためにも――」
今、自分が怒りに任せて動けば――、それは晴明にどの様な事態を招くのか。その時になって道満ははっきりと気付いたのであった。
――道満は俯き唇をかむ。
(――拙僧としたことが、また激情にかられて間違いを犯す所であった――)
その後悔する様子に――梨花は微笑んで言った。
「道満様――、大丈夫です。晴明様はきっと何かいい手立てを考えてくれます。そして――」
「拙僧たちが今すべきことは――」
「はい――、こうなった以上は直接彼らの悪事を――、その証拠を集めましょう!」
「うむ――、晴明にそれをどうにかして届けて――。奴らの陰謀を暴く――」
その時になってやっと道満は元の不遜な表情を取り戻す。それを見て梨花は嬉しそうに笑った。
「その意気です! 道満様!! 私も僅かですが力を貸しますから!」
そういう梨花に、やっと笑顔を向ける道満。――その瞳には強い意志が宿っていた。
(大丈夫だ――、拙僧は見失わない――! この逆境を跳ね返し……、必ず平安京の闇に光を当てて見せる!!)
かくして道満は――再びその目に光を取り戻す。そのすすむ先は――、
「ならばまずは――、今も何かしら悪事をしているであろう満忠の身辺を探る――」
「はい――、行きましょう!」
道満と梨花はそう言ってその手を握り合った。
――道満と梨花は、今闇のまっただ中にいる――、しかしその目には……、確かに微かな光が見えていたのである。
「はい――、あの蘆屋道満が、土蜘蛛娘を攫って逃げたとかで――。結局、晴明はすべてを知らず、道満が勝手にやっていたことだと見なされた様子で……」
「ふん――、まあそれならそうでもいいさ……、まだこれからやりようはあるし――な」
それは平安京の一角にある藤原満顕の屋敷。そこで当の満顕は供である高倉恒浩と酒を酌み交わしていた。
「それで――、かの道満がどこに逃げたかはわからぬのか?」
「それは、さすがにかの者は優れた術者である様子――、満忠様や、牟妙法師殿の術でもわからぬようで――」
「ふん――、まあ検非違使が走り回っておるのだ――、そう無茶もせずどこか姿を隠しておるのだろうな」
そうつまらぬ――と言うふうで満顕は呟く。それを無表情で見つめながら高倉恒浩は答えた。
「ただ――、その事より……満忠様が――」
「む? またぞろ何やら初めたのか?」
「はい――、都の端に住む浮浪者を、食料で釣って集めているらしく――」
「はあ――、このような時期に……、満忠にも困ったものだ――」
そういって満顕はため息をつく。満忠の――その行いの証拠隠滅も、そうそう簡単なものではないからである。
「――とりあえず……、恒浩――。今は下手な行動は慎むように満忠に言ってきてくれ」
「了解いたしました――。では……」
そう言って恒浩は、主である満顕に頭を下げると、屋敷を静かに出ていった.
「――ふう、別に満忠のやることを咎めるつもりは毛頭ないが――、この時期は、少々面倒なことになりかねんからな」
満顕はそう呟きつつ横になって酒を飲む。すぐに眠気が襲い――そして目を瞑ったのである。
◆◇◆
「――く」
ドン!!
その時、蘆屋道満は梨花と隠れる無人の屋敷で――、その壁を拳で殴りつけ憤っていた。
「道満様――」
その様子を心配そうに梨花が見つめる。
「なんでだ――、藤原兼家――。あいつらの策で命を狙われたというのに」
その憤りも理解できると心の中で梨花は思う。
(まさか――、あの兼家という公家が、こともあろうに満成に手を貸すなんて――)
「おい! 梨花――」
不意に道満が梨花に向き直る。そして強い口調で問うてきた。
「晴明は――、師は確かに……、兼家に事情を話しているのだな?!」
「ええ――、そのハズです……。だから兼家様は、かの満成の策謀を抑え込む為に動いていると――」
「そう考えている――、考えていた?」
「――」
それは見事に裏切られている。まさしく現在進行形で道満は満顕――、そしてその親である満成の策にはまり、逃亡生活を余儀なくされているのだ。
何より――梨花が土蜘蛛であるという事実は、誰も知らないはずの事――。無論、晴明は兼家にすらそれを話してはおらず――、
(――何がどうなっておる? まさか……術師の端くれである満忠が?)
梨花を土蜘蛛であると見抜くには、それなりの呪法の心得を必要とする。特に晴明が探査妨害を梨花にかけている現在は――、
(よほどの術者でないかぎり――、師の妨害をかいくぐるなど無理のはずだ――! それがなぜ?!)
この時に道満は一つの事実を知らずにいた。かの満成に――呪法に関するブレインがいることを。
道満は憎々し気に唇を噛み。――そして憤る。
「くそ――、知ってはいた……、知ってはいたのだ――! 貴族どもが――、これほど私欲にまみれた屑ばかりであることを!!」
「道満様――、それは――」
「拙僧は――、このままでいいのか?! このまま奴らのいいようにされて――」
その怒りは道満の表情を歪ませる。そしてそれは――、平安京に巣くう愚かな貴族――、そう道満が考えるものすべてに向かい始めていた。
それを見て――梨花は、
「道満様!! しっかりしてください!!」
「――!」
不意に大きな声を出して道満を叱咤した。その声に驚きそして狼狽える道満。
――それに対し梨花は毅然とした口調で言った。
「道満様――、一体何を考えておいでですか?!」
「何だと――それは……」
「まさか――、陥れられたと怒りのままに――、兼家様などを襲う算段でも考えておいでですか?!」
「む――」
その梨花の言葉に道満は口ごもる。まさに――そのように考え始めていたからである。
「貴方は――、一体誰ですか?!」
「誰――だと?」
その梨花の言葉に困惑の表情を浮かべる道満。それに対し梨花は心のままに叫んだ。
「平安京を――、ヒトの世の平安を守護する陰陽師の――、その端くれでしょうに!!」
「端くれ――」
その辛辣な答えに道満は少々落ち込む。そのような様子を気にも止めず梨花は叫ぶ。
「本当に忌々しい話ですが――。平安京の守護者たる貴方が――、平安京を荒らす算段を考えるなど――何を考えているのですか!!」
「いや――しかし……」
事はそれほど簡単な話ではない――、かの兼家こそが平安京の政治を腐敗させているなら――。
しかし梨花ははっきりと言う。
「貴方は安倍晴明様の弟子なのでしょう?! 晴明様が――一所懸命に捜査を進めているその時に、それを黙阿弥に返すようなことを考えないでください!!」
「むう――」
「なにより――、悲しいです」
そう言って梨花は涙をためて道満を見つめる。
「道満様は、妖魔である私を偏見の目で見ず――、受け入れてくれた……。それがまるで、あの時の静枝のような――、あの静枝と同じ目を、今道満様はしています」
「あ――」
「確かにこの事態は――、怒りを得るには当然です。でも――、だからと言って、すべてを”もはやどうでもいい”と放棄して、兼家や貴族を襲うのは間違っているはずです!」
「梨花――」
その梨花の言葉に道満は、それまでの怒りを消した。
「――腐敗しているならそれを正す――、暴力に簡単に訴えるよりそれは難しい。でも――」
「――晴明は……」
「そうです――。晴明様は地道な捜査によって、それを今も行っています。おそらく――道満様を救うためにも――」
今、自分が怒りに任せて動けば――、それは晴明にどの様な事態を招くのか。その時になって道満ははっきりと気付いたのであった。
――道満は俯き唇をかむ。
(――拙僧としたことが、また激情にかられて間違いを犯す所であった――)
その後悔する様子に――梨花は微笑んで言った。
「道満様――、大丈夫です。晴明様はきっと何かいい手立てを考えてくれます。そして――」
「拙僧たちが今すべきことは――」
「はい――、こうなった以上は直接彼らの悪事を――、その証拠を集めましょう!」
「うむ――、晴明にそれをどうにかして届けて――。奴らの陰謀を暴く――」
その時になってやっと道満は元の不遜な表情を取り戻す。それを見て梨花は嬉しそうに笑った。
「その意気です! 道満様!! 私も僅かですが力を貸しますから!」
そういう梨花に、やっと笑顔を向ける道満。――その瞳には強い意志が宿っていた。
(大丈夫だ――、拙僧は見失わない――! この逆境を跳ね返し……、必ず平安京の闇に光を当てて見せる!!)
かくして道満は――再びその目に光を取り戻す。そのすすむ先は――、
「ならばまずは――、今も何かしら悪事をしているであろう満忠の身辺を探る――」
「はい――、行きましょう!」
道満と梨花はそう言ってその手を握り合った。
――道満と梨花は、今闇のまっただ中にいる――、しかしその目には……、確かに微かな光が見えていたのである。
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