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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~

第十九話 森に剣線は奔り、その斬撃は道満を圧倒する

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 ――ああ、楽しい日々であった――。

 俺がまだ世間の穢れをそれほど知らなかった頃、俺には一匹の友達がいた。
 それは――、小さな猿……、でも明らかにそれは普通の猿ではなかった。なぜなら――、

「おう!! 源次――!! これ旨いぜ!!」
「そうか――、これは母上が作ってくれた握り飯だからな」

 その猿は人の言葉を理解ししゃべることが出来た。それはまさしく妖魔であったが――、当時の俺はそんなことは関係がなかった。

 ――そう、とても楽しかった――。
 相手が妖魔であっても友達になれるのだ――、そう”愚かにも”信じていたのだ。


◆◇◆


「――」

 森を妖魔王の屋敷へと駆ける頼光と配下の二人。しかし、不意に渡辺源次がその場に足を止めた。

「兄者?」

 頼光が何事かと振り向くと、源次ははるか後方――、荒太郎たちが蘆屋道満を留めている方向を向き、何やら思考している様子であった。

「――どうしました?」
「ここからは――二人で進め……」
「?」

 その源次の言葉に困惑の表情を浮かべる頼光。代わりに坂上季猛が言葉を発した。

「――まさか、かの蘆屋道満が、我らに追いついてくると?」
「――」

 押し黙って後方を見つめる源次の様子に、少しため息をついて季猛は言った。

「この場でお前一人でかの者を押しとどめるつもりか?」
「――そうだな」

 それを聞いて頼光は驚きの表情をする。

「――かの妖魔王を相手にするのに、これ以上戦力を減らすのは――」
「いや――、大丈夫であろう」
「え?」

 源次のその答えに頼光は困惑する。――源次は続ける。

「もし――、かの妖魔王が……、道満の言うとおりの話であるなら、お前たちでも始末はできる」
「兄者――それは」

 その言葉に驚き見つめる頼光に顔を向けると、源次は小さく頷き――、そして、静かに今来た方へと歩みを進めていった。

「兄者――」

 頼光はその背中を心配そうに見つめる。しかし――、

「兄者――ここは任せました」

 意を決して、季猛と連れだって再び走り始めたのであった。


◆◇◆


 荒太郎――、金太郎を何とか退けた蘆屋道満。彼はそれからすぐに、姫たちの待つ館へと走り始めた。
 ――当然、それは前方を進む頼光達を追う行為であり。彼らとの相対は絶対と思われ――、心に覚悟を宿して全力疾走していたのである。
 ――と、不意に前方によく知る人物の影を見た。それを見た道満の顔は――少し驚きの顔に変わる。

「――な」
「待っておったぞ――、愚か者」
「源――次」

 それはまさに渡辺源次その人であり――、すでにその手は腰の刀に触れていた。

「荒太郎と、金太郎を退けたか――」
「はん!! 当然だ!! 拙僧おれが奴らなんぞに――」
「ほう――、あの者らは、そんなにやすやすとお前を通したのか――」

 その源次の言葉に――、少し考えた道満は言った。

「いや――、今のはただの冗談だ――、あの者達は確かに強敵であった。俺が策略において読み勝ちしておらなければ俺はここにはおらん」
「――ふ、そうか――、あの者らは確かに頼光四天王としての矜持を守ったのだな」

 源次はそう言って小さく笑う。

 ――ならば――。

「もはや問答は無用であろう? お前がかの妖魔王と姫を救うべく奔るなら、俺を越えねばならん――」
「そうだな」

 道満はその手で印を結び――、源次はその腰の刀を触れつつ奔る体勢を作る。

「参る――」

 そう言葉を発した源次は――、信じられない速度で道満との間合いをゼロにした。

「く――」

 高速の剣線が三つ空に奔る。血しぶきが飛んだ。

「か――」

 何とかその身を強化してその剣線を見切った道満は、その身に三つの切り傷を受けつつ後方へと飛んだ。

(――近接戦は不味い!! あまりに不味すぎる――!! あの源次の剣戟――、初めてこの身に受けたが、もはや人外の域に入っておる!!)

 それは戦闘経験が豊富だからこそ理解できる領域。あまりに純粋――、あまりに単純――、そして、あまりに正確――。
 源次の動きはもはや芸術の域に入っており、道満はそれに圧倒されていた。

(これは近接戦では奴は倒せん――、ここは遠距離から――)

 さらに数歩後方に飛んだ道満は、その懐に手を入れて符を数枚空へとほおった。

「急々如律……」

 だが――、道満はその起動呪を唱えきることはできなかった。

「甘いな道満――」

 そう呟いた源次が――、はるか距離の空いたその空間を、一瞬にして飛んだのである。

「な!!」

 それはあまりに鋭い剣線――、まさしく光る光の線となって道満を襲った。

(――馬鹿な!! あの距離が――、こ奴の間合い内なのか?!)

 あまりん事態に肝を冷やす道満。呪を中断して回避を優先する。

「く――!!」

 その源次の刃が、道満の右腕へと到達――、

(腕が――)

 道満は腕が飛ぶ想像をした。――しかし、

「?!」

 剣線が一瞬止まる――、道満は何とか回避して、さらに源次との間合いを離した。

(――これは、マズいな――。あまりに攻撃が鋭く単純ゆえに――、並の策略ではこ奴をどうにかすることは出来ん。あそこまで離れてすら間合い内なら――、結局拙僧おれはその内で戦うべきだ……)

 ハッキリ言って、道満は遠距離よりチマチマやり合うのはそれほど得意ではない。ここまでの達人とやり合うなら――、手数を用意できる近接での戦いに持ち込んだ方が道満にとっては有利になる。

(あそこまで鋭い斬撃では、並の被甲呪では切り捨てられるだけ――、ならば……)

 道満は一瞬考えた後に指で印を結び――、呪を唱えた。

「オンバザラタラマキリクソワカ……、千の手と鏡よ――ここにあれ」 
「む――」

 不意に空中に光り輝く鏡が生まれる――、それは盾にも見えて――。

「ほう――、それは防御の為の呪か?」
「は――、アンタの連撃に対応するための――な」

 その言葉を聞いて源次はニヤリと笑う。

「ならば――もはや手加減の必要もないな――」
「へえ――、手加減してくれていたのか?」

 その言葉の答えを発することなく源次は空を奔る。そして――、


◆◇◆


 ガキン!

 月下の森の奥にあって――、鋭い剣線が空を奔り、それを術式の光盾が防ぎ打ち砕いている。
 そうして打ち砕かれ一瞬源次の剣戟が停止する瞬間に、道満は自らの剣印を空に奔らせ、その霊力の刃を源次へと打ち込んでいく。
 道満がそうして扱うのは、彼独自の近接戦闘用の霊力手刀である。霊力の刃ではあるが――”なまくら”であり主に敵に対し打撃を与えるものである。
 最も、身体能力を強化しつつ扱う呪ゆえに、その打撃は大の大人を一撃で昏倒せしめる威力を持つ。
 その他の特徴として――、幽体などの実体を持たぬ存在にも打撃を加えることが出来る。
 その霊力手刀を振るいつつ――、道満は明らかに源次と互角にやり合っていた。

「フン――、なかなかやる――、だがここまでだ。道満――、悪しき妖魔に絆された愚かさを呪うがいい」
「――ち」

 道満は舌打ちしつつ術式を展開する。その光の盾は――、今は相手の太刀筋を防いではいる――が、

(相手は――相当な達人……、さすが腐っても頼光四天王――か)

 道満の術式の守りを相手の剣術は上回りつつある。
 千手観音の加護を以て――千の攻撃を防ぎきるとされる防御ですら、源次の連斬撃に対応しきれなくなりつつあるのだ。

「悪しきを討ち、平安を都にもたらすは我らが使命――、それを邪魔する者は……かの晴明殿の弟子でもゆるさぬ」
「――ち、勝手な話を――、渡辺源次。アイツらの想いも……言葉も、まったく聞く気もない頑固者が――」
「妖魔は悪なり――、それが真実でありすべてだ――」

 その渡辺源次の言葉に、さらに顔を歪ませる道満。もはや彼には言葉は通じぬだろう。

「――は、真実だとか……てめえの思い込みはどうでもいい。こうなったからには、拙僧おれが貴様を殴り飛ばして思い知らせる」
「出来るものか――、先の者達と私を同じにするな?」

 問答無用とばかりに激しく打ち合い――躱し合い――、そしてさらに打ち合う二人の男。
 しばらくすると、目に見えて源次の動きが鈍くなり始めた。

(――これは、いけるか?! 奴は持久力に乏しいと見た――)

 その道満の予測通り――、二人の激しく長い戦闘は、源次の乏しいスタミナを大きく削り――、それまで有利に運んでいた源次の戦況を覆し始めていた。

「はあ――はあ、――粘るものだ……道満」
「は――、もうそろそろ決着も近いようだな――」

 明らかに顔を歪め始めた源次に、道満は笑って答える。

「ち――、ここまで粘られるとは――。俺もやきが回ったか――」
「はは――、こっちも結構ギリギリなんだが――。それでもなんとかなりそうだな」
「ふ――、俺を甘く見るな……」

 先が見え始めた戦い――、その時、ふと道満は他ごとを考える。そして、その思考をそのまま口に出した。

「そういえば――、なぜだ? ――お前はなぜそこまで妖魔を憎む?」
「ふん?」

 その言葉を聞いて、源次は少し目を細めて思考する。

「なぜ――か」
「かの茨木童子に身内を殺されたからか?」
「ああ――アレは」

 と――、その次に源次は驚愕の事実を口にする。

「アレは嘘だ――」
「な?!」
「茨木童子に身内を殺されてはいない」

 その言葉に唖然とする道満。それを見て源次は笑う。

「あの時は――、仇だ何だとうるさいあの鬼神を黙らせたかった――。それだけだ」
「馬鹿な――嘘だと?!」
「その通りだ――、それに……」

 その瞬間、源次は顔を大きく歪ませる。

「俺の恨みの根源は、そこではない――」
「む? ――どういう意味だ?」

 源次は黙って道満を見る。そして、小さく笑って言った。

「わかった――、いい機会だから話してやろう――。俺の恨みの根源を――」
「――」

 それから話すことは――道満の心を強く抉ることになる。
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