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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~

第十三話 頼光と四天王はかく戦い、妖魔の巧妙な罠に入る

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 霊山・三つ蛇岳の甲虫魔王”千脚大王”――。
 ――その体躯は一丈六尺あまりの巨体にて、その身に着けた鎧の各所より立ち上る妖気は、その場にいた頼光とその四天王を僅かながらひるませるほど。
 その威圧感に少し気圧されつつ、源頼光は鋭い瞳で叫んだ。

「――妖魔王・千脚大王よ――、平安京は、小倉直光さまの娘を攫い――、喰らおうなどと、非道なことを行うは許すわけにはいかない!! 疾く姫君を返すがいい!!」
「――……」

 その言葉を黙って聞く千脚大王――、さらに渡辺源次が続ける。

「多くの龍神を喰らい、それに驕った愚かな妖魔よ――、もはや貴様にはここに住まう資格はない。我らの手にかかって滅するがいい」
「――ふ」

 その言葉を聞いた千脚大王は――、

「ふははははははは……!!」

 不意に森全体に響く声で笑い出した。

「ふふ――」
「貴様――、何を笑うか」

 源次が笑う千脚大王を睨む。その目を軽く受け止めながら――、静かな声で答えた。

「ふふ――、わしは本当に幸運であるようだな……。あの者は――お前たちのように、わしの事を――」
「どういう意味だ?」

 その言葉に源頼光が疑問を返す。

「――お前たちは――、愚かすぎるという事だ……、いや人というものはたいていはそうであるか?」
「ふん――、我ら人が愚かだと? 悪しき妖魔がほざくな」

 源次は怒りの目で千脚大王を睨む。しかし――、もはや千脚大王はその声を聴かずに手にした二振りの大太刀を振りかざした。

「わしは幾体もの龍神を喰らった妖魔――、そして都の姫を攫って喰らう悪しき存在――、であるならば……、正義の武者とやらの相手をせねばならぬな」

 ――次の瞬間、千脚大王は森全体に響くほどの咆哮を上げる。かくして戦いは始まった。


◆◇◆


 源頼光は少し困惑した表情で、千脚大王から間合いを取る。それに向かって源次の檄が飛ぶ。

「悪しき妖魔の言葉をまともにとるな――、妖魔とは人を言葉で惑わすのだ」
「――わかっています、兄者――」

 後方へと下がる頼光とは反対に、妖魔に向かって高速で駆ける源次は――、その腰の刀を千脚大王の足に向かって振るった。

「は――、そのような刃など」
「――」

 笑う千脚大王に対し、ただそれを睨む源次――、その振るった刃は――、

 ザク!!

「ぬ?!」

 その重厚に見える妖魔の鎧に確かな切り傷をつけた。

「馬鹿な?! 人の刃が?」
「――は!! 当然であろうが!!」

 その千脚大王の驚きに答えるのは、杖を腰に構え片手を剣印にした荒太郎である。
 その剣印からは確かに霊力の輝きが見え、彼が呪を扱っているのが分かる。

「――ち、刃を強化しておったか」
「――当然です。我々が――、初戦とはいえ妖魔相手に侮ることはあり得ません」

 次に答えたのは坂上季猛。その手に弓矢を構え千脚大王を狙っている。

「――ちい、わしにも術の心得ぐらい――」

 次の瞬間、全身を覆う鎧から無数の針が生えて、それが周囲に向かって無差別に放たれる。
 それをまともに受けたのは、当然――。

「兄者!!」

 頼光の言葉に源次は――、針を全身に受けつつ笑った。

「――ふ、甲虫妖ならば金行の術を扱うは当然だな?」
「く――、被甲火身の法か?!」

 鎧に各所に刻まれた炎の印が、赤く光って針を瞬時に溶かしていく。

「だが――それも……そう何度も機能するわけでは……」
「ああそうだ――、だから……ここで決める」
「?!」

 不意に千脚大王の動きが停止する。なぜなら――、

「馬鹿な――このわしを――人ごときが……」

 それはいつの間にか背後に回り込んでいた金太郎の仕業である。
 金太郎は巨大な妖魔の体躯を両腕でつかんでその場で抑え込んだのである。

「ぐ――うご、けぬ?」
「いまだ!! 兄貴!!」

 その金太郎の言葉に反応するように季猛が矢を放つ。

「馬鹿な!! 味方がいるのだぞ?!」
「ふ――、私が金太郎に当てるわけがないでしょう?」

 その言葉は一寸も違わず、放たれた矢はその千脚大王の輝く瞳に突き刺さったのである。

「ああああああ――!!」

 さすがの妖魔王も悲鳴を上げる。その悲鳴を聞きつつ金太郎は、自身の筋肉を盛り上げて――、巨大な妖魔を空中へとほおり投げた。

「――とった!!」

 そこに後方より高速で奔る頼光――、そして――、

「悪しき妖魔よ――、その下らぬ命を終わらせるがいい――」

 二人の武者が落下して倒れ崩れる千脚大王へと迫る。そして――、

 ザク!!

 ――その妖魔の首が宙を舞った。

「よし!!」

 その光景に荒太郎は一人笑顔でこぶしを握る。かくして戦いは――、

「?」

 不意に倒れ伏し首を失った妖魔の全身から煙が吹き上がる。それは――、

「いかん!! それは薬煙だ!!」

 それまで黙って状況を見守っていた道満がそう叫ぶ。荒太郎はそれを聞いてすぐに理解した。

「まさか――、罠か?!」

 それは全く思いもよらぬこと――、先ほどまで戦っていた妖魔は……。

「くぐつか? あるいは式?」

 それは確かにその通りであったようで――、すでに妖魔の巨体はなく……ただ森に異様な匂いの煙が漂うばかりであった。

(――これは……、感覚を狂わせる薬煙? そこそこ珍しいものでもないが……)

 その匂いを嗅いだだけでその薬効から見抜く道満であったが――、それが何を目的としたものかまではわからなかった。

「致死毒――、ではない? どういうことだ?」
「わからん――、ある程度誰でも作れる薬ではあるが――」

 荒太郎の疑問に道満は難しい顔で答える。

「どちらにしろ――妖魔に諮られた事実は変わりありません。……解毒薬は?」
「残念ながら今は持ち合わせはない……。少し感覚を狂わせるだけのものだから――特に影響はないはず――」
「うむ――」

 道満の答えに少し考えた頼光は――、頷いて皆に言った。

「とりあえずは妖魔王の館を目指しましょう――。道中解毒薬の材料が見つかればよし――という事で」
「ああ――」

 頼光の言葉に頷く一同であるが――、道満だけは何か嫌な予感を感じて考え込んでいた。

(――この薬はとくに害はない――、それは確かであるが――。なんだ? なぜこのようなことを妖魔は……)

 ――そして、

(このような練丹法をあの妖魔が扱うのか? あるいは――)

 道満のその疑問の答えは、その後すぐに現実のものとなる。


◆◇◆


「――これで良かったのか? 栄念法師よ」
「はい――ご苦労様でした……大王」

 遥か森の向こうで腰を下ろす千脚大王――、その体には確かに刀傷があり。

「目は大丈夫で?」
「いや――もはや見えぬ」

 地面には折れた矢が落ち、それは先ほどの戦いにおける季猛のものであり――。

「ふ――、あれほどの武者たちとは……、さすがにこのわしであっても、一対一でない限り勝つことは出来ぬな」
「でしょうな――、だからこそ」

 栄念法師は道満たちがいるであろう、森の向こうを眺めながら印を結ぶ。

「――かの薬は我が術に奴らを落とすための”切っ掛け”後は――」

 森に法師の呪文が響く。

(――我が十八番”迷い森”の呪の味――、確かに味わっていただきたい)

 静かに法師は笑った。
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