3 / 73
第一章 平安の守護者達
第一話 月下で杯を傾け、あやかしの死を飲む
しおりを挟む
――ああ、今宵はとてもいい月だ。
誰も往来せぬ月夜の平安京四条大路の真ん中で、腰を降ろし何やら杯を傾ける男がいる。
その瞳は闇のように黒く――、長く伸び頭後ろで雑に結んだ髪もまた漆黒であった。
薄く朱の浮く唇は美しく――、その端整な顔立ちに微笑みを浮かべて月を仰ぎ見ている。
「ああ――、本当にいい月だ。そうは思わないかい? 姫君――」
不意にその男の近くを牛車が通りかかる。男はそれを振り帰りもせず月を眺め――、そして、言葉を投げた。
その言葉に牛車は止まり、その中から美しい姫が顔をのぞかせる。――そして、微笑んで言葉を返した。
「これは――、このような夜更けに何をなさっておられるのですか?」
「はは――、当然月を眺めておる――。本当にいい月だ――」
その言葉に微笑みを深くして姫は答える。
「フフ――、月はとても美しいですが。それを眺めながら何を飲んでおられるのです?」
「うん――?」
姫君の不意の問いにやっと男は顔を牛車に向ける。そして――、その唇を濃い朱に染めながら言った。
「さぁて――、何に見えるね?」
その唇は以上に朱に染まっている――、杯にあるのは――。
「――、それは”血”かしら?」
姫君が笑みを濃くしながら問いを放つ。それに対し男は――。
「どうだかな? 飲んでみるかね?」
男は杯を姫君の方へと掲げる。姫君は――さらに笑みを濃くした。
「フフフ――なんと……、とてもいい月夜に――、血の杯とは、とても――、とても……」
「クク……、いける口かね? 姫君――」
そう嬉しそうに呟く男に姫君は――。
「今宵は――、東条の君の血で喉を潤そうかと思っておりましたが――、ここで月夜の――血の杯を傾けるのもいいかもしれませんね」
「はは――それはそれは……。とてもいい趣味をなさっておられる」
男は満面の笑みで姫君を見つめる。――その手の杯を空に掲げた。
「さあ――今宵は、コレを酒として月下の宴を開こうではないか? 美しい姫君よ――」
「それは――とてもいいお話ですね」
「クク……決して退屈はさせぬさ――、血の味に貴方も満足するだろうて――」
男の笑みは深く――、そして闇に染まっている。唇だけが赤く――月下に光をともしている。
「ああ――、今宵はとてもいい月夜ね? このような出会いが待っているなんて――」
「はは――光栄であるな姫君……」
「それで――、貴方は何処の”鬼”ですの?」
「クク――、そうさな……」
男は闇の輝く瞳で姫君を見つめる。そして――姫君に向かって杯を投げた。
「拙僧は――、しいて言うなら”鬼喰いの鬼”と言ったところかな?」
「?!」
その言葉に姫君の顔が驚きに変わる。――それを見て男は笑った。
「この杯にあるのが血だと誰が言ったかね? 鬼の姫君――」
「貴方は――」
「宴にのぼる血は――貴方の血の事だよ……」
その男の言葉に――、姫君はそれまでとはうって変わった歪んだ笑みを向ける。
「これは――、これは騙されましたわ。貴方は――どこの兵なのかしら? あるいは――」
「陰陽師?」
男の言葉に姫君は笑みを濃くする。
「都を守護する術師――、貴方たちにわたくしの同胞がどれほど失われたのか……」
「お前もな――」
その男の言葉に、姫君は嘲笑を消さず答える。
「まさか――わたくしが陰陽師ごときに後れを取ると? これまでどれだけの術師の血を飲んできたのか――知らぬのか?」
「はは――……そうか。それは当然――」
不意に男の笑みが消える。そして――、
「――当然に知っているとも。同僚を手にかけた悪しき鬼よ――」
その笑みは怒りにとってかわったのである。
不意に男の両手が前で組まれる。――光弾が飛翔した。
「フフ――つまらない」
姫君はこともなげに光弾を弾いて打ち消す。――嘲笑が深くなった。
「このような児戯――、?!」
不意に姫君の笑みが消える。――男がいない。
「――?! どこに……」
「御前に――」
その時になってやっと彼女は気づく。男が音も気配もなく、自分の足元に跪いていたのを。
「何を――?」
「疾く――」
ドン!!
不意に姫君が牛車から転げ落ちる。髪は乱れ、衣は土に汚れて無残な姿――。
「く――、貴方は……」
「今宵――杯にある神酒にてこの場を清め――、凶星を鎮め――、悪鬼を調伏する……」
男は素早く立ち上がってその場で歩を踏む。そして――その手に剣印を結んで四縦五横の格子状に空を切った。
「さあ――罪を洗え……、人食いの鬼よ。なんとも美しい姫君で、惜しい話ではあるがな――」
「ああ――、まさか?! お前は――、……お願い慈悲を――」
「人を何人も喰らった時点で――もはや拙僧の慈悲はない」
冷酷に告げる男の言葉に――、姫君は怒りの表情を向けた。
「ならば――せめてお前の命を……」
「美しい姫に――、命を差し出したいのはやまやまだが……。あいにく拙僧にはやることがあるのでな?」
地面は淡く輝き――そしてそこから伸びた羂索が姫君をその場に縫い付けていく。姫君はその身を横たえただ月夜の空を仰ぎ見るだけになる。
「ああ――、月が……」
姫君はただ月光を眺めて後悔する。
「貴方のような者に声をかけねば――」
「はは……、今頃、東条の君とやらの血を飲めたのにな」
男の顔は笑顔もなく――、ただ月光に照らされ姫君を見下ろしている。
「宴は終わりだな――鬼の姫君よ……」
「最後に聞きたい」
「ふむ? もしや拙僧の名か?」
頷く姫君に笑みを浮かべず男はただ呟く。
「俺は――、そうだな……”道摩法師”――とでも呼ぶがいい」
かくして美しい鬼はその生を月下に消した。それは、貴族四人――対魔術師二人を喰らった”名もなき鬼女”の命の終わりを示していた。
誰も往来せぬ月夜の平安京四条大路の真ん中で、腰を降ろし何やら杯を傾ける男がいる。
その瞳は闇のように黒く――、長く伸び頭後ろで雑に結んだ髪もまた漆黒であった。
薄く朱の浮く唇は美しく――、その端整な顔立ちに微笑みを浮かべて月を仰ぎ見ている。
「ああ――、本当にいい月だ。そうは思わないかい? 姫君――」
不意にその男の近くを牛車が通りかかる。男はそれを振り帰りもせず月を眺め――、そして、言葉を投げた。
その言葉に牛車は止まり、その中から美しい姫が顔をのぞかせる。――そして、微笑んで言葉を返した。
「これは――、このような夜更けに何をなさっておられるのですか?」
「はは――、当然月を眺めておる――。本当にいい月だ――」
その言葉に微笑みを深くして姫は答える。
「フフ――、月はとても美しいですが。それを眺めながら何を飲んでおられるのです?」
「うん――?」
姫君の不意の問いにやっと男は顔を牛車に向ける。そして――、その唇を濃い朱に染めながら言った。
「さぁて――、何に見えるね?」
その唇は以上に朱に染まっている――、杯にあるのは――。
「――、それは”血”かしら?」
姫君が笑みを濃くしながら問いを放つ。それに対し男は――。
「どうだかな? 飲んでみるかね?」
男は杯を姫君の方へと掲げる。姫君は――さらに笑みを濃くした。
「フフフ――なんと……、とてもいい月夜に――、血の杯とは、とても――、とても……」
「クク……、いける口かね? 姫君――」
そう嬉しそうに呟く男に姫君は――。
「今宵は――、東条の君の血で喉を潤そうかと思っておりましたが――、ここで月夜の――血の杯を傾けるのもいいかもしれませんね」
「はは――それはそれは……。とてもいい趣味をなさっておられる」
男は満面の笑みで姫君を見つめる。――その手の杯を空に掲げた。
「さあ――今宵は、コレを酒として月下の宴を開こうではないか? 美しい姫君よ――」
「それは――とてもいいお話ですね」
「クク……決して退屈はさせぬさ――、血の味に貴方も満足するだろうて――」
男の笑みは深く――、そして闇に染まっている。唇だけが赤く――月下に光をともしている。
「ああ――、今宵はとてもいい月夜ね? このような出会いが待っているなんて――」
「はは――光栄であるな姫君……」
「それで――、貴方は何処の”鬼”ですの?」
「クク――、そうさな……」
男は闇の輝く瞳で姫君を見つめる。そして――姫君に向かって杯を投げた。
「拙僧は――、しいて言うなら”鬼喰いの鬼”と言ったところかな?」
「?!」
その言葉に姫君の顔が驚きに変わる。――それを見て男は笑った。
「この杯にあるのが血だと誰が言ったかね? 鬼の姫君――」
「貴方は――」
「宴にのぼる血は――貴方の血の事だよ……」
その男の言葉に――、姫君はそれまでとはうって変わった歪んだ笑みを向ける。
「これは――、これは騙されましたわ。貴方は――どこの兵なのかしら? あるいは――」
「陰陽師?」
男の言葉に姫君は笑みを濃くする。
「都を守護する術師――、貴方たちにわたくしの同胞がどれほど失われたのか……」
「お前もな――」
その男の言葉に、姫君は嘲笑を消さず答える。
「まさか――わたくしが陰陽師ごときに後れを取ると? これまでどれだけの術師の血を飲んできたのか――知らぬのか?」
「はは――……そうか。それは当然――」
不意に男の笑みが消える。そして――、
「――当然に知っているとも。同僚を手にかけた悪しき鬼よ――」
その笑みは怒りにとってかわったのである。
不意に男の両手が前で組まれる。――光弾が飛翔した。
「フフ――つまらない」
姫君はこともなげに光弾を弾いて打ち消す。――嘲笑が深くなった。
「このような児戯――、?!」
不意に姫君の笑みが消える。――男がいない。
「――?! どこに……」
「御前に――」
その時になってやっと彼女は気づく。男が音も気配もなく、自分の足元に跪いていたのを。
「何を――?」
「疾く――」
ドン!!
不意に姫君が牛車から転げ落ちる。髪は乱れ、衣は土に汚れて無残な姿――。
「く――、貴方は……」
「今宵――杯にある神酒にてこの場を清め――、凶星を鎮め――、悪鬼を調伏する……」
男は素早く立ち上がってその場で歩を踏む。そして――その手に剣印を結んで四縦五横の格子状に空を切った。
「さあ――罪を洗え……、人食いの鬼よ。なんとも美しい姫君で、惜しい話ではあるがな――」
「ああ――、まさか?! お前は――、……お願い慈悲を――」
「人を何人も喰らった時点で――もはや拙僧の慈悲はない」
冷酷に告げる男の言葉に――、姫君は怒りの表情を向けた。
「ならば――せめてお前の命を……」
「美しい姫に――、命を差し出したいのはやまやまだが……。あいにく拙僧にはやることがあるのでな?」
地面は淡く輝き――そしてそこから伸びた羂索が姫君をその場に縫い付けていく。姫君はその身を横たえただ月夜の空を仰ぎ見るだけになる。
「ああ――、月が……」
姫君はただ月光を眺めて後悔する。
「貴方のような者に声をかけねば――」
「はは……、今頃、東条の君とやらの血を飲めたのにな」
男の顔は笑顔もなく――、ただ月光に照らされ姫君を見下ろしている。
「宴は終わりだな――鬼の姫君よ……」
「最後に聞きたい」
「ふむ? もしや拙僧の名か?」
頷く姫君に笑みを浮かべず男はただ呟く。
「俺は――、そうだな……”道摩法師”――とでも呼ぶがいい」
かくして美しい鬼はその生を月下に消した。それは、貴族四人――対魔術師二人を喰らった”名もなき鬼女”の命の終わりを示していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる