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西暦2088年

狂い咲く桜~クルイザクサクラ~

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西暦2088年8月21日――。
藤原が桃華と再会し、管理官移管のための資料整理を初めて3日が経っていた。
その間に、桃華という存在がどのようなものか、そしてその研究内容の細部まで資料で知った藤原は、心の中で怒りを燃やしていたのである。

「TRA――、戦術義体から派生した人型兵器。
その操縦者には特異な精神傾向があると言われてはいたが、まさかそれを人工的に生み出そうとかいう余りに無理やりな計画があったなんて」

「そうね、本当にひどい話だわ。
自分たちは、クローンとかバイオ研究とか批判しているくせに、それの最先端を隠れて研究しているんだから」

「――、モモ?
それがわかってて、なんでこんなところで、奴らの命令に従っているんだ?」

資料を見る藤原の隣にパイプ椅子を持ってきて、一緒に資料を眺めているモモは、少し困った顔をして笑った。

「別に? 私は好きでここにいるのよ?」

「……嘘だな」

「――断言するのね”おじさん”。
その根拠は?」

「葛城さんや、研究室のみんなの事――」

「……」

この研究所では、一人の実験体に対して複数人の研究者がついて、実験体の教育や各種試験が行われている。
正直、初めは彼らに対し嫌悪感を隠さなかった藤原であったが、彼らと会話するうちにどれだけ桃華が大事にされていたのかを知った。
彼らは誰もが気のいい誠実な人間であり、だからこそ彼らが強制的にこのような研究をさせられている事情を理解することができたのである。

「葛城さんがつけていたネクタイ。あれ――」

「うん。選んでくれてありがと”おじさん”」

「どういたしまして」

桃華は、信じられないほど頭がよく聡明で、自分がどのような状況にあるのかはっきり理解できている。
自分がどのように行動すれば葛城さんたちに危害が及ぶか理解できているから――。
もしかして、あの岐阜県での”一人旅”はかなり危ない橋だったのかもしれない。
――それでも葛城さんに、プレゼントを買いたい理由があったのだろう。

「それで、今日の午後から――」

「うん、とりあえず私の能力が、どれほどのものなのか見せたほうがいいって鷲見さんが……。
だからこその実戦訓練だって」

「ふむ」

藤原は顎に指を添えて考え込む。

「鷲見さんはここにきて長いのか?」

「うん、いつもは別の場所で”さくら”と独自作戦に従事しているけどね」

「さくら?」

「うん、正式名称”桜華おうか”、イ号第四十八番実験体。
私とはちょっと違うコンセプトの人造人間」

自分で自分の事を人造人間だという桃華に何か思うところはあったが藤原はあえて口をつぐむ。

「その娘は、モモとどう違うんだ?」

「遺伝子合成で、生まれつき”近時戦闘知覚”っていうESP能力を付与されているの。
私が、経験と知識と現在の状況をもとに、戦況を人の限界を超える最高速で分析する能力”高度戦場適応”を持つのと同じように、――ね」

その桃華の言葉に藤原は少し驚く。どうやら政府はひそかに、人に特定の超能力を付与する技術を得ているらしい。

「桃華のは超能力じゃないんだっけ?」

「うん、ただの戦術眼――、私には未来なんて見えない」

「でもその子には未来が見える?」

「うん。彼女に前に聞いた話では、確定の未来ではなく、ありうる未来が複数見えて、それをさくらは自由に選択できるって言ってたわ」

「それは――すごいな」

「私にはどこまで本当か――、どこまで自由に選択できるか疑問だけどね」

その桃華の言葉に何やら含むものを感じて、藤原は疑問を口に出す。

「さくらが嘘ついてると?」

「嘘っていうか――、たぶん勘違い」

藤原がそれはどういう意味かと疑問を口にしようとしたとき、藤原の持つ携帯通信機ワールドフォンに通信が入った。

『藤原――、訓練の準備ができたので、桃華を連れて港へ来てくれ』

それは鷲見の声であった。
藤原はその通信に言葉を返す。

「すこし予定が早いですね?
何かあったんですか?」

その疑問に鷲見は。

『私の”さくら”も訓練に参加することに急遽決まってな。
以前使用した訓練場をそのまま使うことになったんだ』

「さくら?」

その時、その名を聞いた藤原は何やら予感めいた”かゆみ”を得ていた。

「そう――ですか。わかりました」

それが何かわからなかったが、準備された訓練を断るようなこともできず、藤原は鷲見に了解の答えを返した。

「どうしたの”おじさん”?」

不意に桃華が藤原に声をかける。

「あ……ああ、ちょっと予定が変わったらしい」

それだけを桃華桃華に言うと、藤原は首をひねりつつただため息をついたのである。


◆◇◆


東京都の範囲に入っている太平洋上の群島。その島の一つの近海に護衛揚陸艦”ショウホウ”は浮かんでいる。
その艦橋にて、藤原と鷲見は実戦訓練が始まるのを待っていた。

「あれが訓練場?」

藤原のその疑問に鷲見が答える。

「そうだ、目の前に見える島全体が今回の訓練場――。
第1042号実戦訓練場だ」

「実戦訓練って聞きましたが、あの島でどんなことをするんですか?」

「あの島にはな、無人戦闘機械が放たれているんだ」

「無人戦闘機械!?」

藤原の驚きの声に鷲見は笑って答える。

「――と言っても、旧式戦車や装甲戦闘車クラスの無人機しかいないが。
今回はそれを殲滅する」

「それって、どのくらいの戦力なんですか?」

「一個大隊程度だな」

「な?!!!」

藤原は再び驚きの声をあげる。

(装甲車両4両を一個小隊として……、
三個小隊で一個中隊……、三個中隊で一個大隊とすると?)

「36両?!! そんな数相手にモモとさくら二人だけで?!!」

「そうだ」

「そうだって……!! そんな事やめさせた方が……」

「なぜだ?」

その鷲見の無表情に、少し苛立って藤原は答える。

「あんな小さな娘たちを、そんな危険な目に合わせるだなんて!!」

「お前は勘違いをしている」

不意に鷲見がそう言葉を投げかけてくる。

「勘違い?」

「とにかく黙ってみているんだ――」

「そんな事……」

さらに問い詰めようとする藤原を止める音があった。

ビー!!!!!

「桃華、および桜華、搭乗の82式戦術機装義体。
南西の海岸より上陸――、
目標無人機二個小隊と交戦開始――」

「な!!」

すでに作戦は始まってしまっていた。

「映像をモニターに……」

鷲見がそう言うと、艦橋のモニターに戦場が表示される。そこには――、

「見ろ――、桃のマークが桃華、桜のマークが桜華だ」

「!!!」

戦場ではキャタピラや多脚などの無人戦車が、巨大な人型兵器”82式戦術機装義体”と戦闘を繰り広げていた。
――いや、それは戦闘というにはあまりにも一方的な――、

「これって――」

「どうだ? 彼女らの戦闘を見た感想は?
まあ、戦闘というより”一方的な虐殺”みたいに見えるだろうが……」

歯が立たない――、
相手になっていない――、
藤原も一瞬見ただけで理解できた。

無人戦闘機械は桃華たちにとってただの動くマトでしかないようで、戦場を踊るように駆ける二機の人型は敵からの砲撃を軽くかわしつつ、その火砲でもって敵を蹂躙していくだけであった。

(これが――、桃華?)

藤原はモニターから目を離せなくなっていた。
桃華たちは、まるで敵の動きがわかっているかのように、敵の死角を突き一方的に破壊していく。
その島に展開する無人機は、その数を急速に減らし――、ついには、

「桃華――16両撃墜、桜華――20両撃墜、無人機全滅しました」

「……」

藤原はただ口を開けて呆然とするだけであった。


◆◇◆


同時刻――、訓練場の桃華たち。

「はいお終い――、お疲れ様”さくら”」

「うん、やっぱり今日も私の勝ちだね”モモ”」

その桜華の言葉に、少し頬を膨らませて答える。

「別に競争なんてしてないし」

「負け惜しみだね、モモ――」

そう言ってTRAのコックピット内で桜華はくすくす笑った。
そんな彼女に対し、怒った表情で何かを言いかけた桃華であったが、逆に少し笑って桜華に疑問を飛ばした。

「さくら? 今日は何か機嫌がいいみたいね?
何かあったの?」

その言葉に桜華は笑顔で返す。

「うん、そうだよ。やっと私は――」

「私は?」

そこまで言い開けた桜華は、不意に表情を消して桃華に言葉を投げかけた。

「私、ずっとモモにあこがれていた」

「え?」

いきなりの言葉に困惑する桃華であったが、それに構わず桜華は言葉を続ける。

「モモになりたかった――、サクラであることが嫌だった」

「さくら? 何を言って……」

「でも、やっとわかったんだ。私はサクラでしかなく、そしてそれでもモモになりたかったら、どうすればいいのか」

不意に桜華の機体の手にする25㎜小銃の銃口が桃華の機体に向けられる。

「!!!!」

いきなりの事態にさすがの桃華も困惑し動けなくなっている。

「モモはいいよね――。みんなに愛されていて。
みんなに大切にされていて――」

「さくら? それはどういうつもりで――」

「私と違って、みんなあなたを愛している――、
あの新人の藤原っておじさんですら――」

「さくら?! 何言ってんの?!
貴方だって――」

「私を愛してくれているのはお父さんだけ」

その言葉における『お父さん』とは――、

「鷲見――さん?
――でも、貴方研究室の人と、特に仲が悪かったとかなかったでしょ?」

「モモ――知ってるよね?
私には未来が見えるってこと――」

「?」

桃華はその桜華の言葉が何を意味するのかその時点では理解できなかった。

「最近、特に能力が強くなったみたいで。
夜寝ているときにも未来が見えるようになったのよ」

「それって――」

どうやら、桜華はその超能力を完全には制御できない状態にあるらしい。
そしてそれは、桜華の精神を蝕み――。

(まさか”さくら”!?)

「研究室のみんな――、私に銃を向けるの、私に痛いことをするのよ?」

それは、桜華のESPの特徴である――、

(複数のありうる未来? それを”さくら”は見てしまって――)

「さくら!! 勘違いしちゃだめよ!!!
それはあなたのESPが見せている無数の運命の一つに過ぎないのよ?
そういう未来がありうるからって、彼らがあなたの事本当に嫌っているとは……」

「嘘つき――」

「え?」

「お父さんはそんなことしない――。
何時も優しく見守ってくれる――。
欠片だってそんな未来見えなかった――」

「!!」

その時、桃華の頭にひらめきが来ていた。

(まさか――、さくら、あなた――)

それは、あまりにもあまりな事実。
おそらく、鷲見はどのような未来を迎えても桜華を大事にすると決めているのだろう。
だから桜華を傷つけようとする未来が見えなかった。
――だからこそ、少しでも傷つける未来のある人々を、桜華は信じられなくなった――。
鷲見という桜華にとって幸運な人物と出会ったからこそ桜華は――、
桜華の心は――。

「さくら!!! 違うよ!!!
貴方は未来がなまじっか見えてしまうから、小さな汚れに嫌悪感を抱いているだけ!!
人の心はそんな簡単に決めつける事なんてできない……」

「じゃあ、カツラギって人はあなたに銃を向けるの?」

「!!!」

「向けないよね? モモは愛されているから」

違う!! 葛城だってもしかしたら……。
そう言いたくても桃華は口に出すことができなかった。

桜華は自分に向けられた敵意に関する事しか見ることはできない。
毎晩、悪夢に悩まされた桜華は、おそらくその擦り切れた心で、桃華になれば自分は救われると思っていたのかもしれない。
おそらく、桜華から見て、桃華は皆に無条件で愛されているように感じていたのだろう。

「さくら……」

「モモ……、私には未来が見える――、
私に最も敵意を向ける可能性のある人物もはっきりとわかる――」

「それって……」

「モモ……それはあなたよ」

無数の無人機の中心で、そう言って桜華は暗い笑みを浮かべた。
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