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第一章 ガイランド帝国

第一話 王者の黒手甲

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 ――ああ、つまらん……。

 その日、俺はガイランド帝国主催の大剣闘大会に出場していた。当然ではあるが、俺は一度も対戦相手の刃を掠らせず、ストレート勝利を収め――そして、今、帝国主催ゆえのエキシビションマッチを行っているのである。
 その対戦相手とは――、

「……ははは、さすがは大会優勝者……、ここまでやるのですか」
「お褒めに預かりどうもありがとうございます。ブリードヘルム陛下」

 そう――、今俺が戦っている相手はまさしくこのガイランド帝国の皇帝である【第五代皇帝ブリードヘルム】本人であった。
 彼は黒塗りの全身鎧を纏って、同じく黒い兜をかぶって顔を見せてはいない。
 それを相手にしながら俺は心のなかで考える。

(多少なりとも剣術をかじっているのは動きでわかる。しかし――、太刀筋が甘い……、これでは一瞬で勝ちを奪うことは可能だ)

 そう――、彼がそれなりの鍛錬をしているのは動きでわかるのだが、それでも俺には到底及ばない程度でしかない。俺が本気を出せば勝ちは動かないであろう。
 しかし俺は本気を出さない――、なぜなら、対戦前に当然のように主催者より金をもらっているからである。

(ふん……所詮帝国の強さを誇示するための剣闘大会――。その優勝者に帝国皇帝が勝利して、それで帝国の強さをアピールする……。そのためのダシ……か)

 つまらない話ではあるが、金を得ている以上それに従う以外はない。そもそもこの程度の児戯は想定内であり、金さえ貰えればどうでもいい話なのである。
 そして――、俺はしばらく皇帝と切り結んだ後、その手の剣を取り落としたのである。皇帝陛下は喜びの声を上げてその手の剣を俺に向けた。
 俺はその皇帝陛下に向かって言われた通りに頭を下げる。

「参りました! 皇帝陛下!!」
「ははは! 私の勝ちであるな?!」
「――はい、さすがは皇帝陛下……、おみそれ致しました」

 その言葉に気をよくしたのか皇帝は、剣を鞘に収めてその漆黒の手甲に鎧われた右手を差し出した。
 俺はその装飾の入った手甲を一瞬見た後、その手を取ったのである。

(ふん――、霊薬弾倉付きの魔導手甲か……、さすがは皇帝――、無駄に豪華な装備を纏ってやがる)

 俺はそう心のなかで悪態をつきながら、笑顔で皇帝に笑いかけたのであった。


 ――その後、俺は大会会場を後にしたのだが……、また妙なやつに声をかけられてしまった。
 その男は顔が見えないほどの深いフード付き外套を纏い俺に声をかけてきた。そして――、金の入った袋を提示して、こういったのである。

「大会優勝の腕を買いたい。我が主人を守ってもらいたいのだ」

 俺は金をもらえるならと二つ返事で引き受けた。まあその後に少しだけ後悔することになったが――、俺にとっては強さは金になる……だから強くなる程度のことだったのでどうでもいい話であった。
 そう――、その日から俺は……、【エスター・クランデル】は、とある【悪徳貴族】の用心棒になったのである。


◇◆◇


「皇帝陛下に置かれましては、ご機嫌麗しゅうございます」

 そう言ってカイゼルヒゲの貴族・ロードハルト伯爵は頭を下げた。その彼が頭を下げる相手は、全身に漆黒の鎧を身に着けた皇帝陛下・ブリードヘルムである。
 ブリードヘルムは公の場に出る時は、常に守りとなる漆黒の魔導鎧と顔を隠す兜を纏っている。そのために彼の顔を直接見ることが出来るのはよほどの事であり、それそのものが大金宝石にも匹敵する報酬と見なされているほどであった。
 ブリードヘルムは優しげな言葉で伯爵をねぎらう。

「頭をあげよロードハルト――、お主が毎年収めてくれるメリフ皮の布はとても上質で皆に喜ばれておるぞ」
「それは勿体ないお言葉――、皇帝陛下の喜びこそ我らの喜び故に……」
「そうか――、今後ともお願いしたい……が」

 不意に皇帝がその手を顎に当てて考え始める。それに気付いたロードハルトは首を傾げた。

「なにか――、献上の品に問題が有りましたでしょうか?」
「いや……、少々、噂を聞いたのだ――、メリフ皮の原料たるメリフジカが……何処かの地方では絶滅の危機にあるという」
「――……!」
「お主のところは大丈夫なのか? ――と心配で――な」

 その言葉を聞いたロードハルトは、少し顔を青くしながら頭を下げた。

「いえいえ……、我が領地はメルフジカの原産地とも言える程ですので、絶滅などの心配はございませんとも」
「そうか――、それならよいのだが」

 皇帝陛下の言葉にロードハルトは「無論、問題有りませんとも」と答えた。その頬は少し引きつっていた。


◇◆◇


 O.E.1786年――、ガイランド帝国帝都ガニンガムにて――。
 月下の町を少女が奔る。ソレを複数の黒い外套を纏った集団が追いかけてゆく。
 そこは帝都の貧民街のはずれ――、人通りの少ない路地であった。

「なんで?! 見つかった――、目立たないように隠れてたのに」

 少女は涙目でそう言いながら奔る。それに向かって黒い影が追いすがってくる。

「――逃げないと。逃げて……、皇帝陛下にあの事をお伝えしないと。――あ!」

 涙目で奔る少女が――、不意に道の段差につまずいてその場に転倒した。そこに黒い影の群れは走り寄ってきた。

「ひ――、助けて……だれか」
「――助けなど来ぬ」

 少女の言葉に黒い影が答える。それを少女は涙目で見つめた。

「悪いがついてきてもらうぞ? このようなところで死体になりたくはなかろう?」
「ああ……、なんで――、あなた達は。あんな頃――皇帝陛下が許すと……」

 その言葉を聞いて――、黒い影は腰の剣を引き抜いた。

「それ以上喋るな――、主人の怒りを買いたいのか?」

 それを見て少女は怯えて顔を青くした。

「さあ――、連れてゆくぞ」

 そういう黒い影の群れは少女を取り囲んだ。まさに少女にとっては絶望の未来しか見えない状況であった。

「――おう? なんか面白そうなことやってるね?」

 不意に何処かしら酔っ払ったような風の、ろれつの回らない男の言葉が聞こえてきた。黒い影の群れは声のした方を一斉に向いた。

「かわいい少女一人に変態集団がいっぱい……。これは通報案件かな?」

 そう言って笑うのは、商売女らしき若い金髪美女の腰を抱き、酔っ払ってヘラヘラ笑う極めてチャラい若い男であった。
 その瞳は珍しい赤色ではあるが、酒に酔ってとろんとなって意志のかけらも感じられず、黒に近い茶色の髪はボサボサで整ってはいない。
 赤い顔をしてヘラヘラと笑うさまは、まさに何処かのチンピラにしか見えなかった。
 だから黒い影は――、当然の如く目撃者であるその男と、一緒にいる商売女を始末しようと考えた。

「――」

 無言で黒い影が奔る。そして――、

「きゃああ……」

 その瞬間、商売女の悲鳴が上がって、その路地に大きな破砕音がひびいた。

「え?」

 少女は、【その光景】が信じられずに驚愕で目を見開いていた。なぜなら――、

「おいおい……いきなり酷いだろ? 変態集団どもが」
「え……あ」

 そこに立つのはヘラヘラと笑う酔っぱらい一人。それ以外の黒い影は呻きながら地面に這いつくばっていた。

(え? 何? 今――、一瞬で――)

 それは少女にして信じられない光景であった。ただの酔っ払い――、ヘラヘラしたチンピラにしか見えない男が、信じられないほどの素早く洗練された体捌きで黒い影の襲撃を全回避。そして、その拳を高速で振るって全員を這いつくばらせたのである。

「ちょっと……、ブリッツちゃん。びっくりするじゃない」
「ははは……すまんすまん。妙なことに巻き込んだ」
「まあ――、お人好しのブリッツちゃんだから、仕方ないけど」

 その商売女は笑いながらブリッツと呼ばれたその男にしなだれかかった。

「――おう? お嬢さん? 大丈夫かい?」
「え……あ――ありがとう」

 ――と、不意にブリッツの背後に黒い影が立つ。そして――、

「死ね!」
「――やだ」

 ズドン!!

 その瞬間、黒い影が綺麗に吹き飛ぶ。その握った拳の一発でそいつを10m近く吹き飛ばしていた。

「あら――、ブリッツちゃんに勝とうなんて無理な話よ?」

 商売女が笑って言う。それを聞いて倒れていた黒い影共は、お互いを支えながらその場から逃げていったのである。

「はは――、難だったんだろね? あれ――」
「ああ……」

 少女は絶望から救われた事実を理解して涙を流す。それを見てその酔っぱらいのチンピラ――ブリッツは笑いながら少女の涙を拭いてあげたのであった。


◇◆◇


「あの……」

 貧民街の酒場の端でブリッツと少女は対面して座っている。少女は困惑顔でブリッツを見つめる。

「それで? なんで事情を話さないん?」
「それは……、貴方に迷惑がかかるから――」
「ふむ……」

 俯いて涙をこらえる少女を優しげな笑顔で見つめるブリッツ。ブリッツは一息ため息を付くと少女に言った。

「あの外套の連中――、ロードハルト・ヒューレンベルガ伯爵の私兵だろ?」
「!!」

 そのブリッツの言葉に目を見開いて驚く少女。

「え? 何で?」
「まあ――、ちょっと詳しくてね」
「――、……そうですけど」

 顔を歪ませて困惑する少女に優しげにブリッツは問う。

「まあ――自己紹介しょうかな。俺の名はブリッツ・バイゴッド――、俺の親父は皇帝ブリードヘルム陛下の剣術の師匠である【エトガル・バイゴッド将軍】なんだよ」
「エトガル・バイゴット?! 剣聖エトガル様?!」
「そそ――、だからちょっと帝国の内情には詳しいんだよね」

 その言葉を聞いて少女は今までとは打って変わった明るい表情をした。

「ああ! 神様! こんなところでエトガル様の御子息に会えるなんて!」

 そう喜んだ少女であったが、すぐに表情を暗くする。

「――もっと、もっと早くあなたに会えていれば」
「ん? 本当になにがあったんだ?」

 少女は暗い表情でぽつりぽつりと喋り始めた。

 少女の名はエリーン、ロードハルト伯爵の領民の一人であった。そして、彼女はメリフジカの加工業者の娘であり――、

「私は兄とともに皇帝陛下にある事実を告げに来たのです」
「事実?」
「私達の地域の特産はメリフジカの革製品です――、……でした。いまメリフジカは乱獲が進んで絶滅の危機にあるのです」

 その言葉をブリッツは黙って聞く。

「領主ロードハルトは――、数年前から、私達業者が【このままではメリフジカが絶滅しかねない】と忠告するのを聞かずに、私兵を使って私達に革製品の製造を強要しているのです」
「――」
「このままではダメだと思って、兄と私は領地を出てここまで来たのですが……」
「兄貴は連中に捕まり――、君もそうなりかけた……と」

 少女は涙ながらに頷いた。

「兄が捕まる前なら――、エトガル様から皇帝陛下にお伝えすれば解決だったのですが」
「このままだと……君の兄貴は」
「――」

 少女の言葉にブリッツは少し思考を始めた。そして――、

「そいじゃ――、兄貴を迎えに行こうか」
「え?」
「その兄貴はおそらく、帝都にあるロードハルト伯爵の別宅に監禁されているはずだ」

 ブリッツは笑いながらそう言う。エリーンは流石にその言葉を聞いて狼狽える。

「でも――、そんな事をしたら」
「ははは――、大丈夫。万が一ロードハルト伯爵の別宅にいなくても、当のロードハルト伯爵から聞けばいいんだし」
「は? 何を――」

 困惑しながら少女はブリッツを見る。その少女に笑いかけながらブリッツは言った。

「とりあえず君はここで待ってて。ちょっとロードハルト伯爵に会ってくる」
「ちょっと――? 本気で……」

 あまりの事態にエリーンは困惑する。それに構わずブリッツは立ち上がって酒場を出ていったのであった。


◇◆◇


「このバカが!! 娘を捕らえ損なったとはどういうことだ!」
「申し訳有りません」

 外套の集団のリーダー格はそう言って頭を下げる。そんな彼をその男――ロードハルト伯爵は足で駆り飛ばした。

「バカが――、やはりその娘の確保も彼に――、エスターに頼んでおけばよかった」
「――」

 そう言って憎々しげに顔を歪めるロードハルト伯爵。それを見て、壁際にもたれかかって立っていたエスターが言った。

「はは……だろうな。そいつ等を簡単に倒せるほどの手練れ。俺以外では骨が折れるだろう」
「申し訳ないなエスター。コイツらを使って娘を追って、娘を捕まえてきてくれないだろうか?」
「報酬をくれるなら何でもやるさ。――で、その手練れは殺していいか?」

 その言葉にロードハルト伯爵は少し冷や汗をかいて。

「本当ならそう騒ぎになるのは避けたいが――、君がそうしたいなら私が後片付けをしよう」
「それは助かる――、弱い連中を斬り殺すことばかりで飽きていたところなんだ」

 そう言ってエスターは腰の剣の柄を握る。そして楽しそうに笑ったのである。

「では――早速……」

 ――と、不意にエスター達がいた部屋の扉が開かれて、兵士らしき鎧を着た者が踊り込んでくる。

「ロードハルト様!!」
「なんだ? いまは部屋に入るなと――」
「大変です! 屋敷に襲撃者が――」

 その言葉を聞いてロードハルト伯爵は顔を青ざめさせ、エスターは何かを感じてニヤリと笑った。


◇◆◇


 ドン!!

 剣を手にした鎧の騎士が壁に向かって吹き飛ぶ。それを拳一発で倒したブリッツは笑いながら周囲の兵士たちを見つめた。

「ほら――、こっちは素手だぞ? 剣をもってるくせに素手のやつに負けるとは情けないな」
「クソ――、何だ? きさま――」

 その言葉にブリッツは笑って答える。

「ここにいる兵士たちの何人が、テメエの主人の悪事を知ってるんだろうな? いや――、お前ら領地から来てるんだから知ってなきゃおかしいか」
「――く、コイツを始末しろ! 早く――」
「それは――、とても愚かな忠義だな」

 ブリッツはその腕にはめた漆黒の手甲を打ち合わせた。

 ガキン!

 その金属音が屋敷の広間に響き渡る。その瞬間、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。

「は――」

 ドン!

 兵士たちが次々に吹き飛んでゆく。あるものは腹を、あるものは顔面を、その漆黒の手甲で殴り飛ばされそのまま昏倒した。
 30人近くいた兵士たちは一様に彼に殴り飛ばされ、その場に呻きながら倒れ伏していた。

「き――貴様……何者だ!」

 不意にブリッツに向かって声がかけられる。その声を発したのはロードハルト伯爵であった。

「貴様――、ここをこのロードハルト・ヒューレンベルガの別宅と知っての狼藉か!」
「――、当然しての狼藉だ」

 ブリッツが笑いながら答える。それを聞いて顔を赤く怒らせたロードハルト伯爵は怒りのままに叫ぶ。

「私のことを知りながら――、私に楯突くとは――、帝国……ひいては皇帝陛下への反逆であると思え!」
「は――、反逆……ね? どの口で言うのか? ロードハルト伯爵」

 薄く笑うブリッツにロードハルト伯爵は怒りの目を向ける。

「何が言いたい――下賤の者風情が」
「は――、そうやって領民も虐げてるのか? ロードハルト伯爵」

 至極冷静に答えるブリッツに少し困惑の表情を作るロードハルト。それをしばらく見つめたブリッツはため息を付いて言った。

「正直――もう少し泳がせるつもりだったが。まあ少女の涙を見ちゃったから仕方がないよね?」
「何を言ってる貴様――」
「ん? こっちは全てお見通しだって話だが? わからんのか――ロードハルト」

 その時、ブリッツははっきりとロードハルト伯爵の名を爵位を外して言った。

「貴様――私の名を……」
「まだわからんか? 愚か者が――」
「?」

 その時、ブリッツはその両腕に纏った漆黒の手甲を天に掲げた。ソレをみて何かを思い出しかけるロードハルト。
 ――と、その時、不意にロードハルトの背後から、笑い声が響き始めた。

「ははははははは……!」
「エスター?」

 ロードハルトは困惑顔で背後に立つエスターを見る。

「なるほど――、そうであったか。まさか再び貴方と相まみえるとは」
「ふん? お前は――」
「どうも……、再びお目にかかれて光栄です。皇帝陛下――」

 そのエスターの言葉にロードハルトは驚愕の目をブリッツに向ける。

「そうですか――、なるほど……、貴方の本来の戦闘スタイルは無手でありましたか」
「――これは……、剣闘大会優勝者――エスター・クランデル殿。このろくでなしの配下になっていたのか」
「そうですね――、俺にとってはお金以外はどうでもよいものなので」
「それは――、なんとも惜しい話だ」

 そう言い合う二人に、ロードハルトはうろたえた表情で叫ぶ。

「馬鹿な!! コイツが皇帝陛下?! そんな事――」
「信じなくてもいいぞ?」
「え?」

 ブリッツは笑ってロードハルトに言う。

「信じなくても後で分かる話だしな。このまま俺がテメエ等をぶっ飛ばすわけだし」
「――く」

 さすがのロードハルトもその言葉に狼狽えて次の言葉を発せられなくなる。そのかわりにエスターが言った。

「ははは――、別にこのままここでコイツを始末して、証拠隠滅すればいい話だろ? 皇帝陛下はこのまま行方不明になる――と」
「お前に出来るか?」
「当然だ――、俺の剣術に……無手が通用などするか」

 そう言って腰の剣を抜くエスター。ブリッツは静かに構えを取った。

「悪いが皇帝陛下――、この間の剣闘大会は俺は本気ではなかった。本当につまらない――、試合だったよ」
「そうか――、俺ってば剣の才能ないしな」
「――そして、無手では俺の剣の間合いに入ることは不可能。安心してくださいよ――、痛みを感じないように一撃で首を飛ばしてご覧にいれます」
「ふむ――、それはとても楽しみだ」

 ジリジリと二人の間合いが狭まってゆく。
 エスターは剣を中段に構え――、ブリッツは脇を締め両拳を顔の前に置いている。
 そして――、

(ふ――、悪いがすでに俺の必殺の間合いだ……皇帝陛下。この距離では無手の拳は届くまい? このまま首を――)

 エスターが空を奔り――、間合いが一瞬でゼロになる。そのままその手の剣の刃が光線を纏ってブリッツの首へと向かった。

(動かない――か、いや、動けないのだな? やはり俺は――)

 不意に――、エスターはお腹になにかの圧力を感じる。そして――、

 ズドン!!

 見えなかった――、見えなかった――、確かに相手の首に迫っていた刃が空を切る。そして――、目の前から消え失せたブリッツがまるで初めからそこに良いたかのように、エスターの腹の前に姿勢を低くして入り込んでいたのである。
 そしてその拳は的確にエスターの腹を打ち据えていた。

「あの時は――本気を出さなくて悪かったな。ああやって弱く見せかけるほうが色々便利なんでな――」
「か――は」

 エスターはその一撃で意識を刈り取られてしまう。そして――、その場には怯えるロードハルトと、呆然と成り行きを見守る彼の兵士たちが残ったのであった。


◇◆◇


 O.E.1786年――、セイアーレス大陸東方の雄・ガイランド帝国には一人の若い皇帝がたっていた。
 若くして皇帝となった彼は、後に反乱軍100人を素手で撃退したと歴史書に記される、偉大で最強の皇帝として帝国に名を残すことになる。

 ブリードヘルム・ベルノルト・ガイランド――。

 彼こそは、ガイランド帝国の長い歴史の中で、最も市民に愛された偉大なる皇帝――、

 ――【鉄拳皇帝ブリードヘルム】であった。
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