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ヒューブレイン王国の首都バスランから西へ暫く、カブコートという都市にあるガロポロ侯爵邸の前では、当主でありこの話のヒーローでもあるガロポロ侯爵オデル・ワットが無表情で立っていた。
その後ろにはこの邸で働く使用人も並び、今か今かと待ち侘びている。ひとりの女性、この物語のヒロインの登場を。
ガロポロ侯爵オデルは齢三十一、蜂蜜のような金色の短髪を後ろに撫で付け長身で背中には板が入っているかのようにいつも真っ直ぐだ。
深い緑の眼には何の表情もなく、高い鼻梁はオデルの気難しさを物語るように尖っていた。
年齢よりも上に見えるのはその気難しそうな雰囲気のせいだろう。
ここに家内総出で待っているのはオデルの新しい妻、使用人にとっては新しい女主人が来るのを待っているのだが。
『新しい』というところでおわかりだろう、オデルは結婚歴が一度ある。
五年前に八歳年下のかわいらしい妻を娶り、そのかわいらし妻は二年半前に庭師と不貞し出て行った。
社交界でも相当噂になった『侯爵夫人と庭師の駆け落ち』についてオデルは誰にも真実を話したことはない。
このことに限らずオデルは自分のことも他人のことも無駄話をすることはない。無駄話どころか大事なこともあまり話さない。話さないどころか使用人の中にはここ一か月主人の声を聴いた覚えがない者がいるほどの無口な男だ。
それが原因だったのかは本人がなにも言わないので定かではないが、妻が庭師と浮気したのは事実だ。
元々借金だらけの子爵家が支度金目当てで娘のシルビアとの婚姻を国王の叔母にあたるバルモア公爵夫人シャーロットを通じて頼んできたのだ。
当時二十六歳のオデルはそろそろ実を固める時期だったからなのか、シャーロットの進めを断り切れなかったからなのか。はたまたかわいらしいシルビアに心惹かれたからかもしれないが、なんにせよオデルは結婚を決めた。
破格の支度金のおかげで子爵家の危機は救われ、シルビアは裕福な侯爵家の妻となった。
金のための結婚ではあったが、美丈夫なオデルに胸をときめかせ幸せな結婚生活を夢見ていた、かもしれない。
しかし先の話でもわかるようにオデルは無口で不愛想な男だ。甘い言葉どころか日常会話もほとんどない、何を考えているかさっぱりわからない男との生活が続くことが辛くなってしまった、かもしれない。
夢破れた、かもしれない若い女性が優しくされた庭師に縋ってしまったことを責めるのは気の毒というものだ。
一時の気の迷いで終わってくれたらよかったのだが、主人の留守に部屋に連れ込みコトをしてしまっていたのはやりすぎだ。
真っ裸のふたりをオデルと執事で目撃してしまったのでは同情は出来ない。
そこからは怒涛だった。当然庭師は即刻解雇、『話し合いましょう』と言い約束したシルビアは翌日荷物をまとめ黙って出て行った。しかも自分の宝石のみならずオデルの宝飾品まで持って行ってしまった。泥棒行為だ。
シルビアの実家に執事が連絡をすると、両親が揃ってガロポロ邸に駆け付けた。膝を突く勢いでオデルに謝り倒したが、オデルは『離縁の手続きをする』とだけ言いその瞬間ですべてを終わらせた。
お気付きの方もいるかもしれないが、その怒涛の間にオデルが発した言葉は『離縁の手続きをする』だけだった。
オデルがもう少しお喋りでもう少しシルビアに気使いがあればこんなことにはならなかった、かもしれない。が、そんなことも今更だ。
幼い頃から無口で無表情。愛想という言葉から世界一離れたところにいる男がオデルなのだ。
破格の支度金と結婚生活でのシルビアの浪費、更にオデルの宝飾品まで失った二年半に幕を閉じ今は更に二年半後。
再び登場、世話焼きを生き甲斐とするバルモア公爵夫人シャーロットの紹介で再婚することになったというのが外で新しい妻を待つまでの話となる。
新しい女主人がこのオデルと上手くやれるかどうか不安しかない使用人たちではあったが、この新しい女主人も主人に負けない社交界の下世話なスキャンダルの渦中を経験した人物でもある。
ランドリー男爵の長女ジュリエットも今回の結婚が二度目なのだ。
遡ること九年前。一度目のピット男爵と結婚したジュリエットだったが、ピット男爵は女好きで有名な色男だった。
結婚前も結婚後も女遊びは変わらなく、とうとう愛人を孕ませたのは結婚して八年目のことだった。
ふたりに子がいなかったため、本妻ジュリエットは追い出され愛人に妻の座を奪われたのだ。
噂ではジュリエットとは新婚時代に数回しか閨を共にしたことがなく、随分冷え切った夫婦だったという。
ふたり以外は神のみぞ知ることだが、その噂は事実だったので八年の結婚生活をジュリエットは孤独に過ごしていた。
一年前に実家に帰ったジュリエットは、弟であるランドリー男爵カールに進められオデルとの結婚を決めた。
オデルとジュリエットは結婚が決まる前に一度だけ逢った。バルモア公爵のサロンで、所謂お見合いのようなものだ。
無口で不愛想なオデルはもちろんだったが、この時ジュリエットもほとんど喋らなかった。間に入るシャーロットがペラペラとひとりで喋り、ふたりは黙ってそれを聞いていただけだった。
似たもの同士でお似合いだとシャーロットに太鼓判を押され互いがどう思い合っているかの確認は一切なかったが、オデルもジュリエットも承諾したのでこの度の運びとなった。
なんとも無責任な太鼓判だが、シャーロットはそういうひとだ。
以前甥である国王の結婚に躍起になっていたが、自分が選んだ女性はバッサリとフラれ、他国の王女と恋に落ち結婚した。
その失敗もオデルの最初の結婚の失敗もシャーロットにとっては不名誉極まりなく、傷つけられたキューピットという称号の名誉回復に誰彼構わずくっつけることを使命としていた。
他人の幸せよりも、自分の功績を優先するタイプなのはこの国の貴族なら誰でも知っている。
さて、ふたりのあらすじはここまで。
侯爵邸の敷地に馬車が入ってきた。
前日に荷物は運びこまれていたため、新しい女主人と少しの荷を乗せた一台の馬車が玄関の前で止まる。
使用人たちは八年間放置された女性とはどんな方なのだろうかと興味津々だ。
仕方がない。使用人たちも人間だ。下世話な噂話は嫌いではない。
進み出た執事によって馬車のドアが開き中から現れたのは、とても想像する八年放置されていた女性像とは違った。どんな不器量な女性かと想像していたが、なかなかの美人だったのだ。
ジュリエットは齢二十七。漆黒の髪は後れ毛一本出さずにまとめられ、女性にしては長身で背中には板が入っているかのように真っ直ぐだ。深い紺色の眼には何の表情もなく、高い鼻梁はジュリエットの気難しさを物語るように尖っていた。
年齢よりも上に見えるのはその気難しそうな雰囲気のせいだろう。
読んでいる方は既視感を覚えただろう。少し前に似たような説明が書かれているからだ。
その既視感は使用人たちも同じだ。目の前に降り立った女性はまったくの無表情で誰かと雰囲気がそっくりなのだ。
着ている小花柄のボールガウンドレスはひとつもジュリエットの不愛想を補っていない。
「よく来た。歓迎する」
「本日から宜しくお願い致します」
新しい奥様は緊張しているのだろうか? と使用人たちは思った。
頭を下げる使用人の横を一瞥もせず通り過ぎていく。見事なまでに愛想がない。先が不安になるレベルだ。
主人のオデルだけでも理解が難しいのに、更に難しいことになりそうだ。
人となりが一切掴めない夫婦の世話をすることに、一抹どころか盛大に不安を抱える使用人たちだった。
その後ろにはこの邸で働く使用人も並び、今か今かと待ち侘びている。ひとりの女性、この物語のヒロインの登場を。
ガロポロ侯爵オデルは齢三十一、蜂蜜のような金色の短髪を後ろに撫で付け長身で背中には板が入っているかのようにいつも真っ直ぐだ。
深い緑の眼には何の表情もなく、高い鼻梁はオデルの気難しさを物語るように尖っていた。
年齢よりも上に見えるのはその気難しそうな雰囲気のせいだろう。
ここに家内総出で待っているのはオデルの新しい妻、使用人にとっては新しい女主人が来るのを待っているのだが。
『新しい』というところでおわかりだろう、オデルは結婚歴が一度ある。
五年前に八歳年下のかわいらしい妻を娶り、そのかわいらし妻は二年半前に庭師と不貞し出て行った。
社交界でも相当噂になった『侯爵夫人と庭師の駆け落ち』についてオデルは誰にも真実を話したことはない。
このことに限らずオデルは自分のことも他人のことも無駄話をすることはない。無駄話どころか大事なこともあまり話さない。話さないどころか使用人の中にはここ一か月主人の声を聴いた覚えがない者がいるほどの無口な男だ。
それが原因だったのかは本人がなにも言わないので定かではないが、妻が庭師と浮気したのは事実だ。
元々借金だらけの子爵家が支度金目当てで娘のシルビアとの婚姻を国王の叔母にあたるバルモア公爵夫人シャーロットを通じて頼んできたのだ。
当時二十六歳のオデルはそろそろ実を固める時期だったからなのか、シャーロットの進めを断り切れなかったからなのか。はたまたかわいらしいシルビアに心惹かれたからかもしれないが、なんにせよオデルは結婚を決めた。
破格の支度金のおかげで子爵家の危機は救われ、シルビアは裕福な侯爵家の妻となった。
金のための結婚ではあったが、美丈夫なオデルに胸をときめかせ幸せな結婚生活を夢見ていた、かもしれない。
しかし先の話でもわかるようにオデルは無口で不愛想な男だ。甘い言葉どころか日常会話もほとんどない、何を考えているかさっぱりわからない男との生活が続くことが辛くなってしまった、かもしれない。
夢破れた、かもしれない若い女性が優しくされた庭師に縋ってしまったことを責めるのは気の毒というものだ。
一時の気の迷いで終わってくれたらよかったのだが、主人の留守に部屋に連れ込みコトをしてしまっていたのはやりすぎだ。
真っ裸のふたりをオデルと執事で目撃してしまったのでは同情は出来ない。
そこからは怒涛だった。当然庭師は即刻解雇、『話し合いましょう』と言い約束したシルビアは翌日荷物をまとめ黙って出て行った。しかも自分の宝石のみならずオデルの宝飾品まで持って行ってしまった。泥棒行為だ。
シルビアの実家に執事が連絡をすると、両親が揃ってガロポロ邸に駆け付けた。膝を突く勢いでオデルに謝り倒したが、オデルは『離縁の手続きをする』とだけ言いその瞬間ですべてを終わらせた。
お気付きの方もいるかもしれないが、その怒涛の間にオデルが発した言葉は『離縁の手続きをする』だけだった。
オデルがもう少しお喋りでもう少しシルビアに気使いがあればこんなことにはならなかった、かもしれない。が、そんなことも今更だ。
幼い頃から無口で無表情。愛想という言葉から世界一離れたところにいる男がオデルなのだ。
破格の支度金と結婚生活でのシルビアの浪費、更にオデルの宝飾品まで失った二年半に幕を閉じ今は更に二年半後。
再び登場、世話焼きを生き甲斐とするバルモア公爵夫人シャーロットの紹介で再婚することになったというのが外で新しい妻を待つまでの話となる。
新しい女主人がこのオデルと上手くやれるかどうか不安しかない使用人たちではあったが、この新しい女主人も主人に負けない社交界の下世話なスキャンダルの渦中を経験した人物でもある。
ランドリー男爵の長女ジュリエットも今回の結婚が二度目なのだ。
遡ること九年前。一度目のピット男爵と結婚したジュリエットだったが、ピット男爵は女好きで有名な色男だった。
結婚前も結婚後も女遊びは変わらなく、とうとう愛人を孕ませたのは結婚して八年目のことだった。
ふたりに子がいなかったため、本妻ジュリエットは追い出され愛人に妻の座を奪われたのだ。
噂ではジュリエットとは新婚時代に数回しか閨を共にしたことがなく、随分冷え切った夫婦だったという。
ふたり以外は神のみぞ知ることだが、その噂は事実だったので八年の結婚生活をジュリエットは孤独に過ごしていた。
一年前に実家に帰ったジュリエットは、弟であるランドリー男爵カールに進められオデルとの結婚を決めた。
オデルとジュリエットは結婚が決まる前に一度だけ逢った。バルモア公爵のサロンで、所謂お見合いのようなものだ。
無口で不愛想なオデルはもちろんだったが、この時ジュリエットもほとんど喋らなかった。間に入るシャーロットがペラペラとひとりで喋り、ふたりは黙ってそれを聞いていただけだった。
似たもの同士でお似合いだとシャーロットに太鼓判を押され互いがどう思い合っているかの確認は一切なかったが、オデルもジュリエットも承諾したのでこの度の運びとなった。
なんとも無責任な太鼓判だが、シャーロットはそういうひとだ。
以前甥である国王の結婚に躍起になっていたが、自分が選んだ女性はバッサリとフラれ、他国の王女と恋に落ち結婚した。
その失敗もオデルの最初の結婚の失敗もシャーロットにとっては不名誉極まりなく、傷つけられたキューピットという称号の名誉回復に誰彼構わずくっつけることを使命としていた。
他人の幸せよりも、自分の功績を優先するタイプなのはこの国の貴族なら誰でも知っている。
さて、ふたりのあらすじはここまで。
侯爵邸の敷地に馬車が入ってきた。
前日に荷物は運びこまれていたため、新しい女主人と少しの荷を乗せた一台の馬車が玄関の前で止まる。
使用人たちは八年間放置された女性とはどんな方なのだろうかと興味津々だ。
仕方がない。使用人たちも人間だ。下世話な噂話は嫌いではない。
進み出た執事によって馬車のドアが開き中から現れたのは、とても想像する八年放置されていた女性像とは違った。どんな不器量な女性かと想像していたが、なかなかの美人だったのだ。
ジュリエットは齢二十七。漆黒の髪は後れ毛一本出さずにまとめられ、女性にしては長身で背中には板が入っているかのように真っ直ぐだ。深い紺色の眼には何の表情もなく、高い鼻梁はジュリエットの気難しさを物語るように尖っていた。
年齢よりも上に見えるのはその気難しそうな雰囲気のせいだろう。
読んでいる方は既視感を覚えただろう。少し前に似たような説明が書かれているからだ。
その既視感は使用人たちも同じだ。目の前に降り立った女性はまったくの無表情で誰かと雰囲気がそっくりなのだ。
着ている小花柄のボールガウンドレスはひとつもジュリエットの不愛想を補っていない。
「よく来た。歓迎する」
「本日から宜しくお願い致します」
新しい奥様は緊張しているのだろうか? と使用人たちは思った。
頭を下げる使用人の横を一瞥もせず通り過ぎていく。見事なまでに愛想がない。先が不安になるレベルだ。
主人のオデルだけでも理解が難しいのに、更に難しいことになりそうだ。
人となりが一切掴めない夫婦の世話をすることに、一抹どころか盛大に不安を抱える使用人たちだった。
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