夢見る乙女と優しい野獣

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「邪魔してしまったかな? 大丈夫かい?」

 様子のおかしいエマをギルバートがのぞき込むが、近い距離に心臓が高鳴り始めつい後ずさりして距離を開けてしまう。
 ギルバートにとっては後ずさるのはいつものエマだ。微笑みながら身体を離してお茶に手を伸ばす。

「ここには初めて入ったな。いいコンサバトリーだ」

 庭の茂みに隠れて建っている六角形のコンサバトリーは硝子が贅沢に使われ明るく温かく、しかし屋敷からは見えにくい。

「ふたりでどんな話しをしていたんだい? 俺には内緒かな?」

 密談にもってこいの場所なので、ギルバートは二人が内緒話をしていたのだろうと思った。女子は内緒話が好きな生き物だから。
 エマはありったけの気合を奮い立たせギルバートを向き、出来るだけいつも通りのふりをして口を開いた。

「あ、あなたのことよ。あなたのことを話していたの」

 しかし緊張で口が回らず噛んでしまった。そのせいで余計に緊張が増す。

「俺のこと? 俺のどんなこと?」

 ギルバートの話し方はいつも通り優しい。それを甘く感じてしまうのが恋というものなのかと、いちいちがギルバートへの想いを確信させる。

「あなたが……」

 好きだと気が付いたのだと。あなたに恋をしてしまったのと。そう言い出したいのだけど、言い出せない。
 心臓は痛くて、息まで上がってきそうだ。
 そんなエマなので、ギルバートから見ても当然様子はおかしい。

「エマ?」

 優しく甘い低い声が自分を呼ぶだけでこんなにも痺れるのかと、エマは全身に走る恋の感覚に酔いそうになっていた。
 しかし、肝心なことは口から出ない。
 思い切って開いた口は、全く関係ないことを口走っていた。

「あなたが、人気だっていう話をしていたの。そう、あなた女性に人気なんですってね」

 いつものエマのふりをして、ギルバートの顔を向かずに喋る。
 頭の中では『なに言ってるの! そうじゃないでしょ!』と叫んでいるのだが、いきなり態度を変えるような高等技術は無意識でなければエマには扱えない。

「それほどでもないよ」

 ギルバートはそっけなく答える。
 話が続かなくなるので、エマはマギーに聞いた話をしようとして思い出す。
 そういえば舞踏会の時もたくさんの女性たちに囲まれ、声を掛けられていた気がする。

「マギーに聞いたの。あなたが望めば社交界で手に入らない女性はいないくらい人気だって。舞踏会でも、たくさんのご婦人に囲まれていたわね」
「そうだったかな」
「そうよ」

 エマの言いたいことはこれではないのに、どうしても態度を変えられない。
 しかも、ギルバートが人気だという話をしてふと疑問が浮かんできてしまった。
 どうしてそんなに人気なのに、望めば結婚したい女性は沢山いるのに。なぜ自分なのだろうかと。
 エマがだめでもギルバートにはエマの代わりになる女性がいくらでもいるのだ。
 すでにギルバートに恋してギルバート以外はいない自分とは違い、ギルバートは他の女性を選ぶことも簡単に出来るのだ。

 こんなことに今! 今気が付くなんて!

 他の女性と比べて自分が勝っているところなどひとつも思い浮かばない。
 更にエマのギルバートへの仕打ちを振り返れば、自分だったらこんな娘は絶対に選ばないはずだ。選ばれたくなくてしていた悪態なのだから。
 考えるほど今ギルバートがここにいることは奇跡のように貴重なことで、もう二度とローゼンタールに来なくなってもおかしくないと思えてくる。
 しかもそれをエマが嘆く権利はない。何度もここに来ないでくれと、大嫌いだと言い続けた張本人なのだから。
 考えているうちに緊張引き、全身に冷や汗が滲む。
 プレゼントも誰にでもしているのかもしれない。
 『君ほど俺を喜ばせる女性はいない』という言葉も、ギルバートにとってはそれほどの意味を持たせていなかったのかもしれない。
 それに、ギルバートには二十六年間恋人はいなかったのだろうか?
 ギルバートは誰か好きになった女性はいなかったのだろうか?
 こうなってきたら止まらない。エマの勝手な妄想の飛躍はいくらだって暴走していく。
 だんだんと血の気が引き、さっきまであったはずの自信が小さく萎んでいく。

 どうして私が好きだと言えばギルバートが喜ぶなどと思ったのだろう?
 ギルバートが結婚を望んでいるから? それは今現在も?確認していないのに?

 エマの自信は、もやは地を這いずる虫けらほどにまで落ちている。
 これが少し前であれば。ギルバートへの恋に気づいていないうちなら、ここまでにはならなかった。
 でも気が付いてしまった今では、自分の行いが耐え難い。
 もしかしたらギルバートは、今日ここに婚約解消に来たのかもしれないとまで思えてきた。

「エマ? なに考えているんだい? 大丈夫かい?」

 ギルバートが気遣わし気な声でエマを窺う。
 エマの顔が真っ青になっているし、震えている気もする。
 そっと背に手をまわし優しく摩る。

「具合が悪くなってしまったのかな? 大丈夫かい? クリスを呼ぼうか?」

 エマの悲壮に暮れた目がギルバートを力なく見る。見つめる先の目は心配そうに見つめ返す。
 この榛色が好きだと、なぜもっと早くに気が付かなかったのだろう。
 そうしたらあんな悪態もつかず、態度だって改められたのに。
 しても遅い後悔が全身をどんよりと包む。

「エマ、本当にどうしたんだ。言ってくれ、もしかして俺に関係していることか?」

 してしまったことはもう取り消すことは出来ないが、出来ることもある。
 今エマがするべきなのは、告白ではなく謝罪だと思い立つ。
 全身に力を籠めギルバートの榛色の目を見つめ直して、エマは口を開いた。

「ギルバート、ごめんなさい。わたし、あなたに酷いことを言ったわ」

 ギルバートには今のエマの状況も、エマの言っていることもよくわからない。

「……なんのことだい?」

 向き合いエマの肩を撫でながらエマの言っていることを理解しようと思うのだが、エマの謝罪はあまりにも突飛だ。

「今までのことよ。わたし、あなたに酷いことをいっぱい言ったわ。態度も、本当に酷かったわ。酷いなんてものじゃないわ、最低よ……」
「エマ、すまないが何を言っているのか、よくわからない。エマのこれまでのこと? 誰かに謝るように言われたのかい?」
「誰にも言われていないわ。でも謝らなきゃいけないようなことをしてしまったって、気が付いてしまったの」

 エマは今にも泣きだしそうな顔をしているが、ギルバートはそんなエマの顔を見て優しく微笑んで見せた。

「なにを謝ることがある。俺が君に酷いことをされたと怒ったことがあったかい? ないだろう? 謝る必要なんかないよ」

 ギルバートは悄気るエマの頬を指の背で撫でた。エマはその指をそっと掴んで押し戻す。

「どうして怒らないの? 酷いことばかりだったのに」
「怒るほどのことではない。それに君に怒ったりはしないよ」
「優しくしないで。わたし、あなたが今日ここに婚約破棄に来たとしても何も言えないわ。ほかに女性がいたって、どうする権利もないのよ」
「ちょっと待ってエマ、本当によくわからなくなってきたな。婚約破棄なんかしないし、ほかの女性って何だ? なんの話をしているんだ?」

 エマの頭は妄想の暴走で混乱していた。エマの混乱のせいでギルバートまで混乱する。

「エマ、頼むから落ち着いて。今頭の中にあることを全部俺に教えてくれるか? どうして謝ろうと思ったのか、まずそこから話してくれ」

 エマは自分の妄想の暴走に悄気きって、もう下がった頭も上げることが出来ない。

「マギーにあなたが人気だって聞いたの。その時はただびっくりしたのよ、グリズリーが人気だなんて思ってもみなかったの。でも、あなたがグリズリーだったのは前の話で、今はそうは思っていないの。だからもしあなたがわたしみたいに酷いことを言う娘を嫌になって、わたしより美しくて優しいあなたの事が好きな女性を選んでしまったら、わたしが今更あなたに恋してしまったと伝えてもそれは無駄なことだわ。そう思ったら、今更謝ったって無駄なことだけど、なによりも先に謝らなくてはいけないと思ったの。もう遅いかもしれないけど、婚約破棄したいのならしょうがないわ。でもそれがとても悲しいことは……」

 支離滅裂なエマの話に、ギルバートの瞳が熱を持って溶け始める。
 エマは俯いていて自分が何を話しているかも整理できないというのに、ギルバートの変化に気が付くわけがない。
 エマのスカートの上に置かれた握りしめた手に、ギルバートの手がそっと重ねられる。
 もう片方の手は指の背でエマの顎を優しくなぞり、俯いた顔を上に向ける。

「君は今、とても重要なことを二つ言った。わかっているかい? 聞かなかったことにはできないよ」

 混乱しているエマが何を口走っているかなど、理解しているはずもない。
 ただ、ギルバートから発せられる甘い空気が降り注がれていることだけは感じることが出来ている。ギルバートが触れている手と顎が燃えるように熱い。

「君の言ったことを整理しよう。確かに、女性からの好意は自分でも自覚している。しかしそのことで君が気にするようなことはなにもない。君以外の女性に俺は興味がない。だから当然他の女性など俺にはいない」

 エマの顎をなぞった指の背が頬を撫でる。
 ギルバートの目尻が下がり愛おしそうに見つめられ、エマの身体も熱くある。

「それからさっきも言ったが、怒るようなことはない。君は酷いことをと言うが、俺自身はそれほどに思っていない。かわいらしい戯れだと思っていたよ。だから謝る必要もない」

 ギルバートの指が髪を上げたエマの額をなぞりながら進み、頬と耳を手のひらが包んだ。

「だから、君が今まで言ったことで俺が婚約破棄をしたくなるなんてことはない」

 エマの手に重ねたギルバートの手が、わずかに力を持って握られる。

「俺は君を不安にさせるような振舞いをしたかい? いつだって君に好意を隠さずにいたつもりだったよ」

 ギルバートを見上げるエマは、もう蕩けんばかりにギルバートの声と手に翻弄されている。暴走していた妄想は遥か彼方へと飛ばされ、麻痺した全身の力が抜けてしまうのは時間の問題だ。

「誤解は解けたかな? ここまでは理解できたかい?」

 エマは瞬きでそれに返事をした。もう自分のほとんどが上手く動かないのだ。

「いいこだ。では君の言葉を確認するよ? もう俺はグリズリーじゃないのかい?」

 エマの目はギルバートの甘さに当てられとろんと虚ろになって、返事にならない返事をギルバートに送った。

「君は俺に恋している?これは本当かい?」

 ギルバートの顔がエマに落ちてきて額がくっつき合い鼻を掠り合う。

「答えて、エマ」

 ガゼボと同じ状況でエマはキスが来ることを感じたが、ギルバートは焦らすようにエマの答えを待った。
 もうこれ以上は我慢できなかった。
 あと二センチもない距離をエマは待ちきれず、脱力していた身体が欲求による力で思い切り伸び上がった。

「むっ!」
「ぎゅっ!」

 ギルバートの唇にエマの口が激突する。
 その衝撃的な痛みに、二人は口を押えて仰け反った。

「エマ! なにをするんだ君は……」

 言ってから仰け反るエマを見ると、起き上がるそのままの勢いでエマの手がギルバートの顔に伸びたてきた。
 両頬を挟むように押さえられ、顔が迫る。

「エマ、待っ!」

 強引に口が押し付けられ、ギルバートはエマの倒れこんできそうな身体の両肩を掴んで止めた。顔は両手に挟まれて固定され、それがどこにそんな力があったのかと思うほどの強さだ。
 目の前には目も鼻も頬もギュウと力が入っている顔があり、エマが必死であることがわかる。

「へま、ひょっとまっへ……」

 ギルバートは『エマ、ちょっと待って』と言ったのだが、エマの硬く結んだ口がギュウギュウと押し付けられているので上手く発音できていない。
 肩を掴んだ手に少しずつ力を入れ、ゆっくりと押し戻してエマの身体を離す。頬を抑えるエマの手を握って剥がし、首を引いて唇も離す。

「エマ。落ち着いて」

 鼻息を荒くして戸惑った目でギルバートを見るエマに、優しく語り掛ける。
 エマは自分がしたことは解っているが、それが想像とあまりに違うことに戸惑っていた。
 ギルバートに焦らされ、キスしたくて飛びついてしまったが。ずっと想像していたキスと違って早急にゴツンとぶつかって行ったせいで痛みもあるし、まったくロマンチックなものではなかったからだ。

「キス、したかったの……。でもこれ、なんか違う」

 落胆をつぶやくと、ギルバートはもう愛おしくて堪らなくなる。
 こんなことをする女性は、当たり前だが他にはいない。
 なにをしてもそれがエマであれば、まったく普通には行かないのだ。

「思っていたキスと違った?」
「そう……」
「今のはキスとは言わないな。ただ口をぶつけただけだ」

 ギルバートは握っていたエマの手を自分の胸に当て置き、その両手を片手で覆った。
 ギルバートの心臓の音がはっきりとエマに伝わる。

「本当のキスを教えてあげるよ」

 もう片手でエマの額を撫でそのまま瞼を覆うと、エマはその手に誘導され瞼を下ろした。手のひらは鼻をかすめて頬と耳を撫でながらエマの首の後ろへ回され、そっと力がこもると顎が上がる。
 優しい仕草がエマの力を抜けさせため息が零れた一瞬後、柔らかい感触が唇に触れる。
 そっと落とされた唇が重なってゆっくりとエマを押すが、首が支えられているのでそのままそれを受け止めることが出来た。
 触れた唇が離れることなく、ギルバートはエマの唇をついばんだ。
 柔らかさを何度も確認しエマはこれがキスなのだと虚ろに思っていると、下唇に温かい濡れた感触がして閉じていた口に隙間を作られた。
 ギルバートの手に力がさらに加わり、顔の角度が変わったせいで頬に鼻が押し付けられ内側の粘膜同士が触れ合うものに変わった。
 本能で出来ている鼻呼吸でギルバートの頬に息がかかる。そのくすぐったさがギルバートの気持ちを煽っていく。
 唇を吸い、その感触を確かめるように何度も角度を変えキスを深くしていく。
 胸に当てていた手を掴まれギルバートの首へ誘導されると、エマは衝動でそのまま首にしがみつき熱くなっていく唇を求めた。
 ギルバートがするように唇を吸い、ギルバートの動きに合わせてエマも顔を傾けた。
 うっとりとした甘い快感がじわじわと込み上がる。
 背中に回されたギルバートの腕にも力がこもり、身体ごと引き寄せられ二人の隙間がなくなっていく。
 重なり合い解けた唇に、熱い塊が侵入する。
 新しい感触にエマは身体をビクリとさせ唇を離そうとしたが、ギルバートが後を追い逃がさなかった。
 エマの首に回されていた手が頭の後ろに回り、がっちりと抑えられたままギルバートの舌がエマの口腔へ押し入っていく。

「ぐ……、はぁ……」

 エマの中から声が漏れ思わず閉じていた目を開くと、目の前にはギルバートの長い睫毛が震えているのが見えた。眉間に寄った眉も紅潮した頬も、エマにギルバートの舌を受け入れさせる材料にしかならなかった。
 舌の上で舌が動き絡みついてくる。口蓋を舐め上げられ自然と口が開いてしまう。

「は……、んぐ……」

 ゆっくりとした動きで絡めとられる舌が痺れ頭の中も麻痺する。呼吸は苦しくなり、漏れる声が切なくなってくる。
 ギルバートの首にしがみつく腕からもだんだん力が抜け支えられていなければ崩れてしまいそうになってやっと口腔を懐柔していた舌が引き、唇が小さな音を立てて離れた。
 エマは瞼をゆっくりと開け我を忘れた瞳でギルバートを見ると、ギルバートは愛しいエマのその甘さに熱い溜息を零した。

「上手にできたね。気分はどうだい?」

 腰に回した腕にしっかり支えられ厚い胸に身体を預け、顔だけで見上げるエマの頭を撫でる。
 全身の力が抜けて支えられるがままのエマが言えることはこれだけだった。

 「すごいわ……」

 初めて知るにはかなり官能的なキスに、身も心も溶かされてしまった。
 ギルバートはエマを抱き直し両手で身体を包み、エマの頭を胸に置かせた。

「本当はもっと教えてあげたいけど、あまり君を刺激しすぎるのはよくないからね」

 もっと教えてくれるならそうしてほしい。もう一度、もっとずっとしていたい気持ちがエマのなかで湧き上がる。
 もぞもぞと腕の中から伸びてギルバートに強請る視線を送るが、ギルバートは額に一つキスをしてそれを止めた。

「君ほど俺に忍耐を強いる女性はいないよ。先に進みすぎると危険なことも覚えないといけないな」

 これ以上エマを貪るのはギルバートにとっても理性との戦いになる。
 今日エマのすべてを手に入れる訳にはいかない。エマの純潔を守ってあげねばならないのだ。
 エマは訳がわからないが、そのままもう一度ギルバートの胸に顔をうずめた。

「エマ、もう一度聞いてもいいかい? 俺に恋している?俺を好きかい?」

 改めて聞かれると恥ずかしくなってしまうのだが、エマは腕の中で小さくうなずいた。
 ギルバートはエマを包む腕に力を籠める。

「今度は声に出して答えてほしい。俺と結婚してくれるか?」

 瞬間、エマに震えが走った。今日恋だと確定したばかりなのにこの時を長い間待ちかねたような錯覚で頭が覚醒し、暴れてギルバートの腕から逃れた。

「ギルバート! プロポーズなの?」
「そうだ」
「それならちゃんとして!もう一度、ちゃんと跪いて、目を見て言ってくれなきゃだめよ!」

 エマの輝かんばかりの表情に、ギルバートも笑みがこぼれる。

「これはいけない」

 ギルバートは一度立ち上がり、エマの前に片膝をついた。エマはその前に立ち出された手にそっと自分の手を重ねる。
 見下ろす先にギルバートの優しい微笑みがあり、ギルバートの見上げる先には胸躍らせ期待に満ち溢れた愛しいエマの満面の笑みがある。

「レディエマニエル。わたしのプリンセス。愛しています。わたしの妻となって一生を共にしてほしい」

 エマの胸はキューンという音を立ててギルバートの言葉に鷲掴みされた。
 父親以外の男性から初めて『愛してる』と、こんなロマンチックな演出で言われたのだ。
 夢に見ていたよりも、現実は何百倍もエマを幸せにしてくれるのだ。

「するわ!するする! 絶対にするわギルバート! わたしもあなたを愛しているもの!」

 王子様のようなギルバートのプロポーズに比べお姫様のようには答えられなかったが、この喜びを隠しようがないのだ。
 エマは人生で一番の幸せの瞬間が今なのだ。
 跪いたままのギルバートにそのまま抱き着いてギルバートを押し倒した。
 ギルバートも人生で一番幸せな瞬間だった。
 喜ぶエマが可愛くて愛しくて、これほどエマが欲しかったのかと改めて気づくほど幸福で満たされた。

「わたしのことを愛しているのねギルバート」
「ああ」
「その言葉がどれほど聞きたかったか。あなたはわたしを愛している。わたしもあなたを愛しているわ」
「ああ、なんて幸福なことだ。君は俺を幸せにできる唯一の女性だ」
「ギルバート! あなた以上にわたしにふさわしい男性はいないわ!」
「一日でグリズリーからふさわしい男に大出世だ」

 ギルバートが意地悪を言うとエマは抱き着いていた顔を上げ、床に押し倒されているギルバートを睨む。

「もう一度そんなことを言ったらキスするわよ」
「もう一度キスしたら、今度は手加減しないぞ?」
「手加減なんか必要ないもの」

 エマはギルバートの唇に、今度はゆっくりとギルバートがさっきした通りに自分の唇を重ねた。
 ギルバートは手加減しないと言ったが、自分の理性が飛ばないよう十分な注意をしながらエマにキスを返していった。
 今が永遠に続けばいいのにと、エマは心の中で思いながらキスに酔いしれた。
 この先にどんな事態を自分が起こしてしまうのか、知る由もなく。
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