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ギルバートがエマを迎えにローゼンタールを訪れると、ロバートが驚いた顔で迎えた。
「エマを迎えに来たのですが……」
ロバートは娘がやらかしたであろうことを察知し、苦虫を潰したような顔になった。
つい先日までギルバートにもらったチョーカーを喜び毎日を機嫌よく過ごしていたのだが、ここ三日ほどエマの様子がおかしかったのだ。
「もしかしてバルモア公爵夫人のサロンに行くので迎えに来たのではないだろうね?エマには行かなくなったと聞いていたが……」
「行く予定で来たのですけどね」
「エマは友人のマギーと一緒にモントレー伯爵邸へ行ったのだよ」
ギルバートは頭を掻いた。こうならないようにしたかったのだが、まさか行ってしまうとは。
「ギルバート、本当に申し訳ない。まさかあの娘がここまでの無体をするとは……」
「いいえロバート。今回の事はわたしが失敗したのです。帰ってきてもエマを決して怒らないでください」
ギルバートはロバートに念押しして一礼し馬車に乗り込むと、ローゼンタールを後にしてモントレー伯爵邸に向かった。
*****
舞踏会の招待状を持ってはいなかったが、ギルバートはアレンの友人で国の英雄なのですんなり中に入ることが出来た。
入り口からメインホールまでに何人もの招待客の挨拶に足止めされたが、あしらいながら辺りを見渡しエマを探した。
華麗なワルツが演奏され、円を描くようにカップルがフロアに舞うその向こうにアレンの姿を見つける。
「ギル! 今日は来られないんじゃなかったか?」
「すまない、飛び入りさせてくれ」
「もちろん大歓迎だ」
「ありがとう。それで、前に招待状を送らないでくれって頼んだレディエマニエルの事なんだが……」
「あぁ。それなんだが。ベスが友人のレディマーガレットにレディエマニエルへ招待状が届いていない話を聞いて一緒に来てくれと言ってしまったらしいんだ。さっき姿を見たのだが……」
ギルバートはそんな事だろうとは思っていたが、自分の詰めの甘さに後悔し顰めた口元を隠しながら辺りを見渡す。
アレンに「またあとで」と告げフロアを移動しながらエマを探していると、途中で細い手に腕を掴まれた。
「ギルバート様、エマを探していらっしゃいますか?」
「レディマーガレット!」
マギーはギルバートの腕に自分の腕を絡めて人気のないテラスまで誘導し、ギルバートはそれに従った。
マギーとは以前別のパーティで面識はあったが、こんな風に二人で話をするのは初めてだった。
烏の濡れ羽色の髪と琥珀色の瞳を持つ聡明でしっかりとした女性という印象だった。
エマから親友だと聞いたときはあまりにタイプが違うので想像出来なかったが、親友とうより姉妹のような関係なのかもしれないと思った。もちろんマギーが姉のタイプだ。
「エマから全部聞いています。騙し討ちや裏から手を回すのは感心いたしません。後で知ったエマがかわいそうです」
マギーの声には棘が付いており、ギルバートを責めるようだった。
謀ったことは確かなのでギルバートは反論しなかった。
「エマから何と聞きましたか?」
「あなたとの婚約の話も、それについてのお約束も。それから今回の舞踏会はあなたの差し金で招待状が来なかったということ。エマの思い込みですか?」
「いいえ。わたしがエマに招待状を送らないように頼んだのです」
「もしモントレー伯爵からの招待状が届いても、心から自分とバルモア公爵夫人の舞踏会に行ってほしいと懇願すればエマはそうすることも考えたでしょう。もしこちらの舞踏会に来ると決めても、あなたと一緒に来ることにしたかもしれません。裏でこのような策を練るのは紳士の振舞いではありません。もちろん、エマは知っておられる性格ですので素直にイエスとは言わないかもしれませんが、純粋な娘です。あなたに謀られたことで傷ついています」
「反省している。正直に話せばよかった。あなたにも、親友を傷付けてしまった事を詫びます」
ギルバートが小さく頭を下げると、マギーはギルバートと向かい合い困ったような顔をした。
「いいえ。親友として今のはエマの味方側から申しましたが、ギルバート様がどうしてそうなさったのかを先ほど知ることになりました。エリザベス様に教えていただいたのです、アレン様のご婚約を。エマがここで聞くことを避けてあげようとなさったのですよね?」
ギルバートはアレンの婚約の話を早々に聞いて知っていた。この舞踏会で発表することも聞いていた。
アレンに憧れるエマにとってはショックなことだろうと回避してあげたかったが、その方法がいけなかった。
正直に先に話してあげた方が、今思うとショックも薄かったかもしれない。
エマはギルバートに裏工作をされ招待状を貰えず傷つき、マギーのおかげで出席することになった時はアレンとまた踊りたいと思いながら来ただろう。
そして、婚約の事実を知る。
アレンからは図らずであっても、この舞踏会でエマは二つの傷を受けることになってしまったとギルバートは悔やんだ。
「実は先ほど、ギルバート様が謀ったのはエマがショックを受けないようにするためだったのでは? と言ってしまったら、エマはわたしがあなたの味方をしたと怒ってしまって。どうしようかと思案していたところだったのです」
ギルバートはマギーがエマの親友であることに感謝したい気分になった。
エマの事を心から心配していることが伝わってきたからだ。
「それで、エマはどこに?」
「それが、サニーと庭に出てしまったんです。それはだめだって言ったのですけどエマは聞きませんでした。なのでテラスから様子を見ていたところにギルバート様がいらしたと話している声が聞こえてあなたになんとかしてもらえないかと。サニーは幼い頃からわたしたちの友人ですが、エマの事が好きなのをわたしは気が付いていました。なので……」
マギーの話にギルバートはギョッとして目の前に広がる庭を見渡した。
「あのガゼボにいます。ふたりで」
暗がりに目を凝らすと、テラスから離れた先にある大理石のガゼボに屋敷からやっと届く明かりのみに照らされた二人の影が見えた。
「ありがとうレディマーガレット」
ギルバートはマギーの返事を聞く前にテラスを飛び降り、ガゼボに急いだ。
*****
舞踏会の三日目のことだった。
親友のマギーに招待され、一緒にティータイムを過ごすためエマはウキウキとした心持で出かけて行った。
数日後に出席するバルモア公爵夫人の舞踏会に着て行くドレスの相談をするつもりだった。
ところがマギーは、同日に開催されるモントレー伯爵邸で行われる舞踏会のドレスを相談しようと思っていたのだ。
先日結婚の決まったアレンの妹エリザベスからエマにも招待状を送っていると聞いていたからだ。
「そんなはずはないわ。招待状なんて来ていないもの」
「おかしいわ。エリザベス様が先日教会でお会いした時にローゼンタール伯爵家にも送っているって言っていたもの」
どういうことなのか思案していると、一つの疑惑が浮かんできた。
婚約者であるエマが憧れているアレンに逢うのが気に入らないギルバートが、友人であるアレンに手をまわし招待状を送らないよう手配したのかもしれないと。
一度頭に浮かんだ疑惑はもはやそうとしか思えない確信に変わり、エマは悲しくなった。
だから同じ日に開催されるバルモア公爵夫人の舞踏会に誘ったんだ!
エマはアレンと再び踊ることを夢見てはいたが、今回はそれを邪魔されて悲しくなったわけではなかった。
エマがアレンと逢う事が面白くないからなのか、エマの知らないところでギルバートが謀り事をしていたかもしれないということが悲しかった。
アレンと踊りたいと思っても、ギルバートがそれを止める権利はないのだ。エマの自由にしていいと約束をしているのだから。
ギルバート以外に招待状を止められる人はいない。エマに嘘を吐き謀ったのだ。
エマもギルバートには沢山の小さな嘘を吐いてきたしギルバートの嘘だけを責めるのはお門違いというものだが、ギルバートの不誠実が悲しくて仕方がなくなってしまったのだ。
エマは決して認めないが、確実にギルバートに惹かれ始めているのだ。でなければこんなにも悲しんだりはしない。
エマの顔に悲愴が浮かび空色の瞳がさめざめとし出したので、傍にいたマギーは焦ってしまった。
もともと感情の起伏が激しく表現が素直なのがエマだと解っていたが、それほどに招待状が届いていないことが悲しいのかと思ったのだった。
だがそうではなかったことをエマの話で知ることとなる。
エマはずっと秘密にしていたギルバートとの婚約の話から、約束事のこと、今回の謀り事の疑惑をすべてマギーに話した。
当然マギーは驚いたがエマの話し方や悲しい理由を聞いて、エマがギルバートに惹かれていることまで察した。
「ギルバート様と逢って話をしてみたらどうかしら?」
「いやよ。絶対にいや。大嫌い! こんなことをするなんて最低よ!」
エマの想像通りかはマギーには判断出来なかったが、それだけ想われているという事だと思った。
しかし、エマはマギーが何を言っても無駄なほど頑なになってしまっていた。
そこでマギーはエリザベスにエマと一緒に舞踏会へ行くことを伝えるので、エマはギルバートにバルモア公爵夫人の舞踏会へ行くのを断ることにしたらどうかと提案した。
この時はこれが一番の解決策に思えたが、まさかエマがギルバートになんの連絡も入れずに当日マギーの所へ来たとは思っていなかった。
そしていざモントレー伯爵邸に来てみると、エリザベスから『今日は兄のアレンの婚約披露なのよ』と聞くことになる。
聡いマギーはエマがショックを受けないようにギルバートが謀ったのだと気が付いたが、それを話すとエマは怒り出してしまったのだ。
「ギルバートの味方をするなんて酷いわマギー! あなたはわたしの無二の友ではなかったの?」
今のエマはアランのこともショックではあるが、ギルバートへの怒りが心を支配しギルバート憎けりゃ庇う者まで憎いといった心境だ。
更には、途中で声を掛けてきた幼馴染の男爵子息サニー・カーターに誘われ庭に行くと言い出したのだ。
「だめよエマ。あなた婚約者の有る身で他の男性と二人で薄暗がりになんて行ってはダメ」
マギーはエマのショックを理解してあげていたのだが、エマはもう自棄になってしまっていた。
「婚約者なんかじゃないわ。ギルバートなんかよりわたしサニーと結婚したいくらいよ。もう放っておいて」
サニーはエマやマギーより三歳年上で悪い男ではないのは解っていたし、紳士らしからぬことをする人物ではないとエマもマギーも知っている。
しかし小さい頃からエマに好意があったので、今一緒にいるのはとんでもないことになりかねないと心配したのだ。
万が一大事な約束事などしてしまって、勢いでこの場で公にしてしまうなんてことがあれば取り返しがつかないからだ。
しかしエマは自ら無二の友だと言うマギーの声に耳を貸さずに、サニーにとってはやっと到来したチャンスを逃すものかとエマと二人で庭に出てしまったのだった。
マギーはさすがに拒否されているのに付いて行くわけにいかずテラスからハラハラしながら様子を伺っていたところへ、救いの騎士ギルバートがやってきたのだった。
エマの悲しむ様子からギルバートに惹かれていると確信していたし、マギーの予想が合っていればギルバートもエマを大事に思っていることになる。
顛末を聞いたギルバートが飛び出して行ったのを見届けて、マギーはひとまず今日が無事に終わることを、ギルバートがそう治めてくれることを願った。
「エマを迎えに来たのですが……」
ロバートは娘がやらかしたであろうことを察知し、苦虫を潰したような顔になった。
つい先日までギルバートにもらったチョーカーを喜び毎日を機嫌よく過ごしていたのだが、ここ三日ほどエマの様子がおかしかったのだ。
「もしかしてバルモア公爵夫人のサロンに行くので迎えに来たのではないだろうね?エマには行かなくなったと聞いていたが……」
「行く予定で来たのですけどね」
「エマは友人のマギーと一緒にモントレー伯爵邸へ行ったのだよ」
ギルバートは頭を掻いた。こうならないようにしたかったのだが、まさか行ってしまうとは。
「ギルバート、本当に申し訳ない。まさかあの娘がここまでの無体をするとは……」
「いいえロバート。今回の事はわたしが失敗したのです。帰ってきてもエマを決して怒らないでください」
ギルバートはロバートに念押しして一礼し馬車に乗り込むと、ローゼンタールを後にしてモントレー伯爵邸に向かった。
*****
舞踏会の招待状を持ってはいなかったが、ギルバートはアレンの友人で国の英雄なのですんなり中に入ることが出来た。
入り口からメインホールまでに何人もの招待客の挨拶に足止めされたが、あしらいながら辺りを見渡しエマを探した。
華麗なワルツが演奏され、円を描くようにカップルがフロアに舞うその向こうにアレンの姿を見つける。
「ギル! 今日は来られないんじゃなかったか?」
「すまない、飛び入りさせてくれ」
「もちろん大歓迎だ」
「ありがとう。それで、前に招待状を送らないでくれって頼んだレディエマニエルの事なんだが……」
「あぁ。それなんだが。ベスが友人のレディマーガレットにレディエマニエルへ招待状が届いていない話を聞いて一緒に来てくれと言ってしまったらしいんだ。さっき姿を見たのだが……」
ギルバートはそんな事だろうとは思っていたが、自分の詰めの甘さに後悔し顰めた口元を隠しながら辺りを見渡す。
アレンに「またあとで」と告げフロアを移動しながらエマを探していると、途中で細い手に腕を掴まれた。
「ギルバート様、エマを探していらっしゃいますか?」
「レディマーガレット!」
マギーはギルバートの腕に自分の腕を絡めて人気のないテラスまで誘導し、ギルバートはそれに従った。
マギーとは以前別のパーティで面識はあったが、こんな風に二人で話をするのは初めてだった。
烏の濡れ羽色の髪と琥珀色の瞳を持つ聡明でしっかりとした女性という印象だった。
エマから親友だと聞いたときはあまりにタイプが違うので想像出来なかったが、親友とうより姉妹のような関係なのかもしれないと思った。もちろんマギーが姉のタイプだ。
「エマから全部聞いています。騙し討ちや裏から手を回すのは感心いたしません。後で知ったエマがかわいそうです」
マギーの声には棘が付いており、ギルバートを責めるようだった。
謀ったことは確かなのでギルバートは反論しなかった。
「エマから何と聞きましたか?」
「あなたとの婚約の話も、それについてのお約束も。それから今回の舞踏会はあなたの差し金で招待状が来なかったということ。エマの思い込みですか?」
「いいえ。わたしがエマに招待状を送らないように頼んだのです」
「もしモントレー伯爵からの招待状が届いても、心から自分とバルモア公爵夫人の舞踏会に行ってほしいと懇願すればエマはそうすることも考えたでしょう。もしこちらの舞踏会に来ると決めても、あなたと一緒に来ることにしたかもしれません。裏でこのような策を練るのは紳士の振舞いではありません。もちろん、エマは知っておられる性格ですので素直にイエスとは言わないかもしれませんが、純粋な娘です。あなたに謀られたことで傷ついています」
「反省している。正直に話せばよかった。あなたにも、親友を傷付けてしまった事を詫びます」
ギルバートが小さく頭を下げると、マギーはギルバートと向かい合い困ったような顔をした。
「いいえ。親友として今のはエマの味方側から申しましたが、ギルバート様がどうしてそうなさったのかを先ほど知ることになりました。エリザベス様に教えていただいたのです、アレン様のご婚約を。エマがここで聞くことを避けてあげようとなさったのですよね?」
ギルバートはアレンの婚約の話を早々に聞いて知っていた。この舞踏会で発表することも聞いていた。
アレンに憧れるエマにとってはショックなことだろうと回避してあげたかったが、その方法がいけなかった。
正直に先に話してあげた方が、今思うとショックも薄かったかもしれない。
エマはギルバートに裏工作をされ招待状を貰えず傷つき、マギーのおかげで出席することになった時はアレンとまた踊りたいと思いながら来ただろう。
そして、婚約の事実を知る。
アレンからは図らずであっても、この舞踏会でエマは二つの傷を受けることになってしまったとギルバートは悔やんだ。
「実は先ほど、ギルバート様が謀ったのはエマがショックを受けないようにするためだったのでは? と言ってしまったら、エマはわたしがあなたの味方をしたと怒ってしまって。どうしようかと思案していたところだったのです」
ギルバートはマギーがエマの親友であることに感謝したい気分になった。
エマの事を心から心配していることが伝わってきたからだ。
「それで、エマはどこに?」
「それが、サニーと庭に出てしまったんです。それはだめだって言ったのですけどエマは聞きませんでした。なのでテラスから様子を見ていたところにギルバート様がいらしたと話している声が聞こえてあなたになんとかしてもらえないかと。サニーは幼い頃からわたしたちの友人ですが、エマの事が好きなのをわたしは気が付いていました。なので……」
マギーの話にギルバートはギョッとして目の前に広がる庭を見渡した。
「あのガゼボにいます。ふたりで」
暗がりに目を凝らすと、テラスから離れた先にある大理石のガゼボに屋敷からやっと届く明かりのみに照らされた二人の影が見えた。
「ありがとうレディマーガレット」
ギルバートはマギーの返事を聞く前にテラスを飛び降り、ガゼボに急いだ。
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舞踏会の三日目のことだった。
親友のマギーに招待され、一緒にティータイムを過ごすためエマはウキウキとした心持で出かけて行った。
数日後に出席するバルモア公爵夫人の舞踏会に着て行くドレスの相談をするつもりだった。
ところがマギーは、同日に開催されるモントレー伯爵邸で行われる舞踏会のドレスを相談しようと思っていたのだ。
先日結婚の決まったアレンの妹エリザベスからエマにも招待状を送っていると聞いていたからだ。
「そんなはずはないわ。招待状なんて来ていないもの」
「おかしいわ。エリザベス様が先日教会でお会いした時にローゼンタール伯爵家にも送っているって言っていたもの」
どういうことなのか思案していると、一つの疑惑が浮かんできた。
婚約者であるエマが憧れているアレンに逢うのが気に入らないギルバートが、友人であるアレンに手をまわし招待状を送らないよう手配したのかもしれないと。
一度頭に浮かんだ疑惑はもはやそうとしか思えない確信に変わり、エマは悲しくなった。
だから同じ日に開催されるバルモア公爵夫人の舞踏会に誘ったんだ!
エマはアレンと再び踊ることを夢見てはいたが、今回はそれを邪魔されて悲しくなったわけではなかった。
エマがアレンと逢う事が面白くないからなのか、エマの知らないところでギルバートが謀り事をしていたかもしれないということが悲しかった。
アレンと踊りたいと思っても、ギルバートがそれを止める権利はないのだ。エマの自由にしていいと約束をしているのだから。
ギルバート以外に招待状を止められる人はいない。エマに嘘を吐き謀ったのだ。
エマもギルバートには沢山の小さな嘘を吐いてきたしギルバートの嘘だけを責めるのはお門違いというものだが、ギルバートの不誠実が悲しくて仕方がなくなってしまったのだ。
エマは決して認めないが、確実にギルバートに惹かれ始めているのだ。でなければこんなにも悲しんだりはしない。
エマの顔に悲愴が浮かび空色の瞳がさめざめとし出したので、傍にいたマギーは焦ってしまった。
もともと感情の起伏が激しく表現が素直なのがエマだと解っていたが、それほどに招待状が届いていないことが悲しいのかと思ったのだった。
だがそうではなかったことをエマの話で知ることとなる。
エマはずっと秘密にしていたギルバートとの婚約の話から、約束事のこと、今回の謀り事の疑惑をすべてマギーに話した。
当然マギーは驚いたがエマの話し方や悲しい理由を聞いて、エマがギルバートに惹かれていることまで察した。
「ギルバート様と逢って話をしてみたらどうかしら?」
「いやよ。絶対にいや。大嫌い! こんなことをするなんて最低よ!」
エマの想像通りかはマギーには判断出来なかったが、それだけ想われているという事だと思った。
しかし、エマはマギーが何を言っても無駄なほど頑なになってしまっていた。
そこでマギーはエリザベスにエマと一緒に舞踏会へ行くことを伝えるので、エマはギルバートにバルモア公爵夫人の舞踏会へ行くのを断ることにしたらどうかと提案した。
この時はこれが一番の解決策に思えたが、まさかエマがギルバートになんの連絡も入れずに当日マギーの所へ来たとは思っていなかった。
そしていざモントレー伯爵邸に来てみると、エリザベスから『今日は兄のアレンの婚約披露なのよ』と聞くことになる。
聡いマギーはエマがショックを受けないようにギルバートが謀ったのだと気が付いたが、それを話すとエマは怒り出してしまったのだ。
「ギルバートの味方をするなんて酷いわマギー! あなたはわたしの無二の友ではなかったの?」
今のエマはアランのこともショックではあるが、ギルバートへの怒りが心を支配しギルバート憎けりゃ庇う者まで憎いといった心境だ。
更には、途中で声を掛けてきた幼馴染の男爵子息サニー・カーターに誘われ庭に行くと言い出したのだ。
「だめよエマ。あなた婚約者の有る身で他の男性と二人で薄暗がりになんて行ってはダメ」
マギーはエマのショックを理解してあげていたのだが、エマはもう自棄になってしまっていた。
「婚約者なんかじゃないわ。ギルバートなんかよりわたしサニーと結婚したいくらいよ。もう放っておいて」
サニーはエマやマギーより三歳年上で悪い男ではないのは解っていたし、紳士らしからぬことをする人物ではないとエマもマギーも知っている。
しかし小さい頃からエマに好意があったので、今一緒にいるのはとんでもないことになりかねないと心配したのだ。
万が一大事な約束事などしてしまって、勢いでこの場で公にしてしまうなんてことがあれば取り返しがつかないからだ。
しかしエマは自ら無二の友だと言うマギーの声に耳を貸さずに、サニーにとってはやっと到来したチャンスを逃すものかとエマと二人で庭に出てしまったのだった。
マギーはさすがに拒否されているのに付いて行くわけにいかずテラスからハラハラしながら様子を伺っていたところへ、救いの騎士ギルバートがやってきたのだった。
エマの悲しむ様子からギルバートに惹かれていると確信していたし、マギーの予想が合っていればギルバートもエマを大事に思っていることになる。
顛末を聞いたギルバートが飛び出して行ったのを見届けて、マギーはひとまず今日が無事に終わることを、ギルバートがそう治めてくれることを願った。
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