牢獄王女の恋

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 翌日ダイアナはシャロンの家に向かった。
 シャロンもガブリエルから知らせを受けていたので、玄関で出迎えリビングに案内した。
 コーデリアもリビングでダイアナを迎えた。
 コーデリアがダイアナに逢うのはあの牢獄を出た日以来だ。
 ダイアナのことは覚えている。コーデリアを見て母エロイーズの面影があると言っていたことも、ラリサと風呂に入れようとしたことも。

「久しぶりねコーデリア。わたしはあなたの叔母になります。あなたのお父様のグレッグ王の弟であるマイルスの妻です。マイルスは今摂政という国王の代わりをしているの。それは知っているわね?」

 コーデリアは頷いた。ガブリエルから聞いていたし、シャロンともマイルスやダイアナの話はしていた。
 マイルスが王になればコーデリアはいらないのではないかと考えたからだ。

「お久しぶりです。あの、わたしは王女になりたくはないのです。マイルス様に摂政ではなく王様になってもらいたいのです」

 シャロンから子供のいないマイルスでは王になっても結局王統が他に移ってしまい権力闘争が起きるという話を聞いていたが、グレッグが側室を持ったようにマイルスにもそのやり方はないのかと思った。

「本当に、そうできたらよかったのだけど。マイルスに側室を持たせればと思っている? でも無理なのよ。マイルスには子種がないの。女性を何人宛がっても子供は作れないわ。幼い頃の病気でしょうがないことなのよ。あなたが王位につかなければ王統が途切れて権力闘争が起こるわ。もしかしたらあなたが子を成せない可能性もあると思うかもしれないけど、子を成せる可能性も同じようにあるのよ。あなたの受けた悲劇は権力を欲しがる不当なものが起こしたの。正当なものがその地位に付き受け継がれていくことが再び不幸を起こさないためにも必要なのよ」

 コーデリアは黙った。ガブリエルと同じことをダイアナは言っている。
 コーデリアにも話は理解出来ている。しかしそれでも女王になることを受け入れきれないのだ。
 もうガブリエルのところに戻れないのに?
 それならばどこでどんな風に暮らそうと同じではないかという思いもある。
 ガブリエルの望みであるならば、それを叶えるべきなのかとも思う。
 知らない人を憎むことも間違っているとも思うのだが、自分の人生が振り回されすぎていて受け入れ切れないのだ。

「シャロン、と呼んでもいいかしら?」
「はい、もちろんでございますワディンガム公爵夫人」
「わたしの事もダイアナと呼んでちょうだい。わたしあなたに逢えるのを楽しみにして来たの。コーデリアに尽くしてくださっている素晴らしい女性だとガブリエルから報告を受けていたのよ」
「もったいないお言葉です」

 ダイアナはシャロンに微笑みを向け感謝を伝えた。
 シャロンは自分の気持ちでコーデリアを愛しただけなので礼を言われるようなことではないと思ったが、素直にダイアナの感謝を受け取った。

「それで、あなたは独身なのよね? ご結婚の予定を聞くのは失礼かしら?」
「いいえ。わたしは独身です。今後も結婚の予定はありません」

 シャロンはダイアナの意図が解らなかったが、ダイアナはシャロンに先の予定がないことを歓迎するように微笑んだ。

「それなら、あなたにお願いがあるの。コーデリアが宮廷に入ったら、あなたも一緒に来てもらえないかしら? コーデリアの相談役として側に仕えてもらえないかと考えているの。もちろん、宮廷での地位も収入も保証します。コーデリアもシャロンが一緒なら不安はないわね?」

 コーデリアが決断をしていないのにダイアナは話しを進めていく。
 シャロンはコーデリアが心を決められないのに安易に返事は出来ない。
 しかし、もしコーデリアが望むのであればシャロンの心は簡単に決まる。
 コーデリアの為に出来ることはしてあげたい。さらに宮廷で立場を保障までしてもらえるなら断る理由はない。
 もちろんコーデリアがどうしても行かないと言うのならば、シャロンはいつまででもこの家に置き面倒を見るつもりだ。

「シャロン、わたしはコーデリアを早々に宮廷に迎えようと思っています。理由はわかるわね?」

 ガブリエルからコーデリアの気持ちを聞いているのだと思った。コーデリアを守るだけのためにシャロンの家にいるのではないと。
 
「ここにも、もういられないの?」

 黙っていたコーデリアが口を開いた。
 その声は僅かに震えていて、絶望が含まれているように感じたシャロンがコーデリアの手を握った。

「いいのよ。あなたが居たいのならいつまででも居られるわ。コーデリアがそうしたいならいいのよ。ただガブリエルがあなたを追い出そうとしていると考えているなら、それは絶対に違うわ」
「ガブリエルが決めたのではないわよ。わたしがあなたを宮廷に連れて行くと決めました。あなたに接触しようとした貴族の話を聞き、宮廷の方があなたを守りやすいからです。それに環境が変わって周りが見えることであなたが受け入れやすくなるのじゃないかと考えたのよ」

 ダイアナもフォローをしたが、コーデリアは項垂れた。
 ガブリエルのせいじゃない。自分がガブリエルの屋敷から出たのだ。だからこんな風に、まだ先だったかもしれない時期が早まってしまったのだ。
 自分が、ガブリエルから離れたからだ。

「もし、宮廷に入ってもわたしが受け容れられなかったら、その時は王女にならなくてもいいですか?」

 コーデリアはダイアナに聞いた。
 ダイアナは微笑んで答えた。

「あなたはエロイーズ様の娘ですもの。そしてわたしの甥ガブリエルが愛情を込めて育てたのよ。時間はかかっても受け入れられると信じているわ。こんな言い方は狡いかしら? でもね、ガブリエルはあなたを王女として立たせるために育てたのよ、わたしはガブリエルを信じている。あなたはガブリエルを信じていないの? ガブリエルが育ててくれた自分はそれに相応しいと、誇れないの?」

 確かに狡い言い方だった。
 コーデリアが受け容れないなら、母親とガブリエルを使って攻めて来たのだ。
 エロイーズはコーデリアに王女だとは言わなかったし、具体的になにかをコーデリアに教えてはいない。しかし聖書の言葉を通じてコーデリアがその地位に立つための心得を教えていたとコーデリアも気が付いている。
 ガブリエルがどれほど自分に尽くしてくれていたかも、コーデリアは痛いほどわかっている。
 ガブリエルの誇りを持ちだされては、それでも受け入れられないとは言えない。

「大人はずるいわね、本当に。でも、エロイーズ様の想いをわたしは叶えなくていけないし、この国を守らなくてはいけない。そしてあなたも、幸せにしなくてはいけないの。その責任があるのよ。あの時救えなかったことを、二度と後悔しないためにも」

 コーデリアはダイアナから目を逸らさなかった。
 ダイアナもコーデリアから目を逸らさない。
 シャロンもダイアナが私利私欲だけを考えてしていることではないとわかった。
 彼女も後悔しているのだ。エロイーズの冤罪を信じ続けなかったことを。コーデリアの存在を無視したことを。
 そのせいでこの国が危険に晒されたことも。

「わたしはまた狡い言い方をするわね。再び王座が不逞なものに奪われこの国がコースリーのような国へ売られてしまったら、この国が戦場になるかもしれないのよ。あなたの大好きなここの人間を守れるのはあなたにしかいないの。もし戦争が起こったらあなたの好きな人たちだけは無事でいられると思う? 勉強したはずよ、戦争がどういうものか。あなたの愛するひとたちだけは無事という保証がどこにあるの? あなたの大好きな人たちの家族は? ガブリエルは侯爵よ、軍を率いて戦場の最前線に出なくてはならないわ。もちろん王座が揺らぐからと言って戦争になるとは限らない。でもそうならないためのことはしなくてはならない。それができるのは今この国であなただけなのよコーデリア」

 言い方は狡い。でもそれが真実でもある。

「国に捨てられたわたしが、国を救うのですか?」
「そうよ。理不尽に聞こえるでしょうね。でも、もう二度とあなたのような思いをする人間を出さなくてもいい国を、あなたが作れるのよ」

 ダイアナはひとつも揺らがない。
 コーデリアに同情していないわけではない。
 しかしそれ以上の責任のために悪者になる覚悟も持っているのだろうコーデリアは感じた。
 エロイーズのことを悔いているからこそ、この国を守らなくてはならない立場だからこそ。コーデリアが王女として立ち女王にならなければならないのだと。

「ダイアナ様、コーデリアが今日返事をすることは出来ません。コーデリアにとってはすべてが突然すぎるのです。先日生い立ちを知り、今日もう宮廷に連れて行くでは気持ちの整理も付きません。ガブリエルにも相談させてください」
「わかっているわ。わたしもまだ数日ガブリエルのところにいます。ただ、知っておいて欲しいことは今言ったことよ。厳しい事を言ったとわかっているわ。でも考えなさいコーデリア。これはあなたの背負う運命で、ガブリエルはもちろん、わたしも主人もあなたを支えるためにいるのよ。シャロンもそうだと思うわ」

 コーデリアはダイアナの言葉にただ頷いた。
 わかりたくない気持ちはあっても、わからなきゃいけないとも思っている。
 ガブリエルは今どう思っているだろうか。
 宮廷へ行くべきだと思っているだろうか。
 あの屋敷には、戻れないのだろうか。
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