牢獄王女の恋

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 庭にブランケットを敷いてコーデリアは空を見上げていた。
 ガブリエルからプレゼントされた使い込んだ双眼鏡も野鳥図鑑もいつものように隣に置かれ、空は青く広がっているのに大好きなオオルリもコマドリも見つけられない。
 こうしているとこの屋敷に来た時の自分とひとつも変わらないように感じる。あの頃は考えることと言えば鳥やりんごのことばかり。
 十三歳でこの屋敷に来て先日十七歳を迎え四年でどれほど自分は変わっただろうと思う。
 鳥やりんごは今でも大好きだが、この一年は考えることといえば自分の生い立ちとガブリエルのことばかりだ。
 生い立ちはガブリエルが話してくれるまで信じて待つと決めた。疑問や知りたいことが頭を支配することがあっても、絶対に話してくれるときが来る。解決は必ず出来る。
 解決出来ないのはガブリエルのことだ。
 ガブリエルに恋をしたと自覚してしまってから、その感情を処理できず以前のようには接せられない。
 こんなことはよくないとわかっている。ガブリエルは変わらない愛情を注ぎ頑なになってしまったコーデリアを気遣ってくれてさえいるのに、前のようには上手く出来ない。
 同じ愛でも形が違うとわかっている。
 ガブリエルが娘のような存在である自分に恋してくれることはないとわかっている。
 ガブリエルに抱きしめて欲しいと願えばきっとすぐにしてもらえる。でもそれはコーデリアの望む気持ちでではない。
 それが苦しいからガブリエルの胸に飛び込めない。抱きしめてもらえない。
 ガブリエルに好きだと言ったらどうなるだろう。
 娘として愛してくれたものも壊れてしまうだろうか。
 ガブリエルは自分を遠ざけるだろうか。
 そう思うと切なくなって泣きそうになる。
 大好きなガブリエルにこんな態度でいたくないのに、どうして上手に笑えないのか。
 せめて一緒に居られる間だけ、今の愛情で満足出来たらいいのに……。

 やりきれない思いで空を見上げているコーデリアの目に知らない一台の馬車が見えた。
 ガブリエルは領地の私設軍隊の用事で出かけている。
 普段ガブリエルがいない時に客が来ることはない。ガブリエルがいてもこの屋敷に来るのはシャロンくらいのものだ。
 誰かが来たいと電報が来ると、ガブリエルが必ず自分が行くと返事をするのだ。
 見知らぬ馬車が来ること自体珍しいうえに、二頭立てで豪華なキャリッジだ。
 馬車が敷地内に入ってきて屋敷の前で止まると、中から出て来た男は玄関から見える庭に座っているコーデリアを見つけ手を振ってきた。
 コーデリアの知っている大人は少ない。手を振っている人物に覚えもない。
 知らないひととは接してはいけないと言われているので、コーデリアは立ち上がり敷いていたブランケットを持って裏へ回って使用人通用口から屋敷に入ろうと男に背を向けた。

「コーデリア様ですよね? 違いますか?」

 確かに名前を呼ばれ、コーデリアは振り向いた。が、男の背後からシャロンが走って飛び出してきた。
 男を通り越しコーデリアの前まで来ると身体の後ろに隠した。

「どちら様ですか? わたしの娘になにか?」

 背中に隠されたコーデリアはシャロンが嘘を言ってまで自分を隠そうとすることが不思議だったが、シャロンが意味のないことをするとは思わないので黙って従い隠れていた。

「あなたはアディンセル侯爵の奥方ですか? 結婚なさっていたとは知りませんでしたな。これはこれは、わたしは隣町のゴトリッジ伯爵と申します。今日はアディンセル侯爵邸に滞在されていらっしゃるというコーデリア王女にご挨拶に伺ったのです」

 コーデリアは男の言っている意味が理解出来なかった。
 シャロンはガブリエルの妻ではないし、ガブリエルは誰とも結婚していない。それは勘違いしているのだろうとわかる。
 わからないのはその先だ。アディンセル侯爵邸に滞在しているコーデリアは自分のことだ。
 しかしコーデリアとは誰のことだ。

「なにを言っていらっしゃるの? そんな方はいらっしゃいませんよ。それと、わたしは侯爵の妻ではありません。親しい友人で今日も娘とお邪魔していましたの。まさか人攫いではないかと飛び出して来たらおかしなことを仰いますのね」
「お嬢様でいらっしゃいますが、失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「わたしはシャロン・スカ―と申します。彼女はラビー。この娘がもしかしてアディンセル侯爵の非嫡子であるとお疑いならわたしの名誉にかけて否定いたしますわ。この娘はアディンセル侯爵とはなんの関りもございません」

 シャロンはわざと話を逸らした。ここはガブリエルの隠し子を疑われた方がまだマシだと思ったのでわざとその話を出してから否定したのだ。
 それがバレるのは困るという言い方と身に付けてある女の演技力で、娘はガブリエルの隠し子ではないと否定しながら隠し子を疑える言い方をした。

「この屋敷に他にお嬢さんはいらっしゃいませんか?」
「ですから、この娘はここの娘ではないのです。ガブリエルの娘ではないと言っているでしょう。それから、侯爵は本日遅くまで戻りませんの。またいらっしゃるおつもりなら侯爵の了解を得てからになさった方がよろしいと思いますわよ。侯爵は予定にない客人を歓迎しませんので」

 屋敷に招き入れ待たせたりはしないと拒否を現したシャロンの気迫に、ゴトリッジ伯爵は中で待つという期待を壊された。

「ここにコーデリア王女がいるという噂はあなたの娘のことでしたかな」

 独りごとのようにつぶやいてから帽子を頭から軽く上げて挨拶をすると、ゴトリッジ伯爵は馬車に乗って去って行った。

 コーデリアはシャロンの背中にしがみついた。
 ゴトリッジ伯爵は間違いなく『コーデリア王女』と言った。
 『王女』とはなんだ。
 コーデリアは自分の名前しか知らない。
 ガブリエルは高位の貴族だと言ったが、王女ではまた話しが違う。

「コーデリア。だめよ。ガブリエル以外の人が何を言っても信じてはだめ」
「シャロン、わたし王女だって言われた。シャロンは知っていたの? 王女ってどういうこと?」
「わたしはなにもガブリエルから聞いていないわ。ガブリエルが帰ってくるまで待ちましょう。一緒にいるわ。大丈夫よ」

 シャロンに大丈夫と言われてもまるで安心出来ない。
 自分が王女かもしれないとは想像を超え過ぎている。
 しかもガブリエルからではなく他の人間からそれを聞くことになるとは。
 あの男の言っていたことは本当なのだろうか。なぜ自分の名前を知っていたのか。
 もし王女だとしたら母は何者だったのだ。なぜ牢獄に入れられていたのか。
 閉じ込めていた疑問が火山のように噴火して吹き上がる。

「シャロン。シャロン、側にいて」
「大丈夫よ。側にいるわ」

 コーデリアは震えながらシャロンにしがみつき、持った。
 今日、自分が何者なのかを知る日になると。



 シャロンはモーガンにメモを渡した。
 コーデリアの部屋にふたりで居るから、ガブリエルが帰ってきたらこのメモを渡してコーデリアの部屋に来るよう伝えてくれと。
 メモにはさっきのゴトリッジ伯爵とのやり取りと、コーデリアが動揺していることが書かれてある。
 ガブリエルがそれを読み、心を決めてからコーデリアに逢えるようにしたかったのだ。
 シャロンはコーデリアがエロイーズ元王妃の娘ではないかと予想していた。
 新聞の記事でエロイーズ王妃がイーリスに嵌められたこと。獄中で亡くなったため罪人の墓に入れられたことを摂政であるワディンガム公爵が謝罪し、名誉の回復を宣言したことを読んで知った。
 コーデリアの年齢や幼い頃の『気の毒な環境で育った娘だ』と言ったガブリエルの言葉、『あそこはもう絶対にいやだから』とコーデリアが言った言葉を思い出し、それが牢獄という環境であったのではないかとまで思い当てていた。
 コーデリアが王女ならばハドリーが廃嫡した今、王位継承権第一位で正当なただひとりの後継者。後の女王だ。
 ワディンガム公爵の甥であるガブリエルが預かったことも、コーデリアが悩んでも簡単に生い立ちを打ち明けられなかったのも納得できる。

 コーデリアはソファーに並んで座ったシャロンに抱きしめられながらガブリエルの帰りを待っていた。
 大好きな菓子やリンゴを並べられてもひとつも口に入れられない。
 知りたかったことを今日知ることになるかもしれないということ。
 それがガブリエルの側にいられないことになるのではないかという不安と怯えで、震えが止まらない。
 自分の地位がこれほど恐ろしいものなのかと感じている。
 ガブリエルが帰ってきたら、きっとすべてがわかる。
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