亡国の公女の恋

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 木に背を預け座るルカの腕の中にスヴェトラーナは包まれていた。
 愛しいとルカのすべてがスヴェトラーナに伝えている。
 スヴェトラーナを腕に包み感情のすべてを溢れさせているルカだったが、冷静さは取り戻していた。
 見上げるスヴェトラーナを穏やかなルカの瞳が見つめ返し、スヴェトラーナは心からの安息を感じていた。

「私を遠くへ連れて行ってください」
「姫様、それはできません……。大公妃様たちもきっと俺たちと同じように過酷な旅をされているはずです。お辛い思いをしてやっとこの国を出ても、姫様が現れなかったらどれほど絶望するでしょうか。姫様も、大公妃様と公子様のご無事を確認するべきです」

 ルカの言う通りだった。
 母親と弟の無事を確認したい。生きていると信じている。
 でも、合流したらルカはスヴェトラーナを連れてふたりで遠くへ行くことを諦めてしまうような気がした。
 スヴェトラーナにこれ以上なにも失させないために。

「ルカとふたりで生きていきたいのです。他にはなにもいらないのです」

 今のスヴェトラーナにはルカ以外何もいらないとわかってほしかった。
 母と弟に逢いたくないわけがない。
 それでも、それを諦めてでもルカを選ぶと伝えたかった。
 ルカはスヴェトラーナを見つめ微笑んだ。

「レイルズに行きましょう。俺が姫様をお連れするという任務を遂行し、姫様は大公妃様と公子様と再会し。その先は……」
「その先は?」
「幸せにします。姫様を幸せにします。信じてください」

 ルカがスヴェトラーナを包む腕に力を込めた。

「信じます。ルカを信じます」

 スヴェトラーナはルカの胸に包まれ、国を出る時はもうこんなことを感じることはないと思っていた幸せの温もりに身体を預けた。




 *****




 ジンクロエを抜け次の都市ノノに入った。
 この小さな街を抜ければ国境だ。
 苦しい旅ではあったが、予定通り今夜には国境を越えレイルズに入れる。
 その後はヴィクトールと決めていたレイルズの国境から暫くにあるハロペスの街へ。

 スヴェトラーナを馬に乗せルカは引きながら歩いた。
 見上げるとスヴェトラーナの微笑みがルカを見つめ返し、ルカは照れたように微笑んだ。

 ルカが昨日までと違うことにスヴェトラーナは少しだけ戸惑ったが、これは幸せな戸惑いだ。
 今までどこにそんな感情があったのかと驚くほどに、ルカのすべてがスヴェトラーナこのことを愛しいと伝えてくるのだ。
 互いに気持ちを確認し合ったせいかもしれないが、見つめる目が甘い。
 馬から下ろす手が甘い。抱き下ろし離す時、名残惜しそうにスヴェトラーナの手を追うルカの手がくすぐったかった。

 飢えていると気が付かないほど愛情を与えられることに縁のなかったルカは、人生で初めてと言える愛される喜びを実感していた。
 全身を包むように、スヴェトラーナの愛情がルカに浸透していく。
 愛とはこんなにも自分を溶かすのかと、溢れ出る笑みを隠し切れない。
 そしてルカの愛を一身に受けるスヴェトラーナがそれによって輝くのに眩暈を起こしそうだった。
 愛おしさは増すばかりだ。際限がない。

「今日中に、国境を越えられそうですか?」
「はい。そこまでは。でも……、もう一晩、野営になると思います。ハロペスの街は明日に……」
「わかりました」
「身体はきついですよね。もう一晩、我慢できますか?」
「大丈夫です。それにレイルズに着いた後も旅が続きます。ルカと一緒ならどこでも私は大丈夫です」
「ありがとうございます」

 ルカが照れながら本当に嬉しそうに微笑むので、スヴェトラーナも照れた。
 ルカの手が伸びスヴェトラーナの手を掬った。
 手のひらにスヴェトラーナの手を乗せると親指で撫でる。
 愛おしそうに、嬉しそうに。
 スヴェトラーナも照れながら、ルカがするすべてに喜びを感じていた。




 *****





 ノノから山を越えるとそこがレイルズとの国境でハロペスの都市に入ることになる。
 レイルズと隣接するノノでは戦火が上がらなかったこともあり、国が亡くなったというのに平穏そのものだった。
 コースリー兵も居なければ、レイルズ側からの守りもなくすんなり入れてしまった。
 コースリーとクロフスに関して不干渉の取り決めがあったのかもしれない。
 それを想像はして緊張を持って山を越えたルカだったので拍子抜けなところもあった。
 何はともあれスヴェトラーナを無事にレイルズに入れられたことに心から安堵した。
 これでもうスヴェトラーナを傷つけるものがないところまで来たのだ。
 山を抜けハロペスの街を見下ろす高台に立ち、ルカは大きく息を吐いた。

「姫様、レイルズです」
「やっと着きましたね。たった数日なのに、本当に長く感じました」
「本当にそうですね。やっと、着きましたね」

 馬上からルカを見下ろすと、ルカは眼下に広がる草原とその奥にある街を眺めていた。
 外は明るい。いつもならまだ歩く時間だ。

「まだ進みますか?」
「いいえ。今日はここで。あと少しですが、緊張が解けてちょっと、疲れました」

 ルカがこの旅で初めてスヴェトラーナに疲れを口にした。
 名前を呼び手を伸ばすと、ルカが抱えて降ろしそのまま抱きしめた。

「ルカ?」
「すみません。本当に、安心してしまって……」
「大丈夫です。着きましたね。ルカが連れて来てくれました。私もホッとしています」

 ルカの背中に腕を回すと、ルカが更に強い力で抱きしめた。
 どれほどの緊張感を持ってこの旅をしてきたのかがわかるようだった。
 無事に国を抜けやっと安全なところまで来たのだ、疲れが出て当然だ。
 ルカがいたからここまで来られた。ルカがスヴェトラーナを守り続けたからだ。
 ルカの献身がスヴェトラーナを生かした。

「ルカ、ありがとう」

 スヴェトラーナが礼を言うと、ルカは腕を解きスヴェトラーナを見下ろして優しい微笑みで見下ろした。

「俺の方こそ、ありがとうございました」

 スヴェトラーナもルカに微笑み返した。
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