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参
破滅を求める男
しおりを挟むあかく色づいてきた葉桜は初霜月に入ってからさらに鮮やかさを増している。紅葉が生い茂る山々を見下ろしながら、男は自分が求める少女と似た頭髪の色をした宣教師からの報告を受けて、首を振る。
周防国山口にある築山屋形。豊後国で生まれ育った彼にとってこの大内氏別邸はどこかよそよそしく、落ち着くことができずにいる。たぶん、高嶺城を陥落できなかった事実がその気持ちを助長させているのだろう。
それと、求めた少女に拒まれたという現実が重なって、思わずため息を零してしまう。
「ルイスどのにはご足労のこと、すまない」
「こちらこそ、申し訳ゴザイマセン。彼女は思っテイル以上に、岐阜城での暮らしに慣れておりましタ」
「そうか」
薄墨色の瞳をしばたかせながら、男は冷静に分析を繰り返す。もともと戦ごとなど得意でもないというのに、宗麟は問答無用で自分たちを水軍の人間とともに送りだした。それが十月十日のことである。
二年前に起きた大友領である筑前・豊前で毛利氏と内通していた国人たちの蜂起は平定されたものの、いまだ火種は燻ったままであった。肥前の龍造寺隆信が勢力を拡大して行くのを見ていられず宗麟自らが軍を率いて侵攻した隙をつかれた。毛利元就の軍勢に筑前まで入られたのだ。
結局、宗麟は龍造寺の討伐を諦め、撤退。毛利氏の進軍を阻止すべく、彼が出した結論は、大内氏の生き残りである親子を海上から周防へ送り、毛利氏を挟みうちにするという大胆な策だった。だが、これには裏がある。男は苦虫を噛み殺すような表情で、諸国を渡り歩いてきた宣教師の報告に応える。ほんとうなら豊後国でこの報を知りたかったが、こればかりは仕方ない。
「なに、手は打ってある。ルイスどのはよくやってくれたよ」
生まれ育った国が危機に瀕していることを彼女に報せることができただけでも充分だと男は労う。
「アノ、彼女はご存じなのでしょうカ?」
「あのくそじじいのことだから何も知らされてないだろう。側室にしようなどと言いだしたときには思わず斬り殺したくなったが……でも、ぼくの祖父が謀反を起こしたことで豊後国へ亡命してきた父上のことを考えると、ぼくが泣こうが喚こうが向こうは痛くも痒くもないのさ。それならいまの状態は窮地だけど、好機でもある」
こんなこと、きみに話すつもりはなかったけどね、と淋しそうに微笑みながら青年はルイスに向き直る。
「春に彼女がきみたちと上洛したときからずっと考えていたんだ。まさか、きみたちがくそじじいの言葉を真に受けて置いていくとは思わなかったけど……あの十字架を肌身離さず持ち歩いていることがわかっただけでも充分だよ」
けっして戦況を楽観できる状態ではない。北九州にいる毛利軍が気づくのは時間の問題である。
「……逢いたい」
金髪碧眼の、聖母マリアの黄金の花にたとえられた麗しい姫君。太陽に向かって輝きを咲かせつづける花の名は彼女の洗礼名にふさわしい。だから彼はその異称を彼女へ贈ったのだ、凛然たる冬知らずの姫と。
生まれながらに背負った十字架をひとりで支えたまま、宗麟によって東の覇王のもとへ連れられてしまった彼女に、彼はただ逢いたかった。そして、伝えたかった。宗麟が彼女の安全のために自分から引き離したことはわかっていても。これが彼女の身を危険にさらす愚劣な行為だとわかってはいても……
「タケヒロどのはナゼ、そうまでして姫サマを」
「我慢できないからだよ」
少年のようにあどけなく笑って、タケヒロと呼ばれた男はルイスと別れる。
彼とはもう二度と会うことはないだろう。
周防国に乱入した元守護大名の一族の生き残りである大内輝弘、武弘の親子は毛利氏の支配に異を唱えていた遺臣たちの協力もあって山口の一部を占領することに成功した。だが、抗戦激しく、なかなかその先を手にすることができずにいる。この状態がつづけば兵力は衰え、九州から引き返してきた毛利軍とやりあうだけのちからも残らないだろう。
九州のことであたまがいっぱいの宗麟はあてにならない。もはや自分たちは捨て駒同然の存在なのだ。
懐から取り出した白銀の十字架を撫でながら、愛しい少女のもうひとつの名を、切なそうに唇に乗せる。
「カレンデュラ。ぼくのもとへ、破滅を呼んでおくれ」
――きみに滅ぼされるのなら、本望だ。
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