春嵐に黄金の花咲く

ささゆき細雪

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養父の最後通牒

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「わたしも見たかったわ、帆波がお客人を骨抜きにするところ」
「冬姫さま、あたしは別に彼を骨抜きにはしていませんよ……?」

 ルイスとの対面を終えた帆波は、逃げるように去って行った彼を見送ることもせず、自分の仕事に戻った。その間に慌てて帰ったルイスと信長のやりとりを誰かが聞いていたのだろう、一日の終わりに冬姫から「宣教師どのに求婚されたのでしょう?」などという恐ろしい噂が城内を駆け巡っていた。

「誤解です! ルイスはただあたしに来てほしかっただけで、でもあたしは冬姫さまの傍から離れたくなかったわけで……」

 結局、ルイスは詳しいことを告げずに帰ってしまった。とある方が帆波を欲しているから来てほしい、という言葉と養父から託されたという手紙を残して。

「それで、手紙はお読みになったの?」
「……耄碌してるとしか思えないわ」

 宗麟からの手紙の内容はあまりにもばかばかしすぎて口にするのも煩わしいほどのたわいもないものだった。一瞬でも心配して顔色を変えてしまった自分が愚かしい。
 帆波を信長に押し付けたときの「煮るなり焼くなりすきにしろ」という言い方に近いものがある。すなわち「生きるのも死ぬのもお前次第」という最後通牒だ。てっきり「信長に取り入って逐一報告すべし」などという間諜めいた命令でもされるのかと思っていただけに拍子抜けだ……まあこの手紙を見せれば忠三郎にされた誤解は解けそうなのでよしとしよう。問題は……

「宣教師どのが言っていらしたとある方、というのはきっと、大友さまとは別の方なのでしょうね」
「たぶん」

 帆波に心当たりはない。各地をまわっている宣教師たちがどこかの戦国大名にでも頼まれたのだろうか。だとしても、利用価値を見出すことが難しい亡国の姫君である帆波を必要とする人間がいるとはとうてい考えられない。
 だが、ルイスが養父の手紙を持っていたことを考えると、西国の何者かに目をつけられていると考えていいだろう。はぁ、と溜め息をつく帆波を、冬姫もどうしたものかと思案顔でいる。そこへ。

「冬姫。帆波はいるか?」

 忠三郎の呼ぶ声が入ってくる。あからさまにホッとしたような冬姫の表情を見て、帆波は苦笑を浮かべながら立ち上がる。

「いるわよ、何か用?」
「すこし、話をしたい。冬姫、お借りするぞ」
「どうぞごゆっくり」

 忠三郎の許婚者であるはずの冬姫は、夜分に自分の将来の夫が自分の侍女とふたりきりで席を外すことをなんとも思っていないらしい。終始にこやかな彼女の表情からはふたりへの信頼が滲み出ている。
 冬姫に見送られながら、帆波は彼に何から説明してどこまで話せばいいか、黙り込んだままあたまを働かせている。そして忠三郎はそんな帆波の無防備な白魚のような指先が溺れているかのように震えるのを見て、思わず自分の掌で包み込んでいた。

「……なに?」

 ハッと我に却った帆波は、忠三郎にふれられた手を見て、顔に朱を走らせる。それを見て、忠三郎は顔を背けたものの、摑んだ手は放さない。

「ついてこい。外で頭を冷やせ」
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