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番外編 すれちがい、やりなおし
* 6 *
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「ところでセンパイ」
気を取り直して、菜花、先輩に向き直る。
桂輔、菜花に声をかけられて、顔を向ける。
二人の視線が交錯する。
「あたしの背中に値札貼ってたの、センパイですよね?」
桂輔は何も言わない。
「どうして貼ってたんですか?」
「……ほんの小匙一杯の砂糖のような出来心だよ」
「そうですか」
思わず納得してしまう菜花を見て、慌てる桂輔。
「……なんで納得するの!」
「納得しちゃいけないんですか?」
「いや、その、なんっていうか……」
精一杯の口説き文句も菜花の前では効果を成さないらしい。
改めてそのことを知った桂輔、じゃあどうすればいいんだと心の中で唸る。
「じゃあ、今日はどうして貼ってくれなかったんですか?」
「貼ってほしかった?」
尋ねると、菜花が首を縦に振る。
「70円の黒砂糖パンでも120円の焼きそばパンでも150円のミックスサンドでもよかったんです。あたしは、ただ、センパイが背中に値札を貼ってくれることを楽しみにしてたんですよ」
「どうして?」
「……え?」
「どうして、俺が貼ってるってわかった?」
あの時は、わかってくれなかったくせに。
桂輔の表情が曇る。それを見て、菜花。
「センパイ」
明るく、菜花が。
「浜名センパイ」
桂輔の名を、高校に入って、初めて、呼ぶ。
「あたし、男運すっごくないんですよ。中学の卒業式で、頑張って憧れの先輩にアタックしたのに、実は人違い。恥ずかしくて思わずあの時は逃げ出しちゃったけど」
逃げないように、桂輔の瞳を睨み付ける。自分自身に言い聞かせるように、菜花は続ける。
「憧れの先輩から第二ボタン貰い損ねて、あーあ何やってんだろう自分、って悲しくなっちゃった。それ以来、嫌なこと忘れてた。惨めになるから。だけど、浜名センパイ」
言葉を切って。
「中学の時に、あたしのこと何かと気にかけてくれましたよね? もしかしてこれも、あたしの思い込み、なのかな。でも」
「思い込みなんかじゃないよ」
桂輔に、遮られる。
「え」
「俺も、女運すんごく悪いの。中学の時は奥井がいたから、結構取り巻きの女の子と友達にはなれたんだけど。かわいい後輩の女の子が、「奥井センパイいますか?」なんて教室にやって来ると羨ましいなぁって思ったものさ。それで卒業式。第二ボタンの予約も何もなくて、式も面倒臭くて、でも桜の花が綺麗だから学校行って、蕾を眺めてたら、突然告白された。あ、ナノハナちゃんだ。部活の合間に奥井の顔見に来て、満足そうにしてた女の子。俺、気づいてもらいたくて何度かちょっかいかけた。バスケットボールを転がして取ってもらって、「駄目じゃないですかセンパイ」って投げてもらえる、それだけで嬉しかった。それに、彼女は奥井が好きだから、ってどこかで自分の気持ち、押さえ込んでた」
一気にまくし立てて。
「だから、卒業式に告白されたのが、人違いだって知ったときは、やっぱりな、って気持ちとなんだよそれ、って気持ちが混ざったよ。それが俺の初恋」
「あ、あたし」
自分は忘れようと努力して、忘れたつもりになっていた菜花。
毎日、背中に値札を貼ってもらうようになって、少しずつ、この人は誰だろう、って興味が湧いた。誰かに似てる、そう思った。
「油井センパイが、ケースケって呼んでて。それで、今、わかりました」
「今ね……。俺ってそんなに影薄かった?」
「うん」
「ヒドっ」
素直すぎる菜花に対して、苦笑する桂輔。
だけどそこが好きだなぁと改めて心の中で頷いてしまう自分もいる。
油井を想っていたときに感じた恋の痛みより鈍いけれど、遅効性の毒のように、もっと彼女を知りたいと桂輔は自覚する。
それは菜花も同じだったようだ。桂輔の顔を覗き込みながら、無邪気に問う。
「まだ、バスケしてるんですか」
「してるよ。週三で体育館にいるから、よかったらおいで。奥井みたいにカッコイイ先輩は正直、いないけどね」
桂輔の淋しそうな微笑を見て、思わず菜花。
「いるじゃないですか」
口を、滑らせる。
「……ここに」
指で、示す。
菜花の顔色は、ほんのり、桜色。
その仕草を、呆然と見つめる桂輔。
菜花が差し出した指に、桂輔、自分の指をそっと、絡ませる。そして。
気を取り直して、菜花、先輩に向き直る。
桂輔、菜花に声をかけられて、顔を向ける。
二人の視線が交錯する。
「あたしの背中に値札貼ってたの、センパイですよね?」
桂輔は何も言わない。
「どうして貼ってたんですか?」
「……ほんの小匙一杯の砂糖のような出来心だよ」
「そうですか」
思わず納得してしまう菜花を見て、慌てる桂輔。
「……なんで納得するの!」
「納得しちゃいけないんですか?」
「いや、その、なんっていうか……」
精一杯の口説き文句も菜花の前では効果を成さないらしい。
改めてそのことを知った桂輔、じゃあどうすればいいんだと心の中で唸る。
「じゃあ、今日はどうして貼ってくれなかったんですか?」
「貼ってほしかった?」
尋ねると、菜花が首を縦に振る。
「70円の黒砂糖パンでも120円の焼きそばパンでも150円のミックスサンドでもよかったんです。あたしは、ただ、センパイが背中に値札を貼ってくれることを楽しみにしてたんですよ」
「どうして?」
「……え?」
「どうして、俺が貼ってるってわかった?」
あの時は、わかってくれなかったくせに。
桂輔の表情が曇る。それを見て、菜花。
「センパイ」
明るく、菜花が。
「浜名センパイ」
桂輔の名を、高校に入って、初めて、呼ぶ。
「あたし、男運すっごくないんですよ。中学の卒業式で、頑張って憧れの先輩にアタックしたのに、実は人違い。恥ずかしくて思わずあの時は逃げ出しちゃったけど」
逃げないように、桂輔の瞳を睨み付ける。自分自身に言い聞かせるように、菜花は続ける。
「憧れの先輩から第二ボタン貰い損ねて、あーあ何やってんだろう自分、って悲しくなっちゃった。それ以来、嫌なこと忘れてた。惨めになるから。だけど、浜名センパイ」
言葉を切って。
「中学の時に、あたしのこと何かと気にかけてくれましたよね? もしかしてこれも、あたしの思い込み、なのかな。でも」
「思い込みなんかじゃないよ」
桂輔に、遮られる。
「え」
「俺も、女運すんごく悪いの。中学の時は奥井がいたから、結構取り巻きの女の子と友達にはなれたんだけど。かわいい後輩の女の子が、「奥井センパイいますか?」なんて教室にやって来ると羨ましいなぁって思ったものさ。それで卒業式。第二ボタンの予約も何もなくて、式も面倒臭くて、でも桜の花が綺麗だから学校行って、蕾を眺めてたら、突然告白された。あ、ナノハナちゃんだ。部活の合間に奥井の顔見に来て、満足そうにしてた女の子。俺、気づいてもらいたくて何度かちょっかいかけた。バスケットボールを転がして取ってもらって、「駄目じゃないですかセンパイ」って投げてもらえる、それだけで嬉しかった。それに、彼女は奥井が好きだから、ってどこかで自分の気持ち、押さえ込んでた」
一気にまくし立てて。
「だから、卒業式に告白されたのが、人違いだって知ったときは、やっぱりな、って気持ちとなんだよそれ、って気持ちが混ざったよ。それが俺の初恋」
「あ、あたし」
自分は忘れようと努力して、忘れたつもりになっていた菜花。
毎日、背中に値札を貼ってもらうようになって、少しずつ、この人は誰だろう、って興味が湧いた。誰かに似てる、そう思った。
「油井センパイが、ケースケって呼んでて。それで、今、わかりました」
「今ね……。俺ってそんなに影薄かった?」
「うん」
「ヒドっ」
素直すぎる菜花に対して、苦笑する桂輔。
だけどそこが好きだなぁと改めて心の中で頷いてしまう自分もいる。
油井を想っていたときに感じた恋の痛みより鈍いけれど、遅効性の毒のように、もっと彼女を知りたいと桂輔は自覚する。
それは菜花も同じだったようだ。桂輔の顔を覗き込みながら、無邪気に問う。
「まだ、バスケしてるんですか」
「してるよ。週三で体育館にいるから、よかったらおいで。奥井みたいにカッコイイ先輩は正直、いないけどね」
桂輔の淋しそうな微笑を見て、思わず菜花。
「いるじゃないですか」
口を、滑らせる。
「……ここに」
指で、示す。
菜花の顔色は、ほんのり、桜色。
その仕草を、呆然と見つめる桂輔。
菜花が差し出した指に、桂輔、自分の指をそっと、絡ませる。そして。
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