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07. 白い撫子の花言葉
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白い、撫子の造花を手渡された。
「ごめん」
夏来のぶっきらぼうな謝罪が、彰子の内耳を揺るがす。
緑の針金と白い布で作った、決して枯れることのない花、一輪。
無言で、造花を受け取る。彰子の手に咲いた撫子の花。
髭撫子のようにも美女撫子のようにも見える。
「ユイちゃんを悲しませるようなことをして。許して欲しいとは言わないけど」
夏来の懺悔をBGMに、彰子は撫子の花びらに触れながら呟く。
「……センパイ、撫子の花言葉って知ってます?」
「え?」
怒っても悲しんでもいない無表情な彰子の突然の問いに、夏来は戸惑いを隠せない。
「これ、美女撫子のようにも髭撫子のようにも見えるんですよ。で、美女撫子だと花言葉が「長く続く愛」、髭撫子だと「勇敢な伊達男」。どっちですか?」
「……どっちがいい?」
「センパイの気持ちは前者だと思いますが、あたしとしては後者を選択したいです」
「だろうね」
「ごめんなさい、気持ちに応えられなくて」
そう、彰子が口にしたことが、夏来には信じられない。
「どうしてユイちゃんが謝るの」
「だって、センパイの気持ちは嘘偽りじゃないと思った、から」
「……謝らなきゃいけないのは俺の方なんだ。ユイちゃんは悪くない!」
「つまりセンパイの自業自得?」
技術準備室の扉が開いて、桂輔が顔を出す。彰子と夏来の会話を盗み聞きしていたのだろう、自然と口を合わせている。
「それだけユイさんは魅力的、か」
「ケースケ」
撫子の花を片手に、彰子が桂輔を見上げる。
夏来が作った花を、大切そうにしている彰子を見て、桂輔の顔がかすかに緩む。
「部長、退部届。まだ持ってますけど、どうします?」
桂輔の右手に退部届。これは、夏来が桂輔に渡したのだろうか。彰子は唖然とする。
「ユイちゃん。俺、これ以上ここにいたら、あなたを壊してしまう。好きって気持ちを抑えることのできない不器用な人間だから」
彰子は組み立て直すことが可能なジオラマのパーツではない。
一人の大切な女の子なのだ。
「次の部長はユイちゃんだ。最後の部長命令」
そう言って、桂輔の手から退部届を取り上げ、びりびり引き裂いた。
「退部はしないよ。これは俺の引退だ」
すがすがしいほどの夏来の表情に、彰子も桂輔も頷く。
「こんな弱小な部でも、一生懸命な後輩がいてよかった。あと、任せたからな。それと」
撫子の花を手にしている彰子に。
「――こんなに好きになって、ごめんね」
笑いかけた。それは、髭撫子の花言葉「勇敢な伊達男」のよう。
彰子は、何も言わずに首を振る。そして瞳だけで会話をする。
二人だけの世界だと、桂輔は思う。
そして、今ここで、夏来の一つの恋がこれで終わったのだろうと、理解する。
「じゃあな」
そして、技術準備室から、夏来の姿が消えた。
「ごめん」
夏来のぶっきらぼうな謝罪が、彰子の内耳を揺るがす。
緑の針金と白い布で作った、決して枯れることのない花、一輪。
無言で、造花を受け取る。彰子の手に咲いた撫子の花。
髭撫子のようにも美女撫子のようにも見える。
「ユイちゃんを悲しませるようなことをして。許して欲しいとは言わないけど」
夏来の懺悔をBGMに、彰子は撫子の花びらに触れながら呟く。
「……センパイ、撫子の花言葉って知ってます?」
「え?」
怒っても悲しんでもいない無表情な彰子の突然の問いに、夏来は戸惑いを隠せない。
「これ、美女撫子のようにも髭撫子のようにも見えるんですよ。で、美女撫子だと花言葉が「長く続く愛」、髭撫子だと「勇敢な伊達男」。どっちですか?」
「……どっちがいい?」
「センパイの気持ちは前者だと思いますが、あたしとしては後者を選択したいです」
「だろうね」
「ごめんなさい、気持ちに応えられなくて」
そう、彰子が口にしたことが、夏来には信じられない。
「どうしてユイちゃんが謝るの」
「だって、センパイの気持ちは嘘偽りじゃないと思った、から」
「……謝らなきゃいけないのは俺の方なんだ。ユイちゃんは悪くない!」
「つまりセンパイの自業自得?」
技術準備室の扉が開いて、桂輔が顔を出す。彰子と夏来の会話を盗み聞きしていたのだろう、自然と口を合わせている。
「それだけユイさんは魅力的、か」
「ケースケ」
撫子の花を片手に、彰子が桂輔を見上げる。
夏来が作った花を、大切そうにしている彰子を見て、桂輔の顔がかすかに緩む。
「部長、退部届。まだ持ってますけど、どうします?」
桂輔の右手に退部届。これは、夏来が桂輔に渡したのだろうか。彰子は唖然とする。
「ユイちゃん。俺、これ以上ここにいたら、あなたを壊してしまう。好きって気持ちを抑えることのできない不器用な人間だから」
彰子は組み立て直すことが可能なジオラマのパーツではない。
一人の大切な女の子なのだ。
「次の部長はユイちゃんだ。最後の部長命令」
そう言って、桂輔の手から退部届を取り上げ、びりびり引き裂いた。
「退部はしないよ。これは俺の引退だ」
すがすがしいほどの夏来の表情に、彰子も桂輔も頷く。
「こんな弱小な部でも、一生懸命な後輩がいてよかった。あと、任せたからな。それと」
撫子の花を手にしている彰子に。
「――こんなに好きになって、ごめんね」
笑いかけた。それは、髭撫子の花言葉「勇敢な伊達男」のよう。
彰子は、何も言わずに首を振る。そして瞳だけで会話をする。
二人だけの世界だと、桂輔は思う。
そして、今ここで、夏来の一つの恋がこれで終わったのだろうと、理解する。
「じゃあな」
そして、技術準備室から、夏来の姿が消えた。
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