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06. 今日からマリアンヌ?
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キスをして、何かが劇的に変化した、なんてことはなかった。
でも、彰子は春継のことを信じられるようになった、気がした。
なんで俺たちつきあってんだろ? なんて春継の呟きも、冗談だったんだと、理解する。
そんな彼の一言一言にマジになって、怒ったり泣いたり笑ったりしていた自分はなんだったんだろう。彰子は首を傾げる。
「アキコって呼んでいいか?」
今朝になって突然、春継が言ってきた。
「却下。ユイアキコがいい」
「なんで」
「二文字くらい余計についてても問題ない。それに愛がある」
「いやアイじゃなくてあなたの苗字はユイだから」
春継のツッコミを無視して彰子が聞く。
「どうして今更」
「……嫉妬」
「誰に対して」
「お前がケースケって呼ぶ素晴らしき男友達に対して」
「誤解だって理解しただろう」
「それでも妬けるっ。お前の彼氏である俺がなんでオワダハルツグなんて面倒な呼び名なのか今まで考えなかったけどやっぱりこれは不当な気がするんだ!」
「じゃあハルツグって呼べと」
「そうだ」
だが、彰子は即答する。
「いやだ。つまんない」
「つまんないじゃなくて!」
「そこまで嫌がるならお前は今日からマリアンヌだ」
なぜそこでマリアンヌという女性名が出てくるのかは半年付き合っている春継にも未だに理解できない。それが恐るべし、変な名づけ癖を持つ彰子の価値観なのである。
「ひどい……オワダハルツグでいいです」
それにしても、なぜ彰子のネーミングセンスはそこまで意味不明なんだろう。
春継は彰子と別れてから、絶対マリアンヌと呼ばれるもんかと心に誓うのであった。
* * *
アキコって呼んでいいか?
春継の提案は、彰子の頬をむず痒くさせる。
今まで名前で呼び合うことなんかなかったと、春継はむくれるが、彰子は今のままでいいと思っていた。
ユイさんユイさんって呼ばれるのが日常茶飯事だったから、いきなりアキコなんて声をかけられたら自分のことじゃないような気がしたのだ。
ユイアキコ、オワダハルツグ。
それは二人の間だけに通用する名称。そう思っていた彰子。
確かに、春継は呼びづらくて、桂輔は呼びやすい。それじゃいけないのだろうか。
……オワダハルツグは確かに長いかもしれないなぁ。マリアンヌは嫌がってたし、新しい自分だけの呼び名、考えた方がいいかもしれないな。うーん。
などと彰子が考え込んでいるとは知らずに、桂輔は彼女に声をかける。
「ユイさん、体調はどう」
「電波障害続行中。体調は松竹梅で言えば梅から竹にランクアップしそうなところ」
「なんか中途半端だな」
それでも、昨日よりは機嫌がいいのだろう、真っ白だった肌がほんのり桜色だ。
彰子は嬉しそうに春継と通学できたことを話す。夏来と対峙したことで彰子に対する自分の気持ちを認めてしまった桂輔としては複雑な気持ちだ。
「それで上機嫌なんだ」
「うん。他にも素敵なことあったけど、それはあとで教えてあげる」
彰子が体験した素敵なこととは何だろうと、桂輔は今すぐにでも聞きたかったが、彰子の心底嬉しそうな表情が、それを留まらせる。
「……そっか」
きっと、春継とのことなんだろうなと、桂輔は溜め息をつく。
誰にも気づかれないような小さな小さな溜め息を。
でも、彰子は春継のことを信じられるようになった、気がした。
なんで俺たちつきあってんだろ? なんて春継の呟きも、冗談だったんだと、理解する。
そんな彼の一言一言にマジになって、怒ったり泣いたり笑ったりしていた自分はなんだったんだろう。彰子は首を傾げる。
「アキコって呼んでいいか?」
今朝になって突然、春継が言ってきた。
「却下。ユイアキコがいい」
「なんで」
「二文字くらい余計についてても問題ない。それに愛がある」
「いやアイじゃなくてあなたの苗字はユイだから」
春継のツッコミを無視して彰子が聞く。
「どうして今更」
「……嫉妬」
「誰に対して」
「お前がケースケって呼ぶ素晴らしき男友達に対して」
「誤解だって理解しただろう」
「それでも妬けるっ。お前の彼氏である俺がなんでオワダハルツグなんて面倒な呼び名なのか今まで考えなかったけどやっぱりこれは不当な気がするんだ!」
「じゃあハルツグって呼べと」
「そうだ」
だが、彰子は即答する。
「いやだ。つまんない」
「つまんないじゃなくて!」
「そこまで嫌がるならお前は今日からマリアンヌだ」
なぜそこでマリアンヌという女性名が出てくるのかは半年付き合っている春継にも未だに理解できない。それが恐るべし、変な名づけ癖を持つ彰子の価値観なのである。
「ひどい……オワダハルツグでいいです」
それにしても、なぜ彰子のネーミングセンスはそこまで意味不明なんだろう。
春継は彰子と別れてから、絶対マリアンヌと呼ばれるもんかと心に誓うのであった。
* * *
アキコって呼んでいいか?
春継の提案は、彰子の頬をむず痒くさせる。
今まで名前で呼び合うことなんかなかったと、春継はむくれるが、彰子は今のままでいいと思っていた。
ユイさんユイさんって呼ばれるのが日常茶飯事だったから、いきなりアキコなんて声をかけられたら自分のことじゃないような気がしたのだ。
ユイアキコ、オワダハルツグ。
それは二人の間だけに通用する名称。そう思っていた彰子。
確かに、春継は呼びづらくて、桂輔は呼びやすい。それじゃいけないのだろうか。
……オワダハルツグは確かに長いかもしれないなぁ。マリアンヌは嫌がってたし、新しい自分だけの呼び名、考えた方がいいかもしれないな。うーん。
などと彰子が考え込んでいるとは知らずに、桂輔は彼女に声をかける。
「ユイさん、体調はどう」
「電波障害続行中。体調は松竹梅で言えば梅から竹にランクアップしそうなところ」
「なんか中途半端だな」
それでも、昨日よりは機嫌がいいのだろう、真っ白だった肌がほんのり桜色だ。
彰子は嬉しそうに春継と通学できたことを話す。夏来と対峙したことで彰子に対する自分の気持ちを認めてしまった桂輔としては複雑な気持ちだ。
「それで上機嫌なんだ」
「うん。他にも素敵なことあったけど、それはあとで教えてあげる」
彰子が体験した素敵なこととは何だろうと、桂輔は今すぐにでも聞きたかったが、彰子の心底嬉しそうな表情が、それを留まらせる。
「……そっか」
きっと、春継とのことなんだろうなと、桂輔は溜め息をつく。
誰にも気づかれないような小さな小さな溜め息を。
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