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03. 電波障害で保護された b
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気が付いたときそこが保健室のベッドの上で、桂輔と由海が自分を覗き込んでいた。
「大丈夫?」
心配そうな由海の呼びかけに、彰子は頷く。
「うん、朝から電波障害始まっちゃってさ。それでいつも以上に血の気がなかったみたい」
ここでいう電波障害とは、彰子が勝手に名づけた女の子特有の生理現象のことである。
由海はそっかと納得しているが、桂輔は理解できずにいる。
彰子はブレザーの胸ポケットから生徒手帳を取り出し、由海に差し出す。
「一番後ろにオワダハルツグの番号が書いてあるからそこに電話してきてくれる? ユイアキコが電波障害で保護されたって言えばわかってくれるから」
由海は彰子の生徒手帳を受け取り、ページを捲る。
そこにはピンクのカラーペンで記された携帯電話の番号がある。
「……誰、オワダハルツグって」
思わず桂輔に聞いてしまう。桂輔は平然と応える。
「ユイさんの彼氏だよ」
桂輔があまりにもあっさり応えたからか、由海はふーんと気の抜けた反応を返す。そしてそのまま保健室の扉を開けて、扉を閉めようとした途端、思い出したように。
「そっかぁユイさんの彼氏……えぇっ!」
驚きの声を上げる。
そのまま後ろを振り向いて、仲睦まじく見つめ合っている彰子と桂輔を見て、由海は複雑な気分に陥る。
「……浜名くん、不憫だなぁ」
* * *
一方。
保健室の中で由海を見送った二人は。
「先生は?」
「体育の授業で首にテニスボールがあたった女の子連れて整形外科に行ってるって。放課後まで寝てていいって言われたから午後の授業サボるね」
「首にテニスボール……痛いだろうな」
違う。
俺は首にテニスボールがあたった女の子の心配をしているわけじゃないんだ。
ここで横になっているユイさんの方が心配なのに。
「どうしたら首にテニスボールをぶつけられるんだろうねぇ」
彰子は桂輔の心境を無視して続ける。
「コルセット一ヶ月なんて耐えられないって。汗かくと悲惨なんだって」
「俺は元気のないユイさんを見ている方が耐えられない」
「別に耐えて欲しいなんて言ってないよ?」
彰子は桂輔の真面目な口調を茶化すように、言い返す。
桂輔は彰子の反論を待たずに言い切る。少しきつい口調で。
「オワダハルツグに迎えに来てもらうのか」
「うん。昼休みだから電話にはでてくれると思う。三時には授業が終わるから帰る途中に迎えに来てもらえればいいなぁという下心でユーミさんに電話してもらいに行ったのです」
「下心ねぇ」
「ケースケに送ってもらったら余計誤解されそうだから。ごめんね」
「喧嘩してるんじゃなかったの?」
「……でも。会いたい」
寂しそうに、彰子が呟く。
「ケースケ、ごめんね」
「いいよ。それでも俺は」
桂輔が、ハッとして、言葉を切る。
俺は、何を言おうとしている?
……それでも俺は、ユイさんのことが好きだから。
なんて。そんなこと、口にできない。
飛び出しそうな想いを押さえて、桂輔は笑顔で彰子に伝える。真実に近い言葉を。
「ユイさんの味方だから」
* * *
彰子が電波障害で保護された、と、春継に由海からの電話が来たのは昼休み終了五分前。電話に出た春継は、それが彰子の友人だと知り、苦笑する。
「わざわざありがとう、迎えに行くって伝えて。あと、無理すんなって」
彰子は自分の携帯を持たない。嫌いなのだ。だから、いまどき珍しいテレフォンカードを買ってあげた。そしたらすごい喜んだ。これでいつでも緑の電話で君の声が聞けるね、って。
公衆電話全てが緑色をしているとは思わないが、彰子がそう言って喜ぶ姿を見るのはやっぱり嬉しい。たとえ使える公衆電話の場所が学校と駅前と中央公園そばのボックスと三箇所しかなくても。そんなことを思い出して、緊張していた顔が、少しだけ緩む。
もしかしたら彰子は、昨日から体調が悪かったんじゃないか? 桂輔が言っていた「今日くらい送らせなさい」の意味。それはつまり、いつもはそんな間柄ではない、ということだったのかもしれない。もしかして、ただのクラスメイトだったんじゃないか?
春継が彰子に「二股かけてたのかよ?」と問い詰めたときも、二人は焦った表情一つ浮かべていなかった。それよりも勝っていた感情、それは驚きだった。
でも、俺は彰子が俺じゃない男の傍にいることに激昂して、彼女の言い訳を拒否した。
逃げ出してしまった。
だから、あれは単なる誤解だと、彰子は言いたかったんじゃないか?
だけど、そう考えると腑に落ちない点がある。なぜ彰子は彼のことを「ケースケ」と呼ぶのだろう。例の名づけ癖か? だとしても自分の名前を未だに呼び捨てされない春継にとってみれば悔しいことに変わりはない。
……それにしたってなんで彼女持ちの俺が嫉妬しなきゃいけねーんだ?
まぁ、それだけ彰子がいい女なんだろうけど、と開き直り、春継は一人頷く。
午後の億劫な授業が、いつもより早く終わればいいなぁと思いながら。
「大丈夫?」
心配そうな由海の呼びかけに、彰子は頷く。
「うん、朝から電波障害始まっちゃってさ。それでいつも以上に血の気がなかったみたい」
ここでいう電波障害とは、彰子が勝手に名づけた女の子特有の生理現象のことである。
由海はそっかと納得しているが、桂輔は理解できずにいる。
彰子はブレザーの胸ポケットから生徒手帳を取り出し、由海に差し出す。
「一番後ろにオワダハルツグの番号が書いてあるからそこに電話してきてくれる? ユイアキコが電波障害で保護されたって言えばわかってくれるから」
由海は彰子の生徒手帳を受け取り、ページを捲る。
そこにはピンクのカラーペンで記された携帯電話の番号がある。
「……誰、オワダハルツグって」
思わず桂輔に聞いてしまう。桂輔は平然と応える。
「ユイさんの彼氏だよ」
桂輔があまりにもあっさり応えたからか、由海はふーんと気の抜けた反応を返す。そしてそのまま保健室の扉を開けて、扉を閉めようとした途端、思い出したように。
「そっかぁユイさんの彼氏……えぇっ!」
驚きの声を上げる。
そのまま後ろを振り向いて、仲睦まじく見つめ合っている彰子と桂輔を見て、由海は複雑な気分に陥る。
「……浜名くん、不憫だなぁ」
* * *
一方。
保健室の中で由海を見送った二人は。
「先生は?」
「体育の授業で首にテニスボールがあたった女の子連れて整形外科に行ってるって。放課後まで寝てていいって言われたから午後の授業サボるね」
「首にテニスボール……痛いだろうな」
違う。
俺は首にテニスボールがあたった女の子の心配をしているわけじゃないんだ。
ここで横になっているユイさんの方が心配なのに。
「どうしたら首にテニスボールをぶつけられるんだろうねぇ」
彰子は桂輔の心境を無視して続ける。
「コルセット一ヶ月なんて耐えられないって。汗かくと悲惨なんだって」
「俺は元気のないユイさんを見ている方が耐えられない」
「別に耐えて欲しいなんて言ってないよ?」
彰子は桂輔の真面目な口調を茶化すように、言い返す。
桂輔は彰子の反論を待たずに言い切る。少しきつい口調で。
「オワダハルツグに迎えに来てもらうのか」
「うん。昼休みだから電話にはでてくれると思う。三時には授業が終わるから帰る途中に迎えに来てもらえればいいなぁという下心でユーミさんに電話してもらいに行ったのです」
「下心ねぇ」
「ケースケに送ってもらったら余計誤解されそうだから。ごめんね」
「喧嘩してるんじゃなかったの?」
「……でも。会いたい」
寂しそうに、彰子が呟く。
「ケースケ、ごめんね」
「いいよ。それでも俺は」
桂輔が、ハッとして、言葉を切る。
俺は、何を言おうとしている?
……それでも俺は、ユイさんのことが好きだから。
なんて。そんなこと、口にできない。
飛び出しそうな想いを押さえて、桂輔は笑顔で彰子に伝える。真実に近い言葉を。
「ユイさんの味方だから」
* * *
彰子が電波障害で保護された、と、春継に由海からの電話が来たのは昼休み終了五分前。電話に出た春継は、それが彰子の友人だと知り、苦笑する。
「わざわざありがとう、迎えに行くって伝えて。あと、無理すんなって」
彰子は自分の携帯を持たない。嫌いなのだ。だから、いまどき珍しいテレフォンカードを買ってあげた。そしたらすごい喜んだ。これでいつでも緑の電話で君の声が聞けるね、って。
公衆電話全てが緑色をしているとは思わないが、彰子がそう言って喜ぶ姿を見るのはやっぱり嬉しい。たとえ使える公衆電話の場所が学校と駅前と中央公園そばのボックスと三箇所しかなくても。そんなことを思い出して、緊張していた顔が、少しだけ緩む。
もしかしたら彰子は、昨日から体調が悪かったんじゃないか? 桂輔が言っていた「今日くらい送らせなさい」の意味。それはつまり、いつもはそんな間柄ではない、ということだったのかもしれない。もしかして、ただのクラスメイトだったんじゃないか?
春継が彰子に「二股かけてたのかよ?」と問い詰めたときも、二人は焦った表情一つ浮かべていなかった。それよりも勝っていた感情、それは驚きだった。
でも、俺は彰子が俺じゃない男の傍にいることに激昂して、彼女の言い訳を拒否した。
逃げ出してしまった。
だから、あれは単なる誤解だと、彰子は言いたかったんじゃないか?
だけど、そう考えると腑に落ちない点がある。なぜ彰子は彼のことを「ケースケ」と呼ぶのだろう。例の名づけ癖か? だとしても自分の名前を未だに呼び捨てされない春継にとってみれば悔しいことに変わりはない。
……それにしたってなんで彼女持ちの俺が嫉妬しなきゃいけねーんだ?
まぁ、それだけ彰子がいい女なんだろうけど、と開き直り、春継は一人頷く。
午後の億劫な授業が、いつもより早く終わればいいなぁと思いながら。
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