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壱
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しおりを挟む唯子の言葉に頷き、実朝は真剣そのものの表情になって言葉を紡ぐ。
「安心して。鎌倉は簡単に壊れない」
まるで神託のように、実朝は唯子に告げる。身体のなかで渦巻いていた不安の種を取り除くように、実朝はきっぱりと唯子に告げる。
「決めたよ。ぼくが頂点にいる間は、あなたを悲しませないことを」
「決めた……って」
唖然とする唯子に、実朝はうんと頷く。
「三浦どのの屋敷に戻りたくないのなら、ぼくのところへおいで」
「はい……って、えぇっ!」
たしかに義村と喧嘩して屋敷を飛び出したのは事実だ。けれどそこで三代将軍に匿ってもらったら事態が余計にややこしくなってしまうのではなかろうか。
「三浦どのもひとが悪いですね、婚期を逃した忌み姫だなんて言ってあなたを隠すんですから。見つけてしまったら、もう知らんぷりすることもできないじゃないですか、そうは思いませんか?」
澄んだ瞳に見つめられて、唯子はぶんぶんと慌てて首を横に振る。駄目、これ以上彼に関わってはいけない。彼はとんでもないことを考えている気がする。このまま屋敷にお持ち帰りされたら何が起こるか……ましてや天下の将軍さまだ、自分のような因縁持ちの女が現れたら周囲が気にするに違いない。
「そ、それは駄目です!」
唯子は細い双眸を更に細めて実朝を睨みつける。
「やっぱり帰ります」
「うん。それでいい」
さらりと応える実朝に、唯子は拍子抜けする。まるでさっきまでの言動が冗談だったかのようだ。
「だけど、ぼくが言ったことに嘘はないから、それだけは覚えていてください」
「はぁ……」
ひょい、と衣被きを脱いで実朝は顔をあげる。視線を上へ向けるよう促され、唯子も同じように顔をあげ、驚きに目を瞬かせる。
そこは大きな柳の樹の下だった。
雨はとっくに止んでいて、裏葉柳の合間から浅縹の色彩が見え隠れしている。
そよそよと揺らぐ柳の葉には、春雨の名残であろう雨粒が並び、風が吹く都度、ぽろりぽろりと涙を零している。顔を出した陽光に照らされ、雫はキラキラと輝いている。
「恵みの雨は、ひとまず止んだみたいですよ」
だからあなたも泣きやんで。
そう言いたそうに実朝は唯子へ微笑みかける。唯子はこくりと頷いて、ぺこりと礼をする。それを見て、実朝は満足そうに言葉を残す。
唯子はぷいと顔を背け、小走りで走り去っていく。
「――安心なさい。いつだって、あなたの傍にいてあげるから」
最後に伝えられた言葉が、内耳から離れない。けれど、屋敷に戻っても胸の鼓動が一向におさまらないのは、走って帰ったからだと言い聞かせて、唯子ははぁと息をつく。
――わたしは彼を欺いている。
だからこれ以上、近づくことなんか、できっこない。
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