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血縁と思想
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「茉莉花、あんた男に振られたんだよ、わかってるの?」
「でも、芹夏」
彼女は咎める。
「アタシ、待つことには慣れているから」
婀娜っぽい表情で妹を見るな!
あたしは思わず苦笑いする。
いつもこうだ。
彼女には適わない。
「なら、永遠に待ってれば」
あたしが皮肉を混ぜてそう言っても、彼女はアッサリ言い退ける。
「永遠より長い待ち時間なんて、世の中に存在しなくてよ」
腰まである長い髪の毛を梳かしながら、彼女はあたしを見下ろす。
あたしの髪の毛はまっすぐだが、彼女は少しくせがある。彼女はあたしを羨むが、あたしは彼女のお姫様みたいな長くて柔らかい髪が大好きだった。
栗色がかってくせのある長い髪、少し高めの鼻、榛色の瞳……それが茉莉花。
「芹夏はいつも急かすのね。一人の男に拘るばかりじゃなくて、他にもいい獲物見つけないと……」
「でも、あたしは茉莉花の思想と違いますから」
「思想かぁ……人それぞれだし、そうかもしれないね」
あたしは結局、彼女の思想を最後まで理解できなかったんだと思う。
だから、彼女は。
* * *
季節が移り変わるのは早い。
いつの間にか梅雨は終わり、夏休み寸前の期末試験期間に入る。
これが終われば夏休みだ。
「セリカぁ、今度の生物のヤマってどこだと思う?」
「自律神経系……」
あたしがそう一言呟くと、楓はノートに慌ててメモを取りはじめる。
小さな机で二人向き合いながら試験勉強。
「……ところで夏休み、どうするの?」
「実家に帰るよ」
「大倉山の?」
「うん」
実家に帰って、花壇をどうにかしたいと思い立ったのは諫早の家で咲いたダマスクローズに感動を覚えたからだ。
ダマスクローズは香りの強い八重咲きの品種の薔薇のこと。
一瞬、その花を見て茉莉花の姿を感じた気がした。
諫早が調べてくれたが、ダマスクローズの花言葉は『美しい姿』とのこと。
薄紅の花が、儚く散った彼女の美しい姿に見えたのは、偶然ではなかった。
そういえば、我が家には薔薇の木がなかった。彼女は薔薇が嫌いだったのだろうか?
「その時に薔薇の苗、持っていこうと思うんだけど、どんなのがいいと思う?」
「わたしは白い花が好きだけど……他にも黄色や赤いのもあるしね。もしかして、お姉さんにあげる花のこと言ってるの?」
楓は屈託なく彼女をお姉さんと呼ぶ。その無邪気なところがあたしは羨ましくてしょうがない。
「まぁね。彼女は家の花壇にいつも花を咲かせてたから」
「それなら血のように赤い色は?」
血。
赤い色。
彼女の屍を装飾し、派手な演出をした液体……ぬらぬらした手触りで、グロテスクなのに温かくて……
そうだ。
彼女の周りに飛び散っていたのは、まるで血のように真っ赤な薔薇の花びらのようで、とても美しかったっけ。
「セリカ?ごめん、ちょっと過激なこと言っちゃったね」
「ううん。それが一番彼女っぽいわ。早速彼と探しに行く」
「え、彼氏さんと行くのぉ。折角つきあってあげようと思ったのに」
楓は少し残念そうにうなだれる。
あたしは彼女に申し訳ないと思いつつ、さり気なく諫早の自慢をする。
「あたしの彼は園芸マニアなんだよ。彼に任せれば絶対いい花が手に入るよ」
「そんなこと言ってたね。彼の部屋のベランダは花屋さん状態だ、って」
「それより、生物の範囲、わかってるの?」
「げ。自律神経系ってページ多いじゃん。ちょとセリカこれのどこがヤマなのよ!」
「だから、あとは自分で考えてよ……」
シャーペン片手に頬杖をつきながら、同室の慌てぶりを傍観する。
もうすぐ夏休みだ。
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