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第参幕 嘘ツキたちの革命前夜
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しおりを挟む「……彼方、アマネなの」
「信じたくなさそうだね? だけど、そう呼ばせるときもあるんだ」
そう呼ぶ、ではなくあえてそう呼ばせる、と応えれば、翡翠はすこしだけ安心したように表情を緩ませる。
けれども夕刻のやりとりを覚えているからか、朝周の姿で部屋を訪れてきた彼を前に、彼女は怯えていた。
そんな翡翠を宥めるように、朝周……周はうたうように口をひらく。
「貴女が自分のことをかわせみと自嘲するように……愛の間に揺蕩う音色、アマネとして」
声色を変えて言葉を紡げば、かわせみに例えられた少女はくすりと笑う。
「そうね……だけど」
周の琥珀を彷彿させる瞳はいまや漆黒の闇夜によって漆黒に染まっている。心を見透かせない双眸を睨みつけるように、翡翠もまた、夜空のような瞳で彼を射る。
「舞台の上から降りてまで、役をつづける必要はないと思う」
「――俺がまだ貴女に対して演技をしているとでも?」
真摯な彼女の返しに、周はぴくりと頬を引きつらせ、そいつは心外だと頬を膨らませる。
「ようやく貴女が気づいてくれたんだ。もはや、演技をする必要などどこにある?」
本気で憤りはじめた周を見ても、翡翠は動じることなく、先ほどとは打って変わって毅然とした態度で彼に言い返す。
「いいえ。彼方は未だ。演技をしつづけている。舞台から離れていても、周囲の期待に応えるために、自分自身をも偽って」
「やめろ、翡翠」
「わたしを求めているのは歌姫と呼ばれたアマネではなかったのね。だけどおあいにくさま。わたしは彼方、金城朝周が嫌いと言ったはず……」
周は翡翠の甘い拒絶する声から逃れるように耳を塞ぐ。けれど、翡翠の鈴のような声は彼の耳底を震わせながら通り過ぎ、心の奥のそのまた奥へ、鍵をかけた秘密の部屋を暴くかのように、浸透してゆく。
「周囲を得意げに欺いて、自分をも騙し続ける彼方なんか嫌いです……こんな風にわたしを惑わせたのはどうしてなの、なんで彼方は――……」
真意を問う翡翠の声。そのあとにつづくのは罵倒か、拒絶か、慟哭か……
周はそれ以上の追求を避けるため、無防備な彼女の顎に手をやり言葉を遮る。
「これでも我慢していたんだよ……でもね、やっぱりあきらめられないや。嫌いでも構わないから、俺のものになって?」
そして強引に翡翠の言葉を奪い取る。
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