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* I know that I must do what’s right / Hiduru Narashino *

chapter,3 + 6 +

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 目に見えない力というものは確実に存在していると、幼い頃から自由は思っていた。その力に抗うことは困難で、定められた運命なのだと諦観していた。産みの母が神社の娘だったから、というのもあるのだろう。なぜ医師の父と結婚したのか、自由を産んでから姿を消したのか、謎を残したまま彼女は死んだという。その後父はすぐに後妻を迎えており、自由は彼女によって育てられた。
 女神を手元においておけば安泰だったのにと本家の祖父が毒づいていたのが気になったが、父に聞いても答えはなかった。自分の母が女神などと称され、その土地の人々から崇められていたことなど、自由は知らなかったのだ。

 幼い頃に死別したといわれる母、諸見里雛菊ひなぎくとの思い出を自由はほとんど持っていない。
 だが、母の死を伝えに来た親子との出逢いが、自由の未来を変えていくことになる。

「あたし、コデマリ!」

 諸見里本家から紹介された幼い少女は、自由の母方である珍しい姓――亜桜の娘だと言われた。自由と年齢が近いから遊び相手になってくれと頼まれ、渋々承諾したのを覚えている。年齢が近いとはいえ、自由の方がふたつ年上になる。当初は遊び相手というより彼女の世話焼きに奔走していることの方が多かった。なんせ自由が小学校一年生にあがった頃のことだ。四歳の女の子は彼にとって未知なる生物だった。
 けれど、兄のように慕われ、何年も一緒にいると戸惑いも薄れ、喜びが顔を出すようになる。泣いている顔や怒っている顔も愛らしく、いつまでも眺めていたくなるほどだった。人懐っこくておしゃべりな小手鞠は自由と一緒にいるのがいちばん楽しいと言ってくれた。ずっとこうしていたいとも。
 ――幼馴染同士、傍にいて安らげる唯一の異性。
 自由はそう思っていた。これからもこの先もずっと一緒にいられるよう、周りのオトナを黙らせるため、優秀な成績を保持し続けた。父と同じ医師になり、跡を継ぐという目標と同時に、小手毬を自分のお嫁さんにするという願望が生まれ育った。

 小手毬を異性として意識するようになったのは、彼女が「ジユウお兄ちゃんのお嫁さんになる!」と言ったから。だけど、そのときの自分たちは十歳と十二歳で、結婚がどういうことなのかもよくわかっていなかった。けれど、従兄妹同士なら結婚できると天が教えてくれたから、問題ないと思ったのだ。

 それなのに、高校生になって美しくなった小手毬は自由のことを想ってくれてもあの頃のように求めてくれなくなっていた。
 自由もまた、医師になる夢のため、小手毬だけに構えなくなっていたのは事実だが、あのときもっと話を聞いて、彼女の苦しみを和らげることができていたのなら、結果は違ったのかもしれない。死にたがりのお姫様、などと呼ばれることもきっとなかったはずだ。

 ――小手毬のほんとうの父親は、桜庭雪之丞。彼は、巫である亜桜家に、来る日のために彼女を預けていた。

 桜庭財閥と呼ばれる新興財閥が台頭するのと同時期、世間はスピリチュアルブームに沸く。
 多くの経営者や権力者、大物政治家や上場会社の役員など……そのなかに桜庭雪之丞の名も含まれていた。
 密かに霊能者や占いを利用し、豊かさを手中に収めているという情報番組の特集を組ませたのもまた、桜庭雪之丞だったとか。
 眉唾もののエセ科学が殆どだろうが、そのなかにはまぎれもない本物が潜んでいた。それが“諸神信仰”……

「亜桜家の娘に執心のようだな」

 小手毬が自分を庇って交通事故にあった翌年の親族の集いで、自由は祖父に詰め寄られた。事故にあった幼馴染みに夢中になるがあまり、勉学を疎かにしていないかと。だが、祖父は一族の他の人間と違い、小手鞠に嫌悪に似た忌避感を抱いていない。



「お前が彼女を手にいれたいのなら、それ相応の覚悟が必要だぞ。なんせあれは――」
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