水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅷ 月下美人と悪魔な賢者

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 この書物には男児を産んで呪いが消えた公家の姫君の例が掲載されていた。オスマンの後宮へ一足先に入っていったアリーズの叔母のことだ。今は亡きエヴァンジェリンの妹が生んだという彼女もまた、銀に似た瞳の色が特徴的だったらしい。彼女は男児を出産後スルタンとの間に姫君を産んだが、瞳の色は銀ではなかったとされる。それゆえ、銀の瞳の娘を欲したスルタンがもうひとりの、完璧な白銀の姫君と称された幼いアリーズを求めたのだろうと記されている。
 日記の主はわからないものの、どうやら当時のルクリエンテ公家に仕えていた執事のものらしい。銀の瞳の麗しい姉妹についての記載と、その二人が辿った悲劇的な末路。

「ふうん。エヴァンジェリン妃がアリーズを産んで修道院へ追放されたのは知っているが、妹についてはオレも知らないや」
「短命だったらしい。オスマンに渡って子どもをふたり産んだが、姫君を出産した際にそのまま後宮で亡くなった、と」
「……じゃあ、彼女の瞳の色が赤か青に変化したかはわからないまま……か」

 もともとルクリエンテ公家は女児に恵まれる確率が高く、ファビアヌスも外から婿として迎えられた経緯がある。彼の場合、婿入り前にカリーナと関係を持っていたり、エヴァンジェリン以外の女性を妾として迎え入れたりしており、女児ばかり生まれるルクリエンテの事情を踏まえてほかの妻たちとも子作りに励み、その結果後継ぎになりうる男児をもうけていた。銀の瞳が特徴的な唯一の女児であったアリーズは彼にとってみれば金の生る木でしかなかったのだろう、深い愛情は与えられず、単なる嫁入り道具として育てられたようだ。
 日記にはエヴァンジェリンが婿を迎える以前のことも綴られていた。主人が東ローマからオスマンへ寝返った裏には、この国を出たいというエヴァンジェリンの妹の思惑もあったのかもしれない、と。

「もしかしたら、エヴァンジェリン妃が公国の女主人として暗躍していたのかもしれないな」
「それをかねてから嫉んでいたファビアヌスが、瞳の色を変えた彼女を見て、追い出したとか……?」
「どうだか。それよりダヴィデ、ほかに何か書かれてないか?」
「男児を産むこと以外だと……」

 黙り込むダヴィデを見て、グーリーは書物をのぞきこむ。
 そこにある記述を見て、グーリーもああと頷く。

「たしかにこれは、あんましおススメできないなぁ……」

 エーヴァに伝えたら、なんと言うだろう。
 自分の呪いを解くだけならば簡単だ。ダヴィデが子種を注いで孕ませればいいだけの話なのだ。
 けれど、生まれてくる子が女児の場合、銀の瞳の呪いは発動しつづける。
 そしてもうひとつ。確実だが、エーヴァに告げるには酷な方法が。

「――妊娠した子どもを中絶すること」
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