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Ⅶ 禍星の剣、月に架かる夜闇を断ちて * 6 *
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「おやおや、皆さんお揃いのようだね」
「景臣!」
静まり返っていた一室に集結してきたのは景臣と彼に連れられてきた智路とクライネ。そして、智路を見て射すくめられたように立ちつくしている異彩を放つ巫女装束の少女に周囲を睨みつけているみつあみの少女。
理破は景臣の姿を認めてようやく落ち着いたのか、彼の元へ駆け寄っていく。景臣もそんな理破のあたまを軽く撫で、わかりきった状況を聞きなおす。
その隣ではクライネと智路が自分たちを襲ってきた謡子の存在に気づき、顔を顰める。
その謡子は智路の双眸が自分と同じ、右と左で異なる色彩を宿していることに気づき、愕然とする。
東堂は人数が増えたことに気づかないまま、泣き崩れて月架を偲びつづけている。
そして由為は、突然あらわれた昼顔をとっ捕まえて質問する。
「ところで、この茶番の黒幕は誰よ?」
その声が地下内に響いたのか、周囲の人間も由為に注目する。
「……茶番ですって?」
昼顔の瞳が怒りに燃える。
「主さまがなさったことを茶番だと、あなたは言いたいの?」
「うん」
「この『夜』の斎……っ」
カッと頬を朱に染めた昼顔は由為に向けて手を出そうとするが、「待ちなさい」と謡子に止められる。
「でも、謡子」
「ここで『夜』の斎とやりあうのは得策ではないよ。ねえ、『夜』の斎とやら、取引と行こうじゃない? あたいたちのもとには三種の神器のひとつである宝珠があるんだよ? それがないと、あなたはいつまでたっても斎神になれないんでしょう? あなただけこちらに来てくれるなら、『星』を返してあげても構わないわ」
うふふ、と笑いながら謡子が由為に提示する。「ユイ、罠よ! 絶対罠だって……」と理破が叫んでいるのを景臣が両手で塞ぎこんでいるのを見て、由為は苦笑する。
敵は、三種の神器である宝珠が月架の右の眼球で、自分たちが持っていると信じているように見える。だから、主さまのところへ連れて行って、そこで神を降臨させようとしている。由為が斎神となるのを横取りする形で、敵は神威を奪い、由為を処分するのだろう。
そう考えるとたしかに、見え透いた罠だ。由為が敵陣に行ったとしても、宝珠は優夜の元にある、どうあがいても斎神にはなれないのだ。とはいえ、敵がそのことに気づいていないのなら、逆手をとることは可能なのではないだろうか?
だが、謡子が口にした『星』を返す、という言葉が気になる。『星』を守っているという使い魔がここにいて、その言葉を聞いて焦っているのを見ると、彼女が敵の手に落ちているのは事実なのだろう。
由為は周囲を見渡し、誰がどの関係者なのか目星をつけ、ひとしきり考えこんでから、景臣の方へ視線を向ける。
理破の口を嬉しそうに塞いでいる景臣は、由為の視線をにこやかに受け止め、「いってらっしゃい」と無責任な声をあげる。すると理破の矛先は景臣に向いたようで「この裏切り者がぁもごもご」と噛みつきそうな勢いで文句を言っている。
黙って様子をうかがっている『星』の使い魔ともうひとりの男性……年齢からして父親的ポジションの人間だろう……は、『星』の身を案じているのか救いを求めるような目つきで由為を見つめている。
相変わらず東堂だけがマイペースに月架の消えた場所で泣いている。だが、いまはこれでいいと由為は考える。敵は東堂を優夜と勘違いしている。『夜』の騎士がなんらかの理由……さきほどの瘴気の消滅で心身ともに深い傷を受けたとでもしておこう、まんざら嘘でもないし……で使い物にならないと判断したから謡子も昼顔も彼の存在を無視して話を由為だけにしているようだ。もしくはその隙に由為だけ連れ出そうという魂胆かもしれない。
「行くわ」
由為は溜め息混じりに頷き、謡子と昼顔の手を取る。そして、景臣に目くばせする。あとで優夜を連れて追いかけて来いと。理破が持つ『月』の鏡があるのだから由為がどこへ連れて行かれるかもきっとわかるはずだと。だが、そのことを敵に感づかせないよう、由為は申し訳なさそうに呟く。
「Meshrototke」
誰もが驚いた表情で、由為を見つめる。
そして、謡子と昼顔をのぞくすべての人間が、優しい眠りの世界へと誘われていく。
周りの人間が眠ってしまったのを見て、昼顔が不審そうに由為を見つめる。
「逃げないわよ。ただ、こうした方があなたたちにとって都合がいいだろうと思って」
「そうだね。あなたがしないようならあたいがこの施設ごと破壊してただろーし」
謡子は由為の懸命な判断を評価している。だが、あまりに素直な由為に昼顔は不安をぬぐい去ることができない。
「それじゃあ、連れて行ってもらいましょうか、あたしをお待ちかねの主サマの元へ!」
* * * * *
何度生まれ変わっても自分は彼女を探していた。星音と呼ばれた少女のことを。
彼女は時代ごとに姿を変え、名前を変え、万暁を翻弄する。そしてまた万暁も前世の記憶を持ったままさまざまな人生を送って来た。
運命の相手と永遠にすれ違い続ける運命。
亀梨神社の椎の木に封じられていた頃から、万暁は星音を探し求めていた。
そして、彼は鎮目一族に辿りつく。
けれど、何度恋して、近づいても、あと一歩のところで彼は彼女に逃げられてしまう。その繰り返しを責め苦のように味わっていた彼は、何度目かの転生時に、星音の魂を持つ少女本人から、古代の神の娘が土地神を殺めた鬼姫だという伝説を聞かされる。けして解放してはならない父神殺しの魂。それが万暁が欲している星音の正体だった。
「レラ・ノイミを滅ぼしたのはわたしよ」
たしかに鎮目氏はレラ・ノイミと領地問題で衝突していた。古代からの土地神信奉を続ける彼らと異国からやってきた魔術師たちは話し合いで解決することができず、戦争が起き……鎮目一族は彼らを滅亡へ追い込んでしまったのだ。殺戮を愛した星音のちからで。
万暁はそのときの彼女の名を覚えていない。ただ、彼女はそのときの万暁を自分の使い魔にし、とんでもないことを要求したのだ。
――星の音色に導かれし者、太陽の使者となりて、生き残りし風祭の民を救い給え。
自分で滅ぼしておいて、生き残りを救えと、彼女は平気な顔をして告げたのだ。
太陽の使者。風祭氏は新たなる土地神だと万暁を受け入れ、主さまと呼ばれるようになる。風祭氏との繋がりを手に入れた万暁は、その後も前世の記憶を保ちつづけたまま転生を繰り返す。生まれ変わるたびに星音への執着は増していく。前世の記憶を持つだけで風祭氏のようなちからも鎮目一族のようなちからも持たない彼は、次第にちからを求めていく。そして辿りついたのが椎斎を治める亡き土地神の代弁者、『夜』の斎神だ。
前世で星音の婚約者として認められていた万暁は、彼女の妹の持つ神のちからを奪ってしまおうと画策を練る。そして。
鬼姫とおそれられている星音をその身体に宿している現代の『星』の斎の少女がせのんという名で、斎鎮目の称号を持っていてもほとんど寝ているだけのか弱い娘だと知った万暁はついに計画を履行する。
いつぞやの『星』の気まぐれで助力を乞えるようになった風祭の巫女を使って『夜』の斎神を殺し、星音の封印を破り、新たな斎を待った。そしてその斎に神が降臨するときこそ、万暁の野望が叶うときとなる。
「星の、音色の名を持つ者」
せのんという名は偶然のようだが、万暁からしたら必然だったのだ。
「今度こそ、逃さない……」
せのんの青白い寝顔を見つめながら、万暁は呟く。恋情は気づけば憎しみに変わり、ついには狂気も生み出した。それだけ永い時間、彼は星音に囚われていたのである。
「景臣!」
静まり返っていた一室に集結してきたのは景臣と彼に連れられてきた智路とクライネ。そして、智路を見て射すくめられたように立ちつくしている異彩を放つ巫女装束の少女に周囲を睨みつけているみつあみの少女。
理破は景臣の姿を認めてようやく落ち着いたのか、彼の元へ駆け寄っていく。景臣もそんな理破のあたまを軽く撫で、わかりきった状況を聞きなおす。
その隣ではクライネと智路が自分たちを襲ってきた謡子の存在に気づき、顔を顰める。
その謡子は智路の双眸が自分と同じ、右と左で異なる色彩を宿していることに気づき、愕然とする。
東堂は人数が増えたことに気づかないまま、泣き崩れて月架を偲びつづけている。
そして由為は、突然あらわれた昼顔をとっ捕まえて質問する。
「ところで、この茶番の黒幕は誰よ?」
その声が地下内に響いたのか、周囲の人間も由為に注目する。
「……茶番ですって?」
昼顔の瞳が怒りに燃える。
「主さまがなさったことを茶番だと、あなたは言いたいの?」
「うん」
「この『夜』の斎……っ」
カッと頬を朱に染めた昼顔は由為に向けて手を出そうとするが、「待ちなさい」と謡子に止められる。
「でも、謡子」
「ここで『夜』の斎とやりあうのは得策ではないよ。ねえ、『夜』の斎とやら、取引と行こうじゃない? あたいたちのもとには三種の神器のひとつである宝珠があるんだよ? それがないと、あなたはいつまでたっても斎神になれないんでしょう? あなただけこちらに来てくれるなら、『星』を返してあげても構わないわ」
うふふ、と笑いながら謡子が由為に提示する。「ユイ、罠よ! 絶対罠だって……」と理破が叫んでいるのを景臣が両手で塞ぎこんでいるのを見て、由為は苦笑する。
敵は、三種の神器である宝珠が月架の右の眼球で、自分たちが持っていると信じているように見える。だから、主さまのところへ連れて行って、そこで神を降臨させようとしている。由為が斎神となるのを横取りする形で、敵は神威を奪い、由為を処分するのだろう。
そう考えるとたしかに、見え透いた罠だ。由為が敵陣に行ったとしても、宝珠は優夜の元にある、どうあがいても斎神にはなれないのだ。とはいえ、敵がそのことに気づいていないのなら、逆手をとることは可能なのではないだろうか?
だが、謡子が口にした『星』を返す、という言葉が気になる。『星』を守っているという使い魔がここにいて、その言葉を聞いて焦っているのを見ると、彼女が敵の手に落ちているのは事実なのだろう。
由為は周囲を見渡し、誰がどの関係者なのか目星をつけ、ひとしきり考えこんでから、景臣の方へ視線を向ける。
理破の口を嬉しそうに塞いでいる景臣は、由為の視線をにこやかに受け止め、「いってらっしゃい」と無責任な声をあげる。すると理破の矛先は景臣に向いたようで「この裏切り者がぁもごもご」と噛みつきそうな勢いで文句を言っている。
黙って様子をうかがっている『星』の使い魔ともうひとりの男性……年齢からして父親的ポジションの人間だろう……は、『星』の身を案じているのか救いを求めるような目つきで由為を見つめている。
相変わらず東堂だけがマイペースに月架の消えた場所で泣いている。だが、いまはこれでいいと由為は考える。敵は東堂を優夜と勘違いしている。『夜』の騎士がなんらかの理由……さきほどの瘴気の消滅で心身ともに深い傷を受けたとでもしておこう、まんざら嘘でもないし……で使い物にならないと判断したから謡子も昼顔も彼の存在を無視して話を由為だけにしているようだ。もしくはその隙に由為だけ連れ出そうという魂胆かもしれない。
「行くわ」
由為は溜め息混じりに頷き、謡子と昼顔の手を取る。そして、景臣に目くばせする。あとで優夜を連れて追いかけて来いと。理破が持つ『月』の鏡があるのだから由為がどこへ連れて行かれるかもきっとわかるはずだと。だが、そのことを敵に感づかせないよう、由為は申し訳なさそうに呟く。
「Meshrototke」
誰もが驚いた表情で、由為を見つめる。
そして、謡子と昼顔をのぞくすべての人間が、優しい眠りの世界へと誘われていく。
周りの人間が眠ってしまったのを見て、昼顔が不審そうに由為を見つめる。
「逃げないわよ。ただ、こうした方があなたたちにとって都合がいいだろうと思って」
「そうだね。あなたがしないようならあたいがこの施設ごと破壊してただろーし」
謡子は由為の懸命な判断を評価している。だが、あまりに素直な由為に昼顔は不安をぬぐい去ることができない。
「それじゃあ、連れて行ってもらいましょうか、あたしをお待ちかねの主サマの元へ!」
* * * * *
何度生まれ変わっても自分は彼女を探していた。星音と呼ばれた少女のことを。
彼女は時代ごとに姿を変え、名前を変え、万暁を翻弄する。そしてまた万暁も前世の記憶を持ったままさまざまな人生を送って来た。
運命の相手と永遠にすれ違い続ける運命。
亀梨神社の椎の木に封じられていた頃から、万暁は星音を探し求めていた。
そして、彼は鎮目一族に辿りつく。
けれど、何度恋して、近づいても、あと一歩のところで彼は彼女に逃げられてしまう。その繰り返しを責め苦のように味わっていた彼は、何度目かの転生時に、星音の魂を持つ少女本人から、古代の神の娘が土地神を殺めた鬼姫だという伝説を聞かされる。けして解放してはならない父神殺しの魂。それが万暁が欲している星音の正体だった。
「レラ・ノイミを滅ぼしたのはわたしよ」
たしかに鎮目氏はレラ・ノイミと領地問題で衝突していた。古代からの土地神信奉を続ける彼らと異国からやってきた魔術師たちは話し合いで解決することができず、戦争が起き……鎮目一族は彼らを滅亡へ追い込んでしまったのだ。殺戮を愛した星音のちからで。
万暁はそのときの彼女の名を覚えていない。ただ、彼女はそのときの万暁を自分の使い魔にし、とんでもないことを要求したのだ。
――星の音色に導かれし者、太陽の使者となりて、生き残りし風祭の民を救い給え。
自分で滅ぼしておいて、生き残りを救えと、彼女は平気な顔をして告げたのだ。
太陽の使者。風祭氏は新たなる土地神だと万暁を受け入れ、主さまと呼ばれるようになる。風祭氏との繋がりを手に入れた万暁は、その後も前世の記憶を保ちつづけたまま転生を繰り返す。生まれ変わるたびに星音への執着は増していく。前世の記憶を持つだけで風祭氏のようなちからも鎮目一族のようなちからも持たない彼は、次第にちからを求めていく。そして辿りついたのが椎斎を治める亡き土地神の代弁者、『夜』の斎神だ。
前世で星音の婚約者として認められていた万暁は、彼女の妹の持つ神のちからを奪ってしまおうと画策を練る。そして。
鬼姫とおそれられている星音をその身体に宿している現代の『星』の斎の少女がせのんという名で、斎鎮目の称号を持っていてもほとんど寝ているだけのか弱い娘だと知った万暁はついに計画を履行する。
いつぞやの『星』の気まぐれで助力を乞えるようになった風祭の巫女を使って『夜』の斎神を殺し、星音の封印を破り、新たな斎を待った。そしてその斎に神が降臨するときこそ、万暁の野望が叶うときとなる。
「星の、音色の名を持つ者」
せのんという名は偶然のようだが、万暁からしたら必然だったのだ。
「今度こそ、逃さない……」
せのんの青白い寝顔を見つめながら、万暁は呟く。恋情は気づけば憎しみに変わり、ついには狂気も生み出した。それだけ永い時間、彼は星音に囚われていたのである。
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