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Ⅶ 禍星の剣、月に架かる夜闇を断ちて * 1 *

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「……鮮やかに、欺いたな」

 目の前で眠る女性を祈るように見つめ、男は呟く。死んでいると頭の中で理解はできているというのに、いまにも閉じられた瞼を震わせ黒曜石のように美しい瞳を見せてくれるのではないかと切に願ってしまう愚かな自分がいるのも否めない。

「きみが望んだとおり、宝珠は騎士の手に渡した。あとは、彼らに任せればいいんだね」

 殴りつけて、勢いで月架に預けられた大事な宝珠の入った箱も投げつけてしまったが、中身が壊れているということはないだろう。
 男は、自分の役割はもう終わったと月架の傍に腰を下ろす。

「こうしてよく、きみの話をきいていたな。コトワリヤブリのことを知らない僕に、いろいろなことを教えてくれた」

 だって君は、ボクの運命のひとだから。
 少年のような言葉遣いと見た目のギャップを持つ女子大生、それが椎斎市に生きる現人神の素顔だった。

「だけど、そこまでしてきみがこの街を守りたいのか、僕にはわからなかった」

 死んでまで。自分が殺されることすら予知してまで。月架はそうまでして、街を守ろうとした。結局、『星』の封印は破れてしまったけれど。

「これは嫉妬かもしれないね。きみのことだから、お兄ちゃんを比較対象にするでないよと怒られそうだけど」

 嫉妬だってしたくなる。ちからを持たない自分は何もできない。すきになった女の人を守り抜くこともできない。だからこうして墓守なんかに甘んじている。

「それなのに、月架は絆を分かち合う宝珠を僕に託したね。お兄ちゃんじゃなくて」

 鎮目医科学研究所に搬送されてきた月架はすでにこと切れていた。血まみれの彼女の姿を見て、逝ってしまったことを素直に受け入れられた自分が不思議だった。そのときは肉体が滅ばないなんて信じられなかった。
 月架の殺された現場に一緒にいたはずの男は、どういうわけか違う場所にいた。月架が使った不思議なちからで飛ばされていたのだ。だから、月架が息を引き取ったときのことを彼は知らない。ただ、「大事なこれ持ってって」とだけ言って、逃がしたのだ。

「それから君を殺した犯人に眼球を抉らせたんだね。僕にその光景を見せないために」

 なぜ眼球が抉られていたのか、瞬時に男は理解した。そして自分が預かった宝珠をあらためて胸にかき抱いた。

 ――月架は、自分の眼球を犯人たちに『夜』の斎神が扱う宝珠だと、信じさせたのだ。

「宝珠と眼球の大きさは同じ。常人が見ればそれが神器であるかどうかなんて、見わけがつかない。そんな神器を常人である僕はずっと持っていたよ。月架が口にしていたそのときが訪れるまで」

 自分が死んだら、新しい斎神が現れる。そうしたら、騎士が宝珠を捧げなくちゃいけないんだ。眼球程度の大きさの黒い珠だよ、僕も何度か紛失しかけたもの……きっとしっかり者の君なら、ずっと持っててくれるよね。
 新しい『夜』の斎の誕生まで。月架はそう言っていたけれど、待ちきれなかった。だから騎士を殴ったときに渡してしまった。彼ならあれを見て宝珠だと気づくだろう。

「一昨日、ようやくあの子が次代だって報告が来たよ。無事、『月』の当主に認められてね」

 そして、水面下で拡がる椎斎の異変を食い止めるため、他のコトワリヤブリも動き出している。そして、月架を殺した犯人たちも。
 すべては月架の思惑通り。
 硝子の棺に恋人の兄の姿が映る。物音はしないが、すぐそばまで来ているようだ。

「あとは、三人の斎とその守護者たちに任せればいいんですよね、お兄さん」
「誰がお前の兄だ」

 不貞腐れた表情で優夜は妹の眠る棺の前に立ち、座りこんでいる男のあたまをぽかりと殴る。背後には『月』の当主によって認定された『夜』の斎と。

「……理破、ちゃん」
「お久しぶりです、東堂さん」

 施設内への立ち入りを禁じられているはずの『月』の斎の姿が。
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