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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 7 *
しおりを挟む「ちくしょー、なんなんだよあの外法使い、椎斎の人間じゃねーよな?」
「――何があったの? 結界の効力が弱まっているじゃない!」
ただごとではない気配を感じたのか、隣の自宅から寝巻姿の樹菜が飛び出してきている。景臣は視線を椎の木から外し、息を切らしている樹菜の前で説明する。
「あ、ミキちゃん起きちゃったか……大変なことになったよ。下手すると鬼退治より厄介かも」
景臣自身、傷を負ったわけではないが、いまが深夜でよかったとは思う。体中泥だらけの状態はあまり人様に見せたくないのが本音だ。
「火ぃつけられたって?」
「すぐ鎮火したから被害は最小限のはずだけど……どうにも、椎斎の外の人間が『星』を狙っているみたいだ」
結界に綻びが生まれればそこから瘴気や鬼たちが出て行ってしまう。しかも、椎斎の外に出ることを許されない景臣はコトワリヤブリの領域を出た悪しきモノたちを倒すことができなくなってしまう。悔しそうに唇を噛みしめる景臣の前で、樹菜は確認を取るように言葉を発する。
「そいつが、月架を殺したのね」
「……ああ。『夜』の斎神を殺めて『星』の封印を破り、御神木の結界まで壊しやがった」
忌々しそうな景臣の声を聞きながら、樹菜はひとつの疑問を口にする。
「外法使いよね? 景臣と渡り合える、それだけちからを持つ術者なら、たとえ椎斎の外でも名は知れていると思うけど……」
椎斎の地では、コトワリヤブリに属さない術者は基本的に外法使いとして扱われている。土地神の恩恵を受けることなくちからを使う鎮目一族の一部の人間もそれに値する。だが、景臣が見た少女は鎮目一族には見ない顔だ。しかも……
「外法とはいえ、古民族レラ・ノイミの呪術を扱っていた。あの言葉を受け継いでいるのは『夜』の一部の人間とオレだけのはずなのに」
「だから月架を容易く殺せた、ってこと?」
「……わからない。左右で瞳の色が異なる古の言語を操れる、椎斎の外からやってきた外法使いだぞ? 鎮目一族のなかにも左右で瞳の色が違う少女なんかいないだろ?」
「うーん。鎮目の関係者で神代の言語の知識を持っていて瞳の色を左右で変えられる人間なら約一名心当たりがあるけど……」
「誰だ」
「絶対違うと思うわ。だいいち少女じゃなくて少年だし」
そう言われて景臣も気づく。
「……『星』の使い魔の少年か」
樹菜はたいして彼のことを知らない。彼を連れて来たのは月架だったから。
月架が見つけてきた外法使いの少年、留萌智路。鎮目一族の傍流らしいが、容貌は凡庸である。瞳の色もふだんは両目ともに椎斎ではそう珍しくもない灰色だ。術をつかうと虹彩が変わることがあるそうだが、樹菜が実際にその様子を見たことはないし、常に左右の瞳の色が異なるわけでもないという。彼は『夜』の斎神だった月架から古民族の言語を習っていたから、ちょっとした術ならつかえるらしいが、古くからこの土地に縛られている景臣と渡り合えるほどのちからはない。
それに。
「彼は彼女を傷つけるようなことは絶対しないわよ」
「どうだか」
「でも、彼の関係者かもしれない。血縁者とか……」
椎斎の外に流れて土地神に賜れたちからを弱め常人として暮らすコトワリヤブリも多い。だとすれば長い歳月を経たいま、土地神の恩恵を受けずに異国からのちからをそのまま宿し生活している外法使いもいるはずだ。
「じゃあ、そのへんのことはミキちゃんにお願いするよ。御神木の結界に傷がついたとはいえ、オレが椎斎の外へ出ることは不可能だから」
「景臣は、これからどうするの?」
頷く樹菜は、もうすぐ午前四時になることを景臣に告げる。まだ、太陽は顔を出していないが、いまからでも眠っておいた方がいいのではないかと心配そうな顔をしている。
「ジークの元へ行ってくる。年寄りは朝が早いから歓迎してくれるだろう」
「……あの老紳士を年寄りって……あなたの方が年齢的には上じゃないの。ま、それが一番手っとり早いかもね」
景臣が魔術を扱う鎮目一族のトップと渡り合えるのは、彼自身が『月』の影という特殊な立場にいるからだ。『月』の身内でもある樹菜はそのことについて深く追求はしない。景臣の存在自体が逆さ斎の一族がもつ切り札であることは、常識なのだ。
「それから、ミキちゃんにお願いしたいことがあるんだけど」
景臣は首を軽く振りながら、小声で囁く。
「何よ、あらたまって」
「あの外法使いは『星』を椎斎の外へ連れだすことが仕事のようだ」
椎斎の土地に封じられた邪悪な『星』を蘇らせるため、最上位にあたる『夜』の斎神を殺し、封印を破る。椎斎に瘴気をばらまきながら、結界の役割をしている亀梨神社の御神木に傷をつけようと用意周到に狙っていた外法使いの少女。彼女はひとりでそこまでやり遂げた。だが、それで終わりではないことを暗に匂わせた。
主さまと『星』の隔たりをなくすことが自分の仕事だと。
「……主さまですって」
樹菜の声が凍りつく。それは、コトワリヤブリで禁じられた、土地神自身を示す諱だ。
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