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Ⅴ 使命の芽吹きは月夜の晩に * 7 *

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 目覚めると、いつもの病室にいた。

「気づかれました?」
「カズアキ……ってことは、また外出中に寝ちゃったのね」

 さっきまで市立公園内のイングリッシュガーデンにいたはず。だというのに目覚めれば代り映えのしない病室でひとり、横になっている。
せのんは、担当医に点滴のチューブを取り換えてもらいながら、小声で尋ねる。

「クライネたちは?」
「ロビーにいらっしゃると思いますが、お呼びしますか?」
「ううん。急ぎじゃないから。それに後で顔を出すだろうし、いいわ」

 そう応えて、せのんは万暁の処置を見つめる。一日の半分以上が睡眠時間のせのんにとって、食事は点滴で賄うことが殆どである。とはいえ、クライネが来てからはロビーで一緒に東堂が準備してくれるマカロンと紅茶を嗜んだり、裏手の市立公園内にある出店でアイスクリームを食べたり、たこ焼きなどのちょっとしたジャンクフードを楽しめるようになったせのんからしてみると、できればいつかこの点滴なしで生活を送りたいと思ってしまうのが正直な気持ちである。

「外で何もお食べになってないですね」
「ええ。だから心配しないで」

 いままで点滴だけだったせのんは、急にいろんなものを食べてお腹を壊して万暁を呆れさせた。けれど、自分の胃が小さくなっていて食べ物を受け付けていないからと知ると、食べる量を調節することを覚えて、これ以上万暁に迷惑をかけないよう加減するようになった。傍にいたクライネや智路はせのんに頼まれるがままにさまざまな食べ物を買い与えていたようだが、彼女がお腹を壊して以来、むやみやたらと与えることもしなくなったという。
 クライネとせのんの仲の良さに妬けそうになりながら、万暁は彼女に確認する。

「また公園内を散策されていたんですね」
「そうよ。いまの時期、イングリッシュガーデンの薔薇がとても綺麗なのね。赤や白、黄色だけじゃなくて橙色や緑がかったもの、黒に近い紫のような花まであったわ」

 嬉しそうに話をするせのんに、万暁はうんうんと相槌を打ちながら腕にテープを巻いていく。

「わたしの名前も高貴な薔薇が持つ香りの成分が由来なのよ。ベータダマセノンってクライネが言ってたけど……それってどういうネーミングセンスなんだかわからないわよね」
「星の音色じゃないのか」
「え? なんか言った?」
「いや、なんでもない」

 万暁は自分が動揺していることに気づき、慌ててせのんの腕から手を放す。上機嫌なせのんは万暁の突然の変化に気づくことなく、ローズガーデンで見たさまざまな花についてあれこれ話している。
 頷きながらも万暁はせのんが口にした言葉が脳裡から離れない。

 ……ベータダマセノン? 聞いたこともないぞ。

 てっきり鎮斎家の娘だから生まれつき次代の『星』であれと名付けられたものだと思っていた万暁は震える両手の指をきつく組んで、溜め息をつく。
 鎮目の人間はいったい何を考えている? クライネとかいうせのんの父親代わりの男が現われてから、急に事態が動き出した気がする。不安定な『星』を外へ連れだせる彼の出現は好ましいことのようにも思えるが……
 万暁の焦りなど知ることなく、せのんはいつか幻の青い薔薇を見てみたいと無邪気に夢を語りつづけていたが、やがて、電池が切れたかのようにまた眠ってしまった。
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