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Ⅳ 影は月に果てなき天を想う * 2 *
しおりを挟む景臣からきいた話を思い出し、理破は不機嫌そうに両側の頬を膨らませる。それを見て、樹菜ははぁと溜め息をつく。
「あたし絶対認めない。椎斎の外に流れた秘神の末裔がいたなんて信じない。コトワリヤブリの定義から外れてるでしょう? なのに『夜』の斎だって景臣は半分くらい決めつけているし、周囲も『夜』の騎士がついているなら本当だろうなぁだって……実戦経験もないくせにちからある斎だなんてどこで判断するのよ、血筋すら疑問だわ」
「だけどね、リハちゃん。月架が死んだことで『夜』の騎士が後継を探してたのは事実でしょ。それに、あの景臣くんがそこまで言ってるってことは、その女の子、十中八九ホンモノじゃないの」
亀梨神社の社務所で、鬼との一戦を終えた理破は樹菜の作ったたけのこの炊き込みご飯を食べながら、いつものように景臣とのやりとりを樹菜に話していた。景臣は神社まで理破を送ると姿を消してしまった。これもいつものことだ。
コトワリヤブリの中では微弱ながらも『月』と『夜』のちからを併せ持つ女術師として信頼されている樹菜は、月架の従姉だったこともあり、理破にとって格好の話し相手になっている。たいてい、理破が思っていることを口にして樹菜が応える、というのがお決まりのパターンだ。
「樹菜さんもホンモノだと思いますよね。景臣ったら……」
自分のいないところで『夜』に油を売ってきた景臣。思い出すだけで腹が立つ!
「でも気にならない? 秘神の末裔に属する『夜』の斎よ。能力は未知数だけど、月架と同じくらいはあるでしょうね」
きっと『星』だって封殺できるわ。
新たな斎の誕生を喜ぶように口にする樹菜の隣で、理破はもぐもぐとご飯を咀嚼して、心の中で、そりゃあ気にならないとは言えないけれど……と思いながら、さびしそうに呟く。
「あたしにとっての『夜』の斎神は月架だけなのになあ……」
樹菜は聞こえないふりをして、ご飯のおかわりをよそいに立ち上がる。
* * * * *
身の危険を無意識に察知したのだろう、召喚術が起動していた。何もない白い床から蒼いひかりが生まれ、せのんを守るように智路が現れる。紫がかった灰色の双眸は左右で虹彩を変化させ、右目に紫、左目に白銀の色彩を宿らせている。
「チロル、さがって」
せのんの喉元へ突きつけられた十字架を弾き、クライネの襟元に掴みかかった智路は、納得できないという表情で主人を見つめる。
「でも、こいつはせのんを殺そうとした」
「チロル」
せのんの懇願する声が響く。
「……わかったよ」
智路が手を放すと、クライネは何事もなかったかのようにせのんに微笑みかける。
「いい従者を持っているね」
「従者じゃないわ。彼は使い魔」
「そうか」
うんうんと頷くクライネと平然としているせのんを見て、智路は唖然とする。なぜせのんは自分を殺しに来た相手とこうも和んでいられるのだろう。
自分が突如病室から現れたことにも動じないことから、たぶん一族についての知識は持っているのだろう。
「紹介するわ、チロル。彼は倉稲《くらいね》透《とおる》。通称クライネ。わたしの母、那波《なは》花音《かのん》の最初の結婚相手で、わたしの名付けの親よ」
「……え。ちょっと待てせのん。父親なのかソイツ」
その言葉で、智路の瞳の色が元に戻る。
せのんの父親は彼女が生まれたときに事故で亡くなったはずだ。智路は疑わしそうにクライネに視線を向け、言葉を待つ。
「残念ながら血縁関係はないんだよ。オイラは種なしだからね」
「だけどわたしにとっては一番信頼できる大人よ。遺伝子上の父親である那波よりも、ずっとね」
あっさり言いのけるクライネにも驚くが、せのんが一番信頼している大人という言葉にも驚く。だって今、せのんはクライネに殺されそうになっていたんじゃ……?
意味がわからないと混乱する智路をよそに、せのんはクライネに確認する。
「殺すつもりはないんでしょう?」
「いまはまだ平気だな」
「それで充分」
頷くせのんと安心したように穏やかな表情を見せるクライネ。ふたりのあいだで完結している世界の前で、智路だけが立ち止まっている。
「……俺、いない方がいいか?」
「チロルはここにいなさい」
「えー」
せのんに命じられ、渋々白いスイートピーに囲まれた部屋の片隅に座り込む智路。それを見てクライネが手招きする。
「使い魔くん、そんなところにいないで、ちゃんとせのんを守ってくれよ」
「あなたがいるなら大丈夫でしょう?」
気を利かせて離れたというのに、もっと近くにいろだと? 智路は半ば呆れながらも、せのんが横になっているベッドの傍で腰を落ち着ける。
「そういうわけにもいかないんだよ。オイラがセノンを害する可能性ってのは皆無じゃないからね」
「なぜ」
「宿命さ」
「彼は、悪しきものを消し去るちからを生まれつきもっているのよ」
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