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Ⅰ 真白き城に埋まる秘密 * 3 *

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 公園内のイングリッシュガーデンに通りかかっても、優夜の足は止まらなかった。
 あれから三十分以上は確実に歩いている。このままだとローファーが擦り減りすぎて穴が開くのではないかとぼんやり心配しながら由為は機械的に優夜を追う。
 周囲にはさまざまな色や種類の花が所狭しと植えられており、思わず魅入って足を止めたくもなったが目の前の優夜がそれを許してくれそうにない。だというのに「まだ?」ときこうにも応えてくれそうにない。
 せっかく綺麗な花に囲まれているのにロマンチックな気分にもなれやしない。心の中で毒づきながら、優夜の背中を睨みつける。いったいどこまで連れていくつもりだろう。

「もうすぐだ」
「ほんとうですか?」

 はぁはぁと息を切らせながら、由為も応える。だがこの先は行き止まりのはずだ。だというのに優夜の目的地はこの先にあるという。どういうことだろう?

「ああ。ついてこい」

 バラに囲まれたイングリッシュガーデンの石畳を抜けるとそこはメタコセイアの木立に囲まれたちいさな森になっている。沈みゆく太陽のひかりを浴びた細やかな葉が黄金色に輝く姿は神秘的で、由為の足が竦む。
 その先に、門があった。見慣れた市立公園の門構えなのに、どこかが異なる。ふだんは開門されない裏門だからだろうか。いや、それだけではない。

「あれだ」
「門ならわかりますけど……」

 その門の向こう側は、緑の蔓に覆われていて何も見えないのだ。遠くから見ると緑の壁にしか見えない。どうやらバラや見知らぬ草花の蔓や蔦が行く手を阻んでいるようだ。

 ――まるで、荊の森みたいな。

「抜ければわかる」
「え、抜けるんですか!」

 すでに、道ではないような気がしてきた。それでも優夜は当たり前のようにメタセコイアの木立を抜けて、門の前へ立つ。
 すると、一迅の風が吹き、道がひらけた。
 まるで優夜が通るために植物たちが道を譲ったかのような光景に、由為は目を見開く。

「……なに、これ」

 そして植物たちに道を譲られた先には、白い建物が鎮座していた。

「目的地」

 優夜は何食わぬ顔で応える。

「はあ……」

 たぶん、目的地に到着するまで何も説明する気がないのだろう。由為は促されるがまま優夜のあとについていく。
 門をくぐり、緑の蔓に覆われた壁へ一歩、足を踏み入れる。すると、蔓が由為から逃げるように迂回し、何事もなかったかのように動かなくなる。まるで植物が意思を持っているみたいだ。
 優夜はすでに建物のすぐそばまで到達したようだ。由為も彼につづき、建物の前へ立つ。
 全体は四角い、どこにでもありそうな建物である。だが、すこし角度を変えると太陽の反射する光の影響からか、西洋のお城のようにも、東洋の宮殿のようにも見える不思議なつくりをしている。
 建物には似つかない古風な木製の看板が、入口の前に立て掛けられている。

「鎮目医科学研究所……?」

 玄関には初老の警備員の姿があった。優夜が挨拶をすると、彼はロックを解除し、扉を開く。優夜も慣れた手つきで入っていき、由為を手招きする。由為も警備員に会釈して玄関の中へ入る。
 ガラス張りのエントランスホールには大量のカサブランカが飾られている。優夜はそこに置かれている黒いレザーソファに腰掛け、隣に由為を座らせる。

「歩かせてすまなかった。すこし休め」
「はぁ……」

 現に歩きすぎて疲れているのは事実なので言われるがまま由為はソファに腰掛ける。
 あらためて、周囲を見回す。
 学園の裏手に緑深い公園があるのは知っていたが、由為はこの先にこのような施設があることを知らなかった。
 高い天井には上品なシャンデリアが煌めいており、ガラス張りのエントランスに高級感を助長させている。周囲に飾られている大量のカサブランカも嫌味になるような飾り方ではなく、高貴な印象を与える。ほんのり漂う芳香までも計算されているような、完璧な花の配置だ。
 清潔感と透明感を併せ持つ澄み切ったエントランスは、セレブ御用達の高級ホテルのロビーといっても通用しそうな趣がある。

「ここは、病院ですか?」

 感嘆しながら、由為は差しだされた紅茶を手に取る。濃い目のアールグレイにたっぷりのミルクの甘い香りが鼻腔を刺激する。ひとくち啜り、その美味しさに思わずため息をもらしてしまう。
 黒いレザーソファの座り心地も良好で、横たわったらすぐにでも眠れそうだ。

「いいえ、研究所ですよ」

 紅茶を淹れてくれたのは東堂という青年で、こどものように大きな榛色の瞳が印象的で人懐っこそうな顔をしている。が、一昔前の執事のような服装がそれを見事に裏切っている。

「はあ」

 たしかに、入口の前にはさりげなく『鎮目医科学研究所』という看板が置かれていたが……だとすればどうしてそういう施設に執事がいるのだろう?
 優夜は東堂に淹れてもらったロイヤルミルクティーを無言で飲んでいる。説明する気は一切ないらしい。

「ですが、病院の付属施設みたいなものなので、病院という答えはあながち間違いではありませんね」

 たしかにすこし離れた場所に病院があったなと由為は頭の中に地図を思い浮かべ、頷く。

「そうなんですか」

 東堂は執事の恰好をしているものの、どうやらひとりの人間に仕えているわけではなく、この施設での受付係を担っているようだ。

「お客様にわかりやすい恰好がよろしいかと思いまして」

 何度も説明しているのだろう、東堂はすらすらと自分の役割を教えてくれた。優夜はすでに知っているからか相変わらず無言でテーブルに置かれた苺のマカロンをひとつふたつみっつと頬張っている。

「……それにしては、静かですよね?」

 いま、この場には由為と優夜、東堂の三人しかいない。病院のような場所のロビーというと、もっとたくさんの人間がいるのではないだろうか。

「ええ。当施設に入院設備はございませんし、いまの時間帯は業者からの訪問も終わって落ち着いているんです」

 言われて由為は腕時計を見る。もう夕方の五時を過ぎている。ふだんならとっくに下校している時間だ。

「うそ、もうこんな時間?」
「なんだ朝庭、用事でもあるのか?」

 マカロンを頬張ったまま、優夜が気の抜けた声で由為の表情をうかがう。

「いえ、そういうわけではないんですけど」
「なら問題ないな」

 いや、学校の教師と学校外で時間外の活動を行っていること自体が問題だと思うのだが……由為は平然とマカロンを食べ続ける優夜を見て、自分もマカロンに手を伸ばす。口にいれるとふわりと溶け、甘い苺の果汁が弾けるように口中に拡がっていく。濃い目のミルクティーに合う、上品な組み合わせだ。

「美味しいっ」

 もう一個、と手を伸ばそうとする由為を見て、張り合うように優夜もマカロンを手に取り、齧りつく。

「……それ食べたら、行くからな」

 紅茶とお菓子で機嫌を直したであろう由為に、優夜が当たり前のように口にする。

「ふぇ、行くってどこに?」
「死体安置所」
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