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Ⅰ 真白き城に埋まる秘密 * 2 *
しおりを挟む今日も夢の世界にいた少女は、ゆっくりと瞼をあげて澄み切った湖のような蒼の双眸を向けて来訪者を確認する。
「……チロル」
「今日もご機嫌は麗しくないようだな」
か細い声で智路をチロルと呼ぶ少女は、点滴チューブを右腕につけた状態で、白いベッドの上に横たわっていた。紫がかった灰色の瞳を持つ使い魔の姿を認め、ゆっくりと起き上がると、金に近い茶色の明るく長い髪が、ふわりとシーツの上を波打ち走っていく。だが、気だるそうな表情の少女は長い髪を煩わしそうに振り払いながら、さっきまで見ていた悪夢を反芻する。
「最悪よ。最近は悪い夢ばかり。わたしは悪魔を制御することができなくなって、このお城で囚われの身。使い魔であるあなたはわたしのご機嫌うかがいしかしてこない……要するに何も進展していないってことね」
「ご名答」
悔しいが少女の指摘は正しい。智路は彼女を救うために行動しているのに、何一つ情報を掴めないまま、彼女のご機嫌取りになり下がっているのだから。
「わたしが動けるものなら自分でどうにかしたいけれど、そんなことをしたら他の連中がここぞとばかりに食らいついてくるわ。チロル、あなたは『星』の斎であるわたしの優秀な使い魔のはず」
あえて『星』の部分を強調する少女に、智路は無言で頷き、言葉のつづきを待つ。
「――悪魔が蠢く夢の中で、夜の空気を纏う少女を見たわ」
叱咤の言葉でも文句でもない、少女の報告に、智道は目を丸くする。それは成果を出せていない智路にとって、朗報だと思えた。
「!」
「……けど人違いかもしれない。接触したけど何も起こらなかったから。もし彼女が『夜』だったらその場でとっくに悪魔は封じられ、わたしごと消滅していたでしょうし」
「それは困る!」
淡々と告げる少女に向けて智路は咄嗟に返す。目の前にいる少女が消滅するという未来だけは、認めたくないと智路は反論する。
「俺は、悪魔ごとお前を葬り去るようなことだけはしたくない」
「知ってるわよ。だけど、他の人間はわたしごと始末しようと躍起になってるのも事実」
「……それは」
「退魔師一族に属しながら、いまは悪魔憑き。おまけに先祖代々続く呪いの奇病にその身を蝕まれ、まともな生活は送れない。もはや邪魔ものでしかないもの」
うたうように自嘲する少女は、なおもつづける。
「そのうえ、『夜』の女神が後継を残さずに逝ってしまわれたから、この身に宿していた悪魔の封印も破られてしまった……このままだと、悪魔はわたしが病魔に冒されて衰弱するのを見計らって、この身体を自分のものにしてしまう。斎鎮目の能力者であるわたしが、悪魔に乗っ取られてしまうのよ! それならいっそ」
「せのん」
苦しそうに喘ぐ少女を遮るように、智路はか細い身体を抱き寄せる。名を紡がれ、せのんはゆっくりと瞬きをする。
「言うな。そうは、させないから……」
智路は顔を真っ赤にするせのんに自分の思いのたけを口にして、腕のちからを強める。
自分の身体に棲んでいる悪魔を封じるためなら自ら命を投げ出すことも厭わない、そう考え続けている少女を助けたくて。
「使い魔のくせに」
それでも、せのんは心地いいから、いつものようにおとなしく智路の抱擁に身を任せ、退魔の力と生気を分け与えてもらう。こうすることで、ほんの少し、悪魔の覚醒を遅らせることができるから。
「俺は使い魔になれて光栄ですよ、姫」
智路はいつものようにせのんに力を分け与えると、名残惜しそうに身体を放す。ふわりとベッドに倒れこむせのんはつまらなそうに唇を曲げて、使い魔に選んだ少年を見上げる。
「……寝るわ」
「大丈夫か?」
また悪い夢を見るかもしれない。それでも、眠ることでしか身体を支えることができないせのんはそっけなく呟く。
「チロルがいてくれるなら」
わかりましたよ、と微笑を浮かべ、智路はベッドに横たわるせのんの手をとり、ベッドサイドにぶら下げてあったシルバーの十字架を握らせる。しゃらん、と鎖の鳴る音が、病室に響く。
「おやすみなさい」
瞼をとじ、ほどなく穏やかな寝息を立て始めたせのんを見て、智路は頷く。
「おやすみ、いい夢を」
安らかな少女の寝顔を確認して、智路は音を立てないように、病室をあとにする。
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