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第三話
しおりを挟む「……胡散臭い」
「でも。りゅーちゃん、本当にいたんだよ。雨の日に燕尾服着て舞踏会へ急ぐ雨の精霊さん」
「サイくん。なんでもかんでも信じればいいってものでもないでしょ。からかわれたのかもしれないし」
優等生のりゅーちゃん、こと龍前紘美は、隣のクラスの図書委員で、このぼく、横山彩の唯一無二の親友で幼馴染の女の子だ。
「そんなことないもん、死ぬかもしれなかったぼくを助けてくれたんだ。傘だって貸してくれたんだ、ホラ」
放課後の図書室で、暇そうにしていたりゅーちゃんに、ぼくが昨日体験した一雨の出来事を伝えると、彼女は困ったような顔をした。
「この白い傘だって普通のビニール傘じゃないの。雨の精霊さんがコンビニで買い物なんてするかしら?」
「わかんないよ。ぼくが傘を持ってなかったから、わざわざ買ってきてくれたのかもしれない」
「精霊さんは日本硬貨を持っているの?」
「うん。錬金術でこっそり作ったんだよ」
いけしゃあしゃあと応えたぼくを見て、りゅーちゃんはくすくす笑う。
「相変わらずよくそんなに想像力が生まれるわね」
「そうかなぁ」
「わたしの前でそういう話をするのは構わないけど、他の人に話したらきっと馬鹿にされるわよ」
小学校の頃から一緒にいるりゅーちゃんは、母親同士の仲が良かったこともあり中学に入ったいまも姉弟のような関係をつづけている。ただ、頭のいいりゅーちゃんと、夢を見ているだけのぼく、いつの間にか薄い壁が造られている気はする。まぁ、りゅーちゃんには男子高生の彼氏さんもいるし、昔のような関係でいることはもはや叶わないのだろう。
ぼくが夢見るようになった理由のひとつは父親不在の女だらけの家庭で姉たちとともに育てられたからで、周りから男らしさを要求されることもなくいまに至っている。りゅーちゃんもぼくを異性としては意識していないと思う。そしてりゅーちゃんの彼氏さんも。
だってぼくみたいなモヤシはいまさら身近な女子と恋愛しようなどと言われても逃げ出したくなってしまう弱虫だから。恋とか愛とかおつきあいとかそういったものは妙に堅苦しくて、ふわふわの女の子よりも亡き父親のようなカッコいい男のひとのほうにときめいてしまう……このことはまだ、りゅーちゃんにもちゃんとは話したことがないけれど。
「もう馬鹿にされてる。新しいクラスの人はみんな夢なんかいらないみたい」
「そうかしら? サイくんを羨ましいと思っているのかもしれないわよ」
「まさか。子供っぽい妄想ばっかりしてて、成績はどっちつかず。勉強するなら窓の外を眺めていたほうが楽しいなんて思うぼくだぞ?」
「違うよ。サイくんは純粋で無邪気だからみんなからかいたくなっちゃうんだよ」
「からかわれてるのかなぁ」
確かに、いじめられているとは思わない。ぼくの奇癖を揶揄したり、面白がっている節はあるけど。
「それより。その傘、いつ、どうやって返すの?」
りゅーちゃんが、白い傘を指さして問う。ぼくは雨の精が言っていた言葉を思い出して、口にする。
「次に雨が降る時に、返してくれればいい、だって……」
「次に雨が降るのは、いつ?」
「……いつだろうねぇ」
ぼくはりゅーちゃんと二人で溜め息をつく。大きな大きな溜め息を。
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