上 下
23 / 41

第23話 アメリス、事情を知る

しおりを挟む
 ロストスに促されるまま州知事がいるという場所まで移動して、馬車を降りてみると、そこは以前公務でやってきた時にパーティーが開かれていた屋敷であった。どうやらあの時のパーティーは州知事の主催で行われていたらしい。

「ようこそお待ちしておりましたアメリス様。以前パーティーの際にご挨拶させてもらったかと思いますが、改めて私がマスタール州知事のペイギです」

 屋敷の前には一人の初老の男性が杖をついて待っており、深々とお辞儀をしながら言った。私もつられて頭を下げる。

 中に案内されると、やはり見覚えのある光景が広がっていた。ロストスと出会ったのもこの場所だ、少しだけ懐かしい気持ちになる。

「まさかご令嬢を追放なさるなんて、ロナデシア領の方々の大胆なことを致しますな」

 歩きながらペイギは話した。コツコツという杖が床を叩く音を奏でながら、朗らかな笑みを浮かべている。好々爺という雰囲気だ。腰が曲がり杖に頼ってはいるので私よりも目線は下であるが、私に向けられる視線はしっかりと私を捉えてる。

「ええ、まさかお母様たちから嫌われていると言っても、ここまでとは思っていなかったわ。でもロストスやあなたのおかげで私はここまでこれた。本当にありがとう」

 実際そうだ。私の力だけでは他国に置き去りにされた時点で、死んでしまってもおかしくなかったのだ。そこをヨーデルやロストスたちのおかげでここまでこれたのだ。

「こんな老ぼれでも力になれたようで何よりです」

 謙虚そうな態度でペイギは言った。腰が低く、マスタール州の平民からの支持が厚いとロストスが馬車の中で話していたが、事前情報に違わぬ人柄である。

「そうですよ、僕はあなたのためならどんなことでもしてみせます」

 横を歩いていたロストスも私の方を向いてからそう言った。本当にこの人は私のことを慕っていてくれるのね。感謝してもし尽くせない。

 しばらく屋敷の中を歩きながらあれこれについて語っていると、ベイギが「続きは客間で話しましょう」と言って、ドアの前に立っていた従者らしき男性に命令をして扉を開けさせた。部屋の中にはロストスの家と同じように家具が配置されており、テーブルを挟んでソファが二台置かれている。

 ペイギに手の動作で先に座るように促されたので、私とロストスは横並びになってソファに座り、向かいにペイギが座った。

「ではアメリス様、あなたがタート村に行っている間にこちらでどんな動きがあったかを話しましょう」
 ペイギは深く腰をかけ、背もたれに寄っ掛かった。座ると背筋が伸びるため、先ほどよりもどっしりとした印象を受ける。

「ええ、お願い」

 私は即答する。ロストスの手添えがあったにしても、彼一人の力でできることには限界があるはずだ。もしかしたら入り込んだ事情が展開されている可能性だってあるのだ。

「そうですね、アメリス様がどこまでマスタールとロナデシア間の事情を知っているのかわからないので一から説明してもいいですか」

 ペイギの言葉に私はこくりと縦に頷くと、彼は私が追放される前の両者の関係から語り始めた。

 まず、マスタールとロナデシアでは近年兵士同士の小競り合いが頻繁に発生していた。それはお父様が調停のためにマスタールを訪れていたことや、アルドたちが前線へと派遣されていたことからも伺える。

「どうしてそんなことが起きてしまったの?」

 私はペイギに問いかける。外交などの問題には一切触れさせてもらえなかったので、私にはどうしてこの問題が起こっているのかがわからなかった。

「それは……国境線の確定における問題です」

 国境線というのは、マスタールとロナデシアの間に群生している森林のことを指すのではないか。どうしてそれで揉める必要があるのかしら。

「実は以前からマハス公国が森林を拡張して、領土を少しずつ増やそうとしているのです。だからそれに対応するためにマスタールも兵士を派遣して小競り合いが頻発していたのです」

 その言葉を聞いて、私の中で一つの謎が解けた。元々森林はマハス公国が自国の領土を画定するために植えたものだ。だから森林が生い茂っている場所はマハス公国の領土であるというのがお母様たちの見解である。

 しかし、それをマスタールの領地にまで入り込んで、植生をしたことで、その土地も自国のものにしようとしているのだ。強欲なお母様のやりそうなことではある。森の中に勝手に入ってヨーデルに怒られた時に感じた違和感は現実の問題につながるものであったのだ。

「あまりにも小競り合いが続いて兵が疲弊するので、今回はバルト様と私の間で対等な条件で調停をしたのですが、正直言って仕掛けてきたのは向こうからなのでマスタール側にとっては不満の残るものでした。ここまでがアメリス様のことが私の耳に入るまでの両者の関係です」

 難しい話もされたがよくわからなかったので、隣でロストスが要約してくれたことから理解すると、どうやらマスタールとロナデシアは現在領土に関して揉めており、マスタール側としてはロナデシアにあまりいい感情は抱いていないということになる。

 だったらどうして私のことを助けてくれたのかしら。

 ロストスは個人として私を尊敬してくれているので、その理由もわかるが、州知事のペイギとしてはロナデシアの人間である私に良い感情は抱いていないのではないか。

 私がそのことについて尋ねると、ペイギはニヤリと笑って、

「そこにはもう一つ事情が絡んでくるんですよ」

 と言った。その顔は優しそうな好々爺の顔ではなく、政治家としての顔をしていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。

彩柚月
ファンタジー
メラニア・アシュリーは聖女。幼少期に両親に先立たれ、伯父夫婦が後見として家に住み着いている。義妹に婚約者の座を奪われ、聖女の任も譲るように迫られるが、断って国を出る。頼った神聖国でアシュリー家の秘密を知る。新たな出会いで前向きになれたので、家はあなたたちに使わせてあげます。 メラニアの価値に気づいた祖国の人達は戻ってきてほしいと懇願するが、お断りします。あ、家も返してください。 ※この作品はフィクションです。作者の創造力が足りないため、現実に似た名称等出てきますが、実在の人物や団体や植物等とは関係ありません。 ※実在の植物の名前が出てきますが、全く無関係です。別物です。 ※しつこいですが、既視感のある設定が出てきますが、実在の全てのものとは名称以外、関連はありません。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

婚約破棄と追放をされたので能力使って自立したいと思います

かるぼな
ファンタジー
突然、王太子に婚約破棄と追放を言い渡されたリーネ・アルソフィ。 現代日本人の『神木れいな』の記憶を持つリーネはレイナと名前を変えて生きていく事に。 一人旅に出るが周りの人間に助けられ甘やかされていく。 【拒絶と吸収】の能力で取捨選択して良いとこ取り。 癒し系統の才能が徐々に開花してとんでもない事に。 レイナの目標は自立する事なのだが……。

自由気ままな生活に憧れまったりライフを満喫します

りまり
ファンタジー
がんじがらめの貴族の生活はおさらばして心機一転まったりライフを満喫します。 もちろん生活のためには働きますよ。

無能と呼ばれ、婚約破棄されたのでこの国を出ていこうと思います

由香
恋愛
家族に無能と呼ばれ、しまいには妹に婚約者をとられ、婚約破棄された… 私はその時、決意した。 もう我慢できないので国を出ていこうと思います! ━━実は無能ではなく、国にとっては欠かせない存在だったノエル ノエルを失った国はこれから一体どうなっていくのでしょう… 少し変更しました。

簡単に聖女に魅了されるような男は、捨てて差し上げます。~植物魔法でスローライフを満喫する~

Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
ファンタジー
ifルート投稿中!作品一覧から覗きに来てね♪ 第15回ファンタジー小説大賞 奨励賞&投票4位 ありがとうございます♪ ◇ ◇ ◇  婚約者、護衛騎士・・・周りにいる男性達が聖女に惹かれて行く・・・私よりも聖女が大切ならもう要らない。 【一章】婚約者編 【二章】幼馴染の護衛騎士編 【閑話】お兄様視点 【三章】第二王子殿下編 【閑話】聖女視点(ざまぁ展開) 【四章】森でスローライフ 【閑話】彼らの今 【五章】ヒーロー考え中←決定(ご協力ありがとうございます!)  主人公が新しい生活を始めるのは四章からです。  スローライフな内容がすぐ読みたい人は四章から読むのをおすすめします。  スローライフの相棒は、もふもふ。  各男性陣の視点は、適宜飛ばしてくださいね。  ◇ ◇ ◇ 【あらすじ】  平民の娘が、聖属性魔法に目覚めた。聖女として教会に預けられることになった。  聖女は平民にしては珍しい淡い桃色の瞳と髪をしていた。  主人公のメルティアナは、聖女と友人になる。  そして、聖女の面倒を見ている第二王子殿下と聖女とメルティアナの婚約者であるルシアンと共に、昼食を取る様になる。  良好だった関係は、徐々に崩れていく。  婚約者を蔑ろにする男も、護衛対象より聖女を優先する護衛騎士も要らない。  自分の身は自分で守れるわ。  主人公の伯爵令嬢が、男達に別れを告げて、好きに生きるお話。  ※ちょっと男性陣が可哀想かも  ※設定ふんわり  ※ご都合主義  ※独自設定あり

処理中です...