上 下
21 / 41

第21話 アメリス、考える

しおりを挟む
「何ふぬけたことを言っているんだ!」

 兵士たちの言葉にアルドは激怒する。彼らはその声で体を震わせた。

 だが彼らにも何か譲れないものがあるようで、唇を噛み締めて叱咤に耐えている。上官であるアルドに逆らうほどだ、何か事情があるに違いない。

「待ってアルド、彼らの話を聞きましょう。話さないことには始まらないわ」

 私は今にも彼らに殴りかかりそうな勢いのアルドをなだめて、両者の間に入る。

「別にあなたたちを批判したりしないわ。無理についてきてとも言わない。これだって私のわがままに付き合ってもらってるだけだもの。でも理由だけ教えてくれない?」

 私は彼らに優しく、威圧的にならないように言葉を選んで問いかける。すると頭を下げていた兵士が顔を上げた。その顔は今にも泣き出しそうな表情であった。彼はデートスだ、兵団に入ったのはつい最近で年も私よりいくつか下である。

「アメリス様、俺たちのあなたへの忠誠は本物です。あなたを裏切ったりすることはありえません。俺たちの命ならあなたのためにいかような状況でも捧げましょう。ですが、マハス公国内に残してきた家族のことがどうしても気がかりなのです。俺たち兵士が皆一斉にいなくなれば、テレース様たちに何かあると怪しまれて、家族たちに被害が及ぶのではないかと思うと、二つ返事でついていくことはできないのです」

 デートスは途中から涙を垂らしながら語った。私に忠義を尽くしたいが、自分たちの家族にもしものことがあるのではないかという不安の間で板挟みになっていたのである。全て言い切った後に、申し訳ありませんと呟く彼を見て、私はまた重要なことを見落としていたのかと自分が自分で嫌になる。

「甘えたことを抜かすんじゃない! アメリス様はお前らの何倍もの苦しみを抱えていらっしゃるんだぞ!」

 そんな彼らに対して、アルドは再び叱咤する。彼が部下に厳しいのは相変わらずのようだ。静かな森に彼の怒号が響き渡る。後ろに並んでいるタート村の村民たちも心配そうな顔つきでことの成り行きを見守っていた。

「落ち着きなさいアルド。私のことを思ってくれるのは嬉しいけど、彼らの言うことももっともよ。とりあえず冷静になって話し合いましょう」

 私は後ろに控える列のみんなに少し待ってもらいたいと伝え、待機してもらうことにした。ここまではスムーズにことが運んでいたので、のんびりしている暇はないが、多少は時間に余裕がある。私とアルド、そして彼ら兵士は道の脇によってどうするかの話し合いを始めた。

「先に私に謝らせて。本当にごめんなさい、確かにあなたたちのそれぞれの事情があるのよね」

 口火を切ったのは私だった。彼らに対して深々と頭を下げる。頭をお上げくださいと慌てふためく声が聞こえた。
その声を聞きながら私は考える。どうしたら円満に収めることができるか、と。彼らの態度を見る限り、アルドのように私に何がなんでもついていきたい人たちと、私についていきたいが懸念がある人たちで実は別れているようだ。
 次第に頭を上げるように促す声が大きくなってきたので、顔を上げた。アルドも彼らも私のことを凝視していた。

「結局全員が納得するにはどうすればいいのかしら」

 私は彼らの顔を見て、呟く。

「ふん、兵士になったのならばたとえ家族がどうなろうとも君主を優先するのが当然であろう、それくらいの覚悟がないと務まらん」

 アルドは強情な態度をとっている。彼は幼い頃から兵士になるために育てられたせいか、たまに見せる騎士の側面でかたくなになることがあった。

「でも、俺にとってはどちらも大切なんです。選べないです。孤児だった隊長にはわからないかもしれないけど……」「なんだと?」

 デートスがそういうと、アルドが怒りの視線を向ける。一触即発だ。まずい、このままでは一向に問題は解決しない。一体どちらの主張を選べばいいのか私にはわからなかった。

 その時、ふと思いつく。だったらどちらの志向も叶うようにすればいいじゃない。

「わかったわ、ならこうしましょう。デートスたち、あなたたちはここに残りなさい」

 私がそう言うとデートスたちは嬉しそうな顔をしたが、一方のアルドはさらに顔の皺を深め、

「アメリス様、こいつらの意見など……」 

と言った。

「大丈夫、私に策があるから」

 アルドを怒りをなだめて、私は考えていることの説明を開始した。

 つまり、今回の問題点は兵士が一斉にいなくなることでお母様たちが疑いをかけ、兵士の家族に危害(たとえばいなくなった兵士の代わりに家族を無理やり徴兵することや、最悪の場合罪を与えることが考えられる)が及ぶ可能性が生まれたことである。だったら兵士をある程度残していけばいい。そして残された兵士がいなくなった兵士のことを何かしらの理由ででっち上げればいいのだ。

 しかしこれではアルドの面目が潰れてしまう。そこでデートスたちはいざという時に私に協力できるように国内で待機するという大義名分を与えた。これなら戦術的であり、彼の面目も保たれるだろう。

「……ていう案なのだけど、どうかしら?」

 私は彼らとアルドに語る。すると両者とも納得してくれた。上手い落とし所が見つかってホッとする。

「でもどうやっていなくなった人たちのことを処理すればいいのでしょう」

 デートスがアルドに尋ねた。

「そうだな、死体は残らないから戦死という理由ではバレてしまうし、ナゲル連邦の捕虜になったということにしておけ。工作や文書偽装は頼んだぞ。あとタート村のことは知らぬ存ぜぬで貫き通せ」

 それならいなくなっても合理的な説明がつき、下手に怪しまれることもない。

「わかりました」

 デートスは芯の通った声で返事する。先ほどまで涙を流していた青年であるとは思えなかった。

 方針は決まり、タート村の人の護衛についていた兵士は、デートスと同じ思いを抱いていたものはマハス公国に残り、アルド側である人は私と共に来ることになった。これでもう問題はない。私たちは再びマスタール州へと向かい始めた。

 しばらく進むと道の先に建物の影が見えた。ここまできたということは絶対にマハス公国からは出たということなのだろう。

 後ろを振り返っても、マハス公国の影はなかった。あまりいい思い出のある故郷ではないか、なぜかいざ離れるとなると、どこか心にすきま風が吹くような気分になった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

外れスキル【建築】持ちの俺は実家を追放される。辺境で家作りをしていただけなのに、魔王城よりもすごい最強の帝国が出来上がってた

つくも
ファンタジー
「闘えもしない外れスキルを授かった貴様など必要ない! 出て行け! グラン!」 剣聖の家系に生まれた少年グランは15歳のスキル継承の儀の際に非戦闘用の外れスキルである【建築】(ビルド)を授かった。 対する義弟は当たりスキルである『剣神』を授かる。 グランは実父に用無しの無能として実家を追放される事になる。辺境に追いやられ、グランはそこで【建築】スキルを利用し、家作りを始める。家作りに没頭するグランは【建築】スキルが外れスキルなどではなく、とんでもない可能性を秘めている事に気づく。 【建築】スキルでどんどん辺境を開拓するグラン。 気づいたら魔王城よりもすごい、世界最強の帝国ができあがる。 そして、グランは家にいたまま、魔王を倒した英雄として、世界中にその名を轟かせる事となる。

門番として20年勤めていましたが、不当解雇により国を出ます ~唯一無二の魔獣キラーを追放した祖国は魔獣に蹂躙されているようです~

渡琉兎
ファンタジー
15歳から20年もの間、王都の門番として勤めていたレインズは、国民性もあって自らのスキル魔獣キラーが忌避され続けた結果――不当解雇されてしまう。 最初は途方にくれたものの、すぐに自分を必要としてくれる人を探すべく国を出る決意をする。 そんな折、移住者を探す一人の女性との出会いがレインズの運命を大きく変える事になったのだった。 相棒の獣魔、SSSランクのデンと共に、レインズは海を渡り第二の故郷を探す旅に出る! ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、で掲載しています。

精霊に好かれた私は世界最強らしいのだが

天色茜
ファンタジー
普通の女子高校生、朝野明莉沙(あさのありさ)は、ある日突然異世界召喚され、勇者として戦ってくれといわれる。 だが、同じく異世界召喚された他の二人との差別的な扱いに怒りを覚える。その上冤罪にされ、魔物に襲われた際にも誰も手を差し伸べてくれず、崖から転落してしまう。 その後、自分の異常な体質に気づき...!?

『忘れられた公爵家』の令嬢がその美貌を存分に発揮した3ヶ月

りょう。
ファンタジー
貴族達の中で『忘れられた公爵家』と言われるハイトランデ公爵家の娘セスティーナは、とんでもない美貌の持ち主だった。 1話だいたい1500字くらいを想定してます。 1話ごとにスポットが当たる場面が変わります。 更新は不定期。 完成後に完全修正した内容を小説家になろうに投稿予定です。 恋愛とファンタジーの中間のような話です。 主人公ががっつり恋愛をする話ではありませんのでご注意ください。

聖女として豊穣スキルが備わっていたけど、伯爵に婚約破棄をされました~公爵様に救済され農地開拓を致します~

安奈
ファンタジー
「豊穣スキル」で農地を豊かにし、新鮮な農作物の収穫を可能にしていたニーア。 彼女は結婚前に、肉体関係を求められた婚約者である伯爵を拒否したという理由で婚約破棄をされてしまう。 豊穣の聖女と呼ばれていた彼女は、平民の出ではあったが領主である伯爵との婚約を誇りに思っていただけに非常に悲しんだ。 だがニーアは、幼馴染であり現在では公爵にまで上り詰めたラインハルトに求婚され、彼と共に広大な農地開拓に勤しむのだった。 婚約破棄をし、自らの領地から事実上の追放をした伯爵は彼女のスキルの恩恵が、今までどれだけの効力を得ていたのか痛感することになるが、全ては後の祭りで……。

処理中です...