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第11話 アメリス、憤る
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お父様の言葉に空気が澱む。ここにいる彼以外が皆怒りを感じていた。だがヨーデルは村のみんなという大切なものがあり、ロストスは事業という自分の育ててきたものがある。そのためにグッと堪えて我慢しているのだろう。だから私だけが好き勝手に怒りを出すわけにはいかない。出かけた言葉を飲み込んだ。
ここまで頑なのだ、ロナデシア家へ戻るのは無理かもしれない。
「……わかりました、私がロナデシア家へ戻るのは諦めます。でしたらヨーデルの村への支援だけでも約束してもらえませんか」
私はせめてもの懇願をする。もう私にヨーデルを助ける力はない。だから頼むしかない。ヨーデルがアメリス様……と呟いた。
しかしお父様は、本性を表したバルトは悪魔のように笑ってから、
「いやだよそんなの、テレースが許すとは思えないもの。それに年貢が収められないのはそっちの怠慢じゃないのか?」
と言った。領民のことなど全く考えていない、酷すぎる所業であった。頭に血が昇り、今にも血管が切れそうになる。しかし耐えなければならない、二人が耐えているのだから。
続いてお父様は、
「話はこれで終わりか? だったら俺はもう帰ろうかな。ロストス、君はマスタールである程度名前を売っているようだからわざわざ顔を立ててやったんだぞ? 感謝しろよ。それからアメリス、お前も平民になってもう会うこともないと思うけどせいぜい頑張れよ。そうだ、ロストスかヨーデルの妻にでもなればいいんじゃないか。お似合いだぞ」
という言葉を吐き出した。もはや同じ人間であるとも思えなかった。
その時であった。突然陶器が割れる音が響き渡り、敷かれていたテーブルクロスがズレる。音のした方向を見ると、ルネが立ち上がっていた。その拳は血管が浮き上がるほどに強く握られており、微かに震えていた。俯いているので前髪で顔が隠れており、その表情はわからない。
「もう我慢できない、さっきから平民平民って馬鹿にしやがって! 兄さんのために耐えていたけどもう限界だ! どうしてそんなに酷いことが言えるんだ、お前ら貴族はいつもそうだ、私たちを見下しやがって!」
ルネは座ったままのお父様の前まで行くと、胸ぐらを掴み上げた。お父様を見る彼女の顔は、私に向けられたものと比べ物にならないほど怒りを帯び、歪んでいた。
「やめるんだ、ルネ!」
慌ててロストスが止めに入り、ルネの手を解こうとする。しかし、お父様はなぜかその手を制止して、
「幼いな、ロストスの妹よ。自分の行動が何を意味しているかわかってるのか? お前は、自分の手で兄が築き上げたものを壊そうとしているんだ。俺が国全体にロストスの悪評を流すことも、我が国との取引を禁止することもできるんだぞ?」
ルネから向けられた鋭い眼光を逸らさずに、真正面に受け止めて言った。その言葉に彼女も冷静になったのか、
「……すいませんでした」
と自ら自分の手を離した。だがお父様の気はそれだけでは済んでいなかったようで、あろうことか,
「それだけじゃ誠意が足りないな、土下座でもしてみろ」
と言いのけた。醜い何かが音を出しているように私には感じられた。ルネの表情がますます歪む。
ああどうしよう、本当に怒りが、湧き上がる血が私に命令してくる。こんな屑など父親でも何でもない、一思いにやってしまえと。こんなに耐えられない怒りが、憎しみの感情が生じたのは初めての出来事であった。
「やめてくださいお父様、そんなことまでさせる必要はないでしょう!」
当然私は二人に割って入る。しかし立ち上がることはできなかった。今立ち上がったらその勢いのまま、怒りに任せて行動してしまいそうだったからだ。
「黙れアメリス。これはロストスとその妹と俺の間でのけじめだ、入ってくるな」
私の言葉が届くはずもなく、一蹴される。
「ロストスも止めてよ、ルネがそんなことするなんて間違ってる!」
だがロストスは動かない。どうして動いてくれないの! 彼を見て私は衝撃を受ける。ロストスは唇を強く噛み、その端からは血が滴っていた。彼も耐えているのだ、大切なものを失わないために。
その姿を見てますます怒りが五臓六腑から湧き出てくる。身体の内の奥が燃えるように熱い。
こんなことが許されていいのか、どう考えてもお父様が悪いのに。
何も言わないロストスをルネがチラリと見て、彼女が膝を折り膝立ちになった。その顔には涙が浮かんでいた。ぽたりぽたりと雫が一滴ずつ垂れる。その姿を見て思う、もしかしたらルネの目には私もお父様と同じような馬鹿に映っていたのかもしれないと。
というかどうして私はこんなに耐えていたんだっけ。そもそもこの怒りの根源である我慢の原因がわからなくなってしまった。確か夢の中の「私」は言っていた、私は何者でもないって。だけど一つだけわかっていることがある、私はアメリスだ、領民を愛し、人々を愛し、彼らの幸せを一番に願う者だ。それは他国の人間であっても変わらない。
目の前で泣いている人間がいるのに、どんな事情があれそれを黙っている必要があるのかしら?
至極自然なことを考える。目の前に広がるのは、ある女性が、悪いおぞましい大人に無理やり謝らされている光景である。
だったらその大人を懲らしめれば良くないかしら?
しなければならないことが決まれば、あとは単純だ、行動に移せばいい。
私は勢いよく立ち上がって、お父様と呟いた。その衝撃で椅子が倒れ、ガタリという音がする。聞いたことのないほど低い声が出た。
「なんだアメリス、お前は……」
お父様は途中で言葉を中断した。理由は簡単だ、私が突然スカートを破ったからだ。ごめんねルネ、やっぱりこれは私には動きずらいの。でもあなたの怒りの分まで込めるから許してね。
「何を……」
お父様が軽く口にしたのと同時に私は動き出す。
右足をヒールを履いたままテーブルの上に乗せ、その後に両手をついて勢いで左足もテーブルの上に乗せる。そしてテーブルの上に立ってから無言でバルトに近づいた。私が彼を上から見下ろす形になっている。誰もが想定外の出来事だったのだろう、皆黙って私のことを見つめていた。
私は右足に力を込めて少し浮かせ少し後ろに引いた後、左足を軸にバランスをとる。
その動作をとった時に、ヨーデルは私のしようとしたことに気づいたのか、落ち着いてくださいという声をあげた。しかしもうその時には手遅れであった。私はすでに右足を引いていた。
「舌を、噛まないでくださいね」
私はその言葉と共にテーブルの上から右足を蹴り上げ、バルトの顔面にヒールの先を直撃させた。ぐにゃりという気色の悪いものを蹴った感触が足先に伝わってくる。その直後、呻き声と共に衝撃を受けたバルトは椅子ごと後ろに倒れた。
ここまで頑なのだ、ロナデシア家へ戻るのは無理かもしれない。
「……わかりました、私がロナデシア家へ戻るのは諦めます。でしたらヨーデルの村への支援だけでも約束してもらえませんか」
私はせめてもの懇願をする。もう私にヨーデルを助ける力はない。だから頼むしかない。ヨーデルがアメリス様……と呟いた。
しかしお父様は、本性を表したバルトは悪魔のように笑ってから、
「いやだよそんなの、テレースが許すとは思えないもの。それに年貢が収められないのはそっちの怠慢じゃないのか?」
と言った。領民のことなど全く考えていない、酷すぎる所業であった。頭に血が昇り、今にも血管が切れそうになる。しかし耐えなければならない、二人が耐えているのだから。
続いてお父様は、
「話はこれで終わりか? だったら俺はもう帰ろうかな。ロストス、君はマスタールである程度名前を売っているようだからわざわざ顔を立ててやったんだぞ? 感謝しろよ。それからアメリス、お前も平民になってもう会うこともないと思うけどせいぜい頑張れよ。そうだ、ロストスかヨーデルの妻にでもなればいいんじゃないか。お似合いだぞ」
という言葉を吐き出した。もはや同じ人間であるとも思えなかった。
その時であった。突然陶器が割れる音が響き渡り、敷かれていたテーブルクロスがズレる。音のした方向を見ると、ルネが立ち上がっていた。その拳は血管が浮き上がるほどに強く握られており、微かに震えていた。俯いているので前髪で顔が隠れており、その表情はわからない。
「もう我慢できない、さっきから平民平民って馬鹿にしやがって! 兄さんのために耐えていたけどもう限界だ! どうしてそんなに酷いことが言えるんだ、お前ら貴族はいつもそうだ、私たちを見下しやがって!」
ルネは座ったままのお父様の前まで行くと、胸ぐらを掴み上げた。お父様を見る彼女の顔は、私に向けられたものと比べ物にならないほど怒りを帯び、歪んでいた。
「やめるんだ、ルネ!」
慌ててロストスが止めに入り、ルネの手を解こうとする。しかし、お父様はなぜかその手を制止して、
「幼いな、ロストスの妹よ。自分の行動が何を意味しているかわかってるのか? お前は、自分の手で兄が築き上げたものを壊そうとしているんだ。俺が国全体にロストスの悪評を流すことも、我が国との取引を禁止することもできるんだぞ?」
ルネから向けられた鋭い眼光を逸らさずに、真正面に受け止めて言った。その言葉に彼女も冷静になったのか、
「……すいませんでした」
と自ら自分の手を離した。だがお父様の気はそれだけでは済んでいなかったようで、あろうことか,
「それだけじゃ誠意が足りないな、土下座でもしてみろ」
と言いのけた。醜い何かが音を出しているように私には感じられた。ルネの表情がますます歪む。
ああどうしよう、本当に怒りが、湧き上がる血が私に命令してくる。こんな屑など父親でも何でもない、一思いにやってしまえと。こんなに耐えられない怒りが、憎しみの感情が生じたのは初めての出来事であった。
「やめてくださいお父様、そんなことまでさせる必要はないでしょう!」
当然私は二人に割って入る。しかし立ち上がることはできなかった。今立ち上がったらその勢いのまま、怒りに任せて行動してしまいそうだったからだ。
「黙れアメリス。これはロストスとその妹と俺の間でのけじめだ、入ってくるな」
私の言葉が届くはずもなく、一蹴される。
「ロストスも止めてよ、ルネがそんなことするなんて間違ってる!」
だがロストスは動かない。どうして動いてくれないの! 彼を見て私は衝撃を受ける。ロストスは唇を強く噛み、その端からは血が滴っていた。彼も耐えているのだ、大切なものを失わないために。
その姿を見てますます怒りが五臓六腑から湧き出てくる。身体の内の奥が燃えるように熱い。
こんなことが許されていいのか、どう考えてもお父様が悪いのに。
何も言わないロストスをルネがチラリと見て、彼女が膝を折り膝立ちになった。その顔には涙が浮かんでいた。ぽたりぽたりと雫が一滴ずつ垂れる。その姿を見て思う、もしかしたらルネの目には私もお父様と同じような馬鹿に映っていたのかもしれないと。
というかどうして私はこんなに耐えていたんだっけ。そもそもこの怒りの根源である我慢の原因がわからなくなってしまった。確か夢の中の「私」は言っていた、私は何者でもないって。だけど一つだけわかっていることがある、私はアメリスだ、領民を愛し、人々を愛し、彼らの幸せを一番に願う者だ。それは他国の人間であっても変わらない。
目の前で泣いている人間がいるのに、どんな事情があれそれを黙っている必要があるのかしら?
至極自然なことを考える。目の前に広がるのは、ある女性が、悪いおぞましい大人に無理やり謝らされている光景である。
だったらその大人を懲らしめれば良くないかしら?
しなければならないことが決まれば、あとは単純だ、行動に移せばいい。
私は勢いよく立ち上がって、お父様と呟いた。その衝撃で椅子が倒れ、ガタリという音がする。聞いたことのないほど低い声が出た。
「なんだアメリス、お前は……」
お父様は途中で言葉を中断した。理由は簡単だ、私が突然スカートを破ったからだ。ごめんねルネ、やっぱりこれは私には動きずらいの。でもあなたの怒りの分まで込めるから許してね。
「何を……」
お父様が軽く口にしたのと同時に私は動き出す。
右足をヒールを履いたままテーブルの上に乗せ、その後に両手をついて勢いで左足もテーブルの上に乗せる。そしてテーブルの上に立ってから無言でバルトに近づいた。私が彼を上から見下ろす形になっている。誰もが想定外の出来事だったのだろう、皆黙って私のことを見つめていた。
私は右足に力を込めて少し浮かせ少し後ろに引いた後、左足を軸にバランスをとる。
その動作をとった時に、ヨーデルは私のしようとしたことに気づいたのか、落ち着いてくださいという声をあげた。しかしもうその時には手遅れであった。私はすでに右足を引いていた。
「舌を、噛まないでくださいね」
私はその言葉と共にテーブルの上から右足を蹴り上げ、バルトの顔面にヒールの先を直撃させた。ぐにゃりという気色の悪いものを蹴った感触が足先に伝わってくる。その直後、呻き声と共に衝撃を受けたバルトは椅子ごと後ろに倒れた。
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