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怪物街道 鬼の話
傷だらけの勝者
しおりを挟む「い、痛すぎる…」
「ばかぁ!!!」
突っ込んだ廃屋の壁に背中を預け、何とか息がマシになってきた。
相変わらず身体は痺れ、自分で動かせる気がしない。視界もまだ揺れている。
ぼっこさんがわんわん泣きながら僕に抱きついている。
実はこれもめちゃくちゃ痛い。意識が飛びそうになる。
小説や漫画の主人公って、壁に激突しようが何度でも立ち上がるものだ。肋骨とか折れてても普通に息してるし、何なら戦ってる。
でも無理だこれ。僕は背中を一回強打しただけで、あばらとか折れてはいないだろうけど無理だこれ。
戦いが終わった後は、ヒロインが抱きついてきて、へへっ、とか笑ってやるもんだ。
でも無理すぎるこれ。マジで痛い。
マジで痛いけど、伝えるのもしんどくて、意識保つのが精一杯すぎて、やめてって言えない。
地獄だこれ。マジ。
「…おい、お嬢ちゃんを止めてやった方が良いんじゃねぇか」
崩れた木材で、身体どころかほぼ顔すら見えない鬼が言った。
「でも、ぼっこちゃんの気持ちもわかるしね…」
縄が答えた。いや、貂が答えた。
「し、死ぬ…」
「だめー!!!」
余計に泣かせてしまったし、強く抱きしめられた。
○
「てめぇ、罠なんか仕掛けてないなんて言っときながら、実は仕掛けてやがったな?」
鬼が三分の一くらいしか見えてない顔で睨みを効かせる。
「ぼっこさんと貂に、こうなるように仕掛けてもらったのは、僕とお前が戦い始めてからだよ。嘘は吐いてない」
「ぐすん」
泣きやみそうで泣きやまないぼっこさんの隣で僕が答えた。
「…それで、こんなに綺麗に壊れるもんかよ?」
「ぼっこさんは、建物の状態の把握が出来るんだ。何処をどう壊せば、どういう風に崩れるか、ということも狙って出来る。本当は、僕がそのままお前を倒せれば一番良かったが、もし出来そうもない場合は、完全な不意打ちに加え、戦闘続行不可能の状態に持っていく必要があった。まさか、僕も廃屋の中にいる状態で廃屋が、鬼に向けてのみ崩れるなんて予測出来ないだろうと思ってね」
僕は少しだけ笑って見せた。鬼は舌打ちをした。
「だが、向かいの廃屋にてめぇが突っ込む可能性とかだってあっただろ。てめぇ、意図して吹っ飛ばされたにしては、上手くいきすぎだし体張りすぎじゃねぇか」
僕は息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いた。本当に、未だ、痛い。
「向かいの廃屋も、同じようにすぐ崩せる状態にしてもらっている」
「あぁ…?」
「そもそも、僕は吹き飛ばされる予定は無かった。僕の力じゃどうしようも無いとわかったら、近い方の廃屋どちらでも良いから撤退する予定だった。ここも向かいも同じように崩せる状況を、ぼっこさんに作ってもらっておいたんだ。貂にも手伝ってもらって。そして、崩れた後でより確実に動きを止めてもらおうと思って、貂には縄の変化を頼んだ。目星を付けた廃屋の中に辿り着く前に、僕が倒れた時の策はあったはあったけども、無理矢理廃屋にぶち込まれる事は想定してなかったよ。おかげで、大目玉をくらってる」
僕が言うと、ぼっこさんがギロっと睨んできた。今までの比じゃないくらい怒ってる。ぼっこさんとした、やばくなったら逃げるという約束を守れないような状況に持って行かれちゃったしなぁ。
あんまり茶化すようなことは言わない方が良いみたいだ。
大切にされてるなぁ。
「まぁ、鬼の動きを封じたと言っても、僕はこんな状態だし、お前は、随分と僕に手加減や制限をしていた。これじゃ、勝ったとは言えないな」
僕は力無く笑ったが、
「そうでもねぇよ」
鬼はゆっくり目を閉じて、優しい声音で返した。
「最後の裏拳と横蹴りは、やるつもりのなかった攻撃だ。そして、何か企んでるのはわかっても、お前が動けなくなってるのを見て、おれは勝ったと思った。何より、正面切っての戦いも、罠をわざわざ戦い始めてから作り始めることも、こだわらなければもっとやりようがあったんだろ」
鬼は、木材の下からこう告げた。
「おれの、負けだ」
その言葉を聞いて、僕は息を吐きながら目を閉じた。
疲れたぁ…。
そうして、意識を手放した。
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