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怪物街道 鬼の話
合流
しおりを挟むぼっこさんから離れてしまったと思うので、出来れば元の往来に戻りたい。だが、動き回ってもまた見つかるだろうから厄介だ。
あの鬼、懲らしめるかこちらが懲らしめられないと多分やめないんだろうな。
面倒だ。今回は、火に油を注いだだけになってしまったな。
僕が往来に出ようとすると、ぼっこさんが目の前に現れた。吃驚したが、ぼっこさんに口を押さえられる。ぼっこさんは口に人差し指を当てて静かにするよう促してきた。
「鬼がここら一帯を探し出すから、とにかく離れないとね」
「そうですね。ぼっこさんの方から探し出してくれて助かりました」
「追いかけるの大変だったよ~」
ぼっこさんは優しく笑った。安心する。
「良く追いつけましたね」
「鬼は最初、全然本気じゃなかったよ。それに、私は君の場所なら大体はわかるんだ。今の私の守りたい対象は君だからね。倉ぼっこというか、座敷童子の特性の一種かな?」
住まう場所、者の状態、状況が把握出来るというものか。助かるなぁ。
「でも、鬼はさっきのでもうカンカンだね。逃げる最中、色んな小細工したんでしょ?それに、最後の嘘。鬼は嘘をすごく嫌うからね。嘘吐いて人間の思い通りにされるのが多分この世で一番嫌いだと思う」
一番だったか。それはまずいなぁ。
「何とかするにしても、今は撤退するしかないです」
「うん。貂ちゃんのところにお見舞い行きたかったけど、仕方ないね。鬼の方も、多分今日は探す為に躍起になるだろうから、暴れる事は無いんじゃない?明日はどうかわからないけど」
直後、結構近くで大きな物音と「どこだぁ!」という声が聞こえた。
「…今日も駄目そうですね」
「そうだねぇ…」
「明日までには、何かを考えます」
僕とぼっこさんは移動を始めた。
○
怪物街を出て、怪物街道に差し掛かる頃だった。
「見つけたぜ」
背後から聞こえる声に、背筋が凍った。
後ろを振り返ると、鬼が門を背に立っていた。
「怪物街を探しても見つからねぇわけだ。郊外に住んでやがったんだな」
鬼は首をボキボキと鳴らしながら言った。
「尾行してたんですか?」
嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
「んなせこい真似するかよ。怪物街を探し回るのは早々にやめて、この門の前で張るのと涼むのと一石二鳥にしようと思っててな。いやいや、結構ここで待ってたんだぜ?」
顔はニヤけているが、声に怒気が含まれている。
最悪なところで声をかけられたものだ。街中か、森なら色々な物を利用出来る。逃げられる可能性だって上げていけるかもしれない。だが、今は開けた場所で、利用出来るものなど土くらい。もう二回その手を使っている。無理に狙う方が危ない。少し走り出したとしても、橋を渡って森までは遠い。橋の上にある提灯を利用するにも、上手く取れたとして提灯一つ無造作に投げるだけじゃ、見返りが少ない。時間を取られる方が深刻だ。
逃げ場がない。
「何だ、女も連れてんのか。てめぇ本気で舐めてんなぁ。…行くぞ」
鬼と出会った時と一緒だった。鬼はそれなりの距離を一足跳びで詰めてくる。違っていたのは、初めての時より容赦が無さそう。
僕は隣にいたぼっこさんを突き飛ばした。同時に、上半身に強い衝撃を感じた。
抵抗など出来ずに吹き飛ぶ。そのまま地面に落ちて、ゴロゴロと止まることなく転がっていった。勿論、自分の意思ではない。
やっと止まったかと頭の中で冷静に考えている。それから、ハッとして、立ち上がろうとした。体のあちこちから血が滲んでいた。転がっている時に擦り切れたんだ。立ち上がろうと力を込めようとした時に、遅れて痛みがやってきた。胸の辺りがどんどん、どんどん熱く、鈍く、心臓の鼓動と共に脈打ちながら痛みを増していく。吐く寸前の粘ついた涎が止まらない。
立ち上がる為に地面につけた手は力が抜けて、立ち上がる為につけた膝は、震えて力が入らない。
惨めなことに、意図せずして僕は降伏の、土下座に近い形を取っていることになる。恥ずかしさなんて感じていられない。とにかく動かないと。
「おいおい、押し飛ばしただけだぜ。殴ってたらどうなってたんだ?」
すぐ真上から声が聞こえる。言い返したくても息を吸おうとするのに精一杯で、何も答えられない。
「ただの人間如きが、生意気にも鬼を小馬鹿にするからだ」
鬼は僕の背中に足を乗せた。僕は地面に完全に突っ伏した。
力が入ればまだ何か抵抗出来るかもしれない。力を戻す時間が必要だ。何とか時間を作らないと。
「やめて!」
背中に乗る足が揺れている。ぼっこさんの声だ。逃げて、という声も出せない。やめて、やめてという、ぼっこさんの涙声が何度も聞こえる。
「おい、うるせーぞ…」
と鬼が言った。ぼっこさんが、このままだと危ない。
「ぅう゛う゛っ!」
言葉にもならない、獣のような声を絞り出しながら、僕は無理矢理体を半転させた。だが鬼はすぐさま足に力を込める。それでも体を飛び跳ねさせる勢いで半転させる。肉も、皮膚も、骨にも、鋭く酷い痛みが襲う。
半転させた勢いのまま、鬼の脛を殴りつけた。
鬼は「いてっ」と言って、僕の背中に乗せている足の力を緩めた。離れるなら今だが、流石にそこまで力を振り絞ることが出来なかった。ぼっこさんが鬼の足を振り払い、僕に覆い被さる。
その様子を見て、鬼は舌打ちをした。
「女に守ってもらって、情けねぇやつだ」
鬼は吐き捨てるように言った。
その瞬間だった。
「あらあら。私は美しいとも思いますけれども。それに、女だってやる時はやるのよ?」
艶やかな声とともに、辺り一帯を煙が包んだ。
鬼は僕らから視線を外し、後ろを振り返った。
そこには、妖狐さんが立っていた。
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