怪物街道

ちゃぴ

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怪物街道 獣の話

狐のお出迎え

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 怪物街、揚げ物屋、店の名を『和狐餉おこげ』という。
 焦げてるじゃん。しかもその名だと、さも狐が食べられる事にはならないか。
 いや、弁当とかの意味合いだとそうとも言えんか?
 店構えは、かなり近世的だ。妖狐ようこといえば、中国の白面はくめん等、想像も出来ない程の昔話が有名かと思っていたので少し意外だった。現代でも狐は見れるからだろうか。
「あらあら、いらっしゃい」
 中から出てきたのは、狐耳のある妖艶ようえんな美女であった。こちらは想像通りと言いたかったが、こちらも意外と言わざるを得ない。
 白銀の長髪に、深い黒の瞳、艶のある唇から覗く白い歯、出るとこは出て、締まるべきところは引き締まっている。
 尻尾もまた白銀で、そのつやは見事。
 彼女の美しさたるや、羞花閉月しゅうかへいげつなり
 途轍とてつも無く綺麗であろうという言葉の意味的には想像通りではあったが、残念、僕の想像出来る美人を超えられてしまえば、意外の一言で終わらせねばなるまい。
 正確に言えば、意外の一言で終わらせることしか出来ないくらいで、僕の中の、言葉として表せられることが出来ない程の美女ということだ。
「あの人、国かたむけたことある伝説とか持ってたりしますか?」
と、ぼっこさんにこしょこしょと話したところ、
「わかんないけど、そこまで長生きしてないはずだし、多分無いんじゃないかな。祖先はやらかしてるかもね」
と返された。ちょっと不機嫌気味で。
 なんで?
「話は聞いているの。来てくれて嬉しいわ。とりあえず、少しだけでも話を聞いてくださらないかしら」
 美女は声も非常にあでやかだな。
勿論もちろん、その為に来たようなものですから」
と僕が返したところ、
「ふーん…」
何故かぼっこさんが返事をした。



 狐の妖怪、名前は普通に妖狐ようこさんらしい。
 妖狐さんの相談はこうだ。
 最近、てんという妖怪が悪戯いたずらをしているらしい。
 貂とは、イタチから妖怪へと成ったモノだという。
 こちらの妖怪、狐と同様に化術ばけじゅつ達者たっしゃなので、驚かし方等も基本的には何かに変化したりすることが常套じょうとう手段とのこと。
 肝心かんじんの悪戯の内容だが、先日までは悪戯の内容も可愛らしいもので、雨が降っていたから軒下のきしたに置いていたかさを取ろうとしたら、実は貂でした、と言って驚かそうとしてきたり、店前の掃除をしようとしたところ、大きめの石があったのでどかそうとしたら、実は貂でした、と言って驚かそうとしてきたりである。ただ、最近になっては、出先で壁に化け、行き止まりに見せかけてきたりと少々大きくなってきて、面倒くさい事になりそうな予感がしているらしい。
 ちなみに、妖狐さんも化術をたしなむモノ。今のところ全て見抜けているらしい。ただ、面倒な事になっているのは、見抜けているからという点でもあろう。妖狐さん自身は上手くかわしているようだが、上手くかわされることは、化けている側からすれば面白くないはずだ。
 妖狐さんは、やり返すことも出来るが、出来ることなら穏便おんびんに済ませたいとのこと。理由がわからない状況で、同じ化術を使うモノ同士、潰し合いのようなことはしたくないそうだ。

 …妖怪は、面白い事が好きだという。喧嘩と言わずとも化かし合いは好みそうだが。色んな考えがあるということか?

 とりあえず、貂の悪戯は妖狐さんにのみ行われているらしい。毎日の様に、夜間になれば何か動きがあるようだ。
 貂から直接話が聞ければ重畳ちょうじょう、直接で無くても、追いかけて何か分かればりょう、だ。



「で、貴方達に何とかなるようにしてほしいの」
「わかりました。では、とりあえず夜を待ってみましょうか」
「あらあら、助かるわ。一階はお店をしていて、二階は休めるところになっています。方針は貴方達に任せますので、休むなり見張るなり、お願いしますね」
 ありがたい。ただ…
「ぼっこさん、遅くなりそうですが、倉には戻られますか?」
「んーん。私もいる。君一人じゃ危ないかもだもん」
「えっ。そりゃ、ぼっこさんが帰らないといけないなら、僕も当然帰りますけど」
「えっ?」
「いや、倉ぼっこだから…。あまり倉から離れ続けない方が良いのかなぁ、と」
「あっ、いや、ううん。それは大丈夫。いや、なんていうか…。君、私からずっと離れないつもり?」
「はぁ、妙な言い方ですが、そのつもりでした」
 怪物街、命の危険は無いだろうとぬらりひょんの爺さんから聞いてはいるが、ここに一人はあまりに怖すぎる。
 妖狐さんも良い人なのだろうが、僕が今のところ最も信頼を置けるのは、ぼっこさんだけなのだ。
 ちょっと気持ち悪い返事になっちゃうな。その聞き方されると。
「あー…。私がいないと困る?」
「そりゃあ、そうです」
「…。しょうがない!別に数日離れても大丈夫な様に仕込みはちゃんとしてるよ!私も当然手伝ってあげる、近くでね!」
 何だか良くわからないが、機嫌が良くなったようだ。
 僕とぼっこさんは、店の外で見張ることにした。

「あらあら、これはなかなか…。あの子達、お互い色々気付いてないみたいだし…。うふふ」
 狐はあやしく微笑ほほえんだ。
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