怪物街道

ちゃぴ

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怪物街道 倉の話

秘密と経緯と

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 そこからは、男が事の顛末てんまつを話してくれた。
 男は、ぼっこさんが話していた雇い主、元主人だったらしい。
「私が生きていた時代は、今で言う、江戸時代と呼ばれるものだ。君も、あの子の住む倉での生活に驚いただろう。時代錯誤もいいところなあの倉のことさ。あそこは、時代が止まってしまっていてね。だから設備も、服も、食事だって違う。君、醤油やみりんを振る舞ってもらっただろう。私が生きていた時代では、超高級品だ。あの子も大盤振る舞いをしたもんだ」
 男は嬉しそうに話を続けた。
「君は全く、違和感を持ってはいたが、そこを突かずにただ彼女の話を聞いてくれていたね。あの子も大いに助かったことだろう。あぁ、そうだ。私が元雇い主ということは、あの子もまた、江戸時代にいたということになる。まぁ、こんな体験もしたんだ。すんなり受け入れてもらわないと困るが、あの子は、所謂いわゆる、妖怪というやつだ」
 突然過ぎる仰天情報である。
「あの子はね、倉ぼっこ、という妖怪だ。倉を守る神様みたいなものさ。一種の座敷童子でもある。私の商いが上手くいっていたのも、正直あの子のお陰である部分が強い」
 倉ぼっこ。座敷童子は僕でも知っているが、そのような妖怪のことは知らなかった。色々いるものだな。
「さて、このような夢に君が来てしまった理由について話そう。これは決して、あの子が妖怪だから君をこんな世界に連れてきて、とって食おうとしたわけではない。どちらかといえば、あの子は私のせいで困ってしまっている被害者さ。理由はと言うとね、私が病気で死ぬとわかった時、あの子に願ってしまったんだ。独りでも生きていけるように、誰かに利用されることのないように、と」
「それの何がいけなかったんですか」
「座敷童子は、その屋敷に住む者に幸せを与える。富を願う者には富を、という風にね。願いを叶える神様のような力を持つ。私が最後に願ったことを、あの子は叶えてしまった。結果として、あの子は私の願いのせいで、誰かの力になれるように生きることが難しくなり、独りで生きることとなった。私の思惑おもわくとは違ったが、言葉通りとも言える。困ったものだ。そして、問題はここから始まってしまった」
 男は目を伏せた。が、またすぐ僕の目を見て話し始めた。
「あの子に近付く者はやはり、あの子の能力にしか目がいかない者が多かった。その度に私の願いが叶えられた。私は、あの子に取り憑いた願いの亡霊のようなものさ。座敷童子とは、時に枕返まくらがえしという妖怪と同一視される時がある。枕返しという妖怪は、眠っている人の命を、夢の中で奪ってしまうこともあるんだ。私の願いのせいで、座敷童子でもある倉ぼっこに、座敷童子と同一視されることがある枕返しの力が付与された。あの子に近付く外道げどうは、この夢の中、此処で私によって命を奪われていっている」
 と、話してくれたので、僕はついついこう返してしまった。
「僕、外道でしたか…」
 そう聞いた男は、慌ててまた話を再開した。
「いやいや、そうではない。問題はどんどん大きくなっていったんだ。私が外道の命を此処で奪っている内、此処には負の感情が溜まりすぎた。君も見ただろう。影に溜まる子供の顔を。あれは、消え切らぬ怨念が仲間を求めて出てきてしまったんだ。座敷童子にちなんで、子供の姿にでもなったんだろう。暴走状態だ。今現在は、君のような特に害も無く、あの子が倉ぼっこであるということを知らなかったとしても、此処に連れて来られるほどになった」
 男はそう語った。此処の成り立ちは大体わかった。未だにぼっこさんが妖怪だという事実には驚いているが。
「では、僕はどうしてその暴走の中、死なずに済んだんでしょうか」
「君が、あの子との幸せを願ったからだ。君が、寝る寸前に言われたあの子の言葉をただひたすらに守ろうとしたからだ。何の不純もなく、あの子を安心させたいという思いが元凶である私を気に掛けさせ、私は、君と対話してみようという気になれた。そして、本当にたまたまだが、あの子が幸せになれそうで、負担もなく、かつ、君も幸せになれる願いが、私の願いを上手くすり抜けて、あの子に願いを叶えさせた。今君はこの倉で寝ている。生活をいとなんでいるということだ。あの子の力の適用内さ。長年積もり積もった私達の力を避けて、倉ぼっことしての力が作用した。お陰で私も、完全に正気に戻れた」
 男は嬉しそうに笑った。笑ったことも久方振ひさかたぶりだと言う。
「君があの子のことを思い出す原因となったのは、あの祠のお陰だろう。ほこらは、神倉ほくらという。あれもまた、倉なのさ。あれはあの子だ。此処はあくまで、あの子の力が生み出した世界だ。絶対的な権限は、あの祠が持つ。あの祠からあの子の事を思い出し、あの子の力が使えたのなら、この世界の中では溜まりきった濁りでも敵わんよ」
 何だ、僕の深層心理がぼっこさんを神格化して祠の形にしたわけではなかったのか。
「そろそろ時間だ。君は目が覚める。夢の中で受けた傷は現実には持ち越しされないよ。安心しなさい。すまなかったね、痛かっただろう。さて、私は正気に戻れたし、新たな願いが叶えられることになった。私は、何とか怨念を連れて消えようと心掛けてみる」
 男は最後に、僕に笑いかけた。
「あの子のことを、よろしく頼む」
 その笑顔は、ぼっこさんによく似た、優しい笑顔だった。
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