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 俺のいる国『イヲリムス』は、2つに分かれた国の東側の方の国。別名『勇者の国』とも言われるくらいに、国や町などのいたるところで、ゆーしゃがパーティー組んだり、レギオン(勇者のグループみたいな組織。5、6人くらいで組むのが普通らしい)組んだりして、やいのやいの群れている。

 この国は、ゆーしゃがいるから生活が成り立っていると言っても過言ではない程に、数多の面でゆーしゃに世話になっている。イヲリムスの国王も、助けられている一人だと、どこかで聞いたことがある。俺もよく道聞いたりするもんなー。いやーありがたい。

 やいのやいのしている様子を、テュータの手を引きながら横目に流し、俺はふと思う。

 (俺も、ポンコツじゃなかったら……あの輪の中に入ってたんだろうな……)

 自分が弱いこと、ポンコツなことを、こんなこと以外で恨んだことはない。

 けれど、俺があの輪の中に入れない理由は他にもある。あれは――……

「おんぶ」

「んぉ?」

 急にテュータが口を開いたかと思ったら、それか。(さっきまでなぜかむっつりした顔で黙りこくってたから)

 開口一番はおんぶをねだりますか。ソーデスカ。

 ちぃとは遠慮しろよ!

「はいはい。ほら、あがれるか?」

「いぇす」(よじよじ)

 小さい体で頑張ってよじ登って、俺の背中にたどり着く。

「よいしょっと。まったく……。俺は雑用係かぁ?」

「いぇす。エリュス、テュータのおせわがかり」

「雑用係とお世話係は違うんだよ! 特に扱いが!」

「とか言いながらもおぶってる」

「……うるせぇよ。こんのわがまま姫め」

 グチグチは言うけど、骨が全部二倍になるよりかはよっぽどこっちのがいい。

 テュータはとても軽くて、やわらかくて、暖かかった。

 いつぶりだろうか。人のぬくもりに安心したのは。

 あてもなくイヲリムス内の町の、大きく広い路を、一人の幼女をおんぶしながら歩いていたら、通行人という役をあてられた勇者たちが、すれ違いざまに何かを言っていった。

「アイツ、役立たずのエリュスじゃん。何してんの」

「うわ。幼女おぶってる。ロリコン?」

「まだアイツ勇者名乗ってんのか? ライセンス取り上げになってねぇのが不思議だな」

 嘲笑ってる声が俺の耳に届く。

 (ゴチャゴチャと……。俺がどういう経緯で幼女おぶってると思ってんだよ……)

 だんだん怒りが頭に昇っていくのがよく分かった。気づかぬうちに体が震えていた。怒り半分の、そして、馬鹿にされたことが、何より悔しかった。

 それは、俺がポンコツだから。役に立たないから。

 でも、だから何だよ。

 俺はどんなにポンコツでも、役立たずでも、精一杯生きてんじゃねえか。

 その事実全てを、馬鹿にされた気がした。俺は、生きてるだけでも人の迷惑なのかよ。

 ――生きてる意味が、無いってことかよ。

「おろして」

 今にも泣きそうだった俺を、我に返らせたのは、テュータのワケわからん発言だった。

「…………は?」

 それは唐突な、おんぶ解除要求の発言だった。それにすんなり承ると、テュータはツカツカと、さっきの通行人の方へと歩いていった。

 と思った矢先《ドガァッ!》一人の通行人のすねに向け、思いっきり蹴りを入れた。オイ何してんの!? ドガァって、すっごい音がしたんだけど!?

「テュータのエリュス、ばかにするな! テュータもう怒ったっ……!」

 ……はあぁぁぁ!? 何なのその発言! 今会ったばっかだろ! 言ってしまえば! 俺らって! 自分のものに勝手にすんなよ! 俺を!

 けど、今の俺の気持ちを代わりに語ってくれたみたいで、心底、嬉しかった。

 ……んなこと言ってる場合じゃねぇよ。このポンコツが……。

 テュータに蹴られた被害者の通行人役勇者は、すねを抑え、呻き転がっていた。

「こんの幼女がっ……! ほざいたことをっ……!」

 呻き転がりながらも、テュータに悪口を吹っ掛ける。あ、コレ、なんか面倒な奴だ。

「コイツが過去・・にしたことが、どんなことか、知ってて言ってんのかよ!」

「――ッ!」

 驚きを隠せずにいた。まさか、この勇者、あのこと・・・・を知っているのか……?

 ――――いや、あのこと・・・・を知らねえ奴は、この世にいねぇか……。

「知らない! こんなにもテュータにつくしてくれて、優しくしてくれたエリュスが、むかしなにしたかなんて、知らないっ!」

「……え?」

「それに、むかしにヒドイことをしたって、テュータ聞いても、テュータエリュスが大好き! だからずっと信じていたい!」

 まさか、テュータの口からそんな言葉が、出るなんて。思いもよらなかった。だって、ずっとイヤミというか、口が悪いという印象があった幼女からだ。信じられない。

 そんなテュータの名言(らしきもの。俺の中では名言)を聞いていた勇者は、痛がりながらも、よろめきながら立って、こう言い放つ。

「コイツはなぁ、役立たずのエリュス=ランドはなぁ、助けられる命を見殺し・・・・・・・・・にしたやつなんだよ! ギルドの仲間をなぁ、置いてけぼりにして、やつは自分だけ助かろうと行動したんだよ! それでもお前は、この役立たずを信じていたいなんてけんのかよ!」

 黙って聞いていた俺は過去の、この勇者の話した過去の話を思い出して固まっていた。テュータも縛られたように動かなかった。その顔は、この上ない怒りでいっぱいに満ちていた。

 さっき俺のことを『大好き』だと言った。テュータ、俺は、お前の思う俺は、お前の傍にはいない。お前が大好きだと言う俺は、いないんだよ。

 今すぐにでも目の前の勇者をブッ飛ばしたいと思っているんだろうという考えは俺の甘え。そう思ってほしいと、心の中の俺が叫んでいる。けれど今のテュータの怒りは俺への怒りだ。当たり前だ。自分と同じ人という種族の動物を、自分の命を優先して、自分も同じようにもらった命を、見捨てたやつなのだから。

 俺だってわかってるよ。

 あの時の俺は、本当に馬鹿な選択をしたって。あの時助けてりゃ、仲間の親兄弟友達みんな悲しまずに済んで、こうやってテュータが顔も知らない勇者に怒ることもなかったんだ。

 全ての人の未来が、たった一人の俺という人間のせいで、俺という人間のした、たった一回のの選択のせいで、クルっちまったんだからな。

「言えるよ」

「……!」

 それでもテュータは、こんな無能で、役立たずで、バカで、ポンコツを、信じるんだ。

 なんでだよ。なんで俺なんかを信じるんだよ。

「テュータは言える。ほかのだれがなにを言おうとも、テュータは、エリュスを信じられる」

 テュータは少し間をおいて、大きく息を吸い、言い放つ。

「ただ、それだけ」

「……何言っても聞かねぇエリュスコイツと一緒の、物分かりわりぃ幼女だ」

 その勇者はケラれた足を若干引きずりつつ、その場を去っていった。


 帰り道、「つかれた」というテュータをおんぶし、トボトボと家に帰る道を歩く。

「……さっきはありがとうな。なんか、申し訳ねぇな」

「いい。テュータもいっしょ・・・・だから」

 ――え? 一緒・・? それって……。

「人を、その……殺し――」

「ちがう。テュータもいっぱいむかしわるぐち言われてたってことで〝いっしょ〟」

「ああ。そっちね……。よかった、てっきり、俺は……」

「いい。テュータ『ふつう』じゃないから」

「……どういうことだ?」

 俺がそう聞いたら、テュータは少し考えたように間を置き、話し出した。

「テュータ、ずっとひとりぼっち。だからまいにちひとりで訓練してた。あるひ、まちのこどもとてあわせした。そのとき、みんなに勝った。だんとつでテュータいちばんだった。テュータは、嬉しかった。けど、まわりの、見てたひとは言った。《変な子だ》って。《普通じゃない》って。そのときからテュータ、怖くなって、じぶんじゃ戦わなくなった。だからテュータゆーしゃ見つける。そして守ってもらうって決めた。そしてエリュス見つけた」

 ほぼ息継ぎをしなかったのか、テュータはそこまで言って「ふはぁっ」と息をした。そしてめいっぱい息を吸って、吐いて、口を開き、声を発す。

「うれしかった」

「テュータ……」

 テュータは俺の首にまわしていたむちむちの腕をキュッと、離れないように、強く回し顔をうずめ、こう付け加えた。

「エリュス、ポンコツでめんどうなにんげんだけど、優しくて、めんどう見よくて、こんなへんなテュータでもいっしょにいてくれる。エリュスに、守ってほしいっておもえた。ううん」

 テュータはもう一度すぅっと息を吸って、吐いて、声を紡ぐ。

「エリュスいがいには、守ってほしくない」

「……!」

 俺の過去を知っても、信じると言ってくれたテュータ。

 そのテュータがゆーしゃを欲しがる理由。

 小さな体に背負っていたツラさ。

 そして、この世にゴマンといる中からたった一人『俺』という勇者を見つけてくれたこと。

 さっき怒っちゃったことあったけど、今でも思ってる。感じてる。感謝ありがとうを。

「――俺を選んでくれて、ありがとな」

 そういうと、テュータは「とうぜん」と言って、誇らしそうに笑った。

 俺はおぶるためにまわしていた手を強め、さらにゆっくり歩く。夕日が俺らの影を路に映し出す。ゆらゆら揺らめいて、形あるものが溶けたように揺らぎ続ける。

 テュータが自身のことを話してくれたから、俺も、自身のことを話そうと決め、意を決し、口を開いて、喉の奥から重いようで、それでいて決心したような声を自分の音として、声として吐き出す。

「テュータ」

「んぉ?」

「さっき、お前がケリ入れた勇者が言ってたこと、何だったか覚えてるか?」

「覚えてる。ひとを殺したってはなし」

 その言葉を聞いて、一瞬ひるんだ。けど、ここで引いちゃいけない。とどまって続ける。

「あれ、本当だよ」

「……!」

「――話すと長くなるな……。えっと……。俺は、今はこんなだけど、前はちゃんとゆーしゃとして頑張ってやってたんだ。ちゃんとしたレギオンにも入ってて、いつも笑ってた。ある日、あれは、雨の日だった。山にいるっていう魔物を倒しに行くってなって……――」

 俺は少し目を細め、過去の昔話きおくを語りだした。


 ……とぅーびーこんてにゅーっ!
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