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ニ.

消えたじいさん

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改札を抜け駅前の大通りに出て、了二は戸惑った。

このあたりには何度か来たことはあるが、福祉会館へ行くのは初めてだったため、グーグルマップで福祉会館の場所と外観は調べてから来たものの、現実の、三次元の街に来ると、予想を越えてごちゃごちゃで、方向がわからなくなったのである。

もう一度、スマホを出してグーグルマップで確かめようと思ったその時!

(通りを渡って、右の幅3mの道に入って左ニャン!)

了二の頭の中に声が響いた。

(えっ? 何この声? 猫の声?)

了二は思わず、ショルダーバックの布の上から猫が入っているあたりを手でなでたが、ふたたび、

(急げ!走れ!間に合わんニャ~ン!)

という声が響き、声のとおりに走り出した。

幅3mの道に駆け込むと、すぐに福祉会館があった。すでに、弁当と食品配布を待つ人の列ができている。

了二は列の最後尾につき、腕時計を見た。すでに10時を少し回っていた。

(陶磁器売りのじいさんのところで時間を取られたからなあ…)

了二が頭の中でつぶやくと、それに呼応して

(大丈夫ニャ。ちゃんともらえるニャン。)

という声が、また頭の中に響いた。

(本当に、猫の声なのか?)

了二はショルダーバックを開け、猫の姿を確かめた。猫はバックの中にかわいらしく納まっている。

(不思議なことがあるものだ…)

了二はこのような、スピリチュアル的な体験は初めてだったので、自分に突然起こったこの出来事が、まだ信じられないフワフワした心持ちだった。

並んでいる人の列が少しずつ前進し、やがて了二が食品を受け取る番が来た。係の女性や若い男性が、お弁当を白い手提げ袋に入れ、その上にカップ麺2つ、鯖缶2つ、レトルトカレー2つをつめて手渡してくれた。

(ワオ。俺が好きなハンバーグ弁当じゃん。ラッキー!)

了二がそう思いながら受け取ると同時に、係の女性がすまなさそうに、了二の後ろに並んでいる人達に呼び掛けた。

「お弁当は終了しました。ここからあとの方は、食品配布のみになります。」

了二の後ろにいた40代くらいの男性が、「ちぇっ!」と残念そうな声を出したが、数に限りがある以上、しかたがないのだろう。

袋を提げて駅に戻る了二に、再び猫がささやいた。

(な、ちゃんと間に合ったニャロ。よかったニャン。)

(うん。道を教えてくれて、ありがとな。)

了二も猫に、礼を返した。


切符を買って、ふたたび駅構内に入った了二は、陶磁器売りのじいさんにもあいさつしてから帰ろうと思い、ホームをまたぐ通路に出て、じいさんを探した。

(あれ?)

じいさんが見当たらない。

(たしか、このあたりに陶磁器を並べた台を出していたはずだが…)

じいさんの台があったと記憶している場所を行きつ戻りつしたが、じいさんも、陶磁器も見当たらない。

(俺が福祉会館に行っていた間に、売り物を納めて引き上げたのかなあ?)

了二はいぶかしく思いながら、じいさんと同じように通路に台を出して、地元の名産品を売っている女性に尋ねてみた。

「今朝、このあたりに台を出して、陶磁器を売っていた年配の男の人は、帰られたのですか?」

女性は了二を見て、(はあ?)という表情を浮かべ、こう言った。

「今日は朝からここに出店しているのは私だけですよ。それに私は長いこと、ここで販売員をしていますが、陶磁器を売られる方を見たことはありません。場所を間違えておられるのでは?」 

今度は了二が(はあ?)となってしまった。

(じいさんは、ここにいなかった?じいさんと俺が会った空間は、パラレルワールドだったとか?まるで都市伝説じゃないか?)

しかし「招き猫」は確かに了二のショルダーの中にいる。了二は頭をひねりながら、帰りの電車が止まるホームへむかっていった…
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