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オフィスラブは危険がいっぱい!?
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「杜乃課長、どうしてあんな子と付き合いだしたのかしら」
「本当、残念よねぇ。だって、普通の子じゃない?」
「そうなのよ、普通すぎるのよね」
「この噂、デマなんじゃない?」
「デマなら、納得だわ。もしくは隠れ蓑? 本命は他にいるとか?」
「ああ、それならあり得るわ。もちろん本命は美人よね」
「うんうん、それなら許す。杜乃課長の隣には、私たちが納得できるような人じゃなくちゃ」
ここは私の職場である、国内大手食料品メーカーの食品事業本部のリフレッシュルームだ。
声高らかに話しているのは、先輩方だ。
今は昼休憩。誰がどこでのんびり休憩しても、お話していても問題はない。
噂話も悪口も、彼女たちにしてみたら暇つぶしなのだろう。
――でも、できたら周りを常に確認してからお話しください。
心の中で盛大にため息を付きながら、気配を完全に消して空気と化す。
彼女たちに背を向けながら、私は大人しくオレンジジュースをチビチビと飲む。
今朝会社のロビーですれ違った龍臣さんのかっこよさを思い出し、確かに私では彼の隣に立つことを許されないだろうなと彼女たちに同意したくなる。
彼と付き合いだして、五ヶ月。周りはすぐに別れるだろうと予想していたようだが、今も彼とは仲良くお付き合いさせてもらっている。
今までは彼のことを〝課長〟と呼んでいたのだが、名前呼びをしてほしいとお願いされて〝龍臣さん〟と呼ぶようになった。
とはいえ、最初はなかなかうまくシフトチェンジができなかった私に、龍臣さんは言ったのだ。
『ハルミ、名前で呼んでほしいな。もし、今度間違えたら……どうなると思う?』
などと妖しく笑ったのだ。いつも温厚な人が冗談には聞こえないトーンで言うと、なんであんなに恐ろしく感じるのだろう。
それからは、なんとか名前呼びが定着している……はず。
龍臣さんが、何かしてこないのが証拠だと思う。いや、思いたい。
そんな幸せな記憶を味わいつつ、耳に入ってくる声の数々に気が滅入る。
私と龍臣さんの噂をしている彼女たちは、私の存在になど気がついていないのだろう。
いや、もしかしたら気がついているのかもしれない。
地味にチクチクと悪口を言ってくる人は、目の前の彼女たちだけではないのだ。彼女たちは氷山の一角。社内にはもっとたくさんいることを把握している。
こうして陰でグチグチ言っている人もいれば、面と向かって言ってくる人もいた。
すでに慣れっこになっている私は、なんだかんだ言っても肝が据わっているのかもしれない。
課長は、本当にモテる人だ。彼と付き合うにあたり、こういう事態になることは簡単に予測できた。想定内の出来事だ。
多少のことなら目を瞑ってきたし、聞き流すという術も見つけている。
だけど、彼女たちに同意してしまう自分がいるのも本音だ。
ずっと課長のことが好きだった。だけど、彼の目に止まるなんて思ってもいなかったのに、どうして彼は私を好きになってくれたのだろうか。
付き合ってほしい、そう言ってきたのは、意外にも課長の方からだった。
だからこそ、今も尚、私は信じられないのかもしれない。
ただ一つだけ、思い当たる節がある。考えないようにしているのだが、それしか課長が私を好きになる理由が見当たらない。
――私にだけ、狼の特性が働くから……。
課長の先祖は兎と狼の神様だった。子孫である彼は、その特性を引き継いでいる。
狼の特性というのが、一夫一婦制。雄は一匹の雌を生涯の番として愛し抜く。そんな特性があるらしい。
その血があり、今までに出会ってきた女性とフィーリングがなぜか合わなかったために付き合いはうまくいかなかったようだ。
どうやら、その生涯の番が私だった。だからこそ、課長は私を彼女にしたのだろう。
私のことが好きになったのではなく、運命というか生まれ持った特性に引き寄せられただけなのではないか。
好きとか嫌いとかの前に、ただ運命に逆らえなかった。それだけで、私を選んだのではないか。そんな心配がどうしてもついて回る。
本人に聞けばいいのかもしれない。だが、怖くて聞けない。
ただ、身体が反応したからハルミを選んだ。そんなことを言われたら、どんな反応をしたらいいのかわからない。
優しい課長のことだ。私を傷つけるような言葉を言うとは考えられない。
だからこそ、聞けない。本心を言ってくれるとは思えないからだ。
――運命でも、身体が惹かれあっただけでもいい。私は課長が好き。
結局はその答えに辿り着いてしまう。それなら、このまま私の胸の内にだけ止めておいた方がいい。
そうすれば、誰も嫌な気持ちにならないだろう。怖いから聞くことができない、というのが本当のところではあるのだけど。
はぁぁ、と小さく息を吐き出していると、長椅子に座っていた私の隣に誰かが座った。
「でっけぇため息だなぁ、おい」
「え?」
驚いて隣を見ると、そこには足を大きく広げて前屈みになり、膝に肘をつけて頬杖をつく神楽課長がいた。
彼は私の直属の上司で、加工第二グループの課長をしている。杜乃課長と同期の三十歳だ。
我が社は国内大手食料品メーカーで、このオフィスビルは食品事業本部と呼ばれている。
その中の一つ、加工第二グループではレストランなどの小規模店へのアプローチをしているのだ。
ちなみに龍臣さんは、加工第一グループに所属しており、そこでは工場レベルへのアプローチを主としている。
私の直属の上司である神楽課長と龍臣さん。二人は一見、水と油ぐらいお互い性質が合わないようにも見える。
だが、それが逆にいいのか。二人は仲がいいのだ。
大学こそ違えど地元が一緒で、高校までは一緒だったのだという。そんな二人が社会人になり同じ会社で勤めている。なかなかに運命的な二人なのだろう。
もしかしたら、神楽課長なら龍臣さんの体質について知っているかもしれない。
だが、あれは彼にとってトップシークレットだ。迂闊に私が口に出していいものではないだろう。
聞いてみたいという考えが脳裏を過ったが、それを慌てて掻き消して神楽課長を見る。
「本当、残念よねぇ。だって、普通の子じゃない?」
「そうなのよ、普通すぎるのよね」
「この噂、デマなんじゃない?」
「デマなら、納得だわ。もしくは隠れ蓑? 本命は他にいるとか?」
「ああ、それならあり得るわ。もちろん本命は美人よね」
「うんうん、それなら許す。杜乃課長の隣には、私たちが納得できるような人じゃなくちゃ」
ここは私の職場である、国内大手食料品メーカーの食品事業本部のリフレッシュルームだ。
声高らかに話しているのは、先輩方だ。
今は昼休憩。誰がどこでのんびり休憩しても、お話していても問題はない。
噂話も悪口も、彼女たちにしてみたら暇つぶしなのだろう。
――でも、できたら周りを常に確認してからお話しください。
心の中で盛大にため息を付きながら、気配を完全に消して空気と化す。
彼女たちに背を向けながら、私は大人しくオレンジジュースをチビチビと飲む。
今朝会社のロビーですれ違った龍臣さんのかっこよさを思い出し、確かに私では彼の隣に立つことを許されないだろうなと彼女たちに同意したくなる。
彼と付き合いだして、五ヶ月。周りはすぐに別れるだろうと予想していたようだが、今も彼とは仲良くお付き合いさせてもらっている。
今までは彼のことを〝課長〟と呼んでいたのだが、名前呼びをしてほしいとお願いされて〝龍臣さん〟と呼ぶようになった。
とはいえ、最初はなかなかうまくシフトチェンジができなかった私に、龍臣さんは言ったのだ。
『ハルミ、名前で呼んでほしいな。もし、今度間違えたら……どうなると思う?』
などと妖しく笑ったのだ。いつも温厚な人が冗談には聞こえないトーンで言うと、なんであんなに恐ろしく感じるのだろう。
それからは、なんとか名前呼びが定着している……はず。
龍臣さんが、何かしてこないのが証拠だと思う。いや、思いたい。
そんな幸せな記憶を味わいつつ、耳に入ってくる声の数々に気が滅入る。
私と龍臣さんの噂をしている彼女たちは、私の存在になど気がついていないのだろう。
いや、もしかしたら気がついているのかもしれない。
地味にチクチクと悪口を言ってくる人は、目の前の彼女たちだけではないのだ。彼女たちは氷山の一角。社内にはもっとたくさんいることを把握している。
こうして陰でグチグチ言っている人もいれば、面と向かって言ってくる人もいた。
すでに慣れっこになっている私は、なんだかんだ言っても肝が据わっているのかもしれない。
課長は、本当にモテる人だ。彼と付き合うにあたり、こういう事態になることは簡単に予測できた。想定内の出来事だ。
多少のことなら目を瞑ってきたし、聞き流すという術も見つけている。
だけど、彼女たちに同意してしまう自分がいるのも本音だ。
ずっと課長のことが好きだった。だけど、彼の目に止まるなんて思ってもいなかったのに、どうして彼は私を好きになってくれたのだろうか。
付き合ってほしい、そう言ってきたのは、意外にも課長の方からだった。
だからこそ、今も尚、私は信じられないのかもしれない。
ただ一つだけ、思い当たる節がある。考えないようにしているのだが、それしか課長が私を好きになる理由が見当たらない。
――私にだけ、狼の特性が働くから……。
課長の先祖は兎と狼の神様だった。子孫である彼は、その特性を引き継いでいる。
狼の特性というのが、一夫一婦制。雄は一匹の雌を生涯の番として愛し抜く。そんな特性があるらしい。
その血があり、今までに出会ってきた女性とフィーリングがなぜか合わなかったために付き合いはうまくいかなかったようだ。
どうやら、その生涯の番が私だった。だからこそ、課長は私を彼女にしたのだろう。
私のことが好きになったのではなく、運命というか生まれ持った特性に引き寄せられただけなのではないか。
好きとか嫌いとかの前に、ただ運命に逆らえなかった。それだけで、私を選んだのではないか。そんな心配がどうしてもついて回る。
本人に聞けばいいのかもしれない。だが、怖くて聞けない。
ただ、身体が反応したからハルミを選んだ。そんなことを言われたら、どんな反応をしたらいいのかわからない。
優しい課長のことだ。私を傷つけるような言葉を言うとは考えられない。
だからこそ、聞けない。本心を言ってくれるとは思えないからだ。
――運命でも、身体が惹かれあっただけでもいい。私は課長が好き。
結局はその答えに辿り着いてしまう。それなら、このまま私の胸の内にだけ止めておいた方がいい。
そうすれば、誰も嫌な気持ちにならないだろう。怖いから聞くことができない、というのが本当のところではあるのだけど。
はぁぁ、と小さく息を吐き出していると、長椅子に座っていた私の隣に誰かが座った。
「でっけぇため息だなぁ、おい」
「え?」
驚いて隣を見ると、そこには足を大きく広げて前屈みになり、膝に肘をつけて頬杖をつく神楽課長がいた。
彼は私の直属の上司で、加工第二グループの課長をしている。杜乃課長と同期の三十歳だ。
我が社は国内大手食料品メーカーで、このオフィスビルは食品事業本部と呼ばれている。
その中の一つ、加工第二グループではレストランなどの小規模店へのアプローチをしているのだ。
ちなみに龍臣さんは、加工第一グループに所属しており、そこでは工場レベルへのアプローチを主としている。
私の直属の上司である神楽課長と龍臣さん。二人は一見、水と油ぐらいお互い性質が合わないようにも見える。
だが、それが逆にいいのか。二人は仲がいいのだ。
大学こそ違えど地元が一緒で、高校までは一緒だったのだという。そんな二人が社会人になり同じ会社で勤めている。なかなかに運命的な二人なのだろう。
もしかしたら、神楽課長なら龍臣さんの体質について知っているかもしれない。
だが、あれは彼にとってトップシークレットだ。迂闊に私が口に出していいものではないだろう。
聞いてみたいという考えが脳裏を過ったが、それを慌てて掻き消して神楽課長を見る。
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